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第7章 ゼバーシュの魔女
第103話 動静
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「……動きました」
少し早めに起きた2人は、宿で朝食を摂っていた。
昨晩エミリスは疲れて寝てしまったため、昨日の昼以来の食事になった。空腹のお腹に温かいスープが染み渡る。
そうしてお腹を満たし、最後にフルーツジュースをお代わりしていたとき、彼女は真剣な顔をしてぽつりと呟いたのだ。
「……どっちに、だ?」
アティアスが念のため確認する。可能性は高くないと予想していたが、そのまま約束通り兵を引く、ということもあり得るからだ。
「いくらかの兵が、マッキンゼ領のほうにゆっくり移動しています。残りはまだ動いていません」
「……エミーはどう思う?」
予想とは異なる動きに、彼女の考えを聞いてみることにした。
「うーん、まだなんとも。何かの作戦かもしれませんし、兵を引いているのかもしれませんし……」
彼女は困った顔をする。正直、よくわからない動きだった。
「そうだな。とりあえずいつでも出られるように準備しようか」
「はい、承知しました」
そう言って席を立つ。
朝シャワーを浴びて着替えていたので、あとは防具と剣を持つだけで良い。
一旦部屋に戻り、準備をして宿を出る。
そして、昨晩の戦いがあった北門に向かった。
途中、獣達の死骸から漂う血の匂いが酷い。
早く町の外に運びたいものだが、いつ次攻めてくるかわからないため、兵は警備に充てたい。そういうこともあって、まだ昨夜そのままの状態だったのだ。
「……この匂いは、堪りませんね」
「慣れてないとキツイな。しばらくすると感じなくなるけどな」
顔をしかめ、持っていたハンカチで鼻を覆い、エミリスが小声で話す。
鼻の効く彼女にはなおさら辛いのだろう。
よほど臭い匂いでも、しばらく嗅いでいると感覚が麻痺してくるものだが、それまでが臭いことには変わりない。
北門に着くと、このテンセズの兵をまとめている隊長が指揮を取っていた。
体調はアティアスを見つけると、敬礼し駆け寄ってきた。
「アティアス様。お久しぶりです! 昨晩の戦いでは、あなた様が皆の窮地を救ってくださったと話を伺っております。……なんと感謝を申しあげればいいか」
畏まって言う隊長に、アティアスは軽く返す。
「俺は見てただけさ。礼ならこれにな。獣達を一掃したのは彼女だから」
「え……。そんな大したことしてませんし……」
急に振られて彼女は驚きながら、彼の背中にこそっと隠れる。
あまり目立ちたくはないのだ。
「ありがとうございます! あ……もしかして、あなたは以前シオスン町長の屋敷におられませんでしたか……?」
そんな彼女を見た隊長が礼を言いながら、ふと何かを思い出すように口を開いた。
彼女は久しぶりに聞いた、以前の主人だった男の名前に驚く。そして、まさか自分を覚えている人がいたとは……。
「は、はい。半年ほど前まで、そうでした。今はこちらのアティアス様とご一緒させていただいております」
「エミーは俺の妻なんだ。よろしく頼む」
「アティアス様の……。よろしくお願いします。貴女には何度かお目にかかったことがあり、よく覚えています。その……特徴的な髪でしたので……」
言いにくそうに隊長が話すのを聞いて、アティアスは苦笑いする。
恐らく、シオスンの屋敷でエミリスは、この隊長にお茶を出したりしていた程度だろう。しかし、この容姿は一度でも見たら忘れられないものだ。
「わ、私そんなに目立つんですかね……?」
「そうだな。エミーにその自覚はないんだろうけど、めちゃくちゃ目立つ」
小声で彼に耳打ちする彼女に対して、アティアスが真面目な顔で答える。
「いずれにしても、昨晩はありがとうございました」
改めて深く礼をする隊長にアティアスは言う。
「それはそうと、昨日の獣達は敵の先鋒だ。今は本隊が動こうとしている。この先どうなるかわからないけど、昨日の獣達とは段違いの戦力だぞ」
「本隊が……」
隊長が神妙な顔で、ごくりと唾を飲み込む。
「……攻めてくるなら、俺たちでなんとかする。兵士たちをまとめて、町を護ってくれ」
「え……たった2人で、ですか⁉︎ いくらなんでも……」
アティアスの言葉に信じられない思いを口にする。
どんな強力な魔導士でも、あれだけの相手に数人で挑もうとは、考えられなかった。
しかし、昨晩の報告ではあっという間に獣達を片付けてしまったとも聞いており、それほどの自信があるのだろうか。
「倒すだけなら簡単だと思うんですけど、殺さずに兵を引かせるのはなかなか骨が折れそうですね。獣達と違って皆殺しにする訳にもいきませんから……」
彼女が呟く。
それにはアティアスも同意していた。
そもそも彼女は魔法の射程距離も長く、威力も桁違いなのだ。
それでも、殺さないように手加減して戦うのはなかなか難しい。
「そうだな。……またあれをやるのか?」
「基本的にはそうですね。でも流石に人数が多いので、ちょっと違う手段も使おうかなって」
本隊が攻めてくる動きを見せたら、ダライの街の前で見せたように、石の雨を降らせようと言うのだ。
しかし違う手段とは一体……?
