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第8章 王都への道のり

第112話 忠告

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「皆さんが羨ましいです。……私だけひとりじゃないですか」

 様子を見ていたウィルセアがぽつりと呟いた。
 確かに、この場で相手がいないのはウィルセアだけだった。
 そんな彼女の頭をヴィゴールがポンポンと叩いた。

「お前はまだ子供だろ。……そのうち良い男が見つかるさ」

 父親らしく娘を諭す。しかし彼女は頬を膨らませて抗議した。

「そう言っても、アティアス様よりいい男はめったにいませんよっ!」
「そうかもしれないが、仕方ないだろう?」

 普段の会話はこんな調子で軽いやりとりなのだろうかと思うと、仲が良さそうで微笑ましく見える。

「アティアスは若い娘に好かれるんだな」

 ノードがアティアスの脇腹を肘で突きながら揶揄う。
 好かれるのは悪い気がしないが、自分の隣には怒らせると城ごと破壊しかねない、災害級の番犬がいるため、迂闊な行動は絶対避けないといけない。

「……俺からは何も言わないでおくよ」

 ちらっとエミリスの方を見てからアティアスが呟いた。
 笑顔で彼に腕を絡める彼女の力が少し強くなったのを感じて、冷や汗が止まらなかった。

 ◆

「ナターシャさん、良かったですね」
「ああ、ヴィゴール殿に話を通しておいて良かったよ」

 晩餐会のあと、2人で帰りながら話す。
 あのあと、ナターシャとノードは2人で挨拶に回っていった。あの様子だとうまくいくだろう。

「でも、もっと食べたかったです……」

 エミリスは相変わらず皆が驚くほどの食欲を発揮しそうになり、人前でそれはダメだとアティアスに嗜められる出来事があった。

「ああ言う場では我慢も大事だ。……代わりに帰ったら軽くお酒でも飲むか?」
「いいですねっ! このまえ、ブランデーってのを貰ったんですよ。飲んでみたいですー」
「先に忠告しておく。……それ飲んだら大変なことになるぞ?」

 彼女はまだ蒸留酒を飲んだことがない。
 きっと恐ろしいことが起こるに違いないと確信した。

 ◆

「……にゃ、にゃんでふかこれぇ……」

 事前に、ちびちびと飲むものだと何度も言っておいたにも関わらず、途中からお酒が回り始めるとそれを忘れてどんどんペースアップしていったエミリスは、完全にできあがってしまっていた。

「だから言ったろ、大変なことになるって」

 頭をゆらゆらさせる彼女に、アティアスは呆れたように言うが、全く聞こえていないようだ。
 これ以上はどう考えてもまずいが、お酒を取り上げようとしても、彼女は魔力でガードしてしまう。

「うっふふふふ……。にゃんだかきもちいーですぅー」

 残念なことに、お酒はまだまだ残っている。
 早く潰れてくれた方がまだマシだと思いながら、頭を抱えていると、ブランデーの瓶を持ったままゆらゆらと彼女が近づいてきた。

「あてぃあふしゃまも、のみまひょうー」

 もっと飲めということか。
 彼女に飲ませるよりは自分が飲んでしまったほうが被害は少ないはず。
 そう思ってグラスを差し出すが反応がない。
 不思議に思って見ていると、彼女は瓶から直接ラッパ飲みの要領でお酒を口に含むと、そのまま顔を寄せてきた。

「ん――」

 真っ赤になった彼女の顔が間近に迫る。
 口移しで飲ませようとでもいうのだろうか。

 流石にそれはどうかと仰け反ると、彼女は追いかけるように身体を被せてきた。
 背中は椅子の背もたれがあって、それ以上仰け反れないところで、彼女の暖かい唇が重なった――

 ――バタン!

 しかし、そのときバランスを崩してそのまま2人は椅子ごと床に倒れ込んでしまった。

「いったぁ!」

 アティアスは頭を床にぶつけたが、彼女を抱き止めるような形で倒れ込んだため、彼女は大丈夫だろう。
 ただ、持っていたブランデーの瓶は床に転がり、彼女が口に含んでいたお酒が、ヨダレのようにアティアスの胸に染み渡っていた。

 ――そして彼女の顔を見ると、すやすやと寝てしまっていた。

 ◆

「うぅうぅ……」

 あれから1時間ほど経ったあと、突然目を覚ましたエミリスは、口を押さえて慌てて手洗いに駆け込んでいった。
 寝ている間に汚れた服は着替えさせ、万が一寝ている間に吐いても大丈夫なように、身体を横にして寝かせていたのだ。

 しばらくして手洗いから戻った彼女は憔悴しきった表情だった。

「うぅ……頭が割れそうですぅ……みず……みず……」

 呟きながら厨房に入って行く。

 ――ガシャーン!
「あああーーっ!!」

 水を汲もうとしたのだろうか、ガラスが割れる音と彼女の悲鳴が響く。
 急いで様子を見にいくと、床に散乱するコップの破片とへたり込む彼女がいた。

「後片付けはしておくから。ほら水……」
「うう……すみません……」

 とりあえず割れたコップはそのままに、水を飲み終えた彼女を抱えあげ、寝室に運ぶ。
 そうしてベッドに寝かせる頃には、また彼女は寝てしまっていた。

 ◆

「おはよーございます!」

 翌朝、けろっとした顔でエミリスは隣に寝ていた彼に挨拶する。
 昨日の惨状など覚えていないかのようだ。……実際覚えていないのだろうが。

「エミー、おはよう。……身体は大丈夫か?」

 彼女が心配でなかなか寝られなかったアティアスは、眠い目を擦りながら身体を起こす。

「ふぇ? 急にどうしたんですか? はい、なんともないですよ」

 首を傾げた彼女は、ふと鼻をヒクヒクとさせる。
 そして、何かに気付くとさーっと顔が青ざめていった。

「ああああ……も、もしかして…………?」
「どうやって気付いたのかはわからないけど、そのもしかして、だ」

 彼女は彼の方に向かって、ベッドの上で正座する。

「えぇと、お酒の匂いと……あの……たぶん私が戻してしまったのかなと思われる匂いもうっすらと……。あと、記憶がありませんので……恐らく……」
「なかなかの推理力だ。……褒めてやろう」
「うぅ……。褒められて嬉しくないのは初めてです……」

 彼女は頭を抱える。
 匂いからして、貰ったブランデーを飲んだのだろう。
 ここ最近は記憶を無くすほど酔ったりはしなかった。それほどそのお酒が強烈だったのだろうか。

「とりあえずキツい酒は飲むのやめとけ。事故しか起こさない。……あと、お風呂入って来たほうがいい」
「は、はい……。本当に申し訳ありません……」

 エミリスは着替えを持つと、肩を落として風呂場に向かった。
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