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第4章 マドン山脈へ
第50話 変装
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「親父、そろそろ旅に出るから挨拶に来たよ」
アティアスはエミリスを連れて、ルドルフのところに話をしに来ていた。
結婚式が終わり、色々と挨拶や手続きをしたりしていると、あっという間に2週間が経っていた。
そろそろ落ち着いてきた頃合いかと思い、相談に来たのだ。
「そうか。次はどこへ行くつもりなんだ?」
「今のところ、久しぶりに領地の外にも行ってみようと思ってる」
アティアスは領地の中で旅をしていることが多かったが、時には冒険者としてこの国エルドニアの他の領主の治める土地にも行くこともあった。
領地から出ると、あまり顔は効かなくなる。
もちろん同じ国の貴族ではあるので、一般人とは異なる。しかしながら、そもそも彼はあまり立場をひけらかすようなことは好まなかった。
「……いつも頼んでばかりですまないけど、この機会にひとつ頼んでおきたいことがある」
「とりあえず聞くだけは聞くよ」
「この前の暗殺事件にも関係するが、旅のついでにマッキンゼ子爵領の様子を見てきて欲しいんだ」
「……なるほど。確かにこのまま放っておくのは危険だな。ただ……」
アティアスはエミリスの横顔を見る。
マッキンゼ子爵領から来たという魔導士のオスラムが、彼女の容姿について何か気づいたことを、アティアスは彼女から聞いていた。
つまり、彼女も何かトラブルに巻き込まれる可能性もあるということだ。
そのことをルドルフには話していないが、できれば不要なリスクは避けたい。
しかし、彼女はゆっくり首を振る。
「……私はアティアス様が向かわれる所がどこであってもお供しますよ」
「そうか。……あまり深追いはしないようにして、様子だけ見てこようか」
「……よろしく頼む。前にも言ってたけど、ノードは構わないのか?」
このゼバーシュに戻ってから、ノードは自分の父親がルドルフに仕えていることもあり、その手伝いをしていた。
彼もいつまでも遊んでいる訳にはいかないからだ。
ルドルフに言えば、ノードの同行も許可されるだろう。ただ、アティアスはゼバーシュに来る前から、次からはエミリスと二人で行こうと決めていた。
「ああ、これからはエミーと二人で行くよ。成人もした俺がいつまでもノードにお守りをしてもらう訳にもいかない」
それにノードにも彼の人生がある。
自分の我儘で振り回す訳にもいかない。幼馴染とも言える存在だからこそ、余計にそう思う。
「わかった。馬はいつでも使えるように手配しておくから、好きな時に出発するといい」
「ありがとう。数日は準備で居ると思うから何かあったら連絡してくれ」
「ああ、よろしく頼むよ」
◆
城を出て街に出た二人だったが、アティアスの思いつきで眼鏡を専門で扱っている店に寄った。
「もしかすると、少し色のついた眼鏡をすると、その眼が目立たないかもしれない」
「……私、眼鏡なんて無くてもよく見えますけど?」
「ははは、エミーの視力が桁外れなのはよく知ってるよ。そうじゃなくて、エミーの眼が少しでも目立たないようにね。髪はどうしようもないけど……」
眼鏡をかけた女性の店員を捕まえて聞いてみる。
「すまないが、眼鏡でこの子の眼の色が目立たなくすることはできないだろうか。例えば色のついたレンズをするとか……」
店員は20代半ばだろうか、黒髪を後ろで結え、眼鏡をしていることもあり、理知的に見える。
「あら、すごく綺麗な眼ですね……。確かに珍しい瞳の色なので、目立つかもしれませんね。そうですねぇ……隠したいなら、例えば少しブラウンの入ったレンズにすると、もっと濃く、茶色っぽく見えるのではないかなと思います。他の色でも構いませんが、ブラウン以外だとレンズを濃くすると肌の色と違うので、普段使いだと逆に目立ってしまうかも……」
