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第10章 王都にて

第143話 決着

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「ふ……。もうあなたに手は無いでしょう?」

 エミリスは空に浮かんだまま、眼下のビズライトに向けて手の平を向けた。
 そして――

 ――ゴウッ!

 彼女の周りに浮いていた石が、風を切る音と共に、弾丸のように勢いよく打ち出された。

「……ちっ!」

 ビズライトは舌打ちしつつも、剣を構えた。

 ガガガッ――!

 自らに迫る大量の石を見据えて、目にも留まらぬ速さで剣を振るった。

(あれを切れるのか――!)

 アティアスがその光景を見て目を見開いた。
 いくら拳くらいの大きさがあるとはいえ、一気に襲い来るそれらを剣一本で防いでいるのだ。
 人間技には思えなかった。

 打ち出された石が静かになったとき、ビズライトは無傷で立っていた。
 それを表情も変えずに見ていたエミリスは、こともなげに言う。

「……大したものですね。……まぁ……関係ないですけど」

 言い終わると同時に、ビズライトが叩き落としたはずの石が、彼の周囲に浮かび上がる。
 剣で砕いたこともあり、少し小ぶりになってはいたが、むしろ数は増えていた。

「……どこまで耐えられるか、試してあげます」

 再び石を操ると、それらはビズライトに向けて、今度は弧を描きながら襲いかかった。

「くっ……!」

 それでも必死に叩き落としていくビズライトだったが――

 ――ゴツッ!

「ぐっ!」

 鈍い音と、ビズライトの声が周囲に響く。
 それで集中力が欠けたのだろう、続けて同様の音が2人の耳に届いた。

 ――周囲が静かになったときには、ビズライトは額から血を流し、膝を付いていた。

「ふふ……。もう戦えないと思いますけど、念には念を入れておきますか」

 エミリスは僅かに口角を上げると、再度同じように石を浮かべて――抵抗できないビズライトに放った。

 ◆

「アティアス様、殺します? それとも……捕らえましょうかね? どうせ最後には殺しますけど……」

 久しぶりに見せる彼女の恐ろしいまでの声。
 その顔は無表情だが、心なしか笑っているようにすら見えた。
 それが倒れて気を失っているように見えるビズライトに向けられていた。

「……そうだな。捕らえてあとはワイヤードに任せるか」

 アティアスの言葉に頷き、彼女はアティアスと共にビズライトの近くに降り立つ。

「とりあえず、この厄介な指輪を回収しましょうか」

 エミリスは言いながら膝を付き、ビズライトの指輪に手を伸ばし――

「――――があぁあっ!!」

 突然――

 倒れていたビズライトが鬼のような形相で起き上がり、渾身の力を込めて、手に持った剣をエミリスに振り下ろした。

「――くうっ!」

 それを咄嗟に自らの剣で受けようとする。
 ただ、力の差からすれば、いくらビズライトが弱っていたとしても、そのまま弾き飛ばされることを覚悟した。

 ――ギン!

 しかし、それは予想と異なる結果となる。
 2人の剣が交差したあと、弾け飛んだのは――折れたビズライトの剣先だった。

「なに……!」

 呆然とそれを見つめるビズライトに構わず、エミリスは剣を彼の左腕に振り下ろした。

 ――音もなく、ビズライトの左腕が宙を舞う。

 彼女は指輪の付けた側の腕ごと斬り落としたのだ。

「……ああああっ!」

 ビズライトは半ばで折れた剣を捨て、血が吹き出す腕を必死に抑える。
 その光景をエミリスは冷たい目で見下ろしていた。

 ◆

「……治してさしあげましょう」

 しばらく様子を見たあと、ぽつりと彼女は呟き、さっと手をかざすと、ビズライトの切断された腕から流れていた血が止まる。

「――!」

 痛みも同時に消えたのだろうか、ビズライトが蹲ったまま、エミリスの顔を見上げた。

「……まだ、やります?」

 その言葉にかぶりを振る。

「ふん。剣がないオレに勝ち目はないだろう。……お前はヤツと違って……魔法だけでは戦わないのだな」
「ヤツ……?」

 アティアスが問うと、彼の方に顔を向ける。
 しかし、答えは違う方向から返ってきた。

「ふ、それは俺のことだろう」

 振り返ると、そこには見慣れた顔――ワイヤードが、ビズライトの千切れた腕を掴んで立っていた。

「ワイヤードさん……」

 ワイヤードは、その指から指輪を抜き取ると、懐に大事そうにしまい込む。

「これは女王に返させてもらう。2人とも、礼を言う。……あとは、俺に任せろ」

 2人を手で制しながら、ワイヤードがビズライトに近づいた。
 最初はいつもの分身体かと思っていたが、そうではないことに気づく。

「……やはりお前が一枚噛んでいたか」
「ふ、俺にずっと尻尾をつかまさないとはな。……だが」

 ワイヤードがビズライトに手をかざすと、カクンとその頭が垂れ下がる。
 まるで糸が切れた操り人形のように。

「殺したのか?」

 アティアスが聞くと、ワイヤードは軽く首を振った。

「いや、気を失わせただけだ。こいつには、話してもらわなないといけないことだらけだからな」
「そうか……」
「指輪さえなければ、俺がこいつに負けることなどありえない。……詳しくはまた後日話そう。ここは俺に任せて、お前達はもう街に帰っていいぞ?」

 それを聞いて、エミリスはアティアスに駆け寄ると、ビズライトに蹴られた腹部に触れた。

「大丈夫でしたか……? 念のため、治癒しておきますね」

 そう言って手に魔力を込める。

「ああ、ありがとう。まだ少し痛かったけど、もう大丈夫だ。……帰ろうか」
「はい。……それではワイヤードさん、あとはよろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げたエミリスは、アティアスを抱いて僅かに体を浮かせ、王都に向けて飛んだ。
 それをワイヤードはじっと見つめていた。

 ◆

「アティアス様、ごめんなさい。魔法で吹っ飛ばしたりして……」

 宿に帰り、部屋に入ると、開口一番にエミリスは彼に頭を下げた。

「いや、そうしてくれなかったら、俺の耳は無くなってたかもしれないしな。助かったよ」
「アティアス様……」

 ビズライトと相対していたときの冷徹な表情とは一変して、泣きそうな顔をしたエミリスは、正面から彼にぎゅっと抱きついた。

「お怪我がなくて何よりです。……まだまだ私も力不足ですね」

 下から彼の顔を見上げるエミリスの目には、うっすら涙が浮かんでいた。
 アティアスも彼女の背中に手を回し、しっかりと身体を密着させた。

「エミーが力不足か。もうこれ以上は人間じゃないだろ。間違いなく……」
「ふふ、私もそう思います。……でも、いつも言ってますけど、アティアス様を守れるなら、私は人間じゃなくても構いませんから」

 そう言いながら、彼女はぐいっと背伸びをして彼に唇を重ねた。
 アティアスも口付けをしたまま、片手を彼女の頭に回してそっと撫でる。
 最初はうっすら目が開いていたエミリスだったが、うっとりとした表情で目を閉じると、その頬を一筋の涙が伝った。
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