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第5章 マッキンゼ領での旅
第66話 判断
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マッキンゼ卿は、結局3日ほど滞在していたようだ。
アティアス達は知らなかったが、マッキンゼ卿の到着翌日がこの街ウメーユの葡萄の豊穣を祝う収穫祭だったようで、その行事のためにわざわざ来ていたのだった。
ローカルな祭りだが、そのために領主自ら足を運ぶとは、この街の農業への力の入れ具合がわかる。
「祭り、最高でしたねー」
コテージで朝食を終えてくつろいでいると、エミリスが数日前の祭りを思い返して話しかけてくる。
「エミーにとっては、だけど。……食べ飲み放題だったからな」
その時の光景をアティアスも思い出す。
その日は大通りに多くの葡萄農家が提供してくれた葡萄そのものや、それを絞ったジュースに加えて、ワインまで振る舞われていた。しかも無料で。
「にしても、目立ちすぎだよ……」
その光景……というか惨状が脳裏に浮かんだ。
笑顔で葡萄をひたすら貪り食う彼女を、周りの人達も驚きの目で見ていた。更にはその食べっぷりに祭りが盛り上がり、彼女の周りに追加の葡萄の山ができる始末。
挙げ句の果てには、その話を耳に挟んだマッキンゼ卿まで、何があったのかと様子を見に来て、非常に気まずい思いをした。
なぜ平気な顔でそれだけ食べられるのかと思う。やはり彼女の胃袋はどこか異世界に繋がっているに違いない。
「ご、ごめんなさい……。でも、何も起こらなかったですしっ!」
「そうだけど、あれから街歩いてるだけで声かけられるようになったのはなぁ……」
それをきっかけにして、彼女はある種の有名人のようになってしまっていた。
「あうぅ……」
彼女はしょんぼりと肩を落とす。
目立たぬように過ごす必要があるのに、彼に迷惑をかけているのが申し訳なく思う。
そんな彼女を見て、あまり責めるのもと思い直し、フォローする。
「ま、いいさ。この街にもいつまでも居るわけじゃない。マッキンゼ卿の驚く顔も見られたしな」
その顔を思い出して、笑いが込み上げてくる。
マッキンゼ卿は、2人が領地の情報収集に来ていることに、もちろん気付いているだろう。
そんな2人があれほど目立つ行動を取っていることに驚くと共に、彼女の大物ぶりに感嘆した。その際是非にと、マッキンゼ卿の城があるミニーブルで2週間ほど先に行われる、令嬢の誕生日パーティに招待までされてしまった。
その時は曖昧な返事をしたのだが、さてどうしたものか。
「ここからミニーブルまでゆっくり行くと1週間くらいか。そろそろ決めないといけないな……」
アティアスはまだ悩んでいた。
行くのは当然危険が大きい。そもそもレギウスを暗殺しようとしていた者の本拠地だ。
ただ、アティアスとしてはできればマッキンゼ卿と争いになるのは避けたかった。この街の戦力だけ見ても相当なものだ。間違いなく、双方に大きな被害が出るだろう。
そう考えると、できればマッキンゼ卿とは友好関係になっておきたい。
「アティアス様はどこで悩んでおられるのですか?」
彼女としては、彼がなぜ躊躇しているのかがよくわからなかった。彼の性格なら、間違いなく行くだろうと思っていたからだ。
「……行くと暗殺されるかもしれないぞ?」
エミリスは少し考え、返す。
「確実なことは言えませんけど……多分それはないかなーと思います。ルドルフ様やレギウス様ならともかく、アティアス様を今暗殺しても、あまり意味があると思えません。……ああっ、アティアス様が小物ですぅって言ってる訳じゃないですよっ」
失礼に当たるかもと、途中で気づいて慌ててフォローするのが彼女らしい。そんな彼女に苦笑いしながら答える。
「いや、それは事実だから気にしなくて良いよ。……確かに、今俺を殺しても、ゼバーシュには影響は少ない。戦争を起こすつもりなら、そのきっかけになる可能性はあるが……。ただ、その場合は、できれば相手側から事を起こさせたいと思うはずだ。自領で暗殺しておいて攻め込むなんて対外的に敵を作るだけだ」
