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第3章 ゼバーシュの騒動
第31話 登城
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旅の疲れもあったのか、2人ともかなり遅めの起床となった。
「おはようございます、アティアス様! いい天気ですね!」
エミリスが寝衣のまま寝室のカーテンを開けると、窓から陽射しが差し込んで寝室がぱっと明るくなる。
その光の中から、彼女はアティアスに笑顔を向けた。
「ああ、おはよう。……良く寝られたか?」
「はい、おかげさまで!」
彼女はそう答えながら、まだベッドから身体を起こしただけの彼の前に飛び乗ってくる。
「朝から元気だな……」
呆れながら話すと、そのままにじり寄るようにして彼女が擦り寄ってきた。
「ふふ、任せて下さいっ! ……で、今日のご予定はどうしましょう?」
そんな彼女の頭をいつものように撫でながら答える。
「まずは親父の顔を見に、城へ行こうと思う」
「はい。少し緊張しますね……」
ゼバーシュに帰ったのだから、まずは挨拶が必要だった。
兄のことは気になるが、父から様子を聞いて考えれば良いだろう。
「服装などはいかがいたしましょう?」
「うーん……。挨拶だけだから、トロンで買った服でいいと思う。でも後で新しく何着か買っておこうか」
彼女はあまり多くの服を持っていないので、ここで毎日を過ごすには心許ない。
「わかりました! ではそのように」
◆
軽く朝食を摂ったあと、ゼバーシュの中心にある城へと向かう。
現当主のルドルフ・ヴァル・ゼルムと、アティアスの姉であるナターシャがその城で暮らしていた。
残る兄弟は、アティアスも含めて城の外に家を持っている。ナターシャも結婚すれば城を出ることになるだろう。
長兄のレギウスは外の屋敷に住んでいるが、領主となったときには城へと戻ることになるはずだ。
「お、大きいですねぇ……」
「そりゃ、な。軍もあるし、城の中にある程度の機関が入っているからね」
城を見上げてエミリスが感嘆する。
更にこの城を中心に周囲を強固な塀と水濠で囲まれていて、より大きさが強調されている。
万が一の時に籠城することも想定されている造りとなっているのだ。
「これはアティアス様、お久しぶりでございます」
城の門兵達がアティアスを見て、恭しく敬礼する。
「ああ、久しぶりに帰ってきた。親父のところに行きたいんだが構わないか?」
「もちろんでございます。どうぞお入りください。……そちらのお嬢様は?」
アティアスのすぐ横に居るエミリスを見て、門兵の一人が疑問を投げかける。
「ああ、今回親父の養女になったエミリスだ。俺の妹……ってことだな」
実年齢なら妹ではなく姉になるのだろうが、それだとややこしくなるので、とりあえず16歳ということにしておいた。
16歳以上なら大人として制限も緩くなり、結婚も認められる歳だからだ。
もちろん誕生日も分からないのだが、これは彼女の希望でアティアスに初めて会った日に設定している。
「初めまして、エミリスです。ルドルフ様にご挨拶へと参りました」
彼女は優雅な見のこなしで挨拶を述べる。
「ははっ、私のような者にそのようになお言葉、恐縮でございます。どうぞお入りくださいませ」
城に入り、父のいるであろう執務室に向かう。
道中、出会う兵士達がアティアスの顔を見るなり礼儀正しく挨拶をしてくれる。
「アティアス様がすごい人なのはわかっていましたが、ここまでとは驚きました……」
小声でエミリスが話しかけてくる。
「俺が凄いわけじゃないさ。ただこの家に生まれただけで」
彼は素直に思っていることを言う。
ただシオスンやその他、権力を持っていた人達を見てきた彼女は、アティアスがそのことをあまり誇示しないところを好ましく思っていた。
何よりも、孤児の自分を対等に扱うなど、今までは考えられなかった。
「あら、アティアスじゃない。珍しいわね」
城の廊下を歩いていると、アティアスより少し歳上だろうか、彼とも面影の重なる、長い黒髪の女性が二人に声を掛ける。
長身の彼女は黒いドレスを纏い、すらっとしているため非常に凛々しく見えた。
背が低く胸も小ぶりで、スタイルに自信がないエミリスは、あまりの差に少し悲しくなる。
「ナターシャ姉さん。お久しぶり。半年ぶりに帰ってきたよ」
アティアスが軽く手をあげて挨拶する。それに合わせてエミリスも深々と頭を下げた。
それに気づいたナターシャはエミリスに声を掛ける。
