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第11章 その後
第162話 旅
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「よぉ、久しぶりだな。……美女ふたりはべらせて、良いご身分だな」
アティアス達3人が久しぶりにゼバーシュに行くと、顔を合わせたノードが顔を見るなり軽口を叩いた。
美女ふたりというのはもちろん、エミリスとウィルセアのことだ。
彼らを含めて、目に付く範囲の人たちは全員、正装に身を包んでいた。
「わざわざ足を運んだのに相変わらずだな。……準備はもう良いのか?」
アティアスもそう言って笑う。
「ああ。男は楽でいいよ。大変なのはナターシャだな」
「そうだな。俺の時も大変だったよ。な、エミー」
そう言って彼は隣のエミリスに聞く。彼女も今日は濃い赤のドレスを纏っていた。
「もう今となっては、緊張したーってことくらいしか、思いだせませんけどね……」
「私もエミリスさんの結婚式、見たかったですわ。どんな感じだったんですか?」
ラメの入った煌びやかな青いドレスのウィルセアが皆に聞く。
「俺たちの時はかなり質素にしたからな。人もそんなに呼ばなかったし。……でもエミーは緊張でガッチガチだったよ」
「ふふ、エミリスさんらしいですね」
「それにすっごく泣いてたよ。な?」
振られたエミリスは口を尖らせた。
「むむぅ、そんな言いふらさないでくださいよ……」
「はは、良いじゃないか。良い思い出だよ」
「それは……そうですけど」
確かにそう思う。
今になって残念だと思うのは、そのとき両親を招待できなかったことだ。
もちろん、そのときは知らなかったことなので仕方ないのだが。
「それじゃ、俺は行くよ。また後でな」
「ああ、頑張れよ。ノード」
ノードは手を上げて、控え室に戻っていった。
そう、今日はノードとナターシャの結婚式の日だ。
元々はもう少し先の予定にしていたが、少しでも早くアティアスの力になりたいと、予定を早めてこの3月に式を挙げることになった。
そして式が終われば、ナターシャとふたりでウメーユに引っ越すことになっていた。
「楽しみですね」
「そうだな。……ケーキがな」
「むぅー、酷いですよっ!」
アティアスの言葉に、エミリスは可愛らしく頬を膨らませて抗議した。
◆
無事に結婚式が終わり、そのあとのパーティが始まっていた。
アティアス達も円卓に着き、料理を戴く。
「こういう、大量に同じのを作るのは経験ないんですよね……」
「専門の料理人が要りますから。手分けしてやらないと無理ですわ。でも味はエミリスさんの料理の方が断然上だと思います」
エミリスが味わいながら、ウィルセアと話をしていた。
ウィルセアが住み込むようになってから、2人は意気投合して妙に仲が良かった。
もちろんエミリスはアティアスを優先していたが、時間があるときはウィルセアに色々指導していたし、逆に貴族としてのマナーなどはウィルセアから詳しく教えてもらっていた。
そこに、1つずつテーブルを回っていたナターシャが声をかけた。
「アティアス、色々ありがとうね。あなたのおかげで今日をこうして迎えられたわ。……エミリスちゃんにはたっぷりケーキ準備しておいたから、いっぱい食べてね」
「ナターシャさん、ありがとうございます! 楽しみにしてましたよっ!」
「ふふ。だと思ったわ」
笑顔で答えるエミリスにナターシャが笑う。
「ウィルセア嬢もありがとう」
「ナターシャさん、おめでとうございます。いえ、お気になさらず。私もアティアス様、エミリスさんのお力になるためにいますから。これからよろしくお願いします」
「そうよね。こちらこそ」
そう言ってウィルセアが差し出した手をナターシャはしっかりと握った。
◆
「こちらがアティアス様のご自宅なんですね」
「正確には、『元』だけどな」
結婚式が終わった後、一晩休んでからウメーユに帰る予定にしていた。
宿を取っても良かったが、エミリスの希望でアティアスの家に泊まることにしたのだ。
その家を見て、ウィルセアがしみじみと呟いた。
「ウメーユで借りている家よりはだいぶ小ぶりですけど、綺麗な家ですね」
「私は好きなんですよ、ここ」
エミリスが笑顔で言う。
パーティではあまり飲むなとアティアスに止められたこともあって、今日はまだまだ元気だった。
「さ、入ろうか。物はあまり置いてないけど、泊まるくらいなら十分だ。部屋もあるしな」
「では失礼します」
家に入り、まずは2階の部屋に手荷物を置くと、簡単にお茶をすることにした。
「それじゃ、お茶淹れますね。ウィルセアさん、手土産にバームクーヘンがあったと思うので、切ってもらえますか?」
「あ、はい。わかりました」
エミリスが軽く言って、手慣れた厨房に入っていき、カッティングボードとナイフをウィルセアに手渡した。