アティアスがミニーブルで暗殺されたとしたら、ゼバーシュ側から攻め込む口実にはなるが、逆は難しい。反撃してゼバーシュを抑えたとしても、最初に暗殺した事実は消えず、立場が苦しい。
「なので、向こうにはデメリットしかないと思うのです」
「確かにな。……ただ、それは俺が狙われるとした場合だ」
アティアスは別のことを考えていた。
「……それはどう言う意味ですか?」
「俺が心配してるのは、むしろ狙われるのはエミーじゃないかってことだよ」
「……は?」
想定外のことに素っ頓狂な声を出してしまう。
「考えてもみろ。最初にマッキンゼ卿が興味を示したのはエミーだろ? あのオスラムって男がエミーの髪とかのことを知ってたってことは、多分マッキンゼ卿も知っている。何か接触してくる可能性は高いと思う」
「そ、それはまったく考えてなかったです……」
とは言え、アティアスの妻でもある彼女が暗殺される可能性も低いか。結局のところ、戦争の火種になることには変わらないからだ。
「でも、今のエミーの立場じゃ、そう簡単に暗殺することはできないだろ。俺をやるのと一緒だからな」
「なるほどです……。アティアス様と結婚してて良かったですー」
彼女はうんうんと感慨深く頷く。
「そう考えていくと、それほどの危険はないか。なら、むしろマッキンゼ卿と交友を深めることができれば、そのメリットは大きいな。……行くか」
「はい。私はアティアス様のご判断に従います。いつご出発なさいますか?」
恭しく頭を下げる素振りを見せる。
「そうだな、明後日くらいにしよう。それまではここの街でやり残しがないようにな」
「はい、思いっきり葡萄食べ溜めておきますー」
祭りであれだけ食べても飽きないのかと呆れるが、もういつものことだ。
……食べた瞬間にその膨大な魔力に変換されてるんじゃないか、という気もしてくる。
「……ま、ほどほどに頼む」
◆
街を発つ前日、ギルドに寄ってみた。
すると受付のモーリスが声アティアスを見て声をかけてきた。
「アティアス殿ですか。お待ちしておりました」
普段は向こうから声をかけてくることがないので、珍しいなと思う。
「何かあったのか?」
アティアスが聞くと、モーリスは手提げ袋のような包みを奥から持ち出し、渡してきた。
「これは?」
「はい、トロンの街のギルドから、アティアス殿宛で荷物が届いておりましたので」
アティアスが受け取った包みには、確かに宛先にアティアスの名と、差出人の名前が書かれていた。
「……ドーファン先生からじゃないか」
アティアスがこの街に長めに滞在していることは、ゼバーシュにも定期的に文を送り伝えてあった。それを聞いたのだろうか。
「はい。渡せて良かったです。もしあと数日来られなかったら、送り返すところでした」
最後に寄って運が良かった。不定期で滞在している時に荷物のやり取りをするのは難しい。
「開けても良いか?」
「もちろんです」
一応断ってから、中を確認する。
中には手紙が一通と、手のひらよりも少しだけ大きいくらいだろうか――小さな木箱が更に入っていた。
とりあえず先に手紙を確認する。
「……何が書かれてたんですか?」
エミリスも気になるようで、失礼だとは思うが後ろから覗き込む。
「……ドーファン先生が研究していたあの宝石。試作品ができたんで試して欲しいと言うことらしい」
「あの宝石……って、魔力を溜めるってやつですか?」
アティアスは頷く。
「ああ、溜めるだけじゃなくて、ある程度自由に出し入れできるようになったらしい。ただ……効率が悪くて、まだ入れた半分も引き出せないそうだ」
「それじゃ、普通の人だと使い道限られますねぇ」
彼女は考え込みながら、どう使うのがいいか思案する。
「だから俺たちに送ってきたんじゃないか? エミーの魔力なら、普通じゃない量を入れられるだろ? 半分以下っていっても、元々が膨大なら誤差みたいなものだから」
「なるほど……」
彼女はポンと手を叩く。
つまりこれに魔力を溜めてアティアスに渡しておけば、いざという時に役に立つということか。
「それだと確かに……。アティアス様の魔力の補助になるのであれば、かなり強力な魔法も使えるかもしれませんね」
試してみないと何とも言えないが、もしこれがうまく活用できるなら、かなりの武器になり得る。
