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第7章 ゼバーシュの魔女
第91話 訓戒
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目の前で繰り広げられる光景を、アティアスは呆然と見つめていた。
傍目には、彼女はただ棒立ちをしているようにしか見えない。
しかし彼にはわかっていた。
彼女の魔法はワイルドウルフが持つ魔法石による防御魔法を一瞬で貫き、正確に頭を撃ち抜いているのだと。
どんな魔導士でもこの攻撃は防げないのではないか。
そう思えるほど、圧倒的な力の差だった。
以前の彼女の魔法ならば、防御魔法を破るのに一苦労していた。
だが今はどうだ。
防御魔法など、もともと無いかのように容易く貫いている。それほどまでに今の彼女の魔法の威力は高まっていた。
「……すごいな」
それ以外の言葉が出てこない。
――あっという間に、あれだけ居たワイルドウルフは全て地に伏していた。
「うん、だいたい感覚が掴めましたね」
彼女の目は鋭いが、口元は僅かに緩んでいた。
以前の彼女と比べて、明らかに威力の増している魔法の試し撃ちのつもりだったのだろう。
満足気に頷くと、彼の方に振り返る。
「アティアス様、とりあえず話し合いでもしてみますか?」
のんびりした口調の彼女にアティアスは答えた。
「そうだな。……とはいえ、それはマッキンゼ卿の仕事だと思う」
「はい、わかりました。では見てますので呼んでいただければと」
エミリスは牽制するように馬車と相手の間に立つ。
その間にアティアスは馬車にいるマッキンゼ卿の意見を聞きに行く。
「……直接見たのは初めてだが、凄まじいな」
マッキンゼ卿は彼女の戦いぶりを目の当たりにして、驚嘆の言葉を漏らす。
オースチンはウィルセアと居たとき、怪我はしていたものの彼女の魔法を見ていた。そのときから圧倒的な力があることは理解していたが、ここまでのものだとは思っていなかった。
とはいえ、そのときの彼女は今ほどの威力を出せなかったことを、彼は知らない。
「マッキンゼ卿。相手と話し合うならば間を取り持ちますが、どうしましょうか?」
「うむ。行こう」
アティアスの言葉にマッキンゼ卿が頷いた。
その時だった――
――ドオオオンッ!!
馬車の外でものすごい轟音が響き渡り、馬車が爆風で揺れると共に、馬が驚きいなないた。
「エミー⁉︎」
アティアスは慌てて馬車を飛び出し、彼女の無事を確認しようとする。
しかし、周囲は土埃で覆われて何も見えなかった。
土埃は先ほどまでエミリスがいた辺りを中心に広がっているようだ。
マッキンゼ卿を待っていた彼女から仕掛けるはずがなく、これは相手の魔法であるのは間違いない。
彼女が無事だと思いたいが、これほどの強力な魔法を目の前にすると心配が募る。
――ゴウッ!!
土埃が消えぬ間に、続けて今度は炎の魔法が周囲を覆った。
以前オースチンが使った魔法に近いが、威力は桁違いに見えた。
エミリスを脅威だと判断した相手が、続けざまに強力な魔法を使ってきているのだと予測できた。
これ以上勝手にはさせられないと、相手を傷付けるのを承知の上で、アティアスが詠唱を始める。
「……荒れ狂う炎よ――」
しかし、詠唱の途中でその言葉は遮られた。
「……アティアスさまっ。だ、大丈夫です」
「エミー⁉︎」
聴き慣れた彼女の声に安堵し、詠唱を中断する。
すぐに土埃の中から、無傷ではあるが涙目の彼女がアティアスに駆け寄ってきた。
「……けほっけほっ! うぅ、魔法は防げても、この土埃は予想外でした……」
土埃を吸い込んでしまったようで、しかめっ面をしながら彼女が咳き込む。
「良かった、心配したぞ」
「予想より強力な魔法で少しヒヤッとしました。……すみません、目に埃が入ってしまって……」
まさか有無を言わさずに、これほど強力な魔法を使ってくるとは彼女も予想していなかった。
しかしそれでも防ぎ切ったのだ。
「すぐには話し合いに……ゲホッ……応じてくれそうにはっ……ないですね」
辛そうにしながら彼女が言うと同時に、激しい爆音が再度周囲を覆った。
「――くぅっ!」
エミリスが防御魔法を開くが、土埃を吸い込んで咳き込んでいることもあって、顔が歪む。
立て続けにこれほどの魔法を使われると、彼女であっても防戦一方になってしまうのか。あの魔法石の威力がそれほど凄まじいということを表していた。
そして、この場を離れると馬車への被害が避けられないだろう。
「仕方ない、向こうも防御魔法は使うだろ。一発打ち込んででも動きを止めないと、キリがないぞ」
アティアスが提案する。
彼女もその考えに同意し、頷く。
その時だった。
「――雷よ」
渋く低い声が耳に入る。
一瞬身構えるが、その魔法は自分たちに向けられたものではなかった。
――バリバリバリッ!