渡されたウィルセアは、お茶が入るまでの間に、手早く切ってテーブルに並べる。
「はーい、お茶入りました」
両手にカップを持ってエミリスが出てきた。
もう1つのカップは、ふわふわと彼女の目の前に浮いていて、それがアティアスの前に滑るように置かれた。
「便利だな」
「そうですね。すごく便利ですよ」
そう言いながら、両手のカップもテーブルに置き、彼女は椅子に座った。
「いただきますー。んふー、これ美味しいですねぇ……」
早速バームクーヘンを口に運んだエミリスは、頬を手で押さえて微笑んだ。
「ずっと忙しかったけど、たまには息抜きで良いな」
「そうですね。しっかり運営できるようになったら、だいぶ楽になると思いますよ」
アティアスもお茶を飲んで一息つくと、ウィルセアが答えた。
「そうだといいな。たまには旅に行きたいよ」
「ですですー。私も旅が楽しいですー」
エミリスが笑顔で同意する。
「今回はエミリスさんに運んでいただきましたけど、いつもはそうじゃないんですよね?」
「そうだな。エミーと2人の時は馬かな」
「私も馬は乗れますので、いつか是非ご同行させていただきたいと思います。馬車以外で街を出たことがありませんでしたので……」
ウィルセアの話に、エミリスが頷いた。
「たまには良いんじゃないですか。大人数じゃなければ、私が守れますし」
「ありがとうございます。私も少しなら魔法は使えますから」
「そうか。普段使ってるところを見ないけど、あのヴィゴール殿の娘だもんな。魔導士の素養はあるのか……」
普段全く魔法を使ったりしていないが、遺伝で受け継がれるという魔導士の素養は、当然ウィルセアも持っているはずだった。
「ええ、幼いときに父に仕込まれました。自分の身は自分で守れと」
「ヴィゴール殿らしいな。なら心配ないだろ」
「ですね。……ところで、私お腹が空いたので、クレープ食べに行きたいんですけど……?」
エミリスがお腹を押さえつつ、上目遣いでアティアスに言う。
さっきまでパーティで大量にケーキを食べて、今もバームクーヘンを食べたばかりの彼女に、アティアスは呆れた。
「お腹が空くの早すぎるだろ……。まぁ良いけどな。久しぶりだし」
「ありがとうございますー。ゼバーシュ来たらクレープ楽しみにしてましたので。……ウィルセアさんも行きましょうよ。美味しいですよっ」
「ええ。エミリスさんから聞いてたので、私も食べてみたいです」
ウィルセアも頷く。
もしかして彼女も別腹とか言い出すのだろうかと、アティアスの内心は穏やかではなかった。
アティアス達3人が久しぶりにゼバーシュに行くと、顔を合わせたノードが顔を見るなり軽口を叩いた。
美女ふたりというのはもちろん、エミリスとウィルセアのことだ。
彼らを含めて、目に付く範囲の人たちは全員、正装に身を包んでいた。
「わざわざ足を運んだのに相変わらずだな。……準備はもう良いのか?」
アティアスもそう言って笑う。
「ああ。男は楽でいいよ。大変なのはナターシャだな」
「そうだな。俺の時も大変だったよ。な、エミー」
そう言って彼は隣のエミリスに聞く。彼女も今日は濃い赤のドレスを纏っていた。
「もう今となっては、緊張したーってことくらいしか、思いだせませんけどね……」
「私もエミリスさんの結婚式、見たかったですわ。どんな感じだったんですか?」
ラメの入った煌びやかな青いドレスのウィルセアが皆に聞く。
「俺たちの時はかなり質素にしたからな。人もそんなに呼ばなかったし。……でもエミーは緊張でガッチガチだったよ」
「ふふ、エミリスさんらしいですね」
「それにすっごく泣いてたよ。な?」
振られたエミリスは口を尖らせた。
「むむぅ、そんな言いふらさないでくださいよ……」
「はは、良いじゃないか。良い思い出だよ」
「それは……そうですけど」
確かにそう思う。
今になって残念だと思うのは、そのとき両親を招待できなかったことだ。
もちろん、そのときは知らなかったことなので仕方ないのだが。
「それじゃ、俺は行くよ。また後でな」
「ああ、頑張れよ。ノード」
ノードは手を上げて、控え室に戻っていった。
そう、今日はノードとナターシャの結婚式の日だ。
元々はもう少し先の予定にしていたが、少しでも早くアティアスの力になりたいと、予定を早めてこの3月に式を挙げることになった。
そして式が終われば、ナターシャとふたりでウメーユに引っ越すことになっていた。
「楽しみですね」
「そうだな。……ケーキがな」
「むぅー、酷いですよっ!」
アティアスの言葉に、エミリスは可愛らしく頬を膨らませて抗議した。
◆
無事に結婚式が終わり、そのあとのパーティが始まっていた。
アティアス達も円卓に着き、料理を戴く。
「こういう、大量に同じのを作るのは経験ないんですよね……」
「専門の料理人が要りますから。手分けしてやらないと無理ですわ。でも味はエミリスさんの料理の方が断然上だと思います」