「もしかして、この子がお父様の言っていた……?」
「ああ、身寄りがなくてね。テンセズから連れてきたよ。今は俺の家で一緒に住んでる」
「一緒に……ね。アティアスも隅に置けないわね。……よろしくね。私はアティアスの姉のナターシャよ」
含みのある表情を見せたあと、彼女はエミリスに向かって挨拶をする。
それに対してすぐにエミリスも礼をした。
「お初にお目にかかります。エミリスと申します。アティアス様に仕えさせていただいております」
「ある程度の話は聞いてるわ。大変だったみたいね」
「お言葉痛み入ります」
「私にそんな堅苦しくしなくていいわよ。……アティアス?」
エミリスを一通り観察したナターシャはアティアスに聞く。
「今度食事でもしながら詳しく話を聞かせてちょうだいね。……この子も一緒に」
ナターシャは不適な笑みを浮かべている。
「……わかったよ。いつが良い?」
「そうね……早いけど明日の夜とかどう? 場所はここで準備させるわ」
「構わないよ。それじゃまた」
手を挙げてナターシャと別れ、執務室に向かう。
「……すっごく綺麗な方ですね」
エミリスが感想を述べる。
アティアスのすぐそばにあんな美人がいたなら、彼の女性に対するハードルが上がるのも理解できる。
もしかして、彼が自分に手を出してくれないのは、このせいなのかも……と思い悩む。
少なくとも自分とは全く違うタイプに見えた。
「そうだな。でも姉さんはああ見えて人をからかうのが大好きだからな。……明日は覚悟しておけよ」
「それは……怖いですね。ノードさんもそういうところありましたけど……」
「ノードの比じゃないぞ」
「あ、あはは……」
アティアスが笑いながら忠告するのに対し、引き攣った顔で返答する。
少し話しただけなので性格までは分からなかったが、明日はどんなことが起こるのだろうか。
執務室に着くと、事務方の職員に面会を取り次いでもらう。特に急ぎの予定はなかったようで、すんなりと面会が許可された。
「親父、久しぶりに帰ってきたよ」
執務室に入るなり、大きな椅子に腰掛けている壮年の男性――ゼバーシュ伯爵のルドルフに向けて、アティアスが気さくに話しかけた。
ルドルフは髪も白くなってきているが、まだ壮健に見える。しかし、元気なうちに長兄のレギウスに跡を継がせるつもりだった。
「おお、久しぶりだな。話は聞いてたが元気で良かった。テンセズの一件、すまなかったな」
「ちょっとヤバかったけどな。俺も危うく暗殺されるところだったよ」
アティアスが頭を掻きながら話す。
その暗殺しようとした張本人は、アティアスのすぐ後ろで複雑な顔を見せている。そこまでルドルフに伝わっているのかは分からないが……。
「無事ならそれで良い。どうせまたすぐ出ていくのだろう? 今回はどのくらいいるつもりだ?」
「まだ考えてないけど、今回はしばらく滞在するつもりだ。もう少しこれに教えないといけないこともあるからな」
アティアスはエミリスの方をちらっと見て話す。
「そうか。いつでもここに顔を出してくれ。……なるほど、連絡を寄越したのはこの子か?」
そう言い、エミリスを手招きする。
「はじめまして。エミリスと申します」
彼女はルドルフの前に立ち、片足を引き、深く礼をする。
その様子をルドルフはじっくりと見て、口を開く。
「こいつの父のルドルフという。もう隠居も近い歳だけどね。アティアスから手紙が来たときは驚いたよ。こいつがそこまで言ってくるってことは、よっぽど気に入ったんだな。この街に落ち着いたらゆっくり話をさせてくれ。……アティアスをよろしく頼む」
「はい。私の全てをかけて」
エミリスの返答にルドルフは深く頷く。
彼女が下がると、ルドルフはアティアスに話しかける。
「アティアス。帰ってきて早々にすまないが、ひとつ頼みたい。……レギウスのことは聞いているか?」
「門兵から体調に優れないって話を聞いたけど、知っているのはそれだけ」
「そうか。その通りだけど、それが全てじゃない。……レギウスは毒を盛られたようだ」
エミリスは息を呑む。アティアスは無表情のままだ。
立場上、そういうことも普段から十分に考えられたからだ。
「このことは公にはしていないから、言わないようにね。……先週のことだ。幸い命は取り留めたが、芳しくない。とはいえ、私たちでできることはせいぜい誰の仕業か突き止めることくらいだ。……頼めるか?」
「……わかったよ。俺が一番身軽だからな。このことはどこまで知っている?」
「身内と身近な者達だけだよ。でもそのうち漏れるだろうし、漏れることでこちらに不都合は多くないだろう」
アティアスは頷きながら真剣な顔で答えた。
