身寄りのない少女を引き取ったら有能すぎて困る(困らない)

長根 志遥

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第3章 ゼバーシュの騒動

第39話 子犬

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 食事はナターシャの自室とは違い、別の小さな会議室のような所で行う。
 城付きの料理人達が彼らのために準備をしていた。

「ナターシャ様、予定通りご準備できております」
「ありがとう、じゃ始めてくれる?」
「かしこまりました」

 四人は円卓に座る。
 時計回りに、アティアス、エミリス、ナターシャときて、残る席にケイフィスが座る。

「えーと、この子は飲めないのよね?」

 ナターシャが聞く。
 お酒を飲んでも良い年齢にはとても見えないが、アティアスが飲ませているのかどうかを確認する。
 エミリスはどうしたものかとアティアスの顔を見た。

「いや、こう見えてワインが好きなんだ。けど……飲ませると大変なことになるぞ?」

 アティアスが釘を刺すが、ナターシャは目を輝かせた。

「面白そう! ……でも自分で決めてくれたらいいわ」

 エミリスの自己判断に任せる。
 彼女は目の前に置かれたワインの瓶を見て、ごくりと喉を鳴らした。

「…………飲みたいです」

 悩んだが誘惑に勝てなかった。
 それに酔っ払ってもアティアスがなんとかしてくれるだろうと信頼していた。

「じゃ、注いでくださる?」
「はい」

 給仕に声をかけると、手際良く開栓してグラスに注ぐ。
 泡がふわふわと立ち昇り、香りが漂う。

「それじゃ、乾杯しましょう。久しぶりの再会と、エミリスちゃんの幸せを願って、乾杯ー」
「乾杯!」

 名前を呼ばれて少し恥ずかしい。

「……そこは俺じゃないのかよ」

 乾杯のあと、アティアスが突っ込む。

「あんたはどうせ一人でも好きにブラブラしてるでしょ」

 ナターシャに嗜められた。
 エミリスはその様子を見て、アティアスが彼女を苦手にしているのがよく分かった。でも仲は良さそうで良かったとも思う。

「もう一人では行かないさ。どこへでも連れていくつもり。その方が楽しい」
「全く女に興味なかったこいつがこれだけ惚れ込むって……一体何をやったんだ?」

 ケイフィスがエミリスに問う。

「ええっ、いえ……特には何も……」

 彼女は赤くなって、もじもじし始める。
 それを見てケイフィスは合点がいったのか、うんうんと頷く。

「……なるほど。これは強烈だな」

 彼女にはなんのことかわからなかったが、どうやらそう言うことらしい。

「男なら守ってあげたくなるタイプよねー。でもエミリスちゃん魔法使えるし、すっごく強いのね、びっくりしたわ」
「あ、はい。2ヶ月くらい前、アティアス様と出会ってからですけど、教えてもらいました」
「そんな短時間で使えるようになったのか?」

 ケイフィスが驚く。
 普通なら自由に扱えるようになるまで年単位でかかるものだからだ。

「俺も驚いたよ。簡単な魔法なら数日で覚えたからな」
「それは驚きだな」
「エミリスちゃん凄い……」

 ナターシャも感嘆の声を上げる。
 ちなみにナターシャも簡単な魔法なら使えるので、彼女の凄さがよくわかった。

「……アティアス様のために頑張って練習したおかげですかね……?」
「うわぁ……愛の力なの……?」
「いや、絶対違うだろ」

 感動するナターシャに対して、アティアスが冷静に突っ込む。
 それを見て笑みを浮かべながら、エミリスがワインを喉に流し込む。すかさず給仕が追加で注ぐ。
 ……そろそろか。
 アティアスが今までの経験から冷静に分析する。

「逆にエミリスちゃんは、なんでこいつなの?」
「えぇ? えっと……。あの……実は私、最初アティアス様を暗殺しろって命令されてたんですよ……」

 だんだん酔いが回ってきて、目がとろんとし始めている。

「ええー、それはドラマティックな出会いね!」

 何故かナターシャは嬉しそうだ。

「……はい。でもあっさり返り討ちにされちゃって……。殺されると……思ったんですけど……」
「それでそれで⁉︎」
「でも、アティアス様はそんな私に……俺のものになれって……きゃっ!」

 恥ずかしくて両手で顔を隠してしまう。

「いや……そこまでは言ってないぞ」

 アティアスは冷静に突っ込む。

「えー、ホントはどうなの?」
「まぁ近いことは言ったかもな。守ってやるからそばに居ろって」

 アティアスも頭を掻く。

「…………ほとんど一緒じゃん」
「……それで、この人に付いていくって決めたんです……」
「うわー、面白すぎるわぁー。今まで聞いたいろんな出会いの話で一番面白い!」

