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第4章 マドン山脈へ
第61話 失言
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男たちから少し遅れて二人も外に出ると、建物の影から様子を伺う。
建物の前は広場のようになっており、既に戦いは始まっていた。
「……ヘルハウンドか」
「ものすっごく大きな犬ですね……」
敵はどうやら魔獣のヘルハウンドのようだ。
全身真っ黒で燃えるような赤い目をしている。身体は大きく、ワイルドウルフなどよりもずっと大きく、体高だけでも自分たちと同じくらいある。
「……魔獣2体か。これは厄介だな。あいつは炎も吐くし、強さはワイルドウルフの比じゃないぞ」
「そーなんですね。……あれが魔獣。……何しに来たのでしょうか?」
「……そりゃ、俺たちを食べるためじゃないか?」
「えー、私美味しくないと思います」
嫌な顔をして彼女が言う。
「まぁ、少なくともこの中で一番美味しそうなのはエミーだろ。心配しなくて良いぞ」
「……アティアス様にそう言われるのはとっても嬉しいのですけど、魔獣に言われたくはないですね」
男達もどう対処するべきか迷っているようだ。
構えはそれぞれだが、全員が剣士のようだ。
相手のあまりの大きさに怯んでいるようだったが、意を決して前衛の一人が飛びかかる。
だが、ヘルハウンドもすぐに前足を振り上げ爪で男に応戦する。
――ガキィ!
男の剣と爪がぶつかり、音を立てる。
「ぐっ!」
ヘルハウンドの方が圧倒的に力が強く、男の剣は押されて後退りする。
そのままヘルハウンドは反対の足で男を払うように弾き飛ばした。
「――があっ‼︎」
ヘルハウンドにとっては戯れている程度の動きなのだろうが、男は弾き飛ばされて元の場所まで転がった。
「おい、大丈夫か⁉︎」
後衛の男が声をかけるが、倒れた男は爪で切り裂かれたのか、腕から血を流している。ただ、致命傷などではなさそうだ。
すかさず次に、今度は二人同時に飛びかかる。
ヘルハウンドは一人目の剣を先ほどと同じように前足で受け、そのまま大きな口を開けると、ケーキの蝋燭を吹き消すかのように、ふーっと大きく息を吐き出す。
その途端、その口から赤い炎が現れて、もう一人の男とまとめて、炎に包まれた。
「ぐあーーっ‼︎」
叫び声を上げて倒れる。
炎に包まれたのは一瞬で、少しの火傷をした程度だろうが、かなりの熱さを感じただろう。
「あああ……」
あっという間に立っている男は残り一人になり、絶望的な強さの差を感じて動けなくなっていた。
「……す、すごく強いですね」
エミリスが驚きながら呟く。
「そりゃ魔獣だからな。……俺たちで勝てると思うか?」
「うーん、やってみないと分かりませんけど、魔法が効くならたぶん……」
「炎は俺が防御するから、エミーが倒してくれ」
「分かりました。……魔法効かなかったら逃げましょう」
彼女は軽く言うが、そう簡単に逃げられる訳もないことは分かっていた。
そして、2人はヘルハウンドの前に飛び出る。
「とりあえず倒れた奴らを回収してくれ!」
アティアスは一人残る男に声をかける。
「……あ、ああ!」
男は頷く。
ヘルハウンドは余裕があるのか、今まで向こうから攻撃はしてきていない。今も様子を見ているだけだ。
「じゃ、やっちゃいますね。……雷よっ!」
軽い口調でエミリスが先制の雷撃魔法を使う。
――バリバリバリッ‼︎
ヘルハウンド二体を雷が包み込む。アティアスには、先日ワイルドウルフが使ってきたものよりも、彼女の使う魔法のほうが強力に見えた。
『グオォ――!』
今まで平然としていたヘルハウンドだったが、突然の魔法に地鳴りのような声を出し暴れる。
エミリスは集中して魔力を出し続ける。
すぐに終わる爆破系の魔法とは異なり、この雷撃魔法は術者の魔力がある限りずっと続けられることがわかっていた。
つまり、底なしと言っても良い魔力を持つ彼女にとって都合の良い魔法だった。
ヘルハウンドが動けない間に、アティアス達は炎で倒れた男二人を回収した。これで邪魔はいなくなった。
「エミー、次行くぞ!」
「はいっ!」
アティアスに答えて、雷撃魔法を解く。
この魔法だけでは足止めはできても、倒してしまうことはできなさそうだった。
ただ、ヘルハウンドも少なからずダメージを受けたのか、頭を振りよろよろとしている。
それでもすぐに頭を上げ、先ほどと同じように炎を吐こうとする。
「……壁よっ!」
すかさずアティアスが防御魔法を使う。
『ガアォー!』
一瞬の後、その壁に炎の息吹が到達し、壁に当たって方向を変える。
「今だ!」
「はいっ!」
アティアスの声に呼応して、エミリスは得意の魔法をヘルハウンドの炎を吐く口をめがけて叩き込む。
――ドゴンッ‼︎
鈍い音がして、ヘルハウンドの頭が四散した。
そして頭を失った身体がゆっくりと倒れていく。
――ドサッ!
