身寄りのない少女を引き取ったら有能すぎて困る(困らない)

長根 志遥

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第4章 マドン山脈へ

第54話 賭

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「ようやく着きましたねー」

 宿場町での食事の後、馬を受け取って次のトロンの町に向かい、夕方に無事到着した。
 午後は風が出てきたこともあってか、朝の暑さは和らぎ、快適に移動できた。

「あのまま暑かったら干物になるところでしたよ……」

 彼女はほっとした様子を見せた。

「涼しくなって良かったな。とりあえず宿に行って荷物を下ろしたら、馬を預けよう」
「わかりました」

 トロンの町では前回と同じ、大浴場がある宿を確保した。前は別々の部屋だったが、今回はもちろん二人部屋だ。
 荷物を部屋に運び入れてから、馬を近くの店に預けてきた。

「どうする? 先、お風呂にするか?」
「そうですねぇ。汗がものすごいので、さっぱりしたいところです。それに……」

 彼女は続きを言いかけたが、口をつぐむ。
 しかし、その先をアティアスが代わりに言った。

「……先にお酒飲むと、エミーはそのまま寝てしまうからな」
「むむぅ、頑張れば起きてられますよぅ」

 頭の中を読まれていたことが恥ずかしくて、彼女はついつい口に出してしまう。

「……今まで起きていられたことなんてあったか? 俺の記憶にはないぞ」
「私の記憶にもありませんけど、きっとなんとかなるはずですっ」

 根拠のない自信で小ぶりな胸を精一杯張って言った。

「なら……食事を先にするか?」
「いえっ、……お、お風呂が良いですー。汗のせいなので仕方ないんですっ」

 彼の提案に、急にトーンダウンする。

「ま、そういうことにしておこうか。じゃ、ゆっくり入ってきな」
「むむー、なんかまた負けた気分がします……」

 ◆

「はうー、気持ちよかったです」

 お風呂に入ってさっぱり汗を流したエミリスは頗るご機嫌だった。

「汗をかいた後の風呂って、なんであんなに気持ちいいんだろうな?」

 運動したあとなどもそうだが、あの独特の気持ちよさはなんだろうかと思う。

「ですよねー。本当に幸せですー」

 お風呂上がりで、更に夏場ということもあり、彼女は非常にラフな格好でベッドの上に腰かけていた。
 薄いピンク色のタンクトップにショートパンツ姿で、その真っ白な手足のほとんどを横に座る彼に見せていた。
 夏の日差しを浴びているはずなのに、全く日焼けしていないことを不思議に思う。

 そう思い彼女の手足を観察していると、つい触れたくなり、大腿のきめ細やかな肌の上をそっと手でなぞった。
 それがくすぐったかったのか、彼女はぴくっと身体を震わせ、少し頬を赤らめて呟いた。

「……えと、それまた汗をかいてしまうので夕食後のほうがいいな……と……」
「それはつまり夕食後も起きてるって宣言か? 多分無理だろ」
「そんなことないですっ。…………たぶん」
「まあいいか。……そろそろ出かけるぞ。エミーは着替えた方が良いな。こんな格好、人には見せられないだろ」
「えー、暑くて嫌ですよぅ」
「……なら置いていくぞ?」

 意地悪く言うと彼女は焦って答えた。

「ううー、それはもっと嫌です……。ごめんなさい」

 謝る彼女の頭を撫でると、まだ少し濡れている髪が指に絡まる。

「エミーはただでさえ目立つからな、もう少し肌を隠しとけ。……見せるのは俺にだけでいい」
「はい……承知しました」

 その言葉を聞いて、彼女は彼に身体を擦り寄せて頷いた。

 ◆

「俺の勝ちだな」
「……べ、別に勝負なんかしてませんしっ!」
「まぁ帰った時に一度は起きたからな。それは予想外だったよ」
「ですよねっ! だからせめて引き分けにしてくださいっ」

 遅めの朝食を摂りながらいつものように笑い合う。
 昨晩は結局、事前の予想通り彼女は夕食を食べているときお酒が回ってそのまま寝てしまった。
 そんな彼女をアティアスが背負い、宿へ帰ることになったのだった。
 ただ、いつもならそのままベッドに寝かせるのだが、昨晩は珍しく部屋に着く頃に目を覚ましたのだ。

 今日は一日トロンの町に滞在するつもりだった。
 この町はゼバーシュから比較的安全に来ることができるため、観光地としても充実していた。それもあって、せっかくだから観光もしていこうということになったのだ。

 ◆

「今日も楽しかったですー」

 彼女の提案で、今日は美術館や博物館を周ってみた。
 今まで歴史や美術にあまり触れてこなかった彼女にとっては、初めてのことが多く勉強になったようだ。

 宿の自室に運んでもらった夕食を食べ終えたエミリスが彼に聞いた。

「アティアス様、前から疑問に思ってたのですが、魔力って遺伝じゃないですか。ということは、誰かその最初の人ってのがいるんでしょうか?」
「……考えたこともなかったな。……言われてみると、いきなり多くの人が現れることはないだろうし、突然生まれたのなら、他にも似た人が出てきてもおかしくないしな」

 アティアスは考え込みながら答える。
 そんな疑問は持ったことがなかったが、言われてみれば確かに気になる話だった。

「……以前、ゼバーシュでアティアス様を狙っていたオスラムって人が話してくれたんです。魔導士の始祖になった女の人がいて、みんなその人の子孫だと言われてるって」
「へー、俺は知らない話だけど、面白そうだな」
「その人が言うには、その女性は私みたいに赤い目だったって言われてるって。あと鮮やかな緑の髪で……」
「エミーの髪は鮮やかというより、かなり濃いとは思うけどな。……ただ、似てるって言えばそうかな」

 アティアスは考える。
 聞いた特徴と彼女の魔力からすると、関係がありそうに感じる。
 ただエミリスは少なくとも数十年前には子供だった訳で、どう考えても別人なのは間違いない。
 突然先祖帰りでもして、その特徴と魔力を持って生まれたと考えられなくもないが……それならもっと他に同様の者がいてもおかしくないとも思った。

「まぁ、気にしても仕方ないんですけどね。アティアス様のお役に立てるなら、それで充分です」

 そう言う彼女が可愛くて、つい手を頭に伸ばしてしまう。
 いつものように撫でていると、彼女も嬉しそうに顔をほころばせる。

「そうだ、ドーファン先生なら俺よりは詳しいだろう。せっかくトロンに来てるんだ、明日行ってみるか?」
「はい。勉強しておくと何かの役に立つかもしれませんから。…………それで……その……」

 彼女が上目遣いで、猫のようにアティアスに擦り寄ってくる。

「ああ、でも片付けしてからな」
「承知しましたっ!」

 彼女の頭をぽんぽんとしてから彼が立ち上がると、彼女もこの後のことを楽しみにしながら、急いで片付けを手伝った。
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