雷鳴が響き渡る。
雷撃の魔法を使ったのはマッキンゼ卿だった。
それもかなりの威力であり、エミリスはかつてゼバーシュでオスラムが使ったものよりも上であることを感じ取った。
雷光が収まり、周囲が静かになって、徐々に土埃も晴れてきた。
うっすらと見えてきたそこには、うずくまるように座り込む5人の魔導士がいた。
「近くに行きましょうか」
マッキンゼ卿はオースチンを従えて、アティアス達に話しかける。
恐らくもう反撃してこないだろうと踏んでいたのだ。
ただ、万が一のこともあり、エミリスは守りを疎かにすることはしない。
5人の魔導士に話しかけられるほどまで近づく。
彼らはマッキンゼ卿の雷撃魔法を受けて、かなりのダメージを受けているようだ。
防御魔法は使わなかったのだろうか。それとも、それを上回るほどの威力だったのか。それはわからなかった。
「……私がいることをもちろん知っていましたよね? ファモスの命令ですか?」
マッキンゼ卿が確認するように彼らに問うと、最も年長と思われる男が口を開いた。
「ヴィゴール様……」
何も語らないが、否定しないところを見ると間違った指摘では無いのだろう。
それを追求することはせずに、諭すようにマッキンゼ卿は話す。
「……先ほど見せてもらったように、魔法石の力は凄まじいものがありますね。この力を持ってすれば……周りを制圧することなど容易い。……私はそう思っていました」
そこでエミリスの方に一度目を向けて、続ける。
「ですが、理解したでしょう? 彼女はあなた達を気遣って、本気を出したりしていない。それでもこの有様です。もし敵に回せば、ミニーブルなど一夜で瓦礫の山になる。……私はそうなって欲しくない」
その話を聞き、魔導士達は息を呑む。
「勝てない戦いをするのは愚者のすることです。私にはこの領地を守る責任がある。……わかりますね?」
「……は、はい。……申し訳ありません」
魔導士達は一様に跪き、マッキンゼ卿に頭を下げる。
「理解したならば、今回は咎めません。自領を守ることに注力しなさい」
「ははっ」
その光景に、アティアスはマッキンゼ卿への評価を改めることになる。
野心家だと知られていたこともあり、冷淡で失敗したり反旗を翻した者に容赦がないのかと思っていた。
しかし、そのような素振りは今まで見当たらなかった。かつてゼバーシュにオスラムを送り込んだことが嘘ではなかったのかと思うほどだ。
「この先、ダライまでの待ち伏せはありますか?」
マッキンゼ卿が魔導士達に確認する。
「いえ、途中は私たちだけのはずです。ただ、ダライの手前で軍が待機しています」
「そうでしょうね。わざわざ兵を分けて何度も襲う必要はありませんから」
マッキンゼ卿の予想通りだったのか、頷きながらアティアスに向けて話す。
「アティアス殿、引き続きダライに向かいましょうか。……あなた達には、このワイルドウルフの処置を命じます。それが終わったら帰投しなさい」
「承知しました!」
そう言ってから、マッキンゼ卿は馬車に戻る。
それに続いてアティアス達も馬車に乗り込むと、ダライに向けてゆっくりと進み始めた。
傍目には、彼女はただ棒立ちをしているようにしか見えない。
しかし彼にはわかっていた。
彼女の魔法はワイルドウルフが持つ魔法石による防御魔法を一瞬で貫き、正確に頭を撃ち抜いているのだと。
どんな魔導士でもこの攻撃は防げないのではないか。
そう思えるほど、圧倒的な力の差だった。
以前の彼女の魔法ならば、防御魔法を破るのに一苦労していた。
だが今はどうだ。
防御魔法など、もともと無いかのように容易く貫いている。それほどまでに今の彼女の魔法の威力は高まっていた。
「……すごいな」
それ以外の言葉が出てこない。
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「うん、だいたい感覚が掴めましたね」
