身寄りのない少女を引き取ったら有能すぎて困る(困らない)

長根 志遥

文字の大きさ
上 下
98 / 254
第7章 ゼバーシュの魔女

第93話 地獄

しおりを挟む
 それは地獄絵図だった――

 待機しているときに、突然雨のように石が高速で降り注いだ。
 最初は雹か何かが降ってきたのかとも思ったが、そうではないことにすぐに気づいた。

 避けるにも石が小さく、速すぎて目で追うこともできない。
 しかも、意思があるかのように、逃げた方向に降り注いでくる石に、皆が悲鳴を上げて逃げ惑う。

 ひとつひとつは大した威力ではないが、打ちどころが悪いと怪我は免れない。
 魔法を使うために隊列を組んでいたが、それどころではなく既に散り散りになってしまっていた。

「何よ……これ……!」

 少しでも被害を減らそうと、背を向けて地面に蹲りつつ、部隊のひとり――ドロシーは呟いた。

 上官からは「このあとダライに来るゼバーシュの貴族を殺せ」との命令を受けているだけだった。
 そのためにこれほどの魔導士を集めて、しかも実用化したばかりの魔法石まで使うというのを聞き、信じられなかった。
 数人の魔導士が居れば事足りるだろうと思っていた。

 ――しかし、今のこの惨状を見て自分たちの考えの甘さを知る。

 幸い、まだ自分には致命傷になるような怪我はない。
 頭を手で庇いながら、ちらと周りを見ると、ほとんどの仲間が血を流して倒れている。
 立っている者は残っておらず、数名しゃがみ込んでいるのが見えるだけだ。

「……降り止んだ……?」

 不意に周りが静かになる。
 それまで豪雨のように降り注いでいたのが、雨上がりを迎えたように静かになったのだ。

「助かったの……?」

 安堵の声で呟く。

 ――その時だった。

「あれ? まだほとんど無傷の人がいましたね。……運がいいことです」

 自分の背後、すぐ側で低めの女の声が聞こえた。
 全身の毛が逆立つような感覚に囚われる。

「…………あ……」

 恐る恐る、声の方に顔を向ける。
 そこにはまだあどけない顔立ちの少女が、しかしぞっとするような視線で自分を見下ろしていた。

 ◆

「アティアス様、ほぼ戦闘不能になったかと思います。……一部、まだ元気そうな方もおられるようですけど」

 石を雨のように撃ち込み、完全に隊列を崩したことを確認したエミリスは、アティアスと2人で様子を見に来ていた。
 動く者を集中して狙ったためか、最初から動かずにいたことで、あまり怪我をしていない者が残っていたようだった。

 とはいえ、戦う意思は無さそうだったので、無視することにした。

「ああ、そのようだな」

 アティアスもこの惨状を見て、完全に戦意をなくしていることを確認する。

「…………な、何者なの? あなた達……」

 地面に座り込んでいた魔導士と思われる女が、呆然としながらも2人に声をかけてきた。
 それに対して、エミリスが視線を向ける。
 その顔は笑顔だったが、ルビーのようなその赤い目は笑っていなかった。

「ふふ、初めまして。私はエミリスと申します。そして、こちらのお方はアティアス・ヴァル・ゼルム様。……私の大切なご主人様です」

 優雅に一礼をしつつ、エミリスは自己紹介をする。

「ゼルム……。あなた達が……ゼバーシュの……」

 その名前を聞いて、ドロシーは自分の命令を思い出す。
 殺せと言われたのはこの2人のことなのか。
 口ぶりからして、先ほどの石の雨を降らせたのも、この少女なのだろう。
 どうやって石を降らせたのかもわからないが、あれは明らかに意思を持って自分たちを狙っていた。

「はい、その通りです。殺すつもりはありませんのでご安心ください。……歯向かわなければ、ですけれど」

 ……歯向かう?
 そんなことできるはずがない。
 これだけの人数を何の苦もなく圧倒し、それでいてこの余裕。
 念には念をと、2つにグループを分けた。しかしそちらの動きもないことから、同じようにやられてしまったのだろう。
 彼女がやろうと思えば、皆殺しにすることさえ簡単なのだろうと思える。

 ――だからこそ、なぜそうしなかったのかという疑問が湧いてくる。

「……あなた達の目的は……一体……?」

 聞かずにはいかなかった。
 しかし、その答えは違う方向から返ってきた。

「それは私が頼んだからです」

 それは聞いたことのある声。
 丁寧な口調だが、有無を言わさないその力強さ。

「…………ヴィゴール様!」

 声の方に振り向くと、そこには領主、ヴィゴール・マッキンゼ子爵がオースチンを従えて立っていた。

「……私たちの役目はここまでですね」
「はい。エミリス殿、アティアス殿。ありがとうございました」

 その言葉を聞いたエミリスはアティアスの隣に寄り添う。

「さて、あなた達はどんな命令を受けていますか? 教えてください」

 マッキンゼ卿がドロシーに聞くと、彼女は跪き答えた。

「は、はい。ファモス様からは、ダライに向かってくるゼバーシュの貴族を馬車ごと吹き飛ばせと……」

 それに対して、マッキンゼ卿は再度確認する。

「その馬車に私が乗っていることを、聞いていましたか?」
「いいえ。全く……。もしそのような命令ならば、従うことはありません」
「私はファモスに会うために来ました。事前に通達していたのですけどね……」
「――――!」