「確かにそうだな。それじゃ俺がしばらく動いてみる。ただ、過度な期待はしないでくれよ」
「おはようございます、アティアス様! いい天気ですね!」
エミリスが寝衣のまま寝室のカーテンを開けると、窓から陽射しが差し込んで寝室がぱっと明るくなる。
その光の中から、彼女はアティアスに笑顔を向けた。
「ああ、おはよう。……良く寝られたか?」
「はい、おかげさまで!」
彼女はそう答えながら、まだベッドから身体を起こしただけの彼の前に飛び乗ってくる。
「朝から元気だな……」
呆れながら話すと、そのままにじり寄るようにして彼女が擦り寄ってきた。
「ふふ、任せて下さいっ! ……で、今日のご予定はどうしましょう?」
そんな彼女の頭をいつものように撫でながら答える。
「まずは親父の顔を見に、城へ行こうと思う」
「はい。少し緊張しますね……」
ゼバーシュに帰ったのだから、まずは挨拶が必要だった。
兄のことは気になるが、父から様子を聞いて考えれば良いだろう。
「服装などはいかがいたしましょう?」
「うーん……。挨拶だけだから、トロンで買った服でいいと思う。でも後で新しく何着か買っておこうか」
彼女はあまり多くの服を持っていないので、ここで毎日を過ごすには心許ない。
「わかりました! ではそのように」
◆
軽く朝食を摂ったあと、ゼバーシュの中心にある城へと向かう。
現当主のルドルフ・ヴァル・ゼルムと、アティアスの姉であるナターシャがその城で暮らしていた。
残る兄弟は、アティアスも含めて城の外に家を持っている。ナターシャも結婚すれば城を出ることになるだろう。
長兄のレギウスは外の屋敷に住んでいるが、領主となったときには城へと戻ることになるはずだ。
「お、大きいですねぇ……」
「そりゃ、な。軍もあるし、城の中にある程度の機関が入っているからね」
城を見上げてエミリスが感嘆する。
更にこの城を中心に周囲を強固な塀と水濠で囲まれていて、より大きさが強調されている。
万が一の時に籠城することも想定されている造りとなっているのだ。
「これはアティアス様、お久しぶりでございます」
城の門兵達がアティアスを見て、恭しく敬礼する。
「ああ、久しぶりに帰ってきた。親父のところに行きたいんだが構わないか?」
「もちろんでございます。どうぞお入りください。……そちらのお嬢様は?」
アティアスのすぐ横に居るエミリスを見て、門兵の一人が疑問を投げかける。
「ああ、今回親父の養女になったエミリスだ。俺の妹……ってことだな」
実年齢なら妹ではなく姉になるのだろうが、それだとややこしくなるので、とりあえず16歳ということにしておいた。
16歳以上なら大人として制限も緩くなり、結婚も認められる歳だからだ。
もちろん誕生日も分からないのだが、これは彼女の希望でアティアスに初めて会った日に設定している。
「初めまして、エミリスです。ルドルフ様にご挨拶へと参りました」
彼女は優雅な見のこなしで挨拶を述べる。
「ははっ、私のような者にそのようになお言葉、恐縮でございます。どうぞお入りくださいませ」
城に入り、父のいるであろう執務室に向かう。
道中、出会う兵士達がアティアスの顔を見るなり礼儀正しく挨拶をしてくれる。
「アティアス様がすごい人なのはわかっていましたが、ここまでとは驚きました……」
小声でエミリスが話しかけてくる。
「俺が凄いわけじゃないさ。ただこの家に生まれただけで」
彼は素直に思っていることを言う。
ただシオスンやその他、権力を持っていた人達を見てきた彼女は、アティアスがそのことをあまり誇示しないところを好ましく思っていた。
何よりも、孤児の自分を対等に扱うなど、今までは考えられなかった。
「あら、アティアスじゃない。珍しいわね」
城の廊下を歩いていると、アティアスより少し歳上だろうか、彼とも面影の重なる、長い黒髪の女性が二人に声を掛ける。
長身の彼女は黒いドレスを纏い、すらっとしているため非常に凛々しく見えた。
背が低く胸も小ぶりで、スタイルに自信がないエミリスは、あまりの差に少し悲しくなる。
「ナターシャ姉さん。お久しぶり。半年ぶりに帰ってきたよ」
アティアスが軽く手をあげて挨拶する。それに合わせてエミリスも深々と頭を下げた。
それに気づいたナターシャはエミリスに声を掛ける。
「もしかして、この子がお父様の言っていた……?」
「ああ、身寄りがなくてね。テンセズから連れてきたよ。今は俺の家で一緒に住んでる」
「一緒に……ね。アティアスも隅に置けないわね。……よろしくね。私はアティアスの姉のナターシャよ」