彼女の目は鋭いが、口元は僅かに緩んでいた。
以前の彼女と比べて、明らかに威力の増している魔法の試し撃ちのつもりだったのだろう。
満足気に頷くと、彼の方に振り返る。
「アティアス様、とりあえず話し合いでもしてみますか?」
のんびりした口調の彼女にアティアスは答えた。
「そうだな。……とはいえ、それはマッキンゼ卿の仕事だと思う」
「はい、わかりました。では見てますので呼んでいただければと」
エミリスは牽制するように馬車と相手の間に立つ。
その間にアティアスは馬車にいるマッキンゼ卿の意見を聞きに行く。
「……直接見たのは初めてだが、凄まじいな」
マッキンゼ卿は彼女の戦いぶりを目の当たりにして、驚嘆の言葉を漏らす。
オースチンはウィルセアと居たとき、怪我はしていたものの彼女の魔法を見ていた。そのときから圧倒的な力があることは理解していたが、ここまでのものだとは思っていなかった。
とはいえ、そのときの彼女は今ほどの威力を出せなかったことを、彼は知らない。
「マッキンゼ卿。相手と話し合うならば間を取り持ちますが、どうしましょうか?」
「うむ。行こう」
アティアスの言葉にマッキンゼ卿が頷いた。
その時だった――
――ドオオオンッ!!
馬車の外でものすごい轟音が響き渡り、馬車が爆風で揺れると共に、馬が驚きいなないた。
「エミー⁉︎」
アティアスは慌てて馬車を飛び出し、彼女の無事を確認しようとする。
しかし、周囲は土埃で覆われて何も見えなかった。
土埃は先ほどまでエミリスがいた辺りを中心に広がっているようだ。
マッキンゼ卿を待っていた彼女から仕掛けるはずがなく、これは相手の魔法であるのは間違いない。
彼女が無事だと思いたいが、これほどの強力な魔法を目の前にすると心配が募る。
――ゴウッ!!
土埃が消えぬ間に、続けて今度は炎の魔法が周囲を覆った。
以前オースチンが使った魔法に近いが、威力は桁違いに見えた。
エミリスを脅威だと判断した相手が、続けざまに強力な魔法を使ってきているのだと予測できた。
これ以上勝手にはさせられないと、相手を傷付けるのを承知の上で、アティアスが詠唱を始める。
「……荒れ狂う炎よ――」
しかし、詠唱の途中でその言葉は遮られた。
「……アティアスさまっ。だ、大丈夫です」
「エミー⁉︎」
聴き慣れた彼女の声に安堵し、詠唱を中断する。
すぐに土埃の中から、無傷ではあるが涙目の彼女がアティアスに駆け寄ってきた。
「……けほっけほっ! うぅ、魔法は防げても、この土埃は予想外でした……」
土埃を吸い込んでしまったようで、しかめっ面をしながら彼女が咳き込む。
「良かった、心配したぞ」
「予想より強力な魔法で少しヒヤッとしました。……すみません、目に埃が入ってしまって……」
まさか有無を言わさずに、これほど強力な魔法を使ってくるとは彼女も予想していなかった。
しかしそれでも防ぎ切ったのだ。
「すぐには話し合いに……ゲホッ……応じてくれそうにはっ……ないですね」
辛そうにしながら彼女が言うと同時に、激しい爆音が再度周囲を覆った。
「――くぅっ!」
エミリスが防御魔法を開くが、土埃を吸い込んで咳き込んでいることもあって、顔が歪む。
立て続けにこれほどの魔法を使われると、彼女であっても防戦一方になってしまうのか。あの魔法石の威力がそれほど凄まじいということを表していた。
そして、この場を離れると馬車への被害が避けられないだろう。
「仕方ない、向こうも防御魔法は使うだろ。一発打ち込んででも動きを止めないと、キリがないぞ」
アティアスが提案する。
彼女もその考えに同意し、頷く。
その時だった。
「――雷よ」
渋く低い声が耳に入る。
一瞬身構えるが、その魔法は自分たちに向けられたものではなかった。
――バリバリバリッ!
