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第8章 王都への道のり

第119話 寄港

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「で、もう大丈夫なのか?」
「はいっ! 何ともないです~」

 あのあとベッドで暖かくしていると、2人ともぐっすり寝てしまったようで、もう真夜中だった。
 寝ている間に体が慣れたのか、もう起きていても船酔いは大丈夫な様子。

「良かったな」
「ご迷惑をおかけしました……」

 彼女は申し訳なさそうに頭を下げる。

 ――ぐうぅ~

 そのとき、彼女のお腹が盛大に鳴った。

「……えへ、お腹空いてきました」

 頬を赤らめて、照れ笑いする。
 本当にもう普段の彼女に戻ったようだ。

「はは、お腹が空くなら大丈夫だな。……と言っても、こんな時間に食堂も開いてないしなぁ」

 食堂だけでなく、売店もやっていないだろう。
 完全に寝ていて夕食の時間を過ぎてしまったのが痛い。

「むー、仕方ないです。後で食べようと思ってたドーナツ食べましょうか」
「ドーナツなんて持ってきてたのか?」
「はい、おやつにと思って……」
「用意周到だな」

 彼の言葉に笑顔を見せる。

「ふふ、絶対お腹空きますからね。早速役に立ちました」

 そう言うと、荷物の中から大量のドーナツを取り出して、テーブルの上に並べる。
 ティーバッグが部屋に常備されていたので、お茶はそれで淹れた。

「はい、アティアス様もどうぞ」
「ああ、ありがとう」

 2人でドーナツに手を伸ばす。
 保存用に少し硬めに焼き上げられたそれは、しかしお腹が空いている今だと充分に美味しく感じられた。

「うーん、お腹に染み渡りますねー」
「普通そういうのは、お酒飲んだ時に言うもんだぞ?」
「ぶー、わかってますしー」

 その様子をみて、本当に船酔いは大丈夫なようで安心した。
 これならこの先の船旅も問題ないだろう。

 ◆

 帆船のため風の状況で航海日数は変わってくるが、出港から1週間が経ち、あと少しで補給のための寄港地に着くという予定だ。
 もうすっかり船に慣れたエミリスも、ゆったりとした船旅を満喫していた。

「船の料理もおいしいものですね」

 船のレストランで昼食を食べながら彼女が呟く。
 王都行きの船は裕福な者しか乗れず、基本的にはアティアスたちのような貴族か、財力のある商人などに限られていた。
 そのため、備えられた設備も立派なものだ。

「ああ。食材も良いものが使われてるし、シェフも一流だからな」

 普段から舌の肥えた人達を相手にする以上、それ相応の準備はしておかないといけない。
 そして、それは十分満足できるものだと、アティアスは思っていた。

 のんびり食事を堪能していると、不意に後ろから声がかけられた。

「あ、あの時のお姉ちゃんだ」
「あらそうね。また会ったわねー」

 振り返ると、先日ゾマリーノで出会った男の子と母親の女性が立っていた。

「あ、こんにちは。あなたたちも王都へ?」

 エミリスが挨拶をする。

「こんにちは。ええ、今回は二人で親戚の家に来ていただけで、私たちは王都に住んでいますので」
「へぇ……王都に。私はこれから初めて行くので楽しみです」
「良いところですよ。……でも、ゼバーシュものどかで良いですよね」

 お世辞かもしれないが、自分の住んでいる街が良く言われるのに悪い気はしない。

「ありがとうございます」
「それではまた」
「はい」

 母子は二人が食事中なのに気を遣ってか、礼をして立ち去った。

「王都に住まわれてたんですねぇ」
「みたいだな」

 偶然乗り合わせたことに驚いたが、もともとこの船に乗るため、ゾマリーノに来ていたのか。
 二人は顔を見合わせ、残りの食事を続けた。

 ◆

 一度補給のために寄港したあと、その後も順調に航海を続けていた。
 この日は雨が降っており、二人は個室にていつものように雑談をしていた。

「……で、トリックスさんの研究って結局どうなったんですか?」
「ああ、話を聞いた限りだと、ミニーブルの魔導士と協力していくことになったそうだぞ」
「へー、そうなんですね」
「で、噂だとあのセリーナが派遣されるってことだ」

 その名前を聞いてエミリスが少し渋い顔をした。
 セリーナといえば、かつてミニーブルの騒動の際にアティアスを刺した張本人だ。
 彼女にとっては、いい思いはしない。

「まぁ大丈夫だろ。彼女一人じゃ何もできないし、そもそも狙うにしても俺達だけだろ。ならエミーがいれば心配ない」
「そうかもしれませんけど……」
「あの魔法石を開発したのがセリーナって話だからな。研究者としては優秀なんだろ」
「うーん……」

 もやもやするが仕方ない。
 刺された本人のアティアスが気にしていないなら、自分も気にしないでおこうと決めた。

「――んん?」

 ふと、エミリスが怪訝な顔をして呟いた。

「どうした?」

 彼が聞くと、彼女はしばらく無言で何かを考えるような仕草をみせてから、答えた。

「えっと……この船と並んで走る船がいまして。まだ離れてますけど、だんだん近づいている感じがします」
「並走? ……なんか嫌な感じだな」
「そうですね。遠いのでまだ正確に掴めませんけど、乗ってる人数はかなり多い感じがします。たぶん50人以上は……」

 彼女の探知能力は、人だろうが魔物だろうが、ほぼ正確に掴むことができる。
 話を聞く限り、定期船のようなものではない気がした。定期船が近い位置で同じ方向に向かうというのは考えにくいからだ。

「もしかしたら海賊か……?」
「海賊なんて出るんですか?」

 彼女が疑問を投げかける。

「ああ、滅多に出ないけど、こういう町から離れた海上では、たまに襲われることがあるみたいだ」
「へー。襲われるとどうなんでしょうか?」
「そりゃ、載ってる高価な物とかを奪うんじゃないか? 人攫いはあんまり聞かないけど……」
「海賊っていうからには、やっぱりそれ目当てですよね……」

 この船にも護衛の戦闘員は載っているだろうが、船内のトラブルを防ぐのが主な役目で、本格的な海賊に対抗できることは難しいだろう。
 となると、自分たちが何とかしないといけない。

「……で、もし海賊ならどうします?」
「そりゃ、戦うしかないだろ。王都に行けなくなるぞ?」
「それは困りますね。相手の船ごと沈めても構いませんか?」

 彼女なら、離れたところから一撃するだけで簡単に沈められるのだろう。

「それは流石に駄目だ。できれば捕らえてこの地域の領主に任せたいところだけど」
「仕方ないですねぇ……」

 とはいえ、海賊がどんなものなのか、少しは興味があった。

 ただ、エミリスなら簡単に対処できるだろうと、この時は考えていたが、その思惑は外れることになる。
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