こと細かく説明してくれるが、いまいちよくわからない。ブラウンのレンズが良いらしい。
「ふむ。試してみることはできるのか?」
「はい、眼鏡の形にはできませんが、ここにサンプルのレンズがあります。……ちょっと顔に当ててみましょう」
店員の女性は、色のついたレンズを取り出して、エミリスの目の前に合わせてみる。
「確かに、このレンズ越しだと、赤と言うより茶色っぽく見えるな」
「茶色の眼の方は多いですから、これだと殆ど目立たないと思いますよ」
「なるほど。眼鏡の形はどんなのが良いだろうか」
「そちらはほとんど好みですので、鏡を見ながら選ばれると宜しいかと」
アティアスはエミリスに呼びかける。
「エミー、好きに選んで良いぞ?」
「わかりました。……いっぱいあって悩みますねー」
そう言いつつ、早速眼鏡を手に取っては掛けてみていた。
「んー、私はこれがいいかなって思うんですけど、どうでしょうか?」
そう言って彼女が選んだのは、ブラウンの太めのフレームに、横長の楕円形のレンズが入ったものだった。
「いいんじゃないか? なかなか可愛いな」
彼が褒めると、彼女も満足そうに頷く。
「ですよねっ! これが良いですー」
アティアスが彼女の顔から眼鏡をそっと外して、店員に渡す。
「それじゃ、こいつで作ってくれ。視力は悪くないから度は不要だ」
「かしこまりました。明日には出来上がりますので、取りにいらしてください」
二人は代金を支払って、代わりに引換券を受け取って店を出た。
「なんだか変装みたいでわくわくしますね」
何故か彼女は興奮していた。
「まぁ他領主の領地へ調査に行くなんて、スパイみたいなものだからな、変装ってのもあながち間違いじゃない。俺も何かやるかな」
「……寝てる間に丸坊主にでもしちゃいましょうか?」
「もしそれやったら……縛って脇をくすぐってやるぞ」
「それだけはダメですー。許可できません。……それに私、縛られても抜け出せますし」
そうだった。
魔法が使えないように先に目隠しする必要があるなと思う。
そう考えると、ふと彼女を目隠しして縛り上げることを想像してしまう。それは流石に彼女でも怒るだろうか。
「……? どうしました?」
そんな彼の様子が気になるのか、彼女が不思議そうに顔を覗き込む。
「あ、いや。……なんでもない」
「絶対なんでもある顔してます。私に隠し事はダメですー」
「……いや、ついエミーを目隠しして縛ったらどうなるかなーって思ってしまった。すまん……」
それはまさに以前攫われた時に彼女が経験したことだった。
「むむー、それは私でもどうにもならないかもしれませんね」
あの時も、運良く目隠しを外してくれたおかげで命拾いしたのだ。それが無ければと思うとぞっとする。
「……まぁ、それがアティアス様のご希望なら構いませんけど。……でも、私に酷いことはしないのでしょう?」
エミリスは顔を赤く染めてぼそっと呟いた。
このままでは違う方向に行ってしまいそうで、話を戻すことにした。
「それはそれとしてだ。エミーは馬には乗ったことあるか?」
「え……いえ……ありませんが?」
突然の質問に、エミリスは困惑して答える。馬車で移動した経験はあるが、自分で馬を駆るようなことはなかった。
「そうか、次の旅は馬で移動しようと思ってな」
「アティアス様は歩くのがお好きなのでは……?」
「そうなんだが、エミーと二人だと荷物を載せた馬を牽いて歩くのも大変だからな。かといって背負うのは大変だ。馬に乗れば野営もほとんどしなくて済むから、その方が楽だろ?」
自分に気を遣っての事だとわかり、少し複雑な気持ちになる。
「気を遣ってくださるのは嬉しいのですが、私のせいでご迷惑をおかけするのは……」
「この程度、大したことはないよ。馬車は好まないけど、馬に乗るくらいなら今までもあるからな」
「それなら良いんですけど……。わかりました。でもうまく乗れるか心配です……」
彼女の心配を解消するため、アティアスが提案する。
