上 下
107 / 250
第7章 ゼバーシュの魔女

第102話 返礼

しおりを挟む
「――お礼に来ましたよ」

 トーレスが目を開けると、そこには獣達を全く意にも介さずに立っている少女――エミリスと、その傍にはアティアスがいた。
 一瞬見間違えかと思ったが、二度見しても以前と変わらないその姿が目に入り、間違いなさそうだ。

「――大丈夫か⁉︎」

 アティアスの問いかけに、ナハトが慌てて答える。

「アティアス! どうなってんだ、これ!」

 周りを囲まれているにも関わらず、狼達が近づけないこの状況が異常に思えた。

「魔力で壁を張ってますので、ワイルドウルフ程度ならしばらく近づけません。……ミリーさん、腕を出してください」
「う、うん……」

 蹲るミリーは慌てて腕の怪我をエミリスに見せるように突き出す。
 エミリスがその部分にさっと手をかざすと、あっという間に怪我は消えて元通りになる。

「すごっ! あ、ありがとう!」

 その芸当に驚きつつも落とした剣をすぐに拾い、いつでも戦えるように準備するところが、やはり戦い慣れた剣士である所以だろうか。

「……アティアス様、とりあえずさくっとやっちゃって構いませんか?」
「ああ、頼む」
「承知しました」

 念のため彼に確認を取り、エミリスはそれまで無視していたワイルドウルフの方に視線を向けた。

 ◆

「……信じられん」

 その惨状を見て、トーレスが呆然と呟く。
 ナハトとミリーも声を出さないが、考えていることは同じだった。

 自分たちがあれほど苦労した獣達の群れが、ものの数分で全て地に倒れ伏した光景を見て、言葉も出せなかったのだ。
 正直、見ていても彼女が何をやったのかすらわからなかった。
 ただ彼女が周りとぐるっと眺めていただけにしか見えなかったのにも関わらず、狼が叫び声も上げずに次々と血を吐き倒れる光景は背筋が凍る思いだった。

 トーレスだけは大凡理解していた。
 彼女が以前から視線だけで魔法を操ることを知っていたこともあり、恐らくその延長線上にあるのだと。
 しかし、かつて自分が教えていた頃とは、まるで別人だ。
 その頃でも恐ろしいほどの成長速度だったが、あれからまだ半年程度しか経っていないにも関わらず、ここまでの力を身に付けていたとは……。

「とりあえず見える範囲は静かになりましたね。……アティアス様、次はどうしましょう?」
「まだ残ってるかもしれないし、怪我人がいたら治療しないとな。ナハト達も手伝ってくれ」

「あ、ああ。任せろ。……トーレス、ミリーも急ぐぞ」
「わかった」
「うん!」

 のんびりしている暇はない。
 急いで町の中を確認に走った。

 ◆

「これで全部か。……死者が出たのは痛いな」

 テンセズの町を一通り調べて回り、傭兵と町の兵士に9名の死者が出てしまったことをアティアスは嘆いた。
 ナハト達ですらあれほど危なかったのだ。他の傭兵達も相当苦労していたようで、助けに入る前に残念ながら命を落としてしまった者がいたのだ。
 ファモスと話をする前に、先に町へと助けに来ていればそうならなかったのかもしれないと考えると、判断を誤ったのかもと後悔する。

「残念だが仕方ない。まずは獣達を退けられたことを喜ぼう」

 残念がるアティアスに、ナハトが声をかける。続いてミリーが問う。

「それで、このあとはどうするの?」
「油断はできないが、恐らく今晩はもう攻めてはこないだろう。見張りをしっかりつけて、体力を回復させよう」

 離れたファモスの本隊からは町の様子はわからないはずだ。
 そうすると、行動するにしても明るくなるまで待機してからだと考えて、アティアスは答えた。

「そうだね。私達は入り口の付近で監視しているから、アティアスとエミーは休むといい。……疲れてるだろ?」

 トーレスがエミリスの様子を見ながら話す。
 彼女は朝にミニーブルから馬車で移動し、それからダライを経由してテンセズまで、ずっと働き続けていたこともあって、かなり眠そうにしていた。

「すまない。そうさせてもらうよ。……エミー、宿で休もうか」
「ふぁい……。すみません……今日はだいぶ疲れてしまって……」
「これだけ働いてくれたんだ。ありがとうな」

