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第6章 ミニーブルにて
第76話 到着
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「着きましたねっ」
夕方、予定通りミニーブルに到着し、エミリスは笑顔で声を上げた。
「疲れただろ? 早く宿でゆっくりしたいな」
「今日はまだまだ大丈夫ですよー」
一日馬に乗っていたのに、今日はいつもより元気が残っているように見える。
「今日はやけに元気だな、どうしたんだ?」
聞くと、彼女は胸を張って答えた。
「ようやくここまで来ましたからね。楽しみで……」
単にゴール目前でテンションが上がっていただけのようだ。
「そうか、でも身体は疲れてるだろうから、今晩はゆっくり休もう」
「はーい」
2人はとりあえず宿を確保する。
しばらくは城に近く、そこそこ高級なところに滞在することにした。
いつもは格式などあまり気にせずに泊まるのだが、マッキンゼ卿に招待されていることもあって、あまりに安いところに泊まるのはまずいと考えた。
「夕食はどうしますか? もうお腹ペコペコですよー」
「そうだな。何か食べたいものあるか?」
宿に着き荷物を整理したあと、彼女が聞いてきたので、逆に希望を聞いてみる。
「うーんと、確かここは仔羊の料理が有名なんですよね? ゼバーシュではあまり良い肉手に入らないし、食べてみたいです」
ミニーブル付近はあまり魔物や猛獣が出ないこともあって、周囲に牧場が多くあった。無論、全く出ない訳ではないので、定期的な巡回は行われている。
そういったこともあり、新鮮な仔羊の肉を使った料理が名物となっていた。
「わかった。じゃ、それでいこうか」
2人は宿の人に聞いて、良さそうなレストランを紹介してもらった。
汗で汚れたままの服では行けないので、宿で軽くシャワーを浴び、人前に出ても恥ずかしくない服装に着替えている。
エミリスは珍しく後ろで髪を束ねて、短めのポニーテールにしていた。普段髪で隠れている耳には、ゼバーシュで買った赤いイヤリングが光っていた。
「いらっしゃいませ」
レストランに着くと、すぐに店員がテーブルに案内をしてくれる。それなりに繁盛はしているようだが、少し空き席があり、待たずに済んだ。
席に向かい歩いているとき――突然名を呼び声をかけられた。
「アティアスじゃないか‼︎ 元気みたいだな!」
アティアスにとっても、エミリスにとっても、聞き慣れた声。
ただ、まさかとは思った。
驚いて声の方に振り向くと、そこにはよく知った友人の顔があった。
「ノード! なんでここに……」
「ノードさん!」
ノードはひらひらと手を振り、2人をテーブルに呼び寄せた。
彼がいることにも驚いたが、そのテーブルにはアティアスの姉であるナターシャも同席していた。
「やっほー、2人とも久しぶりー」
「姉さん!」
ようやくそれでノードがいた理由がわかった。
彼はナターシャの護衛として付いていたのだろう。
「席空いてるから、ここ座りなさいよ」
ナターシャに促され、2人は店員に断って同じテーブルに着いた。
「エミリスちゃん、だいぶ雰囲気変わったわね。眼鏡なんて掛けてた?」
ふと、以前と違うエミリスの姿に疑問を投げかける。
「いえ、ゼバーシュを出る時からです。私の目が目立つから、ちょっとでもと」
「ふーん、そうなのね。でもそれも可愛いわよ」
「ありがとうございます」
ナターシャに褒められて、礼を言う。
「俺は知ってたけどな、乗馬の練習してる時からだったから。……ああ、さっさと注文したほうが良いぞ」
ノードが言う。
アティアスは店員を呼び寄せて、注文を入れる。
「じゃ、この仔羊のハーブ焼きを……そうだな、5人前にしよう。あとはこれと……これ……。それぞれ3人前で。飲みものは……この赤ワインが良いな。ボトルで持ってきてくれ」
「かしこまりました。……ただ、かなりの量ですが大丈夫でしょうか?」
