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第6章 ミニーブルにて
第87話 圧倒
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「梯子をお持ちしましょうか?」
オースチンが2人に提案してくれた。
「エミー、どう思う? 登ってるときに上から何かされると困るな」
「今なら爆弾投げられても、たぶん大丈夫ですけどね。……でも面倒なので飛んでもかまいませんか?」
こともなげに彼女が許可を求めてくる。
少し逡巡するが、オースチン達を信用することにした。
「オースチン殿、これからのことは他言無用にてお願いします。マッキンゼ卿への報告だけならば構いません」
「わかりました」
オースチン達は一様に頷く。
「エミー、許す。……ただ、話を聞き出すためにも殺さないでくれよ。あとは何をやっても構わない」
「ありがとうございます。承知しました」
彼女は恭しくアティアスに礼をする。
「……では、参りましょうか」
エミリスが彼の腰に手を添えると、ふっと身体が軽くなるのを感じる。慣れるものではないが、彼女に任せるしかない。
そのまますーっと浮き上がり、すぐに扉の前まで到達する。背後でオースチン達のどよめきが聞こえたが気にしない。
「扉の向こう、正面にいますのでご注意ください。……あ、鍵が掛かってますね……」
扉に手をかけるが、中から鍵が掛かっているようで、開かなかった。
「……壊してもいいですかね?」
「……まぁいいんじゃないかな。後で直せるだろ」
……事が終わった後に、この塔が残っていればだが。
アティアスは心の中で呟く。
「それじゃ……」
そう呟くと、彼女は鍵のところを凝視する。
ポン、と小さな音がして、鍵はあっさりと破壊された。
扉に手をかけ、ゆっくりと開けていく。
中は暗く、外の明るさに慣れた目ではほとんど何も見えなかった。
「入りますよ」
そう言って彼女は入り口に足をかける。
と――
「――雷よ!」
突然、女の声が響く。
2人に向けて魔法を放ったのだ。
周囲にバリバリという轟音が響く。
しかし、エミリスが目の前を飛ぶ蠅を追い払うかのように、軽く手を振ると一瞬で雷撃は霧散してしまった。
「――――っ!」
息を飲む声がうっすら聞こえる。
2人は扉から中に入ると、床に足を付いた。
「……私にこの程度の魔法は効きませんよ? ああ、かと言って爆弾でも効きませんけどね」
暗さにまだ目が慣れていないアティアスにはその存在がわからない。しかし、エミリスにははっきり見えているようで、一点を見つめて話しかけた。
「……あなた、本当に化け物なのね」
呟く声が聞こえる。
声は聞き覚えのあるセリーナのものだった。
「ふふ、なんとでもどうぞ。……アティアス様を刺したあなたには、相応の報いを受けてもらいますから」
少女とは思えない、背筋の凍るような声で彼女が宣告する。
セリーナがごくりと喉を鳴らす音が聞こえる。
「……何故、アティアスが生きているの……? どんな魔法でもあの傷は治せないと思ったのに……!」
ようやく暗さに目が慣れてきて、セリーナの様子が見えるようになってきた。
彼女はパーティの時のドレスではなく、初めて城で会った時のような、ゆったりとした黒い服を身につけて立っていた。しばらく身だしなみを整えていないのか、髪も乱れている。
「殺せなくて残念でしたね」
「信じられない……」
エミリスの言葉に、セリーナは呆然としてかぶりを振った。
「何故、俺を狙ったんだ? ……オスラムの恨みか?」
アティアスが問う。
「……ええ。あの方は私が子供の頃から、ずっと魔法の先生で……恋人だった。彼はヴィゴールの命令でゼバーシュに行ったのに……。でも今のヴィゴールはあなた達と手を結ぼうとしている。……許せなかった。彼だけが……被害者なのは……」
セリーナが絞り出すような声で話す。
ヴィゴールとはマッキンゼ卿のことだ。
「……そのオスラムがゼバーシュでやったことを知ってますか?」
「……いえ、詳しくは」
「彼は……アティアス様の兄上に毒を盛り殺害しようとし、……そしてアティアス様も殺そうとしたのです。……あなたと同じように」
「…………」
セリーナは無言で聞いていた。
「命令だというのには同情しますが、自身がしたことの報いは受けなければなりません」
そこまで言って、彼女は自分もシオスンの命令でアティアスを暗殺しに来たことを思い出す。しかも、なんの報いも受けていないどころか、これほどの幸せを与えてもらっている。
その違いはどこにあるのだろうか。
ただ、少なくとも自分は命令であろうとも、アティアスを殺すつもりはなかった。
それに対して、オスラムは自分の意思で遂行していた。
違いがあるとすればそこだろう。
「……セリーナさん、あなたはこれからどうしたいのですか?」
エミリスは問う。
かつて自分が彼から問われたように。もしかすると同じ答えが返ってくるのだろうかと自問する。
「……たとえ敵わないとしても、私は最後まで貫きます」
自分とは違うその答えを聞いて、エミリスは小さなため息をついた。
「……わかりました。アティアス様、下がっていてください」
「……頼む」
エミリスがセリーナに近づくと同時に、アティアスは斜め後ろの壁際まで下がる。
「私が受けて立ちましょう。……どこからでもどうぞ」
エミリスは棒立ちのまま、セリーナに促す。
真剣な顔をしたセリーナは、懐から何かを取り出す。暗くてわかりにくいが、その光沢は魔法石のようだ。
「本当に魔法が効かないのか、試してあげる!」
そう言って彼女は魔法石を握りしめ、すぐにそれを投げた。
――アティアスの方に。
「なっ!」
アティアスが驚き、声を発する。
セリーナはエミリスに勝てないのを承知で、アティアスを狙ったのだろう。
「……ふ」
しかしエミリスはそれを予想していたかのように、笑みを浮かべた。
――ドォンッ!
