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第8章 王都への道のり
第122話 王都
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「で、どうするんですか? ここから……」
海賊に襲われたあと、無事に近くの港町に上陸し、その日は宿に泊まることにした。
塩まみれになった彼女もお風呂でさっぱりとして、今は部屋にデリバリーしてもらった夕食を食べている。
「荷物も無くなってしまったしな。幸い、剣は持ってたから良かったけど」
身に付けていた物以外は、まだ傾いたままの定期船の中だ。
この先、船を曳航して回収することになろうだろうが、時間もかかるし、何よりも途中で沈没する可能性は残っている。
「……お金、あるんですか?」
「財布の金貨があるからしばらくは大丈夫だけど、心許ないな」
「うーん、急ぐ旅でもないし、一度家に帰ります? 飛べば一晩で着きますよ」
「それでもいいけど、まぁしばらくここで滞在して、荷物を回収したら陸路で向かうのはどうだ? 最悪、沈没したら帰るってことで」
アティアスが提案する。
あまり彼女に負担をかけたくないということもある。それに同じ船に乗っていた乗客たちがここで待機しているのに、自分たちだけ帰るということに負い目もあった。
「はい。アティアス様がよろしければ。ここ、お魚もワインも美味しいですし」
白身魚のトマトソース煮込みを味わいながら彼女が笑う。
さっぱりした白ワインが良く合う料理だった。
「ああ。しばらく休暇だな」
「ふふ……いつも休暇みたいなものですけどね。アティアス様に出会う前と大違いすぎて、まだ夢みたいです」
そのころを懐かしむように彼女が言う。
「初めての経験だらけだろうからな」
「ええ、本当に。何から何まで、初めてのことばっかりですよ……」
食事を終えて、チーズをつまみにワインを飲みながら話を続ける。
「……そういうわけで、ここも初めての町ですから、存分に楽しむことにします」
「そうだな」
◆
それから無事に定期船が港まで曳航され、荷物を回収できたのは1週間経った頃だった。
更に2週間ほど待てば次の定期船が寄港するという話はあったが、アティアスたちはこの町で馬を購入して、陸路で王都に向かうことにした。
「やっぱり地に足がついてるほうが安心できますね」
馬の上で揺られながらエミリスが言う。
「そうか? 前は馬にしがみついてたエミーの言葉とは思えないな」
「むむー。船よりはマシですよっ! それに今はもう大丈夫ですからっ」
「へー。それは期待しておこう。……この街道は結構山があるはずだからな」
にやりと笑うアティアスに、彼女は眉をひそめた。
「それは……あんまり嬉しくないですね」
「もう大丈夫なんだろ?」
揚げ足を取られて言葉に詰まる。
「ぐぅ……酷いですっ! 私をあんまりいじめないでくださいっ」
「まぁ気楽にいこう。……ゼバーシュよりは王都が近いぶん、途中に街もいっぱいあるから」
「はいっ。美味しいスイーツがあるのに期待します!」
◆
それから1週間が経った。
「あと少しで王都に着くはずだ」
アティアスは馬上から後ろのエミリスに声を掛ける。
「はい。……この辺りまで来ると、街の外にも結構家があるんですね」
周りを見渡しながら彼女が言う。
確かに、街の外でもあるのに、ぽつりぽつりと家が立っており、その周囲には畑も作られていた。
「この辺りまで来ると獣や魔獣は出ないからな。塀の外でも安心して暮らせるんだ」
「へー。のどかでいいですね。私、こういう自然いっぱいなのも好きですよ」
彼女が嬉しそうに言う。
「そうなのか」
「あ、もちろんゼバーシュも好きですけどね」
「ふむ……。そのうちどこかに別荘を持ってもいいかもな。ゆっくりできるところに」
その言葉に彼女は目を輝かせた。
「別荘! なんか憧れますねー。私、今まで旅した中ではウメーユが好きです」
「あそこも良い所だったからな。マッキンゼ領の親善大使になったことだし、別荘くらい持ってもいいかもな」
「賛成です!」
アティアスの提案に彼女は手を挙げる。
ウメーユは食材も豊富で良い街だったので、前回行ったのと違う季節にも滞在してみたいと思っていたところだった。
「ま、それは次帰ってから考えよう。……ほら、見えてきたぞ?」
