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第10章 王都にて

第148話 愛

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「…………えっと、2人で私をからかってたり……しませんよね……?」

 エレナ女王とワイヤードを交互に見ながら、エミリスは聞く。

「なんでそんなことする必要があるんだ?」
「うーん、面白いから……?」

 ワイヤードの問いに、エミリスは首を傾げて答えた。

「うふふ。面白い子ね」
「……お前の若いころにそっくりだ。似てるのは顔だけかと思ってたがな。性格まで瓜二つじゃないか」

 笑うエレナに、呆れたようにワイヤードが言う。

「そうかしら? ――ここだと話しにくいし、奥に行きましょうか。お茶でも淹れるわ」

 そう言ってエレナは立ち上がると、2人を手招きして奥の自室に案内する。

「ここで住んでる訳じゃないのよ。控室みたいなものかしら」

 2人をソファに座らせて、エレナはワイヤードが沸かしたお湯をポットに入れた。
 ふと、壁に目を遣ると、肖像画が掛けられていた。

「ふふ、私の若いころの絵よ。ここに来たのは、これを見せたかったからなの」

 優雅に椅子に座る情景を描いたものだった。
 確かに、髪の色こそ違うが、顔の雰囲気はエミリスによく似ているようにも思えた。

「確かによく似てるな」
「……ええ」

 アティアスの言葉に、エミリスが頷く。
 ただ、その様子がおかしいことに気付いた。

「……エミー、どうした?」
「あ、いえ……。絵を見てると、なんというか……急に実感が……」

 彼女の顔を覗き込むと、目に涙を溜めていた。

「……いくつか、聞いてもいいですか?」
「なにかしら?」

 潤んだ目でエミリスが問う。
 以前から、どうしても聞いてみたかったことがあった。

「私の生まれた日、それと……もし本当の名前があれば……教えて欲しいです」

 エレナはあらかじめわかっていた質問かのように、迷うことなく答えた。

「まず名前はね、エミリス。それはそのままよ。……この人が付けたの。私の頭文字を取ってね」

 その横でワイヤードが照れくさそうにしているのが、なんとも微笑ましくも見える。
 エレナが続ける。

「それで、誕生日は……忘れたりはしないわ。12月15日。急に冷え込んだ寒い日だったから」

 ふと頭に引っかかり、アティアスに聞く。

「えっと……今日って何日でしたっけ……?」
「あのなぁ。カレンダーくらい覚えておけよ。今日が15日だ。12月15日」

 それを聞いて、ようやくワイヤードがこの日を指定した理由がわかる。
 わざわざ、今日に合わせたのだろうと。

「つまり……?」
「ふふ、そう。今日が誕生日よ。……あなたの40回目のね。おめでとう」

 エレナの祝福の言葉に、エミリスは無言で――その頬を涙が伝う。

「……あ……あぁ……お母さん……?」
「ふふ、どうしたの?」

 小さな声で呟くエミリスに、エレナは聞き返す。
 しばらく潤んだ目でエレナを見つめていたが、不意に立ち上がる。
 そして、おもむろに駆け寄り――エレナを強く抱きしめた。

「お母さん……! うあぁ――っ!」
「……ごめんなさいね。辛い目に合わせて。もっと早く見つけられれば良かったのに……」
「ううん、そんなことない! 会えて……良かった……!」
「私もよ。エミリス……」

 エミリスの背中を軽くさすりながら、エレナもうっすら涙を浮かべていた。

 ◆

「……なぜ、もっと早く教えてくれなかったんですか?」

 しばらくして落ち着いたエミリスは、エレナが淹れたお茶を口にしながら聞いた。

「そうね。先に言うと、ビズライトのことに集中できないかもって思ったの。それと、そのあとも、少しあなたたちのためにね、準備が必要だったから」
「準備……?」

 集中できないのは、確かにそうかもしれない。
 でも、誕生日のためだけに2週間も待つとは思えなかった。

「ええ。実はあなたが生まれたのは、わたしがここの先王に嫁ぐ前……若いときにね、この人とできた子なのよ。……だから、あなたはわたしの娘だけど、この国の王族ではないの」
「……そうなんですね」
「小さいときに……その髪が珍しかったんでしょう。人攫いにあってね。……そのあと、たまたま先王に見初められて……」
「そのとき、ワイヤードさんは……?」

 その質問にワイヤードが答える。

「……知ってのとおり、俺と人間は寿命が違う。俺と一緒じゃ、エレナも辛いだろう。……そう思って、お前が産まれてしばらくしたあと、エレナの側から去ったんだ。まさか、そのあと攫われるとは思わなかったよ」
「……だから、この前私に聞いたんですね?」
「そうだ。……それで先王が亡くなったあと、エレナの力になるため、ここに来たんだ。……もう死んでるかもしれないと思いながら、ずっとお前を探していた。辺境のいざこざの報告で、ひとりの若い女の魔導士が突然現れたって聞いて、もしかしたらって思ったよ。……そのあと王都でお前の魔力を感じた時は、本当に嬉しかったな」

 ワイヤードが照れながらも想いを吐露する。

「……私の手にあった紋様って、それもワイヤードさんが?」
「ああ。産まれたときから、人との混血とは思えないほどの魔力があったからな。自分の意思で制御できるようになるまで、制限をかけさせてもらった。……そんなに簡単に解けるものじゃなかったはずだが」

 エミリスの紋様があった左手を見ながらワイヤードが話した。

「……はい。アティアス様の命が危なかったとき、どうしても助けたくて、必死に必死に願ったら……いつの間にか」
「そうか……。アティアス、娘をどうかよろしく頼む」

 ワイヤードはアティアスに向き合い、初めて彼に深く頭を下げた。

「こちらこそ。……エミーにはいつも助けられっぱなしだよ。だから……絶対に幸せにするって誓ったんだ」
「ありがとう。しばらく見せてもらったが、お前なら大丈夫だろう。心配はしてない」

 ワイヤードの様子に、小さく笑いながらエレナが続けた。

「……でね、準備がって話だわね。娘へのちょっとした贈り物をね、ワイヤードに頼んでおいたの」
「贈り物……ですか?」
「ええ。あなたたちがこれから困らないように。……今になってわたしに娘がいた、って国民に説明する訳にもいかないから、その代わりにね。……アティアスさん、あなたに男爵の爵位を贈ろうと思うの。……どうかしら?」

 突然の提案に2人は驚く。

「男爵……ですか」
「ええ。少しだけど領地もと思って、ワイヤードにゼバーシュ卿と会ってもらってきたのよ」
「親父と?」
「でね、相談したんだけど、この前マッキンゼ領との諍いがあったでしょ? あのあたりを、あなたに持ってもらうって話にしたの。マッキンゼ卿にもそれを話して、了解してもらったわ」

 ぺらぺらと話すエレナに、だんだん頭が付いていかなくなってきた。
 諍いのあたりといえば、テンセズということになるのだが。

「ええと……それはテンセズをゼバーシュから割譲するって話でしょうか?」

 それにエレナは頷く。

「それだけだと少ないから、隣のウメーユもね。……間に山があるけど、それはうまくやってちょうだい」
「え、ウメーユを!」

 自分の好きな町の名前が出て、エミリスが目を輝かせた。

「ヴィゴールにも会ったが、お前あの辺りでは有名人らしいな。……あまり目立つのは感心せんが」
「あはは……」

 ワイヤードの話に、エミリスが乾いた笑みを見せた。
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