その瞬間、魔法石はアティアスの近くで轟音と共に弾けた。
かなりの威力の爆裂魔法が入っていたようで、爆風が塔の中を吹き荒れ、埃が舞い何も見えなくなる。
「――これならどう⁉︎」
やったと言う確信を持って、セリーナが呟く。
「そんなわけないでしょう?」
それに対して、エミリスが即答する。
埃が晴れてきた。
爆発の中心にいたアティアスは、爆発前と変わらず、そこに立っていた。
「――なぜっ⁉︎」
――彼女から離れているのに、どうやって防いだのか?
理解が追いつかない。
「なぜと言われましても……私の目の届く範囲で、アティアス様に危害を加えるようなことはさせませんよ。……もう二度と油断はしません」
エミリスが冷酷に宣言する。
彼女の防御魔法は、少しくらい離れていても彼を包んでいたのだ。
「……そんな」
この塔ごと吹き飛んでもおかしくない威力があったはずなのに。
自分が巻き込まれることも覚悟のうえで放った魔法が、全く効果なく防がれたのを目の当たりにして、セリーナは呆然とする。
そんな彼女にエミリスは告げる。
「……無駄だと思いますけど、まだ抵抗します? あなたが絶望するまで、いくらでもお付き合いしてあげますよ」
セリーナはその言葉を聞いて、かぶりを振る。
「いえ……もう通じる手はなさそうです……」
そう呟くと、彼女は力なく床に膝をつき、うなだれた。
オースチンが2人に提案してくれた。
「エミー、どう思う? 登ってるときに上から何かされると困るな」
「今なら爆弾投げられても、たぶん大丈夫ですけどね。……でも面倒なので飛んでもかまいませんか?」
こともなげに彼女が許可を求めてくる。
少し逡巡するが、オースチン達を信用することにした。
「オースチン殿、これからのことは他言無用にてお願いします。マッキンゼ卿への報告だけならば構いません」
「わかりました」
オースチン達は一様に頷く。
「エミー、許す。……ただ、話を聞き出すためにも殺さないでくれよ。あとは何をやっても構わない」
「ありがとうございます。承知しました」
彼女は恭しくアティアスに礼をする。
「……では、参りましょうか」
エミリスが彼の腰に手を添えると、ふっと身体が軽くなるのを感じる。慣れるものではないが、彼女に任せるしかない。
そのまますーっと浮き上がり、すぐに扉の前まで到達する。背後でオースチン達のどよめきが聞こえたが気にしない。
「扉の向こう、正面にいますのでご注意ください。……あ、鍵が掛かってますね……」
扉に手をかけるが、中から鍵が掛かっているようで、開かなかった。
「……壊してもいいですかね?」
「……まぁいいんじゃないかな。後で直せるだろ」
……事が終わった後に、この塔が残っていればだが。
アティアスは心の中で呟く。
「それじゃ……」
そう呟くと、彼女は鍵のところを凝視する。
ポン、と小さな音がして、鍵はあっさりと破壊された。
扉に手をかけ、ゆっくりと開けていく。
中は暗く、外の明るさに慣れた目ではほとんど何も見えなかった。
「入りますよ」
そう言って彼女は入り口に足をかける。
と――
「――雷よ!」
突然、女の声が響く。
2人に向けて魔法を放ったのだ。
周囲にバリバリという轟音が響く。
しかし、エミリスが目の前を飛ぶ蠅を追い払うかのように、軽く手を振ると一瞬で雷撃は霧散してしまった。
「――――っ!」
息を飲む声がうっすら聞こえる。
2人は扉から中に入ると、床に足を付いた。
「……私にこの程度の魔法は効きませんよ? ああ、かと言って爆弾でも効きませんけどね」
暗さにまだ目が慣れていないアティアスにはその存在がわからない。しかし、エミリスにははっきり見えているようで、一点を見つめて話しかけた。
「……あなた、本当に化け物なのね」
呟く声が聞こえる。
声は聞き覚えのあるセリーナのものだった。
「ふふ、なんとでもどうぞ。……アティアス様を刺したあなたには、相応の報いを受けてもらいますから」
少女とは思えない、背筋の凍るような声で彼女が宣告する。
セリーナがごくりと喉を鳴らす音が聞こえる。
「……何故、アティアスが生きているの……? どんな魔法でもあの傷は治せないと思ったのに……!」
ようやく暗さに目が慣れてきて、セリーナの様子が見えるようになってきた。
