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第2章 旅路
第28話 騒動
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「結構降ったな」
アティアスが部屋から降りてくるのを見たノードが声を掛けてきた。通りには水たまりが多くできていた。ただ空には青空が見えていて、この先天気が回復していくことが見て取れる。
「でも止んでくれてよかったよ。ゼバーシュまであと2日かかるからな」
アティアスの家があるゼバーシュまでは馬車なら1日で着くが、歩くと2日かかる。なので途中の宿場町で1泊する必要があった。
出発が遅くなると、夜も歩くかもう1泊するかのどちらかになるため、できるだけ早めに出発したかった。
まだ降りてきていないエミリスの分も含めて食事の注文をした二人はテーブルに着く。
しばらくしてちょうど食事がテーブルに届けられた頃、エミリスが部屋から降りてきた。昨日と違い、出発すそ服を身に付けていた。
「おはようございます。遅くなり申し訳ありません」
深々と二人に頭を下げ、彼女も空いた席に座る。
「おはよう」
ノードもそれに応え、朝食に手を付けた。
◆
食後すぐにノードは馬を引き取りに行った。
残る二人はその間に支度を整える。三日ぶりに剣を腰に付け、何かあってもすぐ対処できるように準備する。とはいえ、アティアスに買ってもらった剣は軽く、歩くとき少し邪魔になる程度の負担しかなかった。
「アティアス様のご自宅に行くのが楽しみです」
エミリスは嬉しそうにしていた。
「兄たちと比べたら大したことない家さ。空けている間も掃除くらいはしてくれてるはずだが」
準備を終え、トロンの町を出発したのは昼前になってからだった。
水たまりはだいぶ減り、それほど気を遣わずに歩くことができる。
昼食が近い時間ということもあって、出発前に歩きながらでも食べられるものを買っておき、休憩時間を減らしながら歩いた。
「テンセズからの道よりきれいに整備されてますね」
アティアスの左隣を並んで歩きながらエミリスが言う。これまでずっとアティアスの斜め後ろを歩いていた彼女が横に並ぶのは新鮮に感じる。
「ゼバーシュに近いほど、整備の人手も手配しやすいからね」
テンセズの人口は1万人ほど、それに比べてゼバーシュは10万人ほどの人口がある。それだけ働き手も多い。
「なるほどです。これだけの距離を整備するって大変ですよね……」
途中に宿もなく、資材を運ぶのも想像するだけで大変そうだ。
「時々大規模に人を雇ってやるんだ。そのほうが警護の人も相対的に少なくて済むからな。いずれにしても一大事業だよ。でも街道の整備ができてないと商人達も寄ってこなくて町が衰退してしまう。だからとても大切なことだ。嵐なんかで壊れることもあるし」
「そうなんですね。……知らないことばっかりです」
頷きながら彼女が呟くと、彼は優しく言った。
「俺に分かることならそのうちいくらでも教えてあげるよ」
「はいっ! よろしくお願いします。……それにしても、人いっぱい通りますね」
この街道は人通りも多かった。
商人達と思われる荷物を運ぶ馬車や、歩きの冒険者たちと頻繁にすれ違う。
「ああ、ゼバーシュとトロンはかなり交流があるからな。間に3つも宿場町があって、好きなところで泊まれるし」
そのうちの真ん中に位置する最も大きい宿場町へ到着したのは、もう夜も更け暗くなってからだった。
◆
「さすがに出発がちょっと遅すぎたな」
宿に荷物を置いたあと早速、近くの酒場に入ってビールを飲みながらアティアスが言った。
宿場町に着くと、まずは宿を確保しようとした。しかし、遅くなってしまったためか、2部屋しか空きが無かった。
最初アティアスはノードと同室のつもりだったが、彼女の目が絶対に譲らないと訴えていたのを見て、結局この日も同じ部屋で過ごすことになったのだった。
「ま、宿取れたんだし、ドロドロになるよりは良かっただろ。この辺りは夜でもそれほど危険じゃないしな」
ノードが返す。
これほど頻繁に人が通る街道ということもあり、あまり遅い時間にさえならなければ野盗などの心配も少ない。なによりこれほどゼバーシュに近い場所で野盗など働くとすぐに目を付けられてしまう。
「そうですねー。これほど人が歩いているとは思いませんでしたー」
エミリスも大好きなワインをちびちびと飲みながら会話に加わる。
ちょっとずつ飲むことで悪酔いしにくいことを覚えたようだが、飲む量が量だけに、すでにへにゃっとなってきている様子だった。
大きな町ではないためか、彼女がお酒を飲んでいるのを見ても咎めるような人はいない。
「……んー、このワインも、おいしーですねぇー」