エミリスが味わいながら、ウィルセアと話をしていた。
ウィルセアが住み込むようになってから、2人は意気投合して妙に仲が良かった。
もちろんエミリスはアティアスを優先していたが、時間があるときはウィルセアに色々指導していたし、逆に貴族としてのマナーなどはウィルセアから詳しく教えてもらっていた。
そこに、1つずつテーブルを回っていたナターシャが声をかけた。
「アティアス、色々ありがとうね。あなたのおかげで今日をこうして迎えられたわ。……エミリスちゃんにはたっぷりケーキ準備しておいたから、いっぱい食べてね」
「ナターシャさん、ありがとうございます! 楽しみにしてましたよっ!」
「ふふ。だと思ったわ」
笑顔で答えるエミリスにナターシャが笑う。
「ウィルセア嬢もありがとう」
「ナターシャさん、おめでとうございます。いえ、お気になさらず。私もアティアス様、エミリスさんのお力になるためにいますから。これからよろしくお願いします」
「そうよね。こちらこそ」
そう言ってウィルセアが差し出した手をナターシャはしっかりと握った。
◆
「こちらがアティアス様のご自宅なんですね」
「正確には、『元』だけどな」
結婚式が終わった後、一晩休んでからウメーユに帰る予定にしていた。
宿を取っても良かったが、エミリスの希望でアティアスの家に泊まることにしたのだ。
その家を見て、ウィルセアがしみじみと呟いた。
「ウメーユで借りている家よりはだいぶ小ぶりですけど、綺麗な家ですね」
「私は好きなんですよ、ここ」
エミリスが笑顔で言う。
パーティではあまり飲むなとアティアスに止められたこともあって、今日はまだまだ元気だった。
「さ、入ろうか。物はあまり置いてないけど、泊まるくらいなら十分だ。部屋もあるしな」
「では失礼します」
家に入り、まずは2階の部屋に手荷物を置くと、簡単にお茶をすることにした。
「それじゃ、お茶淹れますね。ウィルセアさん、手土産にバームクーヘンがあったと思うので、切ってもらえますか?」
「あ、はい。わかりました」
エミリスが軽く言って、手慣れた厨房に入っていき、カッティングボードとナイフをウィルセアに手渡した。
渡されたウィルセアは、お茶が入るまでの間に、手早く切ってテーブルに並べる。
「はーい、お茶入りました」
両手にカップを持ってエミリスが出てきた。
もう1つのカップは、ふわふわと彼女の目の前に浮いていて、それがアティアスの前に滑るように置かれた。
「便利だな」
「そうですね。すごく便利ですよ」
そう言いながら、両手のカップもテーブルに置き、彼女は椅子に座った。
「いただきますー。んふー、これ美味しいですねぇ……」
早速バームクーヘンを口に運んだエミリスは、頬を手で押さえて微笑んだ。
「ずっと忙しかったけど、たまには息抜きで良いな」
「そうですね。しっかり運営できるようになったら、だいぶ楽になると思いますよ」
アティアスもお茶を飲んで一息つくと、ウィルセアが答えた。
「そうだといいな。たまには旅に行きたいよ」
「ですですー。私も旅が楽しいですー」
エミリスが笑顔で同意する。
「今回はエミリスさんに運んでいただきましたけど、いつもはそうじゃないんですよね?」
「そうだな。エミーと2人の時は馬かな」
「私も馬は乗れますので、いつか是非ご同行させていただきたいと思います。馬車以外で街を出たことがありませんでしたので……」
ウィルセアの話に、エミリスが頷いた。
「たまには良いんじゃないですか。大人数じゃなければ、私が守れますし」
「ありがとうございます。私も少しなら魔法は使えますから」
「そうか。普段使ってるところを見ないけど、あのヴィゴール殿の娘だもんな。魔導士の素養はあるのか……」
普段全く魔法を使ったりしていないが、遺伝で受け継がれるという魔導士の素養は、当然ウィルセアも持っているはずだった。
「ええ、幼いときに父に仕込まれました。自分の身は自分で守れと」
「ヴィゴール殿らしいな。なら心配ないだろ」
「ですね。……ところで、私お腹が空いたので、クレープ食べに行きたいんですけど……?」
エミリスがお腹を押さえつつ、上目遣いでアティアスに言う。
さっきまでパーティで大量にケーキを食べて、今もバームクーヘンを食べたばかりの彼女に、アティアスは呆れた。
「お腹が空くの早すぎるだろ……。まぁ良いけどな。久しぶりだし」
「ありがとうございますー。ゼバーシュ来たらクレープ楽しみにしてましたので。……ウィルセアさんも行きましょうよ。美味しいですよっ」
「ええ。エミリスさんから聞いてたので、私も食べてみたいです」
ウィルセアも頷く。
もしかして彼女も別腹とか言い出すのだろうかと、アティアスの内心は穏やかではなかった。
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