「いきなりは無理だけど、すぐ慣れるよ。しばらく城で練習して、乗れるようになってから旅に出よう」
「わかりました。がんばりますっ」
アティアスはエミリスを連れて、ルドルフのところに話をしに来ていた。
結婚式が終わり、色々と挨拶や手続きをしたりしていると、あっという間に2週間が経っていた。
そろそろ落ち着いてきた頃合いかと思い、相談に来たのだ。
「そうか。次はどこへ行くつもりなんだ?」
「今のところ、久しぶりに領地の外にも行ってみようと思ってる」
アティアスは領地の中で旅をしていることが多かったが、時には冒険者としてこの国エルドニアの他の領主の治める土地にも行くこともあった。
領地から出ると、あまり顔は効かなくなる。
もちろん同じ国の貴族ではあるので、一般人とは異なる。しかしながら、そもそも彼はあまり立場をひけらかすようなことは好まなかった。
「……いつも頼んでばかりですまないけど、この機会にひとつ頼んでおきたいことがある」
「とりあえず聞くだけは聞くよ」
「この前の暗殺事件にも関係するが、旅のついでにマッキンゼ子爵領の様子を見てきて欲しいんだ」
「……なるほど。確かにこのまま放っておくのは危険だな。ただ……」
アティアスはエミリスの横顔を見る。
マッキンゼ子爵領から来たという魔導士のオスラムが、彼女の容姿について何か気づいたことを、アティアスは彼女から聞いていた。
つまり、彼女も何かトラブルに巻き込まれる可能性もあるということだ。
そのことをルドルフには話していないが、できれば不要なリスクは避けたい。
しかし、彼女はゆっくり首を振る。
「……私はアティアス様が向かわれる所がどこであってもお供しますよ」
「そうか。……あまり深追いはしないようにして、様子だけ見てこようか」
「……よろしく頼む。前にも言ってたけど、ノードは構わないのか?」
このゼバーシュに戻ってから、ノードは自分の父親がルドルフに仕えていることもあり、その手伝いをしていた。
彼もいつまでも遊んでいる訳にはいかないからだ。
ルドルフに言えば、ノードの同行も許可されるだろう。ただ、アティアスはゼバーシュに来る前から、次からはエミリスと二人で行こうと決めていた。
「ああ、これからはエミーと二人で行くよ。成人もした俺がいつまでもノードにお守りをしてもらう訳にもいかない」
それにノードにも彼の人生がある。
自分の我儘で振り回す訳にもいかない。幼馴染とも言える存在だからこそ、余計にそう思う。
「わかった。馬はいつでも使えるように手配しておくから、好きな時に出発するといい」
「ありがとう。数日は準備で居ると思うから何かあったら連絡してくれ」
「ああ、よろしく頼むよ」
◆
城を出て街に出た二人だったが、アティアスの思いつきで眼鏡を専門で扱っている店に寄った。
「もしかすると、少し色のついた眼鏡をすると、その眼が目立たないかもしれない」
「……私、眼鏡なんて無くてもよく見えますけど?」
「ははは、エミーの視力が桁外れなのはよく知ってるよ。そうじゃなくて、エミーの眼が少しでも目立たないようにね。髪はどうしようもないけど……」
眼鏡をかけた女性の店員を捕まえて聞いてみる。
「すまないが、眼鏡でこの子の眼の色が目立たなくすることはできないだろうか。例えば色のついたレンズをするとか……」
店員は20代半ばだろうか、黒髪を後ろで結え、眼鏡をしていることもあり、理知的に見える。
「あら、すごく綺麗な眼ですね……。確かに珍しい瞳の色なので、目立つかもしれませんね。そうですねぇ……隠したいなら、例えば少しブラウンの入ったレンズにすると、もっと濃く、茶色っぽく見えるのではないかなと思います。他の色でも構いませんが、ブラウン以外だとレンズを濃くすると肌の色と違うので、普段使いだと逆に目立ってしまうかも……」
こと細かく説明してくれるが、いまいちよくわからない。ブラウンのレンズが良いらしい。
「ふむ。試してみることはできるのか?」
「はい、眼鏡の形にはできませんが、ここにサンプルのレンズがあります。……ちょっと顔に当ててみましょう」
