身寄りのない少女を引き取ったら有能すぎて困る(困らない)

長根 志遥

文字の大きさ
上 下
43 / 254
第3章 ゼバーシュの騒動

第41話 選択

しおりを挟む
「はぅー、今日は疲れましたー。もうダメです……。動けません……」

 今日は一日歩き回り、それに加えて気疲れもあったのか、エミリスは家に帰った途端、テーブルに突っ伏してぐてーっと伸びてしまった。

「予定を詰め込みすぎたな、すまん」
「むー、やっぱり体力はまだまだです……」

 今までは彼に泣き言を漏らすことはあまり無かったが、さすがに疲れ切ってしまったようだ。
 彼女の能力はすごいものがあるが、体力は人並み以下なのだ。

「とりあえずお風呂の準備しておくよ。ゆっくり入ったら疲れも取れる」
「申し訳ありません……」

 自分がやらないと、とは思うものの、身体が動かずつい彼に甘えてしまう。
 そうしているうちに、だんだんと眠くなって……。

 ◆

「おーい、もうお風呂の準備できたぞ。先に入っていいよ」

 待っているうちにぐっすりと寝てしまったエミリスに声をかける。全く返事がない。
 頬をふにふにしてみるが起きる気配もない。

「うーん……」

 どうしたものか。服そのままで寝かすのもどうかと思うし、起こすのも可哀想だ。
 でも起こすしかないか。
 ほっぺたを摘んで、引っ張ってみる。

「おきろー、ふろだー」

 耳元で話しかける。

「……ふにゅー。……起きてませーん」

 目を閉じたまま彼女が呟く。

「起きてるじゃないか。風呂だぞー」
「……ダメですー。……もう起きられませーん」

 頑なに動かない。
 仕方なくアティアスは彼女の脇腹に手を遣る。
 そして、思い切りくすぐってみた。

「ふぎゃーーーっ‼︎」

 尻尾を踏まれた猫のような叫び声を上げて、エミリスが飛び起きる。
 目を見開いて、肩で息をしていた。

「ひ、ひどいですっ……! わ、わ、脇は絶対ダメですっ」

 言いながら、猫が引っ掻く時のように両手でシャッシャッと彼を威嚇してくる。
 それが思いのほか可愛くて笑いが込み上げてくるが、我慢して答えた。

「だって起きないし……」
「起きます!  起きてますからっ! 脇は絶対禁止ですっ! アティアス様でもこれだけは許可できません!」

 よほど苦手なのか、必死で拒否する。
 彼の言うことは大抵のことならなんでも受け入れる彼女が、ここまで拒否するのは珍しいことだった。
 とりあえず彼女の弱点のひとつとして記憶しておく。

「一応覚えておくよ。……さ、早くお風呂入りな」
「や、約束ですよっ!」

 そう言いながら彼女はお風呂に入っていった。


「……なかなか出てこないな」

 いつもはそれほど長風呂をしない彼女なのだが、今日は珍しく出てこない。溺れたりはしないだろうが……。

「寝てるんじゃないだろうな……?」

 心配になって様子を見に行き、風呂の扉越しに声をかけた。

「おーい、エミー。起きてるか?」

 しかし返事がない。
 もう一度声をかけても返事がなかったので、少しだけ扉を開けて様子を見る。

「……やっぱりか」

 すると、湯船に浸かったまま、ぐっすりと寝ている彼女がいた。
 仕方なく、耳元まで近づいて呼びかける。

「エミー、こんなところで寝るな。起きろ」

 その声でさすがに目が覚めたのか、眠そうに目を擦りながら言う。

「……あれ? アティアスさま……どうしてここに? ……一緒にお風呂入りたいんですか……?」
「何言ってるんだよ。なかなか出てこないから心配したぞ? 寝るならベッドでな」
「……ええ? わ、わたし寝てました……? ごめんなさい……」

 慌てて風呂から出ようとする彼女を残し、アティアスは自分も風呂の準備をしに寝室に戻った。

 入れ替わりで彼も風呂に入る。
 今日は朝からレギウス兄さんに会ってそのあとノードと。
 昼からは街を散歩して、夕方トリックス兄さんとの話。
 それから何故かプレートアーマーと戦わされてから、ナターシャ姉さんとケイフィス兄さんと夕食。
 更に帰りにはよくわからない侵入者と遭遇した。
 盛りだくさん過ぎて、アティアスもだいぶ疲れていた。

「ふぅ……」

 ゆっくり湯船に浸かると確かに眠気が襲ってくる。彼女が寝てしまったのもわかる気がした。

「……出るか」

 自分も寝てしまうわけにはいかないので,、早めに上がることにした。

 寝室に戻ると、エミリスはすでにシーツにくるまっていた。
 自分も早く寝ようと、その横に身体を滑り込ませる。
 すると先に寝ているのかと思っていた彼女が、くるっと向きを変えて引っ付いてきた。