雷鳴が響き渡る。
雷撃の魔法を使ったのはマッキンゼ卿だった。
それもかなりの威力であり、エミリスはかつてゼバーシュでオスラムが使ったものよりも上であることを感じ取った。
雷光が収まり、周囲が静かになって、徐々に土埃も晴れてきた。
うっすらと見えてきたそこには、うずくまるように座り込む5人の魔導士がいた。
「近くに行きましょうか」
マッキンゼ卿はオースチンを従えて、アティアス達に話しかける。
恐らくもう反撃してこないだろうと踏んでいたのだ。
ただ、万が一のこともあり、エミリスは守りを疎かにすることはしない。
5人の魔導士に話しかけられるほどまで近づく。
彼らはマッキンゼ卿の雷撃魔法を受けて、かなりのダメージを受けているようだ。
防御魔法は使わなかったのだろうか。それとも、それを上回るほどの威力だったのか。それはわからなかった。
「……私がいることをもちろん知っていましたよね? ファモスの命令ですか?」
マッキンゼ卿が確認するように彼らに問うと、最も年長と思われる男が口を開いた。
「ヴィゴール様……」
何も語らないが、否定しないところを見ると間違った指摘では無いのだろう。
それを追求することはせずに、諭すようにマッキンゼ卿は話す。
「……先ほど見せてもらったように、魔法石の力は凄まじいものがありますね。この力を持ってすれば……周りを制圧することなど容易い。……私はそう思っていました」
そこでエミリスの方に一度目を向けて、続ける。
「ですが、理解したでしょう? 彼女はあなた達を気遣って、本気を出したりしていない。それでもこの有様です。もし敵に回せば、ミニーブルなど一夜で瓦礫の山になる。……私はそうなって欲しくない」
その話を聞き、魔導士達は息を呑む。
「勝てない戦いをするのは愚者のすることです。私にはこの領地を守る責任がある。……わかりますね?」
「……は、はい。……申し訳ありません」
魔導士達は一様に跪き、マッキンゼ卿に頭を下げる。
「理解したならば、今回は咎めません。自領を守ることに注力しなさい」
「ははっ」
その光景に、アティアスはマッキンゼ卿への評価を改めることになる。
野心家だと知られていたこともあり、冷淡で失敗したり反旗を翻した者に容赦がないのかと思っていた。
しかし、そのような素振りは今まで見当たらなかった。かつてゼバーシュにオスラムを送り込んだことが嘘ではなかったのかと思うほどだ。
「この先、ダライまでの待ち伏せはありますか?」
マッキンゼ卿が魔導士達に確認する。
「いえ、途中は私たちだけのはずです。ただ、ダライの手前で軍が待機しています」
「そうでしょうね。わざわざ兵を分けて何度も襲う必要はありませんから」
マッキンゼ卿の予想通りだったのか、頷きながらアティアスに向けて話す。
「アティアス殿、引き続きダライに向かいましょうか。……あなた達には、このワイルドウルフの処置を命じます。それが終わったら帰投しなさい」
「承知しました!」
そう言ってから、マッキンゼ卿は馬車に戻る。
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