 アティアスは目を擦る彼女を背中に背負い、いつもの宿の方に歩き始める。
 それが心地よかったのか、彼女からすぐに寝息が聞こえ始めた。

 彼女は安心し切って、彼に身体を預けていた。
 いざ戦いになれば、あれほど他を圧倒する力を見せる彼女でも、こうしているとただの少女にすぎない。
 もう戦いではとても彼女には敵わないが、せめて安らげる場所を作ってあげることが自分の役目だと自覚していた。

 ◆

 エミリスは深夜に目を覚まし、ゆっくりと身体を起こした。
 宿に泊まった記憶は全くないが、周りを見渡すと、見覚えのある宿の部屋だった。
 そう、彼女がアティアスに初めて会った日の夜、彼が泊まっていた部屋がまさにこの部屋だったのだ。
 懐かしくも思うし、あれからこれほど目まぐるしい日々が待っていたとは予想もしていなかった。

 そのとき自分が暗殺しようとした彼は、同じベッドのすぐ横で寝顔を見せている。
 今なら容易く暗殺できるくらい無防備に。
 疲れていた自分を彼がここまで運んでくれて、更に着替えさせてもくれたのだろう。いつの間にか寝衣になっている自分を見て少し恥ずかしく思う。

 そっと彼の髪に手を伸ばす。
 少しツンツンしている感触が気持ちいい。

「……うん? ……エミー、どうした?」

 彼も目を覚まして不思議そうにエミリスに問う。

「いえ……。ふと目が覚めてしまいまして。アティアス様、運んでいただいてありがとうございました」

 起こしてしまったことを申し訳なく思いながらも、一言礼を言いたかった。

「そんなの気にしなくて良い。エミーがこれだけ頑張ってくれてるんだから。……俺はそのくらいしかできないからな。むしろ礼を言わないといけないのはこっちだよ」

 そう言いながら彼もベッドから上半身を起こして、彼女をそっと抱き寄せると、その髪を梳くようにしてゆっくり撫でる。

「ん……。ありがとうございます……。私、アティアス様に撫でられるの大好きです……」

 彼女は目を閉じ、気持ちよさそうにしながら、彼の胸に顔を擦り付ける。

「……でも、私のせいでアティアス様を危険な目に遭わせてしまってるんじゃないかと、不安です。……ダライのときも、私を狙ってあれほどのことを」

 ふと昼間に起こったダライでのことを思い出す。
 自分がいるからこそ、砦ごと生き埋めにするほどのことを相手に決断させたのだろうと。
 一緒にいることで、その被害を彼も受けてしまっているのだ。

 アティアスは少し無言で考えて、ゆっくり口を開く。

「……そもそも、エミーがいなかったら、ゼバーシュでうちの誰かが死んでたかもしれないし、それに乗じてマッキンゼ卿自身で攻めてきてたんじゃないかなと思うよ。今回みたいな兵力とは桁違いで、だ。だから、ここまで大きな被害もなくて、うまく抑えられそうなところまで来てるのは、全部エミーのおかげだよ。……本当に感謝してる。ありがとう」

 彼女の髪を撫で続けながら、子供に言い聞かせるように囁く。
 その言葉に、うっすら涙を浮かべながら彼女は呟いた。

「……嬉しいです。これからも……お役に立てるように精一杯頑張りますね」
「ああ、期待してる」

 2人の予想が当たっていれば、明日はファモスの兵と戦うことになるのだろう。
 どうなるかはわからないが、できることを精一杯やるしかない。

「さ、寝れるうちに寝ておこう」
「はいっ」

 アティアスはゆっくりと枕に頭を下ろした。
 彼女は片手で髪を押さえながら、上からそっと彼に口付けしてはにかんだ。

「ふふ、おやすみなさい……」

 そしてちょこんと彼の横に収まると、ぎゅっと抱きしめながら目を閉じた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる

兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。

多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?

あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」 結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。 それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。 不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました) ※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。 ※小説家になろうにも掲載しております

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

晴れて国外追放にされたので魅了を解除してあげてから出て行きました [完]

ラララキヲ
ファンタジー
卒業式にて婚約者の王子に婚約破棄され義妹を殺そうとしたとして国外追放にされた公爵令嬢のリネットは一人残された国境にて微笑む。 「さようなら、私が産まれた国。  私を自由にしてくれたお礼に『魅了』が今後この国には効かないようにしてあげるね」 リネットが居なくなった国でリネットを追い出した者たちは国王の前に頭を垂れる── ◇婚約破棄の“後”の話です。 ◇転生チート。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。 ◇人によっては最後「胸糞」らしいです。ごめんね;^^ ◇なので感想欄閉じます(笑)

処理中です...