倒れた身体はもう動かない。
「もう一体!」
倒れたヘルハウンドの後に居たもう一体へと向けて、今度は先にエミリスが魔法を連発して動きを止める。
先ほどのように急所に当てないと倒すことはできなさそうだが、彼女は目などをピンポイントで狙っていた。
ヘルハウンドもそれが分かっているのか、前足で顔を覆い、耐えている。
今なら――
アティアスが右側から大きく回り込んで、死角からヘルハウンドの首に剣を打ち込む。
――ズシャッ!
赤い血が飛び散る。しかし剣は表皮を少し切り裂いた程度で、致命傷には至らない。
ヘルハウンドはアティアスの方に顔を向け、炎を吐こうと口を開けた。
――その瞬間。
エミリスの魔法がヘルハウンドの右眼に炸裂した。
一瞬、アティアスに気を取られ、前脚の守りが緩んだ隙を彼女は見逃さなかったのだ。
『ギャアアアーーー‼︎』
片眼を失ったヘルハウンドは頭を振って叫ぶ。
――ドスッ‼︎
そしてアティアスはその叫ぶ口に思い切り剣を突き刺した。貫通した切先が背中側の首から飛び出す。
『グガァ……‼︎』
ヘルハウンドは身体をビクビクと痙攣させ、そしてゆっくりと倒れた。
「とりあえず片付いたか。エミー、他には居ないな?」
「んーと? ……はい、近くには何も感じません」
エミリスは魔力を使い周囲の気配を探るが、何も感じなかった。
尤も、ヘルハウンドが強力すぎるため、獣達も近づかないだろう。
「やられた怪我は大丈夫か?」
アティアスは男達に問う。
「あ……ああ。怪我はあるが大丈夫だ。すまない、助けてもらったな……」
一人無傷の男が答える。残り三人は気を失っているようだが、息は問題なさそうだ。
「気にするな、やらないとみんな死ぬだけだしな。お互いさまだ」
「さっきはデカい口叩いて申し訳ない。お前らがそれほど強いとは……」
「俺は大したことないさ。怒らすと本当に危険なのはこっちだぞ? ……気をつけた方がいい」
そう言ってアティアスはエミリスの頭をぽんぽんと撫でる。
嬉しそうにしている彼女は普通の少女に見えるが、さっきまでの戦いぶりを見ていた男は、ごくりと唾を飲み込む。
「ああ、すまなかった。人は見かけによらないものだな。気をつけるよ……」
「ふっふーん、わかればよろしいのですっ! アティアス様に失礼なこと言うと私が許さないのですー」
今までの意趣返しのようにエミリスが胸を張って、意地悪く言う。
胸がすっきりしたようで、やけに機嫌が良い。
「アティアス……? どっかで聞いたな……」
男が首を捻る。
エミリスがしまった、と言う顔をするがもう遅かった。
「もしかして、ゼバーシュ伯爵の……?」
あまり外では名前を出すなと言っていたのに、ついポロッとこぼしてしまった彼女をちらっと見る。
「……も、申し訳ありません」
怒られると思ったのか、首を引っ込めている。
その襟首をひょいと掴むと、彼女は「ひゃあっ」と小さな声を出した。
「……次から気をつけてな」
そして手を離す。それだけで済んだことに安堵するエミリスは深く頭を下げる。
「なるほど……。護衛が一人だけってことは、それだけの力があるんだな。ゼバーシュ領にそんな魔導士が居たとは」
「護衛と言うか、これは俺の妻だからな。まぁ人並外れた魔導士なのは変わらないが」
「そうか。助けてくれたんだ。名前は俺の中だけにしまっておくよ」
「……そうしてくれると助かる」
建物の前は広場のようになっており、既に戦いは始まっていた。
「……ヘルハウンドか」
「ものすっごく大きな犬ですね……」
敵はどうやら魔獣のヘルハウンドのようだ。
全身真っ黒で燃えるような赤い目をしている。身体は大きく、ワイルドウルフなどよりもずっと大きく、体高だけでも自分たちと同じくらいある。
「……魔獣2体か。これは厄介だな。あいつは炎も吐くし、強さはワイルドウルフの比じゃないぞ」
「そーなんですね。……あれが魔獣。……何しに来たのでしょうか?」
「……そりゃ、俺たちを食べるためじゃないか?」