進む先に視線を向けると、まだはるか先だが、王都の建物がうっすらと見え始めていた。
全体的にオレンジ色の屋根が多く、明るい雰囲気の街だった。
「うっわー。すっごく大きい街ですね……」
それを見たエミリスが驚嘆する。
まだ1つ1つの建物は小さくしか見えないのに、その建物たちが見える範囲があまりにも広い。
それはそのまま街の広さを表していた。
「ゼバーシュの10倍はあるからな。100万人だぞ、人口は」
「テンセズの100倍じゃないですか。さすが王都……」
「全てにおいて規模が違うからな。とりあえず早く宿に着いてゆっくりしよう」
「ですねー。私も疲れました」
話しているうちに、王都に入るための門に近付く。
この門もゼバーシュなどとは比較にならず、大軍が攻めてきても守れるのではないかと思えるほどの大きさだった。
もちろん、警備する兵士も桁違いの人数だ。
「この門、大きすぎますね。どうやって建てたんでしょうかね……?」
「さあな。……エミーならこの門、破壊できるか?」
ふと疑問に思って聞いてみる。
「これが普通の石造りなら、たぶんできると思いますけど?」
少しだけ考え、こともなげに彼女は答えた。
城を破壊できると豪語するのだ。このくらいの門なら大したことはないのかもしれない。
そしてその言葉がただの妄言ではないことを、アティアスも知っていた。
「ま、そうだろな。……あぁ、先に言っておくけど、王都では問題起こすなよ。政治問題になるとゼルム家なんて簡単に取り潰しだからな」
「心得ました。お酒も控えておきますね」
「すまんが頼む。俺も王都は少し苦手なんだ。息が詰まるからな」
門の横に備えられた守衛場にて、身分証の確認を済ませる。
もちろん2人とも正規の身分証を持っており、特に問題なく街に入ることが許された。
「こんな街の端っこでも栄えてるんですね」
「ああ。もう街に人が入りきれないほどだからな。そのせいで外に家を持つ人もいるわけだ」
「なるほど……」
ゼバーシュでは街の端は寂れているが、王都ではこの時点でゼバーシュの中心地ほどの賑わいを見せていた。
「ここではあんまり中心部まで馬で行くのは避けたい。郊外にあるギルドの近くに預けて宿もそのあたりで取ろう」
「承知しました」
式典で来るならば、もちろん中心部に滞在するが、今回はそのために来たのではない。
エミリスの剣の修理と、人身売買の組織の調査が目的であり、あまり目立たぬようにしたい。
情報収集ならギルドが役に立つこともあり、その付近だと都合が良かった。
無事、適当なところで宿を確保することができ、この日はゆっくりと休むことにした。
◆◆◆
【第8章 あとがき】
「ついに王都に到着しましたねっ!」
「ああ。しかし、なかなか一筋縄にはいかないもんだな」
宿で食後のデザートを食べながら、2人はこれまでの旅を振り返っていた。
「ほんと、突然海水浴することになるし、大変でしたよー。海水ってあんなにしょっぱいんですねぇ……」
「まぁあれだな。エミーが無理やり海水浴させたあの男たちの恨みだったんじゃないか?」
アティアスの言葉に、エミリスは青ざめる。
「ええっと。あの方たち、そのせいで殺されちゃいましたもんねぇ……。罪悪感が……」
「とはいえ、店で横暴してたせいだからな。自業自得だろ。それに、殺されたのはアンケートのせいだからな?」
「アンケート……?」
何のことか分からず、彼女が聞き返す。
「ああ、作者が展開に悩んでTwitterでアンケートを取ったみたいなんだ。それで一番多かったのがソレだったわけだ」
「うわぁ……。そのまま採用するとか、ないわー」
「エミー、口調が……」
「あっ、大変失礼しました」
エミリスは指摘されて「コホン」と咳払いする。
「ま、絶対的ヒロインのこの私に手を出そうとしたんですから、当然の報いですね」
「……さっき罪悪感が、って言ってなかったか?」
「え、何のことですかねぇ……? ふふふ……」
彼女は視線を斜め上に向けてとぼけた。
「あっ! そういえば、もしノードさんがナターシャさんとご結婚されたら、私たちときょうだいになるんですかね?」
「まぁ、義理だけどそうなるな」
話を変えた彼女に、アティアスも同意する。
「結婚式が楽しみですねぇ……」
「……エミーが楽しみにしてるのは、その式で出てくるケーキだろ?」
「…………当たってますけど、ストレートすぎませんか? アティアス様……」