店員が心配して聞いてくるが、大丈夫だ、と答える。
「……アティアスってそんな大食いだったっけ?」
ナターシャが聞いてくるが、かぶりを振る。
「実はこいつの胃袋が底なしでな。……食費がかかって仕方ない」
ちらっとエミリスの方を見ながら返す。
彼女は少し恥ずかしそうに俯いていた。
「へー、そう言えば前もケーキを何個も食べてたわね。……それはそうと、なんで2人がここにいるの? こっちの方に行くって聞いてはいたけど」
ナターシャの質問に答える。
「たまたまマッキンゼ卿の娘さんの誕生日パーティーに招待されてな。まぁ、俺がと言うよりエミーが、だけどな」
「へー、そうなのね。うちに招待来たから、私もそれで来たんだけど。アティアスも居なかったし」
ゼバーシュ伯爵に招待が来たのだろう。
それでナターシャが来ることになったようだ。護衛としてノードを連れて。
「でも、どこで招待されたの? ずっと旅の途中だったでしょ?」
ナターシャの疑問も尤もだ。
「しばらくウメーユにいたんだけど、そのとき祭りがあってな」
「あの葡萄の収穫祭のこと? あれ凄いみたいね、私も一回見てみたい」
「そのときにエミーが……まぁそれは良いか。マッキンゼ卿が来ていて、そのときに招待されたんだ」
「へー、そうなのね……」
ワインと料理が運ばれてくる。
エミリスが目を輝かせるのがわかった。
「じゃ、せっかくだから乾杯ー」
「乾杯ー」
お腹を空かせていたエミリスが勢いよく食べ始めるのを目の当たりにして、ナターシャは目を丸くする。
「凄いわね。……前は猫被ってたのかしら?」
「たぶんな……。俺も最初はこんなだとは思わなかったよ」
姉弟で感慨深く言い合うのを聞いて、エミリスは口を膨らます。
「別に隠してませんし……。前はお酒飲んで眠くなっただけですー」
「じゃ、もっと飲みましょ」
そう言ってナターシャは給仕に目配せして、エミリスのグラスにワインを注ぎ足してもらう。
「ありがとうございます。ワインも美味しいですねー」
ご機嫌な彼女を横目に、ノードが聞く。
「アティアス、どこに泊まる予定だ?」
「俺たちはこの近くで宿を取ったよ」
「そうなのか。俺たちは城に部屋をそれぞれ準備してもらったよ」
ナターシャは近隣の貴族として正式に招待されている。それ相応の対応はされるだろう。
「まぁ、気楽にできる方が良いさ」
「お前らしいな。お、メインディッシュだ」
焼き上がった仔羊のハーブ焼きがテーブルに届けられる。
じっくりローストされ、良い香りが漂っていた。
「……多くないか?」
「……まぁ、見ていろって」
ノードがアティアスに耳打ちする。彼はテンセズでエミリスとは長く一緒にいたが、あまり大食いのイメージは持っていなかった。
「ふふふ……待ってましたよぅー。……いただきまーす」
既にだいぶお酒も回って来た彼女が、待ってましたと肉を食べ始める。
骨付きのフレンチラックは少し食べにくいが、味がしっかりと付いていて美味だった。
「エミリスちゃん、すごい……」
どんどん食べていくエミリスを見て、ナターシャも唖然としていた。彼女は先に来ていたこともあり、既に食べ終わっていた。
「おいしーですー」
半分くらい食べた頃だろうか、そろそろかとアティアスは店員を呼び寄せて、デザートを注文する。
酔うと彼女は寝てしまうので、しばらく様子を見ていたが、今日は大丈夫そうだと判断したのだ。
「早かったな……」
「信じられないわ……」
エミリスは1人で4人前の肉を食べて満足した様子だった。それを目の当たりにしたノードとナターシャは、唖然として呟いた。
「お待たせしました。食後のデザートと紅茶です」
そんなエミリスの前に、今度はケーキが置かれる。栗を煮て甘いペースト状にしたものがたっぷりと乗っているケーキだったが、問題はその量だ。
少なくとも5~6人でシェアするようなホール状のケーキだった。
「少し貰うぞ? ……残りは食べて良いから」
アティアスが自分の分として、6分の1ほどを切り分ける。