含みのある表情を見せたあと、彼女はエミリスに向かって挨拶をする。
それに対してすぐにエミリスも礼をした。
「お初にお目にかかります。エミリスと申します。アティアス様に仕えさせていただいております」
「ある程度の話は聞いてるわ。大変だったみたいね」
「お言葉痛み入ります」
「私にそんな堅苦しくしなくていいわよ。……アティアス?」
エミリスを一通り観察したナターシャはアティアスに聞く。
「今度食事でもしながら詳しく話を聞かせてちょうだいね。……この子も一緒に」
ナターシャは不適な笑みを浮かべている。
「……わかったよ。いつが良い?」
「そうね……早いけど明日の夜とかどう? 場所はここで準備させるわ」
「構わないよ。それじゃまた」
手を挙げてナターシャと別れ、執務室に向かう。
「……すっごく綺麗な方ですね」
エミリスが感想を述べる。
アティアスのすぐそばにあんな美人がいたなら、彼の女性に対するハードルが上がるのも理解できる。
もしかして、彼が自分に手を出してくれないのは、このせいなのかも……と思い悩む。
少なくとも自分とは全く違うタイプに見えた。
「そうだな。でも姉さんはああ見えて人をからかうのが大好きだからな。……明日は覚悟しておけよ」
「それは……怖いですね。ノードさんもそういうところありましたけど……」
「ノードの比じゃないぞ」
「あ、あはは……」
アティアスが笑いながら忠告するのに対し、引き攣った顔で返答する。
少し話しただけなので性格までは分からなかったが、明日はどんなことが起こるのだろうか。
執務室に着くと、事務方の職員に面会を取り次いでもらう。特に急ぎの予定はなかったようで、すんなりと面会が許可された。
「親父、久しぶりに帰ってきたよ」
執務室に入るなり、大きな椅子に腰掛けている壮年の男性――ゼバーシュ伯爵のルドルフに向けて、アティアスが気さくに話しかけた。
ルドルフは髪も白くなってきているが、まだ壮健に見える。しかし、元気なうちに長兄のレギウスに跡を継がせるつもりだった。
「おお、久しぶりだな。話は聞いてたが元気で良かった。テンセズの一件、すまなかったな」
「ちょっとヤバかったけどな。俺も危うく暗殺されるところだったよ」
アティアスが頭を掻きながら話す。
その暗殺しようとした張本人は、アティアスのすぐ後ろで複雑な顔を見せている。そこまでルドルフに伝わっているのかは分からないが……。
「無事ならそれで良い。どうせまたすぐ出ていくのだろう? 今回はどのくらいいるつもりだ?」
「まだ考えてないけど、今回はしばらく滞在するつもりだ。もう少しこれに教えないといけないこともあるからな」
アティアスはエミリスの方をちらっと見て話す。
「そうか。いつでもここに顔を出してくれ。……なるほど、連絡を寄越したのはこの子か?」
そう言い、エミリスを手招きする。
「はじめまして。エミリスと申します」
彼女はルドルフの前に立ち、片足を引き、深く礼をする。
その様子をルドルフはじっくりと見て、口を開く。
「こいつの父のルドルフという。もう隠居も近い歳だけどね。アティアスから手紙が来たときは驚いたよ。こいつがそこまで言ってくるってことは、よっぽど気に入ったんだな。この街に落ち着いたらゆっくり話をさせてくれ。……アティアスをよろしく頼む」
「はい。私の全てをかけて」
エミリスの返答にルドルフは深く頷く。
彼女が下がると、ルドルフはアティアスに話しかける。
「アティアス。帰ってきて早々にすまないが、ひとつ頼みたい。……レギウスのことは聞いているか?」
「門兵から体調に優れないって話を聞いたけど、知っているのはそれだけ」
「そうか。その通りだけど、それが全てじゃない。……レギウスは毒を盛られたようだ」
エミリスは息を呑む。アティアスは無表情のままだ。
立場上、そういうことも普段から十分に考えられたからだ。
「このことは公にはしていないから、言わないようにね。……先週のことだ。幸い命は取り留めたが、芳しくない。とはいえ、私たちでできることはせいぜい誰の仕業か突き止めることくらいだ。……頼めるか?」
「……わかったよ。俺が一番身軽だからな。このことはどこまで知っている?」
「身内と身近な者達だけだよ。でもそのうち漏れるだろうし、漏れることでこちらに不都合は多くないだろう」
アティアスは頷きながら真剣な顔で答えた。
「確かにそうだな。それじゃ俺がしばらく動いてみる。ただ、過度な期待はしないでくれよ」
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