上 下
143 / 250
第10章 王都にて

第138話 黒幕

しおりを挟む
 2人はいったんワイヤードと別れ、宿に戻って着替えることにした。
 詳しくは着替えたあとで、詰め所にて話すことになっていた。

「何があったんだ?」

 破れたドレスを脱いで、シャワーを浴び、普段着へと着替えたエミリスに聞く。
 彼女は思い詰めたような表情で答えた。

「……魔法が、効かなかったんです……」
「効かない? エミーの魔法を弾くほどの奴がいたってことか?」

 アティアスの言葉に彼女はかぶりを振った。

「いえ、弾くのならまだわかります。そうじゃないけど、効かなかったんです。説明するのが難しいんですけど、発動する前に消えちゃうような……?」
「よくわからないけど、ドワーフの森で魔法が使えなくなった時みたいな?」
「うーん、近いような近くないような。魔法自体は使えるんですけどね。……あー、よく分からないです!」

 困った顔をして彼女は天井を見上げる。

「そうか……。でもエミーが逃げられて良かったよ」
「本当に。すごく怖かったんですから……」

 そう言いながら、ベッドに座る彼の膝の上に、向かう合うように座った。
 泣きそうな顔で、そのまま彼の背中に手を回して胸に顔を埋める。彼の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。

「んぅ……。もう会えないかもって思いましたよぅ……」

 珍しく弱気な様子を見ると、よほど怖かったのだろうと思う。
 そんな彼女の背中に手を回し、小さな身体をしっかり抱きしめた。

「あぁ……落ち着きますねぇ。……やっぱりアティアス様の側じゃないと、私もうダメになっちゃってるみたいです」

 昨日彼女が囮となって1人で行動を始めてから、丸一日ほど。
 よくよく考えると、彼女と出会ったテンセズを出てから、これほど長く別行動をとったことは一度もなかった。
 離れていたとしても、せいぜい数時間ほど。それほどずっと一緒にいたのか。

「俺も一緒にいるのが当たり前すぎて、久しぶりに1人で寝たらなかなか寝られなかったよ」
「もしかして心配してくれたんですか? 私は疲れてたからよく寝ましたけどね。ふふ……」

 抱き合ったまま、彼女はアティアスの顔を見上げ、そのまま唇を合わせた。

「……本当はこのまま抱いていただきたいんですけど、ワイヤードさんをあまり待たせるわけにもいきませんし。……行きましょうか」
「ああ。また夜にな」
「はい。全力で楽しみにしてますね」

 彼女はそう言いながら、嬉しそうにもう一度キスをした。

 ◆

「……なるほど。それはよく逃げられたな。褒めてやる」

 エミリスの説明を聞いたワイヤードは、褒めてるのかよくわからない口調で答えた。

「ワイヤードさんは、その男に心当たりがあるんですか?」

 彼なら知っているような気がして、なんとなく聞くと、ワイヤードは珍しく真剣な顔を見せた。

「ああ。確実だとは言えないが、恐らく。もしそれが相手なら俺では歯が立たん。なにしろ、魔法は効果がないし、剣の腕も並ぶ者がないほどだ」
「……剣? さっきはナイフ持ってましたけど……」

 エミリスが疑問に思って聞く。

「運が良かったな。剣を持っていたら、逃げることもできなかっただろ」

 苦い顔で言うワイヤードに、アティアスは問う。

「……で、その相手は誰なんだ?」

 ワイヤードはしばらく逡巡したあと、重い口を開いた。

「俺の知る限り、該当するのは1人しかいない。……ここ王都の第一王子、ビズライト殿下だ」

 その名を聞いた2人は絶句する。
 ワイヤードが知っているという話から、有名な人物なのだろうことは薄々気づいていたが、まさか王族だとは予想していなかった。
 しばらくして、アティアスがようやく口を開く。

「……厄介だな、それは」

 ワイヤードが頷く。
 それを聞いていたエミリスがアティアスに聞いた。

「……このメラドニアを治めてるのって、確か女王でしたよね?」
「ああ。エレナ女王だ。もうかなりご高齢だけどな」
「となると、次はそのビズライトって方が後継なんですよね?」
「順当にいけばそうなるだろうな」
「嫌な感じですね……。私、顔見られてますし、髪の色でも。それにいずれは私たちのことも情報が伝わるでしょうから、王都を離れても……」

 不安そうな顔をして、彼女が考え込む。
 王子が奴隷商に絡んでいるのであれば、アティアス達の情報が王都に入ったあと、何らかの手を打ってくることを危惧していた。

「そうだな。仮に王から呼び出されたりしたら、従わない訳にもいけないしな。……かなりまずいことになったな」

 2人の話を聞いていたワイヤードが話す。

「……実は、普段俺はそのエレナ女王の警護をしてるんだ。この話を女王が聞くと、間違いなくお怒りになるだろう。……彼女も奴隷商をなんとかしようとしてる1人だからな。相談してくるから、少し待ってくれ」

 ワイヤードはそう言うと、目を閉じて黙ってしまった。

「……あれって、また分身体使ってるんでしょうかね……?」
「さぁな……」

 エミリスが小声でアティアスに耳打ちするが、彼には正直よく分からなかった。

 しばらくしてワイヤードが顔を上げた。

「……女王が明日お会いになるそうだ。詳しくはその時だ。場所は俺が案内するから、宿で待っていてくれ」
「俺たちなんかがお会いしても構わないのか?」
「心配するな。……むしろお前たちだから、だ」
「いまいちよく分からんが……わかった。待ってるよ」

 ◆

「女王様ってどんな方なんですか?」

 宿に戻り、ベッドに腰をかけたエミリスが聞く。

「正直、俺もほとんど知らないんだ。式典のときに顔は何度か見たことがあるけど、話したことはないし」
「そう簡単に会えるような方じゃないんですね」
「ああ。確か、エレナ女王は先王の王妃でな。王が若くして亡くなって即位したんだ。ただ、子供がいなくて、王子は女王の甥だったはず」
「へぇ……。再婚はされなかったんですね」
「エレナ女王は王の血筋じゃないからな。だから再婚して子供を作るのを避けたって話を聞くよ。先王に兄弟がいたってのもあるだろうし」
「なんか大変ですねぇ……」

 そう呟きながら、彼女はアティアスの手を引いて、自分の横に座らせた。
 そのまま横になって、彼の膝に頭を乗せながら、下から彼の顔を見上げた。

「……でも、もしアティアス様がいなくなったら、私も同じことすると思いますよ」
「物騒なこと言うなよ……」

 彼は彼女の髪を指で梳きながら、苦笑いした。

「ふふ、ご心配なく。いつでも私がついてますから」

 撫でられて気持ちよさそうにしながら、エミリスは目を閉じた。
 アティアスがしばらくそのまま優しく撫でていると、彼女は程なく寝息を立て始めた。
 疲れていたのか、それとも安心して気が抜けたのか。
 起こしてしまわないように気をつけて、そっとベッドに寝かせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】飯屋ではありません薬屋です。

たちばな樹
ファンタジー
両親が亡くなり王都で薬師をする兄を頼りに引っ越した妹は兄と同居して毎日料理を作る。その美味しい匂いの煙は隣接する警備隊詰所に届く。そして美味しい匂いに釣られる騎士達。妹視点、兄視点、騎士視点それぞれであります。ゆるい話なので軽く読み流してください。恋愛要素は薄めです。完結しております。なろうにも掲載。

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?

水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが… 私が平民だとどこで知ったのですか?

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

処理中です...