当人は全く気にもせず、いつの間にか違うワインも注文して飲み比べしていた。
「ん? 何か外が騒がしいな……」
ノードが異変に気づく。
外からは男の怒鳴り声と女性の悲鳴とが入り混じって聞こえてくる。
「何かあったな」
アティアスが立ち上がる。
このような宿場町には多くの兵士は駐在しておらず、何かトラブルがあった時は自治組織で処理するのが慣例だった。とはいえ、大きな問題に対処できるほどの力はない。
「……また首突っ込むのか?」
「すぐ戻るさ」
ノードが呆れるが、アティアスはすぐ剣を手に飛び出していく。
「仕方ねーな。おいエミー、ちょっと待ってろ」
「ふぁーい……」
グラスを両手にご機嫌なエミリスを置いて、ノードもアティアスの後を追った。
外に出てみると、酔っ払った2人の男が言い争いをしていた。
「おい! もいっぺん言ってみろ!」
「おう、何度でも言ってやらぁ! おめぇのようなクソ野郎の顔見たら酒が不味くなるってもんよ!」
「あんだと! このハゲが!」
どう見てもただの酔っ払いの喧嘩だった。
2人を止めようとそれぞれの連れ合いの女性が制止しようとしているが、止められそうにもない。
「おい! こんなところで喧嘩するな、迷惑だ」
見かねてアティアスが2人に声をかける。
「あーん? なんだこのクソ餓鬼が! 引っ込んでろ!」
「お前からぶっ殺してやろうか⁉︎」
お決まりの台詞を吐いて向かってくる2人に呆れつつ、アティアスが一言呟く。
「頭を冷やせ……凍える刃よ」
魔法で作られた氷が刃物のように男たちを襲う。
「おおお……っ!」
突然のことに声を上げるがもうどうしようもない。氷が男達に纏わりつき、それを取ろうとして足掻く。
「なんだこれ! 冷てぇ!」
悪態を吐きながら必死で取ろうとする男たちにアティアスは近づき、抜いた剣を首筋に当てて言い放つ。
「このまま続けるなら、首が無くなるが良いのか?」
「……ま、魔導士か!」
「……わかった! すまん、俺たちが悪かった」
睨むアティアスの冷たい目を見て男が降参する。
「周りに迷惑を掛けるな。分かったらさっさと帰れ」
慌てて立ち上がり、連れ合いを連れてそれぞれ小走りに去っていく。女性がちらとアティアスを見て、軽く頭を下げる。
それに対し、アティアスは手を挙げて答える。この程度で片付いて良かった。
「あっさりだったな」
「ああ、このくらいなら楽で良い」
そのとき――
ものすごい爆音が、今度は先程までアティアスのいた酒場から聞こえてきた。
アティアスが部屋から降りてくるのを見たノードが声を掛けてきた。通りには水たまりが多くできていた。ただ空には青空が見えていて、この先天気が回復していくことが見て取れる。
「でも止んでくれてよかったよ。ゼバーシュまであと2日かかるからな」
アティアスの家があるゼバーシュまでは馬車なら1日で着くが、歩くと2日かかる。なので途中の宿場町で1泊する必要があった。
出発が遅くなると、夜も歩くかもう1泊するかのどちらかになるため、できるだけ早めに出発したかった。
まだ降りてきていないエミリスの分も含めて食事の注文をした二人はテーブルに着く。
しばらくしてちょうど食事がテーブルに届けられた頃、エミリスが部屋から降りてきた。昨日と違い、出発すそ服を身に付けていた。
「おはようございます。遅くなり申し訳ありません」
深々と二人に頭を下げ、彼女も空いた席に座る。
「おはよう」
ノードもそれに応え、朝食に手を付けた。
◆
食後すぐにノードは馬を引き取りに行った。
残る二人はその間に支度を整える。三日ぶりに剣を腰に付け、何かあってもすぐ対処できるように準備する。とはいえ、アティアスに買ってもらった剣は軽く、歩くとき少し邪魔になる程度の負担しかなかった。
「アティアス様のご自宅に行くのが楽しみです」
エミリスは嬉しそうにしていた。
「兄たちと比べたら大したことない家さ。空けている間も掃除くらいはしてくれてるはずだが」
準備を終え、トロンの町を出発したのは昼前になってからだった。
水たまりはだいぶ減り、それほど気を遣わずに歩くことができる。
昼食が近い時間ということもあって、出発前に歩きながらでも食べられるものを買っておき、休憩時間を減らしながら歩いた。
「テンセズからの道よりきれいに整備されてますね」
アティアスの左隣を並んで歩きながらエミリスが言う。これまでずっとアティアスの斜め後ろを歩いていた彼女が横に並ぶのは新鮮に感じる。
「ゼバーシュに近いほど、整備の人手も手配しやすいからね」
テンセズの人口は1万人ほど、それに比べてゼバーシュは10万人ほどの人口がある。それだけ働き手も多い。
「なるほどです。これだけの距離を整備するって大変ですよね……」
途中に宿もなく、資材を運ぶのも想像するだけで大変そうだ。