「こんなに食べて良いんですか? アティアス様大好きですー」
ケーキを前に彼女は満面の笑顔を浮かべた。
夕方、予定通りミニーブルに到着し、エミリスは笑顔で声を上げた。
「疲れただろ? 早く宿でゆっくりしたいな」
「今日はまだまだ大丈夫ですよー」
一日馬に乗っていたのに、今日はいつもより元気が残っているように見える。
「今日はやけに元気だな、どうしたんだ?」
聞くと、彼女は胸を張って答えた。
「ようやくここまで来ましたからね。楽しみで……」
単にゴール目前でテンションが上がっていただけのようだ。
「そうか、でも身体は疲れてるだろうから、今晩はゆっくり休もう」
「はーい」
2人はとりあえず宿を確保する。
しばらくは城に近く、そこそこ高級なところに滞在することにした。
いつもは格式などあまり気にせずに泊まるのだが、マッキンゼ卿に招待されていることもあって、あまりに安いところに泊まるのはまずいと考えた。
「夕食はどうしますか? もうお腹ペコペコですよー」
「そうだな。何か食べたいものあるか?」
宿に着き荷物を整理したあと、彼女が聞いてきたので、逆に希望を聞いてみる。
「うーんと、確かここは仔羊の料理が有名なんですよね? ゼバーシュではあまり良い肉手に入らないし、食べてみたいです」
ミニーブル付近はあまり魔物や猛獣が出ないこともあって、周囲に牧場が多くあった。無論、全く出ない訳ではないので、定期的な巡回は行われている。
そういったこともあり、新鮮な仔羊の肉を使った料理が名物となっていた。
「わかった。じゃ、それでいこうか」
2人は宿の人に聞いて、良さそうなレストランを紹介してもらった。
汗で汚れたままの服では行けないので、宿で軽くシャワーを浴び、人前に出ても恥ずかしくない服装に着替えている。
エミリスは珍しく後ろで髪を束ねて、短めのポニーテールにしていた。普段髪で隠れている耳には、ゼバーシュで買った赤いイヤリングが光っていた。
「いらっしゃいませ」
レストランに着くと、すぐに店員がテーブルに案内をしてくれる。それなりに繁盛はしているようだが、少し空き席があり、待たずに済んだ。
席に向かい歩いているとき――突然名を呼び声をかけられた。
「アティアスじゃないか‼︎ 元気みたいだな!」
アティアスにとっても、エミリスにとっても、聞き慣れた声。
ただ、まさかとは思った。
驚いて声の方に振り向くと、そこにはよく知った友人の顔があった。
「ノード! なんでここに……」
「ノードさん!」
ノードはひらひらと手を振り、2人をテーブルに呼び寄せた。
彼がいることにも驚いたが、そのテーブルにはアティアスの姉であるナターシャも同席していた。
「やっほー、2人とも久しぶりー」
「姉さん!」
ようやくそれでノードがいた理由がわかった。
彼はナターシャの護衛として付いていたのだろう。
「席空いてるから、ここ座りなさいよ」
ナターシャに促され、2人は店員に断って同じテーブルに着いた。
「エミリスちゃん、だいぶ雰囲気変わったわね。眼鏡なんて掛けてた?」
ふと、以前と違うエミリスの姿に疑問を投げかける。
「いえ、ゼバーシュを出る時からです。私の目が目立つから、ちょっとでもと」
「ふーん、そうなのね。でもそれも可愛いわよ」
「ありがとうございます」
ナターシャに褒められて、礼を言う。
「俺は知ってたけどな、乗馬の練習してる時からだったから。……ああ、さっさと注文したほうが良いぞ」
ノードが言う。
アティアスは店員を呼び寄せて、注文を入れる。
「じゃ、この仔羊のハーブ焼きを……そうだな、5人前にしよう。あとはこれと……これ……。それぞれ3人前で。飲みものは……この赤ワインが良いな。ボトルで持ってきてくれ」
「かしこまりました。……ただ、かなりの量ですが大丈夫でしょうか?」
店員が心配して聞いてくるが、大丈夫だ、と答える。
「……アティアスってそんな大食いだったっけ?」
ナターシャが聞いてくるが、かぶりを振る。
「実はこいつの胃袋が底なしでな。……食費がかかって仕方ない」
