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第8章 王都への道のり

第117話 遺伝

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「そういえば、人身売買の組織も王都って話をされてましたよね?」

 金貸しの事務所からの帰り、エミリスが不意に呟く。

「ヴィゴール殿はそう言ってたな。何で急に?」
「いえ、さっきの男たちがナイフ持ってたから、似てるなーって思いまして」
「確かにな。ただ、さっきの奴らの動きは素人だったぞ?」
「ですね。あくまで雰囲気だけですよ」

 そう言って笑う。彼女にとってはどんなに相手が強くても大差ないのだろうが。

「……そうか、王都か」

 すっかり忘れていたが、人身売買の組織から狙われているのは変わらない。
 彼女が側にいるから安心していられるだけだ。
 いずれ王都に行くなら、そちらもできれば何とかしたい。

「ゼバーシュにはそういうのってないんですかね?」

 疑問に思った彼女が聞く。
 テンセズですらあったのだ。街の規模が一桁違うゼバーシュにもあると思うのが普通だ。

「……俺はわからない。ただ、目立つ活動はしてないと思う」

 やはり領主の直近では動きにくいのだろうか。
 そういえば、マッキンゼ領でもミニーブルではなくダライにあったのだ。

「そーなんですね。どうせなら、ぱーっと始末しちゃったら良いんじゃないですか?」

 笑顔で怖いことを言う彼女に少し焦る。
 犯罪者相手なので間違った意見ではないが、あまりに軽く力を振るうのは危険なことでもある。
 それほど彼女の力は強大なのだ。

「あのな、充分わかってるだろうけど、念を押しておく。……エミーはあまり軽々しく力を使うなよ? 特に領地外では。下手して政治問題になると、俺でも手が出せなくなる」

 自分が何とかできる範囲を超えてしまうと、国を巻き込んだ問題になることを懸念しているのだ。

「は、はい。……ごめんなさい。気をつけます」

 彼の言うことをすぐ理解した彼女は、先ほどの発言を反省し頭を下げた。

「わかってくれたら良いんだ。よろしくな」
「はいっ!」

 元気に返事をする彼女の頭に、いつものようにポンと手を乗せた。

「……で、このあとどうする?」
「んー、とりあえず着替えたいです。やっぱり堅苦しくて」

 そう言いながら彼女はお腹の辺りを押さえる。
 それほど締め付けがあるドレスではないが、それでもゆったりとした服を好む彼女にとっては、長時間着ていたいものではないようだ。

「ああ、あとちゃんと今晩の宿を取らないとな。毎日借りる訳にはいかないし」
「確かに……」

 そう思って、宿がある方に足を向けた時だった。

「――わぁっ!」

 突然、2人のすぐ近くで、男の子の声が聞こえた。
 振り向くと、そこには5歳くらいだろうか、黒髪の小さな男の子が倒れていた。
 躓いて転けたのだろうか。

「怪我はない?」
「う、うん……」

 エミリスがしゃがんで抱き起こす。
 男の子は頷く。涙目になっていたが、我慢している様子だ。

「――チャコ! 大丈夫⁉︎」

 今度は大人の女性の慌てた声に振り向くと、心配した様子の黒髪の女性がいた。
 ウェーブのかかった髪を背中ほどまで伸ばしていた。

「ママ!」

 チャコと呼ばれた男の子は、母親と思われる女性に走り寄って、その腰に抱きついた。
 あの様子だと心配ないだろうと、エミリスは手を振る。

「すみません。……あら? あなたの髪……」

 女性はエミリスに礼を言いながら、その髪の色に興味を持ったのか、呟いた。

「ああ、少し変わってますけどご心配なく」

 アティアスが代わりに返事をする。
 女性は何かをしばらく考えている様子を見せた。

「……あの、この子の髪も少しだけその色なんです。他にそんな人見たことがなかったので、こんなにはっきりした髪の人がいるなんて」

 女性の言葉に驚いて男の子をよく見ると、太陽の光に照らされた髪は、確かにうっすらと緑色に光っていた。
 しかし、エミリスのようにはっきりと緑色とわかるほどの色ではなく、ほとんど黒にしか見えず、ほんの僅かという具合だ。

「へぇ……。俺たちも初めて見たな。エミー以外に」
「ですね……私も驚きです」

 じっくり見ていると、男の子は怖かったのか、母親の後ろに隠れてしまった。
 慌ててアティアスが謝る。

「あぁ、ごめんな」
「いえ、ご心配なく。それでは失礼しますね」
「あ、ちょっと待ってください。失礼かもしれませんけど、この子のお父さんはこういう髪の色だったのですか?」

 立ち去ろうとする母娘にアティアスが声をかける。
 遺伝でそうなったのかを知りたかったのだ。

「いえ、黒い髪です。ただ、私の祖父の髪がこの子みたいに少しだけ色が付いていました」
「そうなんですね。……ちなみにその方は魔導士だったりしますか?」

 なぜそんなことを聞くのかというように首を傾げながら、女性は答えた。

「ええ、とても強い魔導士でした。その孫……私の従兄妹も王都で宮廷魔導士をしていますよ」
「そうですか。その方はこういう髪ではないですか?」
「はい。普通の黒髪です」
「なるほど……。色々とお聞きして申し訳ありません。ありがとうございました。……それじゃ、バイバイ」
「うん、バイバイ」

 アティアスはそこまで聞いて、2人に別れを告げる。
 男の子は手を振りながら母親と歩いて行った。

「すごく力のある魔導士じゃないと王都の宮廷魔導士になれないから、相当なんだろうな」
「そうなんですね。アティアス様では難しいのですか?」
「俺なんか全然ダメさ。ゼバーシュの一番強い魔導士でも無理だろうな。……あぁ、すまん。いま一番強いのはエミーだろうから、そう言う意味なら余裕だな」

 身近な存在を忘れていたアティアスが付け足す。

「ふふ、ありがとうございます。……でもあんな子がいたんですね」
「ドーファン先生の推測が合ってるとすると、始祖の血が濃いままなのかもしれないな。あんまり一般人と交わらなかった人たちが……」
「そういう人が強い魔導士ってことになるんですかねぇ?」
「そうなるな。でも、どっちにしてもエミーほどの魔導士はいないだろ、多分」

 軽い調子でアティアスが言う。
 もしそんな魔導士が王都にいたなら、噂になっているだろうからだ。

「さっきの子も、魔法の練習したらすごい魔導士になったりするんですかね?」
「……多分な。それが本人にとって良いかはわからないけど」

 魔法は便利だが、力を持つことで良くないことに巻き込まれるかもしれない。
 平穏に生活する方が幸せなこともあるだろうと思った。

「でも、少なくとも私は今幸せですよ。大切な人を守れる力って、無力だった頃の自分がすごく欲しかったものですから」
「……そうだな。ただ、さっきも似たことを言ったけど力に溺れないようにな」
「はい。……肝に銘じます」

 そう言うと、一歩引いてエミリスは彼に一礼した。

「……もしエミーに子供が産まれたら、エミーほどじゃないにしても、相当強力な魔力を持ってるんだろうな」
「そう……なるんでしょうね……」
「やっぱりエミーの手にあった紋様を付けたのは、両親のどちらかなんじゃないかな。できるなら、俺だとそうする。ちゃんと理性を持って、本当に必要なときが来るまで……」
「私もそう思います……」

 エミリスは自分の左手の紋様があった場所を右手でさする。
 今はもう跡形もないが、それが自分への想いだったことを信じて。
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