彼女はパーティの時のドレスではなく、初めて城で会った時のような、ゆったりとした黒い服を身につけて立っていた。しばらく身だしなみを整えていないのか、髪も乱れている。
「殺せなくて残念でしたね」
「信じられない……」
エミリスの言葉に、セリーナは呆然としてかぶりを振った。
「何故、俺を狙ったんだ? ……オスラムの恨みか?」
アティアスが問う。
「……ええ。あの方は私が子供の頃から、ずっと魔法の先生で……恋人だった。彼はヴィゴールの命令でゼバーシュに行ったのに……。でも今のヴィゴールはあなた達と手を結ぼうとしている。……許せなかった。彼だけが……被害者なのは……」
セリーナが絞り出すような声で話す。
ヴィゴールとはマッキンゼ卿のことだ。
「……そのオスラムがゼバーシュでやったことを知ってますか?」
「……いえ、詳しくは」
「彼は……アティアス様の兄上に毒を盛り殺害しようとし、……そしてアティアス様も殺そうとしたのです。……あなたと同じように」
「…………」
セリーナは無言で聞いていた。
「命令だというのには同情しますが、自身がしたことの報いは受けなければなりません」
そこまで言って、彼女は自分もシオスンの命令でアティアスを暗殺しに来たことを思い出す。しかも、なんの報いも受けていないどころか、これほどの幸せを与えてもらっている。
その違いはどこにあるのだろうか。
ただ、少なくとも自分は命令であろうとも、アティアスを殺すつもりはなかった。
それに対して、オスラムは自分の意思で遂行していた。
違いがあるとすればそこだろう。
「……セリーナさん、あなたはこれからどうしたいのですか?」
エミリスは問う。
かつて自分が彼から問われたように。もしかすると同じ答えが返ってくるのだろうかと自問する。
「……たとえ敵わないとしても、私は最後まで貫きます」
自分とは違うその答えを聞いて、エミリスは小さなため息をついた。
「……わかりました。アティアス様、下がっていてください」
「……頼む」
エミリスがセリーナに近づくと同時に、アティアスは斜め後ろの壁際まで下がる。
「私が受けて立ちましょう。……どこからでもどうぞ」
エミリスは棒立ちのまま、セリーナに促す。
真剣な顔をしたセリーナは、懐から何かを取り出す。暗くてわかりにくいが、その光沢は魔法石のようだ。
「本当に魔法が効かないのか、試してあげる!」
そう言って彼女は魔法石を握りしめ、すぐにそれを投げた。
――アティアスの方に。
「なっ!」
アティアスが驚き、声を発する。
セリーナはエミリスに勝てないのを承知で、アティアスを狙ったのだろう。
「……ふ」
しかしエミリスはそれを予想していたかのように、笑みを浮かべた。
――ドォンッ!
その瞬間、魔法石はアティアスの近くで轟音と共に弾けた。
かなりの威力の爆裂魔法が入っていたようで、爆風が塔の中を吹き荒れ、埃が舞い何も見えなくなる。
「――これならどう⁉︎」
やったと言う確信を持って、セリーナが呟く。
「そんなわけないでしょう?」
それに対して、エミリスが即答する。
埃が晴れてきた。
爆発の中心にいたアティアスは、爆発前と変わらず、そこに立っていた。
「――なぜっ⁉︎」
――彼女から離れているのに、どうやって防いだのか?
理解が追いつかない。
「なぜと言われましても……私の目の届く範囲で、アティアス様に危害を加えるようなことはさせませんよ。……もう二度と油断はしません」
エミリスが冷酷に宣言する。
彼女の防御魔法は、少しくらい離れていても彼を包んでいたのだ。
「……そんな」
この塔ごと吹き飛んでもおかしくない威力があったはずなのに。
自分が巻き込まれることも覚悟のうえで放った魔法が、全く効果なく防がれたのを目の当たりにして、セリーナは呆然とする。
そんな彼女にエミリスは告げる。
「……無駄だと思いますけど、まだ抵抗します? あなたが絶望するまで、いくらでもお付き合いしてあげますよ」
セリーナはその言葉を聞いて、かぶりを振る。
「いえ……もう通じる手はなさそうです……」
そう呟くと、彼女は力なく床に膝をつき、うなだれた。
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