「エミー、向こうの動きはどうだ?」
「はい。引いた方の兵は、ある程度離れたところでバラけています。……罠でも張ってるんでしょうか。よくわからない動きです。まだ本体に動きはありません」
まるで見てきたかのように答える彼女に、隊長が聞き直す。予測にしては不自然だった。
「……なぜ、見えない敵の動きがわかるのですか?」
「えと、それは秘密です……」
彼女ははぐらかす。アティアス以外にあまり細かい説明はしたくなかった。
「は、はぁ。承知しました……」
気にはなるが、そう言われるとそれ以上聞くことはできない。
以前シオスンの養女だった時とは立場も大きく異なり、自分よりも圧倒的に上の存在だからだ。
「しばらくここで待とうか」
「承知しました」
日陰に腰を下ろす彼に続いて、彼女もそっとその隣に座る。
慌てて「椅子でも……」と言う隊長を彼は制して、そんなことよりも警備に専念するように伝え、様子を伺った。
◆
動きがあったのは、時刻が10時を回った頃だった。
その直前から、敵の陣地の中で人の動きが激しくなっているのはわかっていたが、ようやく動き始めたようだ。
「来ますね。……残念ですけど、予想通りこちらに」
「そうか。仕方ない。この町が破壊できる距離まで近づく前に、止めるしかないな」
言いながらアティアスは立ち上がると、それに合わせて彼女も続く。
「承知しました。まずは行動不能になるまでやります。そのあとは……」
「改めて直接ファモスと話すことになるだろう。決裂したら、残念だけど」
「はい。わかりました。」
2人が出たあと、門を閉めるように隊長に指示し、北門から街道に出る。
まだまだファモスの軍が見える距離ではないが、大きく息を吐いてその時を待った。
少し早めに起きた2人は、宿で朝食を摂っていた。
昨晩エミリスは疲れて寝てしまったため、昨日の昼以来の食事になった。空腹のお腹に温かいスープが染み渡る。
そうしてお腹を満たし、最後にフルーツジュースをお代わりしていたとき、彼女は真剣な顔をしてぽつりと呟いたのだ。
「……どっちに、だ?」
アティアスが念のため確認する。可能性は高くないと予想していたが、そのまま約束通り兵を引く、ということもあり得るからだ。
「いくらかの兵が、マッキンゼ領のほうにゆっくり移動しています。残りはまだ動いていません」
「……エミーはどう思う?」
予想とは異なる動きに、彼女の考えを聞いてみることにした。
「うーん、まだなんとも。何かの作戦かもしれませんし、兵を引いているのかもしれませんし……」
彼女は困った顔をする。正直、よくわからない動きだった。
「そうだな。とりあえずいつでも出られるように準備しようか」
「はい、承知しました」
そう言って席を立つ。
朝シャワーを浴びて着替えていたので、あとは防具と剣を持つだけで良い。
一旦部屋に戻り、準備をして宿を出る。
そして、昨晩の戦いがあった北門に向かった。
途中、獣達の死骸から漂う血の匂いが酷い。
早く町の外に運びたいものだが、いつ次攻めてくるかわからないため、兵は警備に充てたい。そういうこともあって、まだ昨夜そのままの状態だったのだ。
「……この匂いは、堪りませんね」
「慣れてないとキツイな。しばらくすると感じなくなるけどな」
顔をしかめ、持っていたハンカチで鼻を覆い、エミリスが小声で話す。
鼻の効く彼女にはなおさら辛いのだろう。
よほど臭い匂いでも、しばらく嗅いでいると感覚が麻痺してくるものだが、それまでが臭いことには変わりない。
北門に着くと、このテンセズの兵をまとめている隊長が指揮を取っていた。
体調はアティアスを見つけると、敬礼し駆け寄ってきた。
「アティアス様。お久しぶりです! 昨晩の戦いでは、あなた様が皆の窮地を救ってくださったと話を伺っております。……なんと感謝を申しあげればいいか」
畏まって言う隊長に、アティアスは軽く返す。
「俺は見てただけさ。礼ならこれにな。獣達を一掃したのは彼女だから」
「え……。そんな大したことしてませんし……」
急に振られて彼女は驚きながら、彼の背中にこそっと隠れる。
あまり目立ちたくはないのだ。
「ありがとうございます! あ……もしかして、あなたは以前シオスン町長の屋敷におられませんでしたか……?」