「ま、まぁ……それはそれ。まずは明日から王都編だ。こうご期待!」
「あー、逃げた! 酷い!」
海賊に襲われたあと、無事に近くの港町に上陸し、その日は宿に泊まることにした。
塩まみれになった彼女もお風呂でさっぱりとして、今は部屋にデリバリーしてもらった夕食を食べている。
「荷物も無くなってしまったしな。幸い、剣は持ってたから良かったけど」
身に付けていた物以外は、まだ傾いたままの定期船の中だ。
この先、船を曳航して回収することになろうだろうが、時間もかかるし、何よりも途中で沈没する可能性は残っている。
「……お金、あるんですか?」
「財布の金貨があるからしばらくは大丈夫だけど、心許ないな」
「うーん、急ぐ旅でもないし、一度家に帰ります? 飛べば一晩で着きますよ」
「それでもいいけど、まぁしばらくここで滞在して、荷物を回収したら陸路で向かうのはどうだ? 最悪、沈没したら帰るってことで」
アティアスが提案する。
あまり彼女に負担をかけたくないということもある。それに同じ船に乗っていた乗客たちがここで待機しているのに、自分たちだけ帰るということに負い目もあった。
「はい。アティアス様がよろしければ。ここ、お魚もワインも美味しいですし」
白身魚のトマトソース煮込みを味わいながら彼女が笑う。
さっぱりした白ワインが良く合う料理だった。
「ああ。しばらく休暇だな」
「ふふ……いつも休暇みたいなものですけどね。アティアス様に出会う前と大違いすぎて、まだ夢みたいです」
そのころを懐かしむように彼女が言う。
「初めての経験だらけだろうからな」
「ええ、本当に。何から何まで、初めてのことばっかりですよ……」
食事を終えて、チーズをつまみにワインを飲みながら話を続ける。
「……そういうわけで、ここも初めての町ですから、存分に楽しむことにします」
「そうだな」
◆
それから無事に定期船が港まで曳航され、荷物を回収できたのは1週間経った頃だった。
更に2週間ほど待てば次の定期船が寄港するという話はあったが、アティアスたちはこの町で馬を購入して、陸路で王都に向かうことにした。
「やっぱり地に足がついてるほうが安心できますね」
馬の上で揺られながらエミリスが言う。
「そうか? 前は馬にしがみついてたエミーの言葉とは思えないな」
「むむー。船よりはマシですよっ! それに今はもう大丈夫ですからっ」
「へー。それは期待しておこう。……この街道は結構山があるはずだからな」
にやりと笑うアティアスに、彼女は眉をひそめた。
「それは……あんまり嬉しくないですね」
「もう大丈夫なんだろ?」
揚げ足を取られて言葉に詰まる。
「ぐぅ……酷いですっ! 私をあんまりいじめないでくださいっ」
「まぁ気楽にいこう。……ゼバーシュよりは王都が近いぶん、途中に街もいっぱいあるから」
「はいっ。美味しいスイーツがあるのに期待します!」
◆
それから1週間が経った。
「あと少しで王都に着くはずだ」
アティアスは馬上から後ろのエミリスに声を掛ける。
「はい。……この辺りまで来ると、街の外にも結構家があるんですね」
周りを見渡しながら彼女が言う。
確かに、街の外でもあるのに、ぽつりぽつりと家が立っており、その周囲には畑も作られていた。
「この辺りまで来ると獣や魔獣は出ないからな。塀の外でも安心して暮らせるんだ」
「へー。のどかでいいですね。私、こういう自然いっぱいなのも好きですよ」
彼女が嬉しそうに言う。
「そうなのか」
「あ、もちろんゼバーシュも好きですけどね」
「ふむ……。そのうちどこかに別荘を持ってもいいかもな。ゆっくりできるところに」
その言葉に彼女は目を輝かせた。
「別荘! なんか憧れますねー。私、今まで旅した中ではウメーユが好きです」
「あそこも良い所だったからな。マッキンゼ領の親善大使になったことだし、別荘くらい持ってもいいかもな」
「賛成です!」
アティアスの提案に彼女は手を挙げる。
ウメーユは食材も豊富で良い街だったので、前回行ったのと違う季節にも滞在してみたいと思っていたところだった。
「ま、それは次帰ってから考えよう。……ほら、見えてきたぞ?」
進む先に視線を向けると、まだはるか先だが、王都の建物がうっすらと見え始めていた。
全体的にオレンジ色の屋根が多く、明るい雰囲気の街だった。
「うっわー。すっごく大きい街ですね……」
それを見たエミリスが驚嘆する。
