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第12章 領主の日常

第166話 地下室大作戦(後編)

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「ううぅ……。ごめんなさい……ごめんなさい……!」

 何事かと慌てて外に出てきたアティアスの顔を見た瞬間、エミリスは青い顔をしたまま地面に頭を擦り付けながら、譫言うわごとのように何度も呟いた。

「はぁ……。これは……大変だな」

 アティアスは取り急ぎ兵士に命じて瓦礫を取り除かせるが、片付けるだけで数日かかりそうだった。
 白いワンピースが砂埃で茶色くなったエミリスを見て、彼は聞いた。

「さて……エミーはこの責任をどう取れば良いと思う?」
「――は、はいっ! 私は全力で片付けを手伝いますっ!」
「それは当然だよな。他には何かないか?」
「うぅ……。おしおき……でしょうか……?」
「まぁそうだな。何か考えるか……」
「はううぅ……」

 アティアスの言葉にエミリスはガタガタと震え出した。

「……あぁそうだ。さっきウィルセアと話してたんだが、来週数日休み取ってどこかに行こうかって言ってたんだ。エミーにはその間の執務を頼むってのはどうだ?」
「えっ……!」

 それを聞いたエミリスは、一瞬彼を見上げて驚いた声を出したあと、すぐにポタポタと涙を流し始めた。

「……それは……許じてください。……ぐすっ……あてぃあずざまぁ……!」
「すまん……冗談だ」

 アティアスは冗談のつもりで言ったのだが、本気にした彼女が号泣するのを見て、逆に申し訳なくなってしまった。

「ほ、ほんどでずか……?」
「ほんとほんと、悪かった。エミーを置いて行ったりしないって」
「……よかった……です」

 心底ホッとしたようで、エミリスは大きく息を吐いた。

「まぁ、物を壊すのが得意なエミーには、ちゃんと責任取ってもらわないといけないけどな」
「あうぅ……!」

 ホッとしたのも束の間、釘を刺す彼の言葉に彼女はもう一度頭をうなだれた。

 ◆

「ついでだから、ここは地下室を設けた倉庫に建て替えるか」
「そうですね。ミニーブルでも地下室は重宝しておりました。エミリスさんの好きなワインとかを入れておくのも良いですし」

 エミリスが魔力で瓦礫をせっせと動かすのを、2人は様子を見に来ていた。
 大きな瓦礫でもあっという間に運んでしまえることで、早くも大半の瓦礫が取り除かれている。
 兵士たちは中に保管されていたものを一旦砦の中に運び入れていた。

「まぁエミーが揺らしたくらいで崩れた倉庫だ。いずれ何もしなくても壊れたかもしれん。中に誰もいない時で良かったとしよう」
「ええ。……結局、休みはどうされますか?」
「それは予定通り取ろう。エミーが居ないと遠出できないからな」

 さっきは冗談のつもりでそう言ったが、どこに行くにしてもエミリスに運んでもらわないと、数日ではせいぜい隣町に行くくらいしかできないのだ。

「はい。それでは休みの間の段取りを私の方で準備しておきますわ」
「ウィルセア、頼む」
「承知しました」

 そう言って、ウィルセアは先に執務室へと戻る。
 彼女がウメーユに来てから聞いたのだが、弟が生まれるまでは、ヴィゴールは彼女に養子を取って跡取りにすることも考えていたらしい。
 それもあって、幼い頃から英才教育を受けていたそうで、領地運営のことに関しては、むしろアティアスよりも豊富な知識を持っていた。

 元々はマッキンゼ子爵の娘という立場的な面だけを考えていたが、全て彼女に任せても大丈夫なのではないかと思えるほど、欠かせない存在だった。

 逆にナターシャに関しては、そういう部分は元より期待されていなかったこともあり、令嬢として外交に出ることは多かったにしても、内政には疎い。
 とはいえ、その辺りはノードがある程度理解していることで、それを補っていた。

「エミー! ちょっと来い」
「あ、アティアス様。はーい!」

 声をかけられて手を止めたエミリスは、小走りで彼のところに走ってきた。
 額からは玉のような汗が滴り落ちていた。
 そんな彼女の汗をもっていたタオルで拭うと、そのついでに飲み物を手渡す。

「ほら、飲み物はしっかり飲んでおけ」
「ありがとうございます」

 渡されたコップから飲み物を一気に飲み干して、エミリスは笑顔を見せた。

「悪かったな。俺が掘ってもいいって言ったせいでもあるからな」
「いえ、よく考えずにやってしまったのが原因なので……」
「エミーは爆弾持ってるのと変わらないからな。まぁほどほどにな」

 そう言われた彼女は、こくりと頷いた。

「……それはそうと、早く収穫できた葡萄を町の人が届けてくれたんだ。夜にでも食べようか」
「――葡萄! ずっと楽しみにしてましたっ!」

 目を輝かせる彼女に、アティアスは笑う。

「だろうな。まだ最盛期に比べたら味は落ちるだろうが、初物だ。楽しみにしておけ」
「はいっ! あと少し、片付け頑張ります!」

 モチベーションの上がったエミリスは、また瓦礫の片付けに戻っていく。
 それを見届けてから、アティアスも執務室に戻った。

 ◆

「今日はシンプルに野菜を味わっていただこうと思いますわ」

 エミリスが片付けで汚れた体を風呂で洗い流している間に、夕食の料理を担当したウィルセアがテーブルに食事を並べる。
 生の夏野菜と手作りのドレッシング。それとは別に野菜を香り豊かなオイルで炒めたものなど、ここウメーユで採れる野菜を活かした料理ばかりだ。

「へぇ……最初はこういうのは苦手にしてたと思ったんだが」
「ええ。ミニーブルではあまり新鮮な野菜が入手できないせいで、どちらかというとしっかり火を通した料理が主流ですから。でもエミリスさんに教えてもらったのもありますし、農家の方から野菜を良く戴くので、そのときに教えてもらったりしています」

 エミリスはこの街では既に有名人だったが、ウィルセアもそれに負けず劣らず人気があった。
 むしろアティアスがその2人に負けているくらいだ。
 それもあって、採れた野菜などを家に良く届けてくれて、食料には事欠かなかった。

「まぁ、エミーが大量に食べるからな。食材はいくらあっても困らないし」
「ふふふ、そうですわね。作り甲斐があります」

 そう言って笑っていると、髪を濡らしたままのエミリスが風呂から出てきた。

「はー、さっぱりしましたー。お風呂入ってすぐ夕食ってありがたいですねぇ……」

 彼女はほとんど下着も同然の部屋着。暑いこの時期の日常だ。
 ウィルセアは暑くてもしっかりと身だしなみは整えているが、エミリスはあまり気せず緩み切っていた。

「それじゃ、食べようか」
「はーい」

 アティアスが声を掛けると、2人も席に着く。

「……今日は飲むのか?」
「えへへ、今日はさっぱりした白ワインが良いなぁって」
「そう思って氷で冷やしてあるよ」
「ありがとうございますー」

 ササッとグラスとコルク抜きを準備したエミリスは、彼がコルクを抜くのを今か今かと見つめていた。
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