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第10章 王都にて

第142話 獲物

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「なかなかですねぇ……」

 王子の狩りは、草原を時折移動しながらも続いた。
 ただ、視界に入るほど、2人の方には近づいてはこない。

「もう見られるのを覚悟して、こっちから行く方がいいんじゃないか? 飛んでれば反撃されることはないだろ?」
「……そうですね。そうしましょうか」

 アティアスの考えに、エミリスも頷く。
 確かに見られたところで、向こうには逃げ場もない。それに始末してしまうのだ。
 護衛の者達には罪はないが、ワイヤードがなんとかしてくれるだろう。

 ひとつ深呼吸したエミリスが真剣な顔で、魔力を練ろうとした――そのとき。

「ようやくか」

 2人の背後から声が聞こえた。

「――え?」

 慌てて振り返ると、そこには抜き身の剣を持った男が立っていた。

「……あなたは……!」

 魔力で感知できない男……となれば、考えられるのはターゲットの王子――ビズライトしか考えられなかった。
 前回は顔が隠されていたため、確信は持てなかったが、声は覚えていた。

「鼠が尾けてきてたんでな。ちょうどいい狩りだと思って来てみれば……またお前とはな」

 のんびりした口調で、ビズライトは話した。

「……エミー、間違いないか?」

 アティアスも剣を抜きつつ問う。

「はい。この前の男に違いありません。――ビズライト殿下、ですよね?」

 その問いに答えつつも、彼女は本人に確認する。

「ああ、その通りだ。……この前は逃したが、今日は逃さんぞ?」

 ビズライトはジリっと足を踏み出す。
 全く音がしないその動きは、相当鍛錬していることを窺わせる。

 ――その瞬間。
 咄嗟にエミリスがアティアスの腕を掴み、空に逃げようとした。

「おっと!」

 ――ギィン!

 しかし、目にも留まらぬ速さで距離を詰めたビズライトが、エミリスに切り掛かってきたのを、彼女の手を振り解いてアティアスが剣で弾く。

「アティアス様っ!」

 その反動で2人の距離が少し離れてしまう。

「逃げられると厄介だからな」

 ビズライトは彼女しか見ていない。
 飛びあがるタイミングを逃した彼女は、ごくりと唾を飲み込み、自分も剣を抜いた。
 剣で戦うのは到底無理だが、それでも無いよりは良い。抜いた剣がうっすらと光る。

「……変わった剣だな。試してやる。……来い」

 呟きながら、獲物を見る目でビズライトは彼女を見ていた。
 この間合いなら、逃がさない自信があった。
 あとは適当に痛めつければいい。
 先ほどの身のこなしを見て、男の方は大した腕では無いことはわかっていた。

「……来ないなら、こっちから行くぞ?」

 ビズライトは一歩ずつ、彼女に詰めていく。
 同時にエミリスも、その隙のない雰囲気に圧倒され、じりじりと後ずさる。

「――爆ぜろ!」

 その様子を見ていたアティアスが、突然魔法を放った。――その2人のちょうど間に。

「――――!」

 どちらにも魔法が通じないのはわかっていた。
 ただ、その爆裂魔法の余波で、周囲に土埃が立ち込める。

 それをチャンスと見たエミリスは、一気に空に逃れることに成功した。

「ちっ! ……舐めた真似を」

 ビズライトは平然としているが、取り逃したことに舌打ちする。
 代わりにアティアスへと向き合う。

「……アティアスか。どこかで聞いた名だな。まぁ関係ないが」

 言いながら距離を詰めて、アティアスに剣を打ち付ける。
 アティアスはそれを必死に捌く。
 全く力の入っていない太刀筋だが、それでも腕の差は大きく、遊ばれているようだった。

「――くっ!」
「ふむ……基本はできているようだな」

 ビズライトが講評しながら、徐々に速度を上げていくのを、防戦一方で対処していた。

 その頃、エミリスは空からその様子を伺っていた。
 彼女の周囲には、武器となる拳大の石が多数浮かんでいて、いつでも打ち出せる準備はできていた。
 ただ、今撃てばアティアスにも当たってしまう。
 ――隙をただ待ち続けるしかなかった。

 ビズライトもそれに気づいていた。
 アティアスを始末するのは簡単だが、そうすると盾がなくなる。人質のようなものだ。
 剣を打ち付けながら、考えを巡らせる。
 そして――

 ――ドゴッ!

「ぐはっ……!」

 交叉する瞬間に、膝をアティアスのみぞおちに蹴り込んだ。
 纏っているレザーアーマーなど無いかのような衝撃で、アティアスは崩れ落ちる。
 ビズライトはその首元を掴んで、剣を突きつけた。

「ふ……雑魚が。――おい、女。さっさと降りてこい。……大事な男が殺されたくなければな」
「――くっ!」

 エミリスの方を見て、ビズライトはニヤリとした。

 ◆

(……どうする?)

 エミリスは冷静に考えを巡らせる。
 人質とはいえ、自分がここで狙える位置にいる限り、ビズライトがアティアスを殺すことができないのはわかっていた。
 自分が降りていくと2人とも殺されるだけだ。

 だからと言って、今ここでできるのは何があるだろうか――?

 動かないエミリスに、ビズライトが焦れて口を開く。

「……別にコイツを切り刻んでいっても構わんのだぞ?」

 言いながら、ビズライトはアティアスの耳に剣を沿わせる。

「…………」

 エミリスは内心焦りつつも、挑発に乗る訳にいかないことも同時にわかっていた。
 なにか手はないか。

 ――ひとつだけ、思いついたことがあった。

「……まずは耳を削いでやろう」

 ビズライトが呟いたとき、エミリスが動く。

 ――ドオオーン!!

 先ほどのアティアスの爆裂魔法などより強く、しかし同じように、アティアスの足元に向かって魔法を放つ。

「なにっ⁉︎」

 ビズライトではなく、アティアスに向けて放ったそれは、彼を大きく吹き飛ばした。
 通常なら、この威力を受けると人間などバラバラだろう。
 しかし、エミリスは元々彼には魔法から守るよう、防御壁を張っていた。

 自分の魔法同士が弾けあって、ビリヤードのように彼とビズライトの距離が開く。

「アティアスさまっ!」

 跳ねる彼の身体を、彼女は魔力で器用に絡め取って、自分と同じようにビズライトの間合いから引き剥がした。

「荒っぽいな。……でも助かったよ」

 まだみぞおちの痛みに耐えながらも、彼が礼を言う。
 その光景をビズライトは忌々しく見ていた。
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