まだ1つ1つの建物は小さくしか見えないのに、その建物たちが見える範囲があまりにも広い。
それはそのまま街の広さを表していた。
「ゼバーシュの10倍はあるからな。100万人だぞ、人口は」
「テンセズの100倍じゃないですか。さすが王都……」
「全てにおいて規模が違うからな。とりあえず早く宿に着いてゆっくりしよう」
「ですねー。私も疲れました」
話しているうちに、王都に入るための門に近付く。
この門もゼバーシュなどとは比較にならず、大軍が攻めてきても守れるのではないかと思えるほどの大きさだった。
もちろん、警備する兵士も桁違いの人数だ。
「この門、大きすぎますね。どうやって建てたんでしょうかね……?」
「さあな。……エミーならこの門、破壊できるか?」
ふと疑問に思って聞いてみる。
「これが普通の石造りなら、たぶんできると思いますけど?」
少しだけ考え、こともなげに彼女は答えた。
城を破壊できると豪語するのだ。このくらいの門なら大したことはないのかもしれない。
そしてその言葉がただの妄言ではないことを、アティアスも知っていた。
「ま、そうだろな。……あぁ、先に言っておくけど、王都では問題起こすなよ。政治問題になるとゼルム家なんて簡単に取り潰しだからな」
「心得ました。お酒も控えておきますね」
「すまんが頼む。俺も王都は少し苦手なんだ。息が詰まるからな」
門の横に備えられた守衛場にて、身分証の確認を済ませる。
もちろん2人とも正規の身分証を持っており、特に問題なく街に入ることが許された。
「こんな街の端っこでも栄えてるんですね」
「ああ。もう街に人が入りきれないほどだからな。そのせいで外に家を持つ人もいるわけだ」
「なるほど……」
ゼバーシュでは街の端は寂れているが、王都ではこの時点でゼバーシュの中心地ほどの賑わいを見せていた。
「ここではあんまり中心部まで馬で行くのは避けたい。郊外にあるギルドの近くに預けて宿もそのあたりで取ろう」
「承知しました」
式典で来るならば、もちろん中心部に滞在するが、今回はそのために来たのではない。
エミリスの剣の修理と、人身売買の組織の調査が目的であり、あまり目立たぬようにしたい。
情報収集ならギルドが役に立つこともあり、その付近だと都合が良かった。
無事、適当なところで宿を確保することができ、この日はゆっくりと休むことにした。
◆◆◆
【第8章 あとがき】
「ついに王都に到着しましたねっ!」
「ああ。しかし、なかなか一筋縄にはいかないもんだな」
宿で食後のデザートを食べながら、2人はこれまでの旅を振り返っていた。
「ほんと、突然海水浴することになるし、大変でしたよー。海水ってあんなにしょっぱいんですねぇ……」
「まぁあれだな。エミーが無理やり海水浴させたあの男たちの恨みだったんじゃないか?」
アティアスの言葉に、エミリスは青ざめる。
「ええっと。あの方たち、そのせいで殺されちゃいましたもんねぇ……。罪悪感が……」
「とはいえ、店で横暴してたせいだからな。自業自得だろ。それに、殺されたのはアンケートのせいだからな?」
「アンケート……?」
何のことか分からず、彼女が聞き返す。
「ああ、作者が展開に悩んでTwitterでアンケートを取ったみたいなんだ。それで一番多かったのがソレだったわけだ」
「うわぁ……。そのまま採用するとか、ないわー」
「エミー、口調が……」
「あっ、大変失礼しました」
エミリスは指摘されて「コホン」と咳払いする。
「ま、絶対的ヒロインのこの私に手を出そうとしたんですから、当然の報いですね」
「……さっき罪悪感が、って言ってなかったか?」
「え、何のことですかねぇ……? ふふふ……」
彼女は視線を斜め上に向けてとぼけた。
「あっ! そういえば、もしノードさんがナターシャさんとご結婚されたら、私たちときょうだいになるんですかね?」
「まぁ、義理だけどそうなるな」
話を変えた彼女に、アティアスも同意する。
「結婚式が楽しみですねぇ……」
「……エミーが楽しみにしてるのは、その式で出てくるケーキだろ?」
「…………当たってますけど、ストレートすぎませんか? アティアス様……」
「ま、まぁ……それはそれ。まずは明日から王都編だ。こうご期待!」
「あー、逃げた! 酷い!」
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