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第10章 王都にて

第145話 冗談

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「あら、こんにちは。相変わらず仲がいいですね」

 ワイヤードからの連絡を待っている間、やることもなく2人はギルドに顔を出した。
 受付のマーガレットが2人の顔を見て声をかけた。

「こんにちは。ふふ、そうですか? ありがとうございます」

 アティアスの腕にぴったりとくっついているエミリスが笑顔で返答する。

「羨ましいです。今日は何か御用でしょうか?」
「いや、暇だったんでふらっと寄ってみたんだ。最近どうなんだ?」

 アティアスが聞くと、マーガレットは少し考えて答えた。

「そうですねぇ。年末ですし、少し人が少なくなってきた気がします」
「年末は減るんですか?」
「はい。例年、地元に帰る人がそこそこいますからね。でも、逆にこの時期は依頼が増えるので忙しいんですよ」

 王都に仕事を探しに来ている冒険者が一定数いて、その一部は新年くらい地元で過ごそうと、一時的に帰ってしまうのだ。

「へー、どんな仕事が増えるんですか?」
「それは様々ですけど、やっぱり年内に片付けたいって依頼者が多いんですよ。……お暇なら、お仕事受けていただけると助かります」
「まぁ、短時間で済むようなものなら構わないが」
「はい、ぜひぜひお願いします!」

 マーガレットは笑顔で頭を下げた。

 2人は貼り出された依頼票を見ながら、いい仕事がないかを探す。
 年末ということもあって、冒険者だけでなく住民も地元に帰る人が多いのか、そういう護衛の仕事もあった。

「護衛の仕事と帰る方向が一緒だったら、一石二鳥ですね」

 エミリスが呟く。
 確かに冒険者と依頼の目的地が同じだと、報酬も貰えて都合がいいだろう。

「んー、良いの無いですねぇ……。あ、これならどうでしょう?」

 依頼票を流し見しながら、エミリスが1枚の紙を指さした。
 その紙には『ヘルハウンドの討伐』と書かれていた。どうやら王都近くの山林で、林業を営んでいる場所に度々ヘルハウンドが現れるようで、仕事にならないから駆除してほしい、という内容だった。

「このあたりでも魔獣が出るんだな。いいんじゃないか。ヘルハウンドくらいなら簡単に倒せるだろ」
「ですね。数日で終わりそうですし、ちょうど良いです」

 並の冒険者にとってヘルハウンドは手強いが、2人にとってはさほどの脅威ではないと思えた。
 エミリスは依頼票を剥がして、マーガレットに手渡す。

「ありがとうございます。お気をつけて」
「はい、行ってきます」

 そうして2人はギルドを後にした。

 ◆

 翌日、野営の荷物を整えて、2人は王都を出発した。
 山に行くとしても、すぐにターゲットが現れるとは限らないため、数日山に滞在することも想定していた。
 そのためすぐに出発せずに、準備をしていたのだ。

「えっと、本街道から外れて半日くらい歩いたところ……ですか」

 地図を見ながら、エミリスが確認する。

「みたいだな。ある程度王都から離れたら、もう飛んでいくか?」
「私は歩いても構いませんよ? どうせ暗くならないと出てこないんですよね?」

 大きな荷物を軽々と背負って歩くエミリスが答えた。
 もちろん、魔力で軽くしているのだろうが、逆に荷物に背負われているようにすら見える。

「まぁそうだな。歩いても午後には着くだろうし、そうするか」
「はい。運動も大切ですからねー。ふふ、久しぶりに野営ですね」
「ああ。いつ以来かな?」
「んー、そうですねぇ……。それこそ、最初にゼバーシュに向かったとき以来じゃないです? テントで寝るのは……」
「そんなに前だったか。懐かしいな」

 アティアスも思い返しながら頷いた。

「あの時はノードさん居られましたし、2人なのは初めてですよ?」
「言われてみるとそうだな」
「山は冷え込みそうですねぇ……」

 エミリスはチラッと彼の顔を覗き込みながら呟く。アティアスは気にせずに続けた。

「もう冬だからな。新年にゼバーシュに帰れるか、ギリギリだな」
「思ったより長い旅になりましたねぇ……」
「ああ。でも目的も達成できたし、安心して帰れるよ」

 エミリスの剣も修理……どころか、むしろ安易に使用できないほどの剣になった。
 また人身売買の組織も、これから女王が中心となり全容が解明されるだろう。

「はい。あとは……」
「エミーの両親にも早く会えたらな。俺も挨拶しとかないと」
「ですー。……もし、私のお父さんが『お前に娘はやらん!』とか言ったらどうします?」

 ずっと会ってないのに、そんなことないだろうと思いながら、エミリスは笑った。

「それは困るな。……ま、あんまり気にしないがな。エミーと俺の気持ち次第だろ」
「ふふ、ご安心を。そんなこと言われたら、私が吹っ飛ばしますから」
「……エミーより強いかもしれないけどな」
「確かにそうかも……ですけど。まぁ、ワイヤードさんもいるし、大丈夫でしょ」

 エミリスは彼の指摘に、乾いた笑顔で答えた。
 確かに彼女の両親は彼女以上の魔力を持っている可能性もあるからだ。

「はは、心配するなって。どうなってもエミーを譲るつもりはないから」
「はい。私もですー」

 彼の言葉に、エミリスは笑顔で頷いた。

 ◆

「この辺りでテント張るかな」

 アティアスが提案したのは、林業の作業小屋があったと思われる場所の近くだった。
 『あった』というのは、ヘルハウンドに焼かれたのだろうか、焼け残った残骸がある程度で、小屋は原型を留めていなかったからだ。

「りょーかいです」

 軽く返事をすると、彼女は荷物を下ろして中からテントなどを取り出した。
 それを受け取ったアティアスは、テキパキとテントを設営する。

 その間に、彼女は夕食の準備を始めた。
 冬ということもあり、まだ午後も早い時間だが、辺りは薄暗くなり始めていた。

「寒い時期ですから、食材が傷まなくて良いですね。……今晩は肉にしましょう」
「良いな。何か手伝うことあるか?」
「いえ、ご心配なく。……あ、先に椅子とか作りましょうかね」

 彼女はそう言うと、荷物に括り付けていた自分の剣を取り出した。

「この辺りが良いかなぁ……」

 呟きながら、付近にあった木へと、横なぎに剣を振った。
 音もなく斬られた木がゆらりと倒れ始めるのを、彼女は自分の方に来ないように魔力で操っているようだ。

「……凄いな」

 彼女はあっという間に丸太で椅子を2つ作ってしまった。
 ついでにと、少し長めに切った木をテーブル代わりにする。

「はい。これで座れますね。それにしても、この剣は便利ですねぇ……」

 うっすらと光るその剣を見ながら、彼女は呟いた。

「そうだな。その剣のおかげで、ビズライトを倒せたってのもあるしな」
「まさか、向こうの剣まで切れちゃうとは思いませんでしたけどね。ふふ」

 ビズライトの剣と交差した時、彼女が勝ったのは力ではなく、この剣のおかげだった。

「アティアス様が買っていただいたおかげですね。私への最初のプレゼントですから、一生大事にします」

 彼女は鞘にしまいながら、彼に礼を言う。
 しかしアティアスは笑いながら答えた。

「あれ? その剣は俺が貸してるって話じゃなかったか?」
「えぇー、今更ですか⁉︎」
「はは、冗談だよ、冗談」

 アティアスは、エミリスが作った丸太の椅子に座りながら、非難する彼女を見つめた。
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