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第3章 ゼバーシュの騒動

第43話 尋問

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「――では、始めますね」

 エミリスの言葉にアティアスはごくりと唾を飲み込む。
 彼女はまだ全く表情を変えず、身体も動かしていない。

「水よ……」

 小さなつぶやきとともに、男の顔の前に人の頭くらいの水の塊が突然現れ、ふわふわと浮いていた。
 魔法で作り出した水を、自身の魔力で浮かせているのだ。これを真似できる魔導士は彼女の他にいないだろう。

「……あまり我慢しないことをお勧めします」

 ぞっとするほど冷たい声で彼女は言い放つ。
 彼女の言葉に、男はこれから何をされるのかを理解して恐怖の顔を見せる。

 水の塊はゆらゆら揺れながら、ゆっくりゆっくり男の顔に近づいてくる。
 目を見開いてそれを見る。
 顔を背けようと身を捩っても、それに追従するように動き逃してはくれない。
 そしてそのまま男の顔に接触し……口と鼻を塞いで止まった。

「――――っ!!」

 水責めだった。
 男はしばらく息を止めていたが、徐々に震え始める。

 我慢しきれきず、口から息を吐き出して、苦悶の表情を見せた。
 ……だが、手は挙がらない。
 そもそもそれどころではないのだろう。

 男の動きが止まった瞬間、彼女は顔に留めていた水を解き放つ。

「――がはっ!!」

 意識を失う一歩手前でギリギリ解放された男は、必死で空気を取り込む。
 男には恐らく死が見えただろうことは予想できる。

「少しは話す気になりました? それまで何度でも繰り返しますから。……もしかしたら手違いで死んでしまうかもしれませんけど、その時はご容赦くださいね」

 そう言いつつ、まだ肩で息をしている男の顔の前に新しい水がふっと現れる。

「……あ……あっ‼︎」

 目を見開く男は、先ほどと比べても怯えた目をしている。

「……どこまで我慢できるか楽しみです」

 凍りつくような声。
 口を割るか自分が死ぬまで、彼女は本気で続けるつもりだろうと確信した。

「はっ……話すっ! もう、やめてくれっ‼︎」

 あまりの恐怖に、男はあっさりと観念した。

「あら、残念ですね……。たった1回でおしまいですか? ……せっかく水を出したので、もう一度くらいは楽しませてくださいよ」

 そう言って水を近づけていく。

「ああっ! ま、まってくれ‼︎ 頼む‼︎」

 男はがくがくと震えながら必死で懇願する。
 水が顔に触れようとした瞬間、男の股間の周りが濡れていく。失禁したのだった。
 それを見て、エミリスは水を開放する。
 床に新たに水溜りが出来上がった。

 安堵した男は、大きく息を吐き目が閉じられる。

「……約束ですよ。ちゃんと話さないと……わかっていますよね? ではお話しください」

 男は今まで魔導士として自信を持っていたが、この少女は自分などとは比較にならない、底知れぬ力を持っているように感じた。もし万全の状態だったとしても敵わないだろう。

 そして彼女も男にそれを植え付けるため、敢えてそう振る舞ったのだった。
 男はエミリスの眼を見て恐怖に震えていた。

 彼女は自分の役目を終え、一礼してアティアスの後ろに下がる。

「お、お、俺は、雇われただけだ!」
「――誰にだ?」

 アティアスが聞く。

「そ、それは……言えない。……ただ、ゼルム家の奴らを全員始末しろと……」

 それを聞いたエミリスは、彼の後ろからぼそっと呟く。

「今、言えない……と、聞こえたような気がしましたが、私の聞き間違いでしょうか?」

 男はしまった、という顔をして顔面から血の気が引いていく。

「あああ……」
「アティアス様、彼はもう一度水遊びがしたいようなので、少しお時間を頂けますか?」
「や、やめてくれ、頼む! ……マ、マッキンゼ子爵のところの若い魔導士だ」

 それを聞いてケイフィスが眉を顰める。
 アティアスもこの前レギウスから聞いていたので、なるほどと思った。

「ほう。どこでいつ依頼を受けた?」
「2週間くらい前、トロンのギルドでだ。……それからここに来て、様子を見ながら一人ずつ暗殺しようと狙ってた」
「それで昨日潜んでたのか?」
「そうだ。俺も魔法には自信がある。気づかれなければ、あの距離でも三人まとめて殺れると」
「残念だったな。……これが居なければそれも可能だったかもしれんがな」
「……な、何者なんだ? そんな魔導師がいるって話は聞いてなかった。それになぜ気付かれたのかも、わからない」

 アティアスの後ろの少女に視線を向けて聞く。

「答える必要はないな。……それで、依頼者の名前や特徴は?」
「名前はわからない。……三十歳くらいの、黒髪の魔導士だった」
「そうか。あと、他に仲間はいるのか?」
「いや、雇われたのは俺一人だ。ただ、あいつらはこの街にいると思う。……そう思える言動があった。三人くらいだ。気をつけた方が良い」

 話が本当なら、しばらく気をつけないといけないだろう。

「……話はそのくらいか? ところで、お前は毒を使ったりもするのか?」
「……毒? いや、俺は魔導士だ。毒なんか使う必要がない」

 嘘は言っていないように見える。ならばレギウスに毒を盛ったのは別だろうか。

「お前はしばらくここに居た方が良いな。そう簡単に出すわけにもいかないし、その依頼主とやらに消される可能性もありそうだ」

 アティアスが男に言う。
 男もそれを想像したのか、ごくりと唾を飲み込む。

「ケイフィス兄さん、あとは任せたよ。好きなようにしてくれていい」
「わかった。あとは城で処理する。すまなかったな」

 ケイフィスが手を挙げて礼を言う。

「じゃあエミー、行こうか」
「はい、アティアス様」

 二人は地下牢から出る。

 ◆

「……すまない。あんなことをさせて申し訳ない」

 アティアスは彼女に向き合って頭を下げる。
 さっきまでの彼女とは表情を変え、いつもの笑顔で答える。

「いえ、アティアス様はお優しいので、私の方が適任かなと思いまして。……少しでもお力になれたのなら私も嬉しいです」
「エミーの表情に俺も背筋がぞくっとしたよ……」

 エミリスは複雑そうな顔をして答える。

「あまり人には見せたくないんですけどね……。こういう時は仕方ないです。……ごめんなさい」
「いや、謝るようなことはないよ。……ただ、俺と二人の時にはして欲しくないな」
「もちろんです。……アティアス様の前でそんなことする必要なんてないじゃないですか。自分が以前作った仮面を被ってたですから……」

 そう言いながら彼女は微笑む。

「……それだけ辛い経験があるんだな」

 悲しくなり、そっと彼女を後ろから抱きしめる。

「いえ、もう嫌な記憶は忘れました。……それもアティアス様のおかげです」

 首に回された彼の腕に自分の手を重ね、目を閉じて自虐するように話す。

「でも経験としては残ってます。……なんでも経験しておくと役に立つものですね」
「……もしかして、エミーがそういうのをされたこともあるのか?」

 聞いてはいけないことかもしれないが、つい口に出てしまう。

「……いえ、さすがにあそこまでのはないです」

 つまり程度はともかく、経験はあるということか。彼女を抱き寄せて囁く。

「……そうか。この先は俺が必ず守ってやるさ」
「ありがとうございます。……愛していますよ」
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