身寄りのない少女を引き取ったら有能すぎて困る(困らない)

長根 志遥

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第11章 その後

第155話 別人

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「えっと、あなたは……?」

 そこにいたのは若い女性の魔導士だった。
 明らかに自分達を知っている様子の彼女の顔を、エミリスは考えてみたが、記憶には残っていなかった。

「あの……私は以前ダライでお会いしたドロシーと申します」

 少し緊張した顔で、ドロシーは名前を名乗った。

「ドロシーさん……? アティアス様、覚えておられます?」
「いや、すまん。俺も覚えてない……」

 聞かれたアティアスも、覚えてはいなかった。
 エミリスは申し訳なさそうな顔でドロシーに答えた。

「申し訳ありません。覚えていなくて……」

 ドロシーは慌てて手を振った。

「いえっ! 覚えてなくて当然です。あの……私、ダライでお二人に全滅させられた部隊にいた者です。今はここに配属されていますけど……」
「全滅……? んーっと。……あっ、もしかして、ヴィゴールさんとダライに行った時の……ですかね?」

 エミリスは必死に記憶を呼び起こしながら答えた。
 あり得るとしたら、その時しかないはずだ。

「たぶん、それです。……私は運よくほとんど怪我もしませんでしたが」
「と言うことは、あれか。エミーと見に行った時に、1人だけ怪我してなかった……」

 アティアスが促す。
 エミリスもそれで思い出したのか、ポンと手を叩いた。

「あっ! 思い出しましたっ! なんかすごく運が良かった人っ!」

 ドロシーは複雑そうな顔をしながら、頷いていた。

「はい。あれからヴィゴール様から通達がありましたし、その……先日お噂をお聞きしていたところに、ちょうどお見かけしたので声を掛けさせていただきました」
「噂……?」

 通達に関しては、ゼバーシュとの友誼の話か、親善大使の話のことだと思われた。
 しかし、噂には心当たりがなく、アティアスが聞き返した。

「実は……年末にヴィゴール様がお越しになられておりまして、そのときに仰っておられたと……。ここウメーユがマッキンゼ領ではなくなると」
「ふむ……」

 ヴィゴールは当然知っているはずで、その話をここに伝えていたのだろう。

「それで……お噂では次の領主はアティアス様だということで、気になっておりまして……」
「そうか。……噂だけで混乱するのは好ましくないな」
「申し訳ありません!」

 アティアスの言葉に、ドロシーは背筋を伸ばした。
 それを手で制して、彼は続けた。

「まぁいずれ分かることでもあるけど。……確かに予定では、ここウメーユとゼバーシュ領のテンセズの2つを、俺が治めることになっている。半年くらい先の予定だ」
「……テンセズも……ですか?」
「ああ。ヴィゴール殿とくわしい段取りについて相談しようと思って、これからミニーブルに行こうとしてるところなんだ。そのついでにここに立ち寄った訳だな」

 彼の話を聞いて、ドロシーは「なるほど……」と頷いた。

「まだ準備も話も全然できていないから、当面は今まで通りでやってくれればいい」
「わかりました。恐らく、私たちはそのまま新しい領主様にお仕えすることになると思います。よろしくお願いします」

 ドロシーは深く頭を下げて礼をしたあと、緊張した面持ちでちらっとエミリスの方に視線を向けた。

「……えっと、こちらこそよろしくお願いします」
「はいっ!」

 エミリスも戸惑いながら礼を返すと、ドロシーは背筋を伸ばして、先ほどより大きな声で返事をした。

「はは、そんなに気を使わなくても大丈夫だって。エミーは基本的に大人しいから。……な?」
「ですですー」

 アティアスはエミリスの頭を撫でると、彼女は機嫌良く喉を鳴らした。
 ドロシーが以前ダライで彼女に会った時は、背筋が凍るほどの恐怖を感じた。しかし今の彼女を見ていると、確かにただの少女にしか見えなかった。

「……あの、失礼ですけれど、以前と別人だったりは……しないですよね……?」

 つい気になってドロシーが聞くと、エミリスは軽く答えた。

「まさか。あの時はヴィゴールさんに、そう振る舞ってくれってお願いされてましたので。……よほどのことがなければ、あんなこともうしませんから、ご安心ください」
「よほどのこと……」

 ドロシーは彼女の言葉に少し引っかかったが、とりあえず気にしないことにした。

「……エミー、そろそろ行くか?」
「あ、はい。そうですね。もう飛べると思います」

 アティアスが聞くと、酔いも覚めてきたのか、エミリスは少し身体を浮かせ、その場でくるくる回って調子を確認した。
 その様子を驚きを持って見ていたドロシーは、しかしそれを飲み込んで2人に深く礼をした。

「引き留めて申し訳ありませんでした」
「かまわないさ。……こいつの酔い覚ましで時間潰ししてただけだから」

 彼が笑いながらエミリスのこめかみを指でつつくと、彼女は頬を膨らませた。

「むー、ワインが美味しいせいですっ。私悪くないですー」
「ははは、まぁそう言うことにしておこうか。……それじゃ」

 ドロシーは目を丸くしつつも、軽く手を挙げて街の外に向けて歩く2人を見送った。
 見間違えようもないが、やっぱり別人だったのではないかと、楽しそうに彼に抱きつく少女を見てそう感じた。

 ◆

「……うーん、やっぱりそのままですね」
「ああ、そうみたいだな」

 2人はミニーブルに行く前に、途中のダライに寄ってみた。
 もう日も傾きかけた時間にたどり着き、元々砦があった場所に顔を出してみると、あのとき崩れた砦はそのままの状態で手付かずだった。
 代わりに、砦の横の広場に仮設のテントが張られて、そこに少ないながらも兵士が常駐しているようだった。

「このあと建て直すんでしょうかねぇ……?」
「さぁな。そうするにしても、この瓦礫を片付けるのが大変だと思うけど」

 巨大な石の瓦礫は移動するだけでも大変そうに思えた。

「そうですねぇ。まぁ、私なら一発で粉々にできますけどねっ」

 小ぶりな胸を張る彼女に、アティアスは笑う。

「粉々にするだけなら俺でも無理じゃないって。俺たちの仕事じゃないし、ほっとくしかないだろ」
「ですねぇ。……日が暮れるともっと寒くなりますし、もう行きますか?」
「そうしようか」

 2人はそう言ってダライの街を後にした。
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