 ナターシャが手を叩きながら笑う。

「そっかあー、そんなことあったならなんか分かるかも。でも、今は逆に守られてるのね。……あんた恥ずかしくないの?」
「それを言わないでくれよ……」
「あはは」

 ナターシャはアティアスをからかって楽しそうだ。
 そして、かなりお酒が回ってきたのか、エミリスがゆらゆらし始めていた。

 食事は半分を過ぎた頃か。

「詳しくは聞いてないけど、指輪してるってことはそのうち結婚するつもりなんでしょ?」

 ナターシャがエミリスの薬指の指輪を見て聞く。
 彼女はまだ知らないようだ。となると知っていたのは手続きをしたレギウスだけか。

「はぁい。……実はもうわたしアティアスさまのお嫁さんなんですぅ」

 エミリスは恥ずかしそうに答えた。

「え? もう結婚してたりするの?」
「……そうみたいだな。俺も今日聞いたんだが」

 ナターシャの質問にアティアスが答える。

「そうみたい……って?」
「レギウス兄さんにエミリスを養子として手続きしてもらったんだけど、勘違いで俺と婚姻ってことで届けられてるようだ」
「ぶっ! 何それ」

 ナターシャが吹き出す。顔は美人なのに、言動は子供っぽいところが多い。

「まぁいずれはと思ってたから良いさ。……それにずっと前にエミーからも言われてたからな」
「ほえ?」

 何のことかよくわからない、と言う顔をする。

「酔ってた時だから覚えてないだろうけど、エミーははっきり言ってたぞ。いつか俺と一緒になりたいって」
「……ほえぇー?」

 この会話もまた忘れてしまうのかもしれないと思いながらアティアスは説明する。

「確かミリーから剣の練習を持ちかけられた時だ。だから本当に出会ってすぐだな」
「うーん……」

 酔って頭が回らないが、記憶を手繰り寄せる。
 うっすら覚えてるのは、ミリーさんが何か言ってたこと……。面白いのが見られた……?
 もしかしてこのことだったのだろうかとぼんやり思い描く。

「ごめんなさい……わたし酔っていて覚えてません……けど。ずっと……そうなったらいいなって思ってましたから……」

 アティアスは最初から彼女の気持ちを知っていて、頑張っているのを見ていたのだった。

「んー、エミリスちゃん、良かったわねぇ……」

 ナターシャがエミリスの頭をよしよしと撫でる。

「はい……。だから今私とても幸せです……」
「それじゃ、近いうちに結婚式しないとねー。楽しみ楽しみ。うふふふふ……」
「……それだけどな、とりあえずレギウス兄さんの件が片付いてからにしようと思ってるんだ。周りがバタバタするし、そう言う宴会の場だとまた何かトラブルが起こりかねん。エミーには申し訳ないが……」
「いえー、わたしはアティアスさまと一緒なら、だいじょーぶです」

 気軽に答えるエミリスとは対照的に、ケイフィスは考え込む。

「確かにな。毒を盛られたのも晩餐会の場だ。披露宴みたいな場ならもっと危険だろう。早く犯人を見つけないとな……」
「さっさと片付けてしまいたいな」

 アティアスも頷く。

「そうねー。でもとりあえずごくごく身内だけでパーティくらいならできるんじゃない?」
「それ、今やってるのと何が違うんだ?」
「えー、酷い!」

 ケイフィスの指摘にナターシャが口を尖らせて黙る。
 彼女のこういうところは家族以外には見せないが、もし男が見たら好感を持つ人も多いだろうと思う。
 清楚な見た目とのギャップが大きすぎるのだ。

「あら、エミリスちゃん寝ちゃってる……」

 ふと見るとエミリスはテーブルに頬を付けて、顔を横にした状態ですやすや寝ていた。涎がテーブルに小さな水溜りを作っている。

「デザートになったら起きるよ、たぶん……」

 エミリスの背中に薄い毛布をかけ、そのまま兄妹で雑談しながら食事を続ける。

 ◆

「デザートでございます」

 テーブルにデザートが届けられる。フルーツとチョコレートのケーキが載せられていた。

「おーい、チョコだぞー」

 アティアスがエミリスの耳元で囁くと、彼女はパチっと目を開ける。

「チョコ⁉︎ どこっ⁉︎」

 目の前に置かれたケーキを見つけて、目を輝かせる。

「ふわー、美味しそうですー」

 少し酔いが覚めたのか、だいぶ普段の彼女に近いようだ。

「お代わりもあるわよ?」

 そんな彼女を見てナターシャが笑う。

「お代わりくださいっ!」
「いや、まだ食べてすらないだろ……」
「すぐ食べますっ!」

 と言いつつ、ペロリとケーキが胃袋に納まる。

「おいしーです」

 すぐに次のケーキが届けられると、今度はゆっくり味わうように食べる。

「んんー!」

 感動してうっすら涙すら浮かべていた。

「……アティアス。あんたがこの子に惚れたの、私も解ったわ。……この子、仔犬みたいね」

 小声でナターシャがアティアスに呟く。

「……可愛いだろ?」
「ええ、とっても」

 彼女は猫のように見えるときもあるが、どちらかと言うと仔犬のように思える。
 パタパタと尻尾を振ってどこへでも主人に付いていき、時には勇敢に敵から守ろうとする。そして絶対に裏切らないだろう。

 確かに外見も可愛いが、それよりも内面のほうが可愛いのだとアティアスは知っていた。
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