「えー、私美味しくないと思います」
嫌な顔をして彼女が言う。
「まぁ、少なくともこの中で一番美味しそうなのはエミーだろ。心配しなくて良いぞ」
「……アティアス様にそう言われるのはとっても嬉しいのですけど、魔獣に言われたくはないですね」
男達もどう対処するべきか迷っているようだ。
構えはそれぞれだが、全員が剣士のようだ。
相手のあまりの大きさに怯んでいるようだったが、意を決して前衛の一人が飛びかかる。
だが、ヘルハウンドもすぐに前足を振り上げ爪で男に応戦する。
――ガキィ!
男の剣と爪がぶつかり、音を立てる。
「ぐっ!」
ヘルハウンドの方が圧倒的に力が強く、男の剣は押されて後退りする。
そのままヘルハウンドは反対の足で男を払うように弾き飛ばした。
「――があっ‼︎」
ヘルハウンドにとっては戯れている程度の動きなのだろうが、男は弾き飛ばされて元の場所まで転がった。
「おい、大丈夫か⁉︎」
後衛の男が声をかけるが、倒れた男は爪で切り裂かれたのか、腕から血を流している。ただ、致命傷などではなさそうだ。
すかさず次に、今度は二人同時に飛びかかる。
ヘルハウンドは一人目の剣を先ほどと同じように前足で受け、そのまま大きな口を開けると、ケーキの蝋燭を吹き消すかのように、ふーっと大きく息を吐き出す。
その途端、その口から赤い炎が現れて、もう一人の男とまとめて、炎に包まれた。
「ぐあーーっ‼︎」
叫び声を上げて倒れる。
炎に包まれたのは一瞬で、少しの火傷をした程度だろうが、かなりの熱さを感じただろう。
「あああ……」
あっという間に立っている男は残り一人になり、絶望的な強さの差を感じて動けなくなっていた。
「……す、すごく強いですね」
エミリスが驚きながら呟く。
「そりゃ魔獣だからな。……俺たちで勝てると思うか?」
「うーん、やってみないと分かりませんけど、魔法が効くならたぶん……」
「炎は俺が防御するから、エミーが倒してくれ」
「分かりました。……魔法効かなかったら逃げましょう」
彼女は軽く言うが、そう簡単に逃げられる訳もないことは分かっていた。
そして、2人はヘルハウンドの前に飛び出る。
「とりあえず倒れた奴らを回収してくれ!」
アティアスは一人残る男に声をかける。
「……あ、ああ!」
男は頷く。
ヘルハウンドは余裕があるのか、今まで向こうから攻撃はしてきていない。今も様子を見ているだけだ。
「じゃ、やっちゃいますね。……雷よっ!」
軽い口調でエミリスが先制の雷撃魔法を使う。
――バリバリバリッ‼︎
ヘルハウンド二体を雷が包み込む。アティアスには、先日ワイルドウルフが使ってきたものよりも、彼女の使う魔法のほうが強力に見えた。
『グオォ――!』
今まで平然としていたヘルハウンドだったが、突然の魔法に地鳴りのような声を出し暴れる。
エミリスは集中して魔力を出し続ける。
すぐに終わる爆破系の魔法とは異なり、この雷撃魔法は術者の魔力がある限りずっと続けられることがわかっていた。
つまり、底なしと言っても良い魔力を持つ彼女にとって都合の良い魔法だった。
ヘルハウンドが動けない間に、アティアス達は炎で倒れた男二人を回収した。これで邪魔はいなくなった。
「エミー、次行くぞ!」
「はいっ!」
アティアスに答えて、雷撃魔法を解く。
この魔法だけでは足止めはできても、倒してしまうことはできなさそうだった。
ただ、ヘルハウンドも少なからずダメージを受けたのか、頭を振りよろよろとしている。
それでもすぐに頭を上げ、先ほどと同じように炎を吐こうとする。
「……壁よっ!」
すかさずアティアスが防御魔法を使う。
『ガアォー!』
一瞬の後、その壁に炎の息吹が到達し、壁に当たって方向を変える。
「今だ!」
「はいっ!」
アティアスの声に呼応して、エミリスは得意の魔法をヘルハウンドの炎を吐く口をめがけて叩き込む。
――ドゴンッ‼︎
鈍い音がして、ヘルハウンドの頭が四散した。
そして頭を失った身体がゆっくりと倒れていく。
――ドサッ!
