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第8章 王都への道のり

第116話 捜索

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「運が良かったですね!」

 料理屋の外階段から2階の部屋に案内された2人は、荷物を置いてほっと一息ついた。
 部屋は使っていないと言いながらも、それなりに手入れはされているようで、一晩泊まる程度なら十分だった。

 少し埃っぽいのもすぐ慣れるだろうと、窓を開けて換気する。
 すると目の前の海からの波の音と潮の香りが漂ってきて、ここが港町であることを実感させられた。

「んー」

 その空気を思い切り吸い込んで、エミリスは気持ちよさそうに深呼吸した。

「助かったよ。野宿もできなくはないけど、今回テントを持って来てなかったからな」
「ですねー」
「そういや、エミーが海に放り込んだあいつら、まさか溺れてないだろうな?」

 真っ暗な海に、服を着たまま放り込まれたのだ。這い上がれずに溺れ死んでいる可能性もあった。

「ふふ、大丈夫ですよ。ちゃんと確認しましたから。3人とも西の方に帰っていきましたよ」

 彼女が言うからには大丈夫なのだろう。
 落としたあとの動向まで探知していたのかと、アティアスは感嘆した。

「エミーは本当に成長したな。……よしよし」
「むふー、そのお言葉、ありがたいですー」

 褒めながら頭を撫でると彼女は鼻息を荒くする。

(……ん?)

 そこで彼女は、ふと窓枠に張り付いているナニカに気付く。
 あの黒くて素早い虫に似ているけれど、ちょっと違っていて足が多い……?

「……あ、アティアスさま……? アレなんです……?」

 彼を盾にするようにして、そのナニカを指差す。
 それは海辺では見慣れた生物だった。

「あぁ、あれはフナムシだな。別に害はないから心配するな。……動きは結構素早いけど」
「……まさか部屋の中には入ってこないですよねぇ……?」

 魔法を使えば何とでもなる彼女が、あんな小さな虫に震えているのを見ると笑いが込み上げてくるが、彼女にとっては生理的に耐えられないのだ。

「ま、穴がなければ大丈夫だろ」

 そのあと、慌てて全ての窓を閉めたのは言うまでもない。

 ◆

 翌日、料理長から話を聞いて、2人は金貸しの事務所に向かった。
 証拠として料理長から借用証を預かって。

 戦いになるようなことはないだろうし、もしなったとしてもエミリスがいればまず心配ないことから、今日は貴族として恥ずかしくない服を纏っていた。
 2人とも、そのままちょっとしたパーティに参加できそうなくらいだ。

「念のため持ってきておいて良かったですね」
「ああ、こう言う服は1着しかないけどな」

 歩く2人を見て、道を歩く人々がちらっと見てくるのがわかる。

「アティアス様、なんか目立ってる気がしますけど……?」
「目立ってるのはエミーだよ。どこの令嬢かと気になるさ」
「わ、わたしですか⁉︎」
「残念だけど俺は地味だからな」

 そればっかりは仕方がないとアティアスは自覚していた。とはいえ、目立つよりは良い。

「ええと、役人も連れて行くんですよね?」
「ああ。仮に捕まえても、そのあと俺たちだけでは何もできないからな。全員倒して良いなら別だけど、捕えることになったらどうしようもない」
「なるほど」

 アティアスの話に彼女は納得する。

 事務所に向かう前に、この街の詰所に話を通し、兵士を5人ばかり借りた。
 その兵士達は装備を整えた状態で、2人の後ろを歩いてついてきていた。

「おっと、そこの角を曲がったらもうすぐだ」

 聞いていた事務所に着いたようだ。
 大きな建物ではない。
 メモの通り『ミランダ商会』と書かれた小さな看板を見るに、どうやら地下に事務所があるようで、兵士を残して2人は階段を降りていく。