 それは知らされていなかった。
 つまり、伏せられたまま、私たちは実質ヴィゴール様を殺せと命令されていたと。そういうことだったのかと悟る。

「成功したら、手違いだなんだと理由をつけるつもりだったのでしょう。……怪我人を介抱しなさい」
「は、はい!」

 マッキンゼ卿の言葉にドロシーは立ち上がり、敬礼する。
 そしてすぐに隊員の確認に走った。

「これだけ魔導士がいれば、程なく回復するでしょう。……オースチン」
「はい」

 マッキンゼ卿はオースチンを呼ぶ。

「馬車に戻り、ここまで来るように伝えてください」
「は、承知しました」

 命令を受けたオースチンは、待たせている馬車のところに急ぎ戻っていく。

「エミリス殿。まさかこれほどとは思いませんでした。凄まじいものがありますね」
「ただ石を投げつけただけですけどね」
「……いえ、投石は昔から戦争でよく使われた常套手段です。その威力は侮れません。特に魔導士相手には非常に効果が高い」

 剣や魔法で戦うよりも、投石や弓矢での攻撃の方が射程も長い。
 何より、魔導士は魔法ならば防ぐことができるが、物理的な攻撃には非常に弱いのが大きな弱点だった。
 彼女の思いつきではあったが、実は理に適った攻撃手段なのだ。

 しばらく待つと、オースチンが馬車を連れて戻ってきた。
 そして、ドロシーに介抱された魔導士がまた次の怪我人を治癒するといった流れで隊員全員が回復し、マッキンゼ卿の前に整列した。

 知らなかったとはいえ、マッキンゼ卿を暗殺する命令を受けていたことに対して、彼らに緊張感が漂っていた。

「聞きなさい。……あなたたちは命令に従っただけですから、処分は不問にします。私達はこれから砦に入ります」
「ははっ!」

 その言葉に皆が敬礼する。

「では行きましょう」
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

はずれスキル念動力(ただしレベルMAX)で無双する~手をかざすだけです。詠唱とか必殺技とかいりません。念じるだけで倒せます~

さとう
ファンタジー
10歳になると、誰もがもらえるスキル。 キネーシス公爵家の長男、エルクがもらったスキルは『念動力』……ちょっとした物を引き寄せるだけの、はずれスキルだった。 弟のロシュオは『剣聖』、妹のサリッサは『魔聖』とレアなスキルをもらい、エルクの居場所は失われてしまう。そんなある日、後継者を決めるため、ロシュオと決闘をすることになったエルク。だが……その決闘は、エルクを除いた公爵家が仕組んだ『処刑』だった。 偶然の『事故』により、エルクは生死の境をさまよう。死にかけたエルクの魂が向かったのは『生と死の狭間』という不思議な空間で、そこにいた『神様』の気まぐれにより、エルクは自分を鍛えなおすことに。 二千年という長い時間、エルクは『念動力』を鍛えまくる。 現世に戻ったエルクは、十六歳になって目を覚ました。 はずれスキル『念動力』……ただしレベルMAXの力で無双する!!

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。 彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。 最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。 一種の童話感覚で物語は語られます。 童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~

イノナかノかワズ
ファンタジー
 助けて、刺されて、死亡した主人公。神様に会ったりなんやかんやあったけど、社畜だった前世から一転、ゆるいスローライフを送る……筈であるが、そこは知識チートと能力チートを持った主人公。波乱に巻き込まれたりしそうになるが、そこはのんびり暮らしたいと持っている主人公。波乱に逆らい、世界に名が知れ渡ることはなくなり、知る人ぞ知る感じに収まる。まぁ、それは置いといて、主人公の新たな人生は、温かな家族とのんびりした自然、そしてちょっとした研究生活が彩りを与え、幸せに溢れています。  *話はとてもゆっくりに進みます。また、序盤はややこしい設定が多々あるので、流しても構いません。  *他の小説や漫画、ゲームの影響が見え隠れします。作者の願望も見え隠れします。ご了承下さい。  *頑張って週一で投稿しますが、基本不定期です。  *無断転載、無断翻訳を禁止します。   小説家になろうにて先行公開中です。主にそっちを優先して投稿します。 カクヨムにても公開しています。 更新は不定期です。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

異世界だろうがソロキャンだろう!? one more camp!

ちゃりネコ
ファンタジー
ソロキャン命。そして異世界で手に入れた能力は…Awazonで買い物!? 夢の大学でキャンパスライフを送るはずだった主人公、四万十 葦拿。 しかし、運悪く世界的感染症によって殆ど大学に通えず、彼女にまでフラれて鬱屈とした日々を過ごす毎日。 うまくいかないプライベートによって押し潰されそうになっていた彼を救ったのはキャンプだった。 次第にキャンプ沼へのめり込んでいった彼は、全国のキャンプ場を制覇する程のヘビーユーザーとなり、着実に経験を積み重ねていく。 そして、知らん内に異世界にすっ飛ばされたが、どっぷりハマっていたアウトドア経験を駆使して、なんだかんだ未知のフィールドを楽しむようになっていく。 遭難をソロキャンと言い張る男、四万十 葦拿の異世界キャンプ物語。 別に要らんけど異世界なんでスマホからネットショッピングする能力をゲット。 Awazonの商品は3億5371万品目以上もあるんだって! すごいよね。 ――――――――― 以前公開していた小説のセルフリメイクです。 アルファポリス様で掲載していたのは同名のリメイク前の作品となります。 基本的には同じですが、リメイクするにあたって展開をかなり変えているので御注意を。 1話2000~3000文字で毎日更新してます。

処理中です...