店員の女性は、色のついたレンズを取り出して、エミリスの目の前に合わせてみる。
「確かに、このレンズ越しだと、赤と言うより茶色っぽく見えるな」
「茶色の眼の方は多いですから、これだと殆ど目立たないと思いますよ」
「なるほど。眼鏡の形はどんなのが良いだろうか」
「そちらはほとんど好みですので、鏡を見ながら選ばれると宜しいかと」
アティアスはエミリスに呼びかける。
「エミー、好きに選んで良いぞ?」
「わかりました。……いっぱいあって悩みますねー」
そう言いつつ、早速眼鏡を手に取っては掛けてみていた。
「んー、私はこれがいいかなって思うんですけど、どうでしょうか?」
そう言って彼女が選んだのは、ブラウンの太めのフレームに、横長の楕円形のレンズが入ったものだった。
「いいんじゃないか? なかなか可愛いな」
彼が褒めると、彼女も満足そうに頷く。
「ですよねっ! これが良いですー」
アティアスが彼女の顔から眼鏡をそっと外して、店員に渡す。
「それじゃ、こいつで作ってくれ。視力は悪くないから度は不要だ」
「かしこまりました。明日には出来上がりますので、取りにいらしてください」
二人は代金を支払って、代わりに引換券を受け取って店を出た。
「なんだか変装みたいでわくわくしますね」
何故か彼女は興奮していた。
「まぁ他領主の領地へ調査に行くなんて、スパイみたいなものだからな、変装ってのもあながち間違いじゃない。俺も何かやるかな」
「……寝てる間に丸坊主にでもしちゃいましょうか?」
「もしそれやったら……縛って脇をくすぐってやるぞ」
「それだけはダメですー。許可できません。……それに私、縛られても抜け出せますし」
そうだった。
魔法が使えないように先に目隠しする必要があるなと思う。
そう考えると、ふと彼女を目隠しして縛り上げることを想像してしまう。それは流石に彼女でも怒るだろうか。
「……? どうしました?」
そんな彼の様子が気になるのか、彼女が不思議そうに顔を覗き込む。
「あ、いや。……なんでもない」
「絶対なんでもある顔してます。私に隠し事はダメですー」
「……いや、ついエミーを目隠しして縛ったらどうなるかなーって思ってしまった。すまん……」
それはまさに以前攫われた時に彼女が経験したことだった。
「むむー、それは私でもどうにもならないかもしれませんね」
あの時も、運良く目隠しを外してくれたおかげで命拾いしたのだ。それが無ければと思うとぞっとする。
「……まぁ、それがアティアス様のご希望なら構いませんけど。……でも、私に酷いことはしないのでしょう?」
エミリスは顔を赤く染めてぼそっと呟いた。
このままでは違う方向に行ってしまいそうで、話を戻すことにした。
「それはそれとしてだ。エミーは馬には乗ったことあるか?」
「え……いえ……ありませんが?」
突然の質問に、エミリスは困惑して答える。馬車で移動した経験はあるが、自分で馬を駆るようなことはなかった。
「そうか、次の旅は馬で移動しようと思ってな」
「アティアス様は歩くのがお好きなのでは……?」
「そうなんだが、エミーと二人だと荷物を載せた馬を牽いて歩くのも大変だからな。かといって背負うのは大変だ。馬に乗れば野営もほとんどしなくて済むから、その方が楽だろ?」
自分に気を遣っての事だとわかり、少し複雑な気持ちになる。
「気を遣ってくださるのは嬉しいのですが、私のせいでご迷惑をおかけするのは……」
「この程度、大したことはないよ。馬車は好まないけど、馬に乗るくらいなら今までもあるからな」
「それなら良いんですけど……。わかりました。でもうまく乗れるか心配です……」
彼女の心配を解消するため、アティアスが提案する。
「いきなりは無理だけど、すぐ慣れるよ。しばらく城で練習して、乗れるようになってから旅に出よう」
「わかりました。がんばりますっ」
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