 そして突き当たりのドアをノックするが、返事はない。

「中に人は居るか?」
「えと、5人くらいは居ると思うのですけど……。ただ……」
「どうした?」

 彼女は目を細めて呟いた。

「……酷い血の匂いがします」

 アティアスがごくりと唾を飲み、意を決してドアを開けると、そこは血の海だった――。

 ◆

「あら、誰かしら?」

 一番奥のソファに座る妙齢の女性が、アティアス達を見てこともなげに呟いた。
 赤いウェーブのかかったロングヘアーで、大人の色気が漂っていた。
 その左右には2人ずつ、合計4人の男が彼女を護るように立っている。

 そして――

 アティアス達との間の床には、3人の男が首から血を流して倒れていた。もう事切れているようで、ピクリとも動かない。
 その男達には見覚えがある。

「昨晩の……」

 アティアスが呟いた。
 昨晩、料理店に現れて、強制的に海水浴をさせられた男達だった。

「ふふ、誰かはわからないけれど、この役立たずを知っているみたいね。……仕事ができないから首にしたのよ。チョキンとね」

 女性はそう言って、首に手を遣る仕草を見せた。
 昨日のことを咎められて、始末されたのだろうか。

「殺す必要なんてあったのか?」
「あら、部外者は黙っててほしいわね。これがうちのやり方なの。で、何の用かしら?」

 アティアスの問いに、女性はめんどくさそうに答えた。

「街の店に法外な金利で金を貸してるらしいな。苦情が来てるぞ」

 女性は「なんだそんなこと」と呟き、ため息をつく。

「別に強制してるわけじゃないわ。どうしても貸してくれって言うから貸してあげてるだけ。それで文句言われても知らないわよ」
「そうは言っても決められた金利以上は取ってはいけないはずだ」
「あなた、何? 正義の味方とでも言うの?」

 ようやくアティアスに正対した女性はアティアスを睨む。

「俺はアティアス・ヴァル・ゼルムだ。違法ならば裁く必要がある」

 名を名乗ったアティアスに女性は特に怯む様子むなく、感嘆の表情を見せた。

「へぇ、あなたゼルム家のおぼっちゃまなのね。……で、どうするつもりなの?」
「真っ当な金利に改めてもらうつもりで来たが、それどころじゃないみたいだな」
「ふふ、なら捕まえるとでも言うの?」
「残念だが、そうなるな」

 その言葉を聞いて、大声で笑い出した。

「あっははは。できるならやってごらんなさい」

 その声を合図に、両側にいた男達3人が手にナイフを持って素早く2人に飛びかかってきた。
 1人は魔導士のようで、何やら詠唱をしている。

 アティアスは身構えたが、丸腰でもあり、自分では何もできないためすぐにエミリスの横に下がる。

 そして――

 一瞬何かが光ったように感じた瞬間に、3人は悲鳴も上げることができず、ゆっくりと床に倒れていく。
 知らなければ何があったのかすら理解できない。

「氷よっ!」

 残る1人の魔導士が魔法を放つ。
 狭い地下室ということもあり、このような魔法しか使えないのだろう。

 しかし氷の槍はアティアス達の目前で何かに当たったかのように霧散する。

「なんだとっ⁉︎」

 それが防御魔法によるものであることは明らかだが、詠唱もなくそれを張っていたことに男は驚愕する。

「……まだやるんですか? 力の差がありすぎると思うのですけれど」

 エミリスは気だるそうに呟く。
 あの一瞬で見抜いていた。魔導士として大した力量を持っていないことに。

「……あなた……何なの?」

 さっきまでの余裕はなく、女性がエミリスを見て問う。

「えっと、私はただのアティアス様の番犬……で良いんじゃないでしょうか?」
「まぁ、あながち間違いではないな。それが全部でもないけれど。……で、もう一度聞こうかな。……捕えられるか、どうするか」

 軽く言うエミリスの頭に手を乗せ、アティアスはもう一度女性に問うた。

「……わかったわよ。命には変えられないものね」

 その言葉にアティアスは頷く。
 あとは上で待たせているこの街の兵士に任せることにする。金貸しによる罪に加えて、殺人に関する調査も執り行われるだろう。

 そう思いながら地下室を出た。
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