「時々大規模に人を雇ってやるんだ。そのほうが警護の人も相対的に少なくて済むからな。いずれにしても一大事業だよ。でも街道の整備ができてないと商人達も寄ってこなくて町が衰退してしまう。だからとても大切なことだ。嵐なんかで壊れることもあるし」
「そうなんですね。……知らないことばっかりです」
頷きながら彼女が呟くと、彼は優しく言った。
「俺に分かることならそのうちいくらでも教えてあげるよ」
「はいっ! よろしくお願いします。……それにしても、人いっぱい通りますね」
この街道は人通りも多かった。
商人達と思われる荷物を運ぶ馬車や、歩きの冒険者たちと頻繁にすれ違う。
「ああ、ゼバーシュとトロンはかなり交流があるからな。間に3つも宿場町があって、好きなところで泊まれるし」
そのうちの真ん中に位置する最も大きい宿場町へ到着したのは、もう夜も更け暗くなってからだった。
◆
「さすがに出発がちょっと遅すぎたな」
宿に荷物を置いたあと早速、近くの酒場に入ってビールを飲みながらアティアスが言った。
宿場町に着くと、まずは宿を確保しようとした。しかし、遅くなってしまったためか、2部屋しか空きが無かった。
最初アティアスはノードと同室のつもりだったが、彼女の目が絶対に譲らないと訴えていたのを見て、結局この日も同じ部屋で過ごすことになったのだった。
「ま、宿取れたんだし、ドロドロになるよりは良かっただろ。この辺りは夜でもそれほど危険じゃないしな」
ノードが返す。
これほど頻繁に人が通る街道ということもあり、あまり遅い時間にさえならなければ野盗などの心配も少ない。なによりこれほどゼバーシュに近い場所で野盗など働くとすぐに目を付けられてしまう。
「そうですねー。これほど人が歩いているとは思いませんでしたー」
エミリスも大好きなワインをちびちびと飲みながら会話に加わる。
ちょっとずつ飲むことで悪酔いしにくいことを覚えたようだが、飲む量が量だけに、すでにへにゃっとなってきている様子だった。
大きな町ではないためか、彼女がお酒を飲んでいるのを見ても咎めるような人はいない。
「……んー、このワインも、おいしーですねぇー」
当人は全く気にもせず、いつの間にか違うワインも注文して飲み比べしていた。
「ん? 何か外が騒がしいな……」
ノードが異変に気づく。
外からは男の怒鳴り声と女性の悲鳴とが入り混じって聞こえてくる。
「何かあったな」
アティアスが立ち上がる。
このような宿場町には多くの兵士は駐在しておらず、何かトラブルがあった時は自治組織で処理するのが慣例だった。とはいえ、大きな問題に対処できるほどの力はない。
「……また首突っ込むのか?」
「すぐ戻るさ」
ノードが呆れるが、アティアスはすぐ剣を手に飛び出していく。
「仕方ねーな。おいエミー、ちょっと待ってろ」
「ふぁーい……」
グラスを両手にご機嫌なエミリスを置いて、ノードもアティアスの後を追った。
外に出てみると、酔っ払った2人の男が言い争いをしていた。
「おい! もいっぺん言ってみろ!」
「おう、何度でも言ってやらぁ! おめぇのようなクソ野郎の顔見たら酒が不味くなるってもんよ!」
「あんだと! このハゲが!」
どう見てもただの酔っ払いの喧嘩だった。
2人を止めようとそれぞれの連れ合いの女性が制止しようとしているが、止められそうにもない。
「おい! こんなところで喧嘩するな、迷惑だ」
見かねてアティアスが2人に声をかける。
「あーん? なんだこのクソ餓鬼が! 引っ込んでろ!」
「お前からぶっ殺してやろうか⁉︎」
お決まりの台詞を吐いて向かってくる2人に呆れつつ、アティアスが一言呟く。
「頭を冷やせ……凍える刃よ」
魔法で作られた氷が刃物のように男たちを襲う。
「おおお……っ!」
突然のことに声を上げるがもうどうしようもない。氷が男達に纏わりつき、それを取ろうとして足掻く。
「なんだこれ! 冷てぇ!」
悪態を吐きながら必死で取ろうとする男たちにアティアスは近づき、抜いた剣を首筋に当てて言い放つ。
「このまま続けるなら、首が無くなるが良いのか?」
「……ま、魔導士か!」
「……わかった! すまん、俺たちが悪かった」
睨むアティアスの冷たい目を見て男が降参する。
「周りに迷惑を掛けるな。分かったらさっさと帰れ」
慌てて立ち上がり、連れ合いを連れてそれぞれ小走りに去っていく。女性がちらとアティアスを見て、軽く頭を下げる。
それに対し、アティアスは手を挙げて答える。この程度で片付いて良かった。
「あっさりだったな」
「ああ、このくらいなら楽で良い」
そのとき――
ものすごい爆音が、今度は先程までアティアスのいた酒場から聞こえてきた。
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