「ふふ、アティアス様っ。待ってましたよ……?」
「なんだ、まだ寝てなかったのか?」

 彼が言うと、頬を染めて彼女が答えた。

「……だって、初夜ですよ……? 先に寝られる訳……ないじゃないですか……」

 その言葉と表情に、つい、ごくりと喉を鳴らしてしまう。
 それを見た彼女が不思議そうに首を傾げる。

「アティアス様……どうかなさいましたか?」
「いや……エミーが可愛くて、見惚れていただけだ」
「ふふ、ありがとうございます……」

 彼女から笑みが溢れる。

「……アティアス様。ひとつ気になっていることを聞いても良いですか? ……なぜ私を選んでくださったのですか?」

 どうしても聞いておきたくて、彼を見つめて疑問を投げかけた。
 彼は一瞬考えるが、すぐに答える。

「……そうだな。選ばない理由が思いつかなかったからだ」
「選ばない理由……ですか?」
「そうだ。ずっと前からそうだったみたいに、自然に横に居てくれて、俺を助けてくれていて。たぶん、この先もきっと。……そう思うと、エミーが横にいない選択肢があるとは考えられなかった」
「……嬉しい……です」

 彼女は涙を溜めてアティアスの背中に手を回した。強く強く……。
 そして彼の唇に自らの唇を重ねる。

 しばらくそのままの時間が過ぎ、唇が離れたあと、彼がそっと囁く。

「エミー。……本当に良いのか?」

 その言葉にエミリスは、こくんと頷き答える。

「……もちろんです。私はアティアス様のものですから。……でも、優しくしてくれると嬉しいです……」

 ◆

 朝、エミリスが目を覚ますと、すぐ横でアティアスが寝顔を見せていた。
 起こしてしまわないように気を付けてその顔を眺める。

 昨晩のことはもちろんはっきりと覚えている。
 何があっても、今後忘れることはない夜だろうと思う。

 夫婦となり、指輪を貰い、そして……。
 幸せが一気に押し寄せてきた、怒涛の一日だった。

 この先何があっても、この日のことを思い出せば乗り越えられる気がした。

 そして愛しい彼に顔を寄せ、額に軽く口付けし、ゆっくりと目を閉じた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」 優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。 傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。 そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。 次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。 最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。 しかし、運命がそれを許さない。 一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか? ※他サイトにも掲載中

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

異世界遺跡巡り ~ロマンを求めて異世界冒険~

小狸日
ファンタジー
交通事故に巻き込まれて、異世界に転移した拓(タク)と浩司(コウジ) そこは、剣と魔法の世界だった。 2千年以上昔の勇者の物語、そこに出てくる勇者の遺産。 新しい世界で遺跡探検と異世界料理を楽しもうと思っていたのだが・・・ 気に入らない異世界の常識に小さな喧嘩を売ることにした。

異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~

イノナかノかワズ
ファンタジー
 助けて、刺されて、死亡した主人公。神様に会ったりなんやかんやあったけど、社畜だった前世から一転、ゆるいスローライフを送る……筈であるが、そこは知識チートと能力チートを持った主人公。波乱に巻き込まれたりしそうになるが、そこはのんびり暮らしたいと持っている主人公。波乱に逆らい、世界に名が知れ渡ることはなくなり、知る人ぞ知る感じに収まる。まぁ、それは置いといて、主人公の新たな人生は、温かな家族とのんびりした自然、そしてちょっとした研究生活が彩りを与え、幸せに溢れています。  *話はとてもゆっくりに進みます。また、序盤はややこしい設定が多々あるので、流しても構いません。  *他の小説や漫画、ゲームの影響が見え隠れします。作者の願望も見え隠れします。ご了承下さい。  *頑張って週一で投稿しますが、基本不定期です。  *無断転載、無断翻訳を禁止します。   小説家になろうにて先行公開中です。主にそっちを優先して投稿します。 カクヨムにても公開しています。 更新は不定期です。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

【BL】どうやら精霊術師として召喚されたようですが5分でクビになりましたので、最高級クラスの精霊獣と駆け落ちしようと思います。

riy
BL
風呂でまったりしている時に突如異世界へ召喚された千颯(ちはや)。 召喚されたのはいいが、本物の聖女が現れたからもう必要ないと5分も経たない内にお役御免になってしまう。 しかも元の世界へも帰れず、あろう事か風呂のお湯で流されてしまった魔法陣を描ける人物を探して直せと無茶振りされる始末。 別邸へと通されたのはいいが、いかにも出そうな趣のありすぎる館であまりの待遇の悪さに愕然とする。 そんな時に一匹のホワイトタイガーが現れ? 最高級クラスの精霊獣(人型にもなれる)×精霊術師(本人は凡人だと思ってる) ※コメディよりのラブコメ。時にシリアス。

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

処理中です...