そんな彼女を見た隊長が礼を言いながら、ふと何かを思い出すように口を開いた。
彼女は久しぶりに聞いた、以前の主人だった男の名前に驚く。そして、まさか自分を覚えている人がいたとは……。
「は、はい。半年ほど前まで、そうでした。今はこちらのアティアス様とご一緒させていただいております」
「エミーは俺の妻なんだ。よろしく頼む」
「アティアス様の……。よろしくお願いします。貴女には何度かお目にかかったことがあり、よく覚えています。その……特徴的な髪でしたので……」
言いにくそうに隊長が話すのを聞いて、アティアスは苦笑いする。
恐らく、シオスンの屋敷でエミリスは、この隊長にお茶を出したりしていた程度だろう。しかし、この容姿は一度でも見たら忘れられないものだ。
「わ、私そんなに目立つんですかね……?」
「そうだな。エミーにその自覚はないんだろうけど、めちゃくちゃ目立つ」
小声で彼に耳打ちする彼女に対して、アティアスが真面目な顔で答える。
「いずれにしても、昨晩はありがとうございました」
改めて深く礼をする隊長にアティアスは言う。
「それはそうと、昨日の獣達は敵の先鋒だ。今は本隊が動こうとしている。この先どうなるかわからないけど、昨日の獣達とは段違いの戦力だぞ」
「本隊が……」
隊長が神妙な顔で、ごくりと唾を飲み込む。
「……攻めてくるなら、俺たちでなんとかする。兵士たちをまとめて、町を護ってくれ」
「え……たった2人で、ですか⁉︎ いくらなんでも……」
アティアスの言葉に信じられない思いを口にする。
どんな強力な魔導士でも、あれだけの相手に数人で挑もうとは、考えられなかった。
しかし、昨晩の報告ではあっという間に獣達を片付けてしまったとも聞いており、それほどの自信があるのだろうか。
「倒すだけなら簡単だと思うんですけど、殺さずに兵を引かせるのはなかなか骨が折れそうですね。獣達と違って皆殺しにする訳にもいきませんから……」
彼女が呟く。
それにはアティアスも同意していた。
そもそも彼女は魔法の射程距離も長く、威力も桁違いなのだ。
それでも、殺さないように手加減して戦うのはなかなか難しい。
「そうだな。……またあれをやるのか?」
「基本的にはそうですね。でも流石に人数が多いので、ちょっと違う手段も使おうかなって」
本隊が攻めてくる動きを見せたら、ダライの街の前で見せたように、石の雨を降らせようと言うのだ。
しかし違う手段とは一体……?
「エミー、向こうの動きはどうだ?」
「はい。引いた方の兵は、ある程度離れたところでバラけています。……罠でも張ってるんでしょうか。よくわからない動きです。まだ本体に動きはありません」
まるで見てきたかのように答える彼女に、隊長が聞き直す。予測にしては不自然だった。
「……なぜ、見えない敵の動きがわかるのですか?」
「えと、それは秘密です……」
彼女ははぐらかす。アティアス以外にあまり細かい説明はしたくなかった。
「は、はぁ。承知しました……」
気にはなるが、そう言われるとそれ以上聞くことはできない。
以前シオスンの養女だった時とは立場も大きく異なり、自分よりも圧倒的に上の存在だからだ。
「しばらくここで待とうか」
「承知しました」
日陰に腰を下ろす彼に続いて、彼女もそっとその隣に座る。
慌てて「椅子でも……」と言う隊長を彼は制して、そんなことよりも警備に専念するように伝え、様子を伺った。
◆
動きがあったのは、時刻が10時を回った頃だった。
その直前から、敵の陣地の中で人の動きが激しくなっているのはわかっていたが、ようやく動き始めたようだ。
「来ますね。……残念ですけど、予想通りこちらに」
「そうか。仕方ない。この町が破壊できる距離まで近づく前に、止めるしかないな」
言いながらアティアスは立ち上がると、それに合わせて彼女も続く。
「承知しました。まずは行動不能になるまでやります。そのあとは……」
「改めて直接ファモスと話すことになるだろう。決裂したら、残念だけど」
「はい。わかりました。」
2人が出たあと、門を閉めるように隊長に指示し、北門から街道に出る。
まだまだファモスの軍が見える距離ではないが、大きく息を吐いてその時を待った。
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