ちらっとエミリスの方を見ながら返す。
彼女は少し恥ずかしそうに俯いていた。
「へー、そう言えば前もケーキを何個も食べてたわね。……それはそうと、なんで2人がここにいるの? こっちの方に行くって聞いてはいたけど」
ナターシャの質問に答える。
「たまたまマッキンゼ卿の娘さんの誕生日パーティーに招待されてな。まぁ、俺がと言うよりエミーが、だけどな」
「へー、そうなのね。うちに招待来たから、私もそれで来たんだけど。アティアスも居なかったし」
ゼバーシュ伯爵に招待が来たのだろう。
それでナターシャが来ることになったようだ。護衛としてノードを連れて。
「でも、どこで招待されたの? ずっと旅の途中だったでしょ?」
ナターシャの疑問も尤もだ。
「しばらくウメーユにいたんだけど、そのとき祭りがあってな」
「あの葡萄の収穫祭のこと? あれ凄いみたいね、私も一回見てみたい」
「そのときにエミーが……まぁそれは良いか。マッキンゼ卿が来ていて、そのときに招待されたんだ」
「へー、そうなのね……」
ワインと料理が運ばれてくる。
エミリスが目を輝かせるのがわかった。
「じゃ、せっかくだから乾杯ー」
「乾杯ー」
お腹を空かせていたエミリスが勢いよく食べ始めるのを目の当たりにして、ナターシャは目を丸くする。
「凄いわね。……前は猫被ってたのかしら?」
「たぶんな……。俺も最初はこんなだとは思わなかったよ」
姉弟で感慨深く言い合うのを聞いて、エミリスは口を膨らます。
「別に隠してませんし……。前はお酒飲んで眠くなっただけですー」
「じゃ、もっと飲みましょ」
そう言ってナターシャは給仕に目配せして、エミリスのグラスにワインを注ぎ足してもらう。
「ありがとうございます。ワインも美味しいですねー」
ご機嫌な彼女を横目に、ノードが聞く。
「アティアス、どこに泊まる予定だ?」
「俺たちはこの近くで宿を取ったよ」
「そうなのか。俺たちは城に部屋をそれぞれ準備してもらったよ」
ナターシャは近隣の貴族として正式に招待されている。それ相応の対応はされるだろう。
「まぁ、気楽にできる方が良いさ」
「お前らしいな。お、メインディッシュだ」
焼き上がった仔羊のハーブ焼きがテーブルに届けられる。
じっくりローストされ、良い香りが漂っていた。
「……多くないか?」
「……まぁ、見ていろって」
ノードがアティアスに耳打ちする。彼はテンセズでエミリスとは長く一緒にいたが、あまり大食いのイメージは持っていなかった。
「ふふふ……待ってましたよぅー。……いただきまーす」
既にだいぶお酒も回って来た彼女が、待ってましたと肉を食べ始める。
骨付きのフレンチラックは少し食べにくいが、味がしっかりと付いていて美味だった。
「エミリスちゃん、すごい……」
どんどん食べていくエミリスを見て、ナターシャも唖然としていた。彼女は先に来ていたこともあり、既に食べ終わっていた。
「おいしーですー」
半分くらい食べた頃だろうか、そろそろかとアティアスは店員を呼び寄せて、デザートを注文する。
酔うと彼女は寝てしまうので、しばらく様子を見ていたが、今日は大丈夫そうだと判断したのだ。
「早かったな……」
「信じられないわ……」
エミリスは1人で4人前の肉を食べて満足した様子だった。それを目の当たりにしたノードとナターシャは、唖然として呟いた。
「お待たせしました。食後のデザートと紅茶です」
そんなエミリスの前に、今度はケーキが置かれる。栗を煮て甘いペースト状にしたものがたっぷりと乗っているケーキだったが、問題はその量だ。
少なくとも5~6人でシェアするようなホール状のケーキだった。
「少し貰うぞ? ……残りは食べて良いから」
アティアスが自分の分として、6分の1ほどを切り分ける。
「こんなに食べて良いんですか? アティアス様大好きですー」
ケーキを前に彼女は満面の笑顔を浮かべた。
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