「そうだな。後で試してみようか」
「はいっ」
モーリスに礼を言って、一旦コテージに戻ることにした。
アティアス達は知らなかったが、マッキンゼ卿の到着翌日がこの街ウメーユの葡萄の豊穣を祝う収穫祭だったようで、その行事のためにわざわざ来ていたのだった。
ローカルな祭りだが、そのために領主自ら足を運ぶとは、この街の農業への力の入れ具合がわかる。
「祭り、最高でしたねー」
コテージで朝食を終えてくつろいでいると、エミリスが数日前の祭りを思い返して話しかけてくる。
「エミーにとっては、だけど。……食べ飲み放題だったからな」
その時の光景をアティアスも思い出す。
その日は大通りに多くの葡萄農家が提供してくれた葡萄そのものや、それを絞ったジュースに加えて、ワインまで振る舞われていた。しかも無料で。
「にしても、目立ちすぎだよ……」
その光景……というか惨状が脳裏に浮かんだ。
笑顔で葡萄をひたすら貪り食う彼女を、周りの人達も驚きの目で見ていた。更にはその食べっぷりに祭りが盛り上がり、彼女の周りに追加の葡萄の山ができる始末。
挙げ句の果てには、その話を耳に挟んだマッキンゼ卿まで、何があったのかと様子を見に来て、非常に気まずい思いをした。
なぜ平気な顔でそれだけ食べられるのかと思う。やはり彼女の胃袋はどこか異世界に繋がっているに違いない。
「ご、ごめんなさい……。でも、何も起こらなかったですしっ!」
「そうだけど、あれから街歩いてるだけで声かけられるようになったのはなぁ……」
それをきっかけにして、彼女はある種の有名人のようになってしまっていた。
「あうぅ……」
彼女はしょんぼりと肩を落とす。
目立たぬように過ごす必要があるのに、彼に迷惑をかけているのが申し訳なく思う。
そんな彼女を見て、あまり責めるのもと思い直し、フォローする。
「ま、いいさ。この街にもいつまでも居るわけじゃない。マッキンゼ卿の驚く顔も見られたしな」
その顔を思い出して、笑いが込み上げてくる。
マッキンゼ卿は、2人が領地の情報収集に来ていることに、もちろん気付いているだろう。
そんな2人があれほど目立つ行動を取っていることに驚くと共に、彼女の大物ぶりに感嘆した。その際是非にと、マッキンゼ卿の城があるミニーブルで2週間ほど先に行われる、令嬢の誕生日パーティに招待までされてしまった。
その時は曖昧な返事をしたのだが、さてどうしたものか。
「ここからミニーブルまでゆっくり行くと1週間くらいか。そろそろ決めないといけないな……」
アティアスはまだ悩んでいた。
行くのは当然危険が大きい。そもそもレギウスを暗殺しようとしていた者の本拠地だ。
ただ、アティアスとしてはできればマッキンゼ卿と争いになるのは避けたかった。この街の戦力だけ見ても相当なものだ。間違いなく、双方に大きな被害が出るだろう。
そう考えると、できればマッキンゼ卿とは友好関係になっておきたい。
「アティアス様はどこで悩んでおられるのですか?」
彼女としては、彼がなぜ躊躇しているのかがよくわからなかった。彼の性格なら、間違いなく行くだろうと思っていたからだ。
「……行くと暗殺されるかもしれないぞ?」
エミリスは少し考え、返す。
「確実なことは言えませんけど……多分それはないかなーと思います。ルドルフ様やレギウス様ならともかく、アティアス様を今暗殺しても、あまり意味があると思えません。……ああっ、アティアス様が小物ですぅって言ってる訳じゃないですよっ」
失礼に当たるかもと、途中で気づいて慌ててフォローするのが彼女らしい。そんな彼女に苦笑いしながら答える。
「いや、それは事実だから気にしなくて良いよ。……確かに、今俺を殺しても、ゼバーシュには影響は少ない。戦争を起こすつもりなら、そのきっかけになる可能性はあるが……。ただ、その場合は、できれば相手側から事を起こさせたいと思うはずだ。自領で暗殺しておいて攻め込むなんて対外的に敵を作るだけだ」
アティアスがミニーブルで暗殺されたとしたら、ゼバーシュ側から攻め込む口実にはなるが、逆は難しい。反撃してゼバーシュを抑えたとしても、最初に暗殺した事実は消えず、立場が苦しい。
「なので、向こうにはデメリットしかないと思うのです」