倒れた身体はもう動かない。
「もう一体!」
倒れたヘルハウンドの後に居たもう一体へと向けて、今度は先にエミリスが魔法を連発して動きを止める。
先ほどのように急所に当てないと倒すことはできなさそうだが、彼女は目などをピンポイントで狙っていた。
ヘルハウンドもそれが分かっているのか、前足で顔を覆い、耐えている。
今なら――
アティアスが右側から大きく回り込んで、死角からヘルハウンドの首に剣を打ち込む。
――ズシャッ!
赤い血が飛び散る。しかし剣は表皮を少し切り裂いた程度で、致命傷には至らない。
ヘルハウンドはアティアスの方に顔を向け、炎を吐こうと口を開けた。
――その瞬間。
エミリスの魔法がヘルハウンドの右眼に炸裂した。
一瞬、アティアスに気を取られ、前脚の守りが緩んだ隙を彼女は見逃さなかったのだ。
『ギャアアアーーー‼︎』
片眼を失ったヘルハウンドは頭を振って叫ぶ。
――ドスッ‼︎
そしてアティアスはその叫ぶ口に思い切り剣を突き刺した。貫通した切先が背中側の首から飛び出す。
『グガァ……‼︎』
ヘルハウンドは身体をビクビクと痙攣させ、そしてゆっくりと倒れた。
「とりあえず片付いたか。エミー、他には居ないな?」
「んーと? ……はい、近くには何も感じません」
エミリスは魔力を使い周囲の気配を探るが、何も感じなかった。
尤も、ヘルハウンドが強力すぎるため、獣達も近づかないだろう。
「やられた怪我は大丈夫か?」
アティアスは男達に問う。
「あ……ああ。怪我はあるが大丈夫だ。すまない、助けてもらったな……」
一人無傷の男が答える。残り三人は気を失っているようだが、息は問題なさそうだ。
「気にするな、やらないとみんな死ぬだけだしな。お互いさまだ」
「さっきはデカい口叩いて申し訳ない。お前らがそれほど強いとは……」
「俺は大したことないさ。怒らすと本当に危険なのはこっちだぞ? ……気をつけた方がいい」
そう言ってアティアスはエミリスの頭をぽんぽんと撫でる。
嬉しそうにしている彼女は普通の少女に見えるが、さっきまでの戦いぶりを見ていた男は、ごくりと唾を飲み込む。
「ああ、すまなかった。人は見かけによらないものだな。気をつけるよ……」
「ふっふーん、わかればよろしいのですっ! アティアス様に失礼なこと言うと私が許さないのですー」
今までの意趣返しのようにエミリスが胸を張って、意地悪く言う。
胸がすっきりしたようで、やけに機嫌が良い。
「アティアス……? どっかで聞いたな……」
男が首を捻る。
エミリスがしまった、と言う顔をするがもう遅かった。
「もしかして、ゼバーシュ伯爵の……?」
あまり外では名前を出すなと言っていたのに、ついポロッとこぼしてしまった彼女をちらっと見る。
「……も、申し訳ありません」
怒られると思ったのか、首を引っ込めている。
その襟首をひょいと掴むと、彼女は「ひゃあっ」と小さな声を出した。
「……次から気をつけてな」
そして手を離す。それだけで済んだことに安堵するエミリスは深く頭を下げる。
「なるほど……。護衛が一人だけってことは、それだけの力があるんだな。ゼバーシュ領にそんな魔導士が居たとは」
「護衛と言うか、これは俺の妻だからな。まぁ人並外れた魔導士なのは変わらないが」
「そうか。助けてくれたんだ。名前は俺の中だけにしまっておくよ」
「……そうしてくれると助かる」
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