「確かにな。……ただ、それは俺が狙われるとした場合だ」
アティアスは別のことを考えていた。
「……それはどう言う意味ですか?」
「俺が心配してるのは、むしろ狙われるのはエミーじゃないかってことだよ」
「……は?」
想定外のことに素っ頓狂な声を出してしまう。
「考えてもみろ。最初にマッキンゼ卿が興味を示したのはエミーだろ? あのオスラムって男がエミーの髪とかのことを知ってたってことは、多分マッキンゼ卿も知っている。何か接触してくる可能性は高いと思う」
「そ、それはまったく考えてなかったです……」
とは言え、アティアスの妻でもある彼女が暗殺される可能性も低いか。結局のところ、戦争の火種になることには変わらないからだ。
「でも、今のエミーの立場じゃ、そう簡単に暗殺することはできないだろ。俺をやるのと一緒だからな」
「なるほどです……。アティアス様と結婚してて良かったですー」
彼女はうんうんと感慨深く頷く。
「そう考えていくと、それほどの危険はないか。なら、むしろマッキンゼ卿と交友を深めることができれば、そのメリットは大きいな。……行くか」
「はい。私はアティアス様のご判断に従います。いつご出発なさいますか?」
恭しく頭を下げる素振りを見せる。
「そうだな、明後日くらいにしよう。それまではここの街でやり残しがないようにな」
「はい、思いっきり葡萄食べ溜めておきますー」
祭りであれだけ食べても飽きないのかと呆れるが、もういつものことだ。
……食べた瞬間にその膨大な魔力に変換されてるんじゃないか、という気もしてくる。
「……ま、ほどほどに頼む」
◆
街を発つ前日、ギルドに寄ってみた。
すると受付のモーリスが声アティアスを見て声をかけてきた。
「アティアス殿ですか。お待ちしておりました」
普段は向こうから声をかけてくることがないので、珍しいなと思う。
「何かあったのか?」
アティアスが聞くと、モーリスは手提げ袋のような包みを奥から持ち出し、渡してきた。
「これは?」
「はい、トロンの街のギルドから、アティアス殿宛で荷物が届いておりましたので」
アティアスが受け取った包みには、確かに宛先にアティアスの名と、差出人の名前が書かれていた。
「……ドーファン先生からじゃないか」
アティアスがこの街に長めに滞在していることは、ゼバーシュにも定期的に文を送り伝えてあった。それを聞いたのだろうか。
「はい。渡せて良かったです。もしあと数日来られなかったら、送り返すところでした」
最後に寄って運が良かった。不定期で滞在している時に荷物のやり取りをするのは難しい。
「開けても良いか?」
「もちろんです」
一応断ってから、中を確認する。
中には手紙が一通と、手のひらよりも少しだけ大きいくらいだろうか――小さな木箱が更に入っていた。
とりあえず先に手紙を確認する。
「……何が書かれてたんですか?」
エミリスも気になるようで、失礼だとは思うが後ろから覗き込む。
「……ドーファン先生が研究していたあの宝石。試作品ができたんで試して欲しいと言うことらしい」
「あの宝石……って、魔力を溜めるってやつですか?」
アティアスは頷く。
「ああ、溜めるだけじゃなくて、ある程度自由に出し入れできるようになったらしい。ただ……効率が悪くて、まだ入れた半分も引き出せないそうだ」
「それじゃ、普通の人だと使い道限られますねぇ」
彼女は考え込みながら、どう使うのがいいか思案する。
「だから俺たちに送ってきたんじゃないか? エミーの魔力なら、普通じゃない量を入れられるだろ? 半分以下っていっても、元々が膨大なら誤差みたいなものだから」
「なるほど……」
彼女はポンと手を叩く。
つまりこれに魔力を溜めてアティアスに渡しておけば、いざという時に役に立つということか。
「それだと確かに……。アティアス様の魔力の補助になるのであれば、かなり強力な魔法も使えるかもしれませんね」
試してみないと何とも言えないが、もしこれがうまく活用できるなら、かなりの武器になり得る。
「そうだな。後で試してみようか」
「はいっ」
モーリスに礼を言って、一旦コテージに戻ることにした。
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