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第2章 旅路

第24話 謎

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「昨晩は突然お声がけして失礼しました」

 ドーファンの研究室に行くと、昨晩の男性が二人に頭を下げる。

「先生とばったり会うとは思いませんでしたよ」
「失礼します」

 アティアス達も頭を下げつつ、二人はドーファンに促されて椅子に腰を落とす。

「アティアス殿が居られた頃と比べていかがですか?」
「そうですね……、それほど変わりなく感じますよ。懐かしいです」

 横に並んで座るエミリスが、不思議そうにアティアスの顔を覗き込む。

「アティアス様も、こちらで学ばれていたのですか?」

 それに応じてアティアスが返答する。

「ああ、2年間だけだけどな。俺は兵士になるわけじゃないが、魔法はちゃんと学ばないとうまく使えないから、親父に無理言って通わせて貰ったんだ」
「そうなんですね」
「エミーも通ってみるか? 別に構わないぞ?」

 突然聞かれたことに彼女は思考を巡らせるが、首を振って返す。

「いえ……私はアティアス様のお近くでお仕えする方が良いです……」

 ドーファンがそんな二人を見て笑う。

「ははは。アティアス殿も慕われておりますな」

 彼女は少し恥ずかしかったのか、頬をほんのり染めていた。

「それで――私に聞きたいことがあったのではないですか?」

 ドーファンが本題を切り出す。

「はい。……このエミリスのことですが」

 アティアスは以前から一度相談したいことがあることを伝えていたが、テンセズの騒動にドーファンの時間が取れずに後回しとなっていた。
 突然名前を呼ばれた彼女は不安そうな顔をする。

「私が聞きたいのは2つあります。ひとつ目は彼女の手に刻まれた紋様についてです」

 アティアスは真剣な顔で話し始める。

「以前、物心ついた頃から手に紋様があったと彼女に聞きましたが、どんな意味と効果があるのか知りたいと思います」
「……私は特に気にしていませんけど」

 エミリスが呟くが、ドーファンはそれには構わず聞く。

「少し見せてもらえますか?」

 彼女はおずおずとドーファンに左手を差し出す。
 紋様は手首から手の甲にかけて、黒っぽい線で複雑な形状が描かれていた。
 中に文字のような模様も見えるが、読めるような字体ではなかった。

「ふむ……私もこのような紋様は見たことがありません。ですが、なんらかの魔法によって描かれているのは間違いないと思います」
「これが、魔法ですか?」

 アティアスが聞くと、ドーファンは頷きながら続ける。

「ええ、刺青のようなものでは無いみたいです。ただ10年以上も続く魔法など、私達の知る限りでは不可能です」
「そうなんですね……。どんな効果がありそうとか、わかりますか?」

 エミリスが疑問を口にする。

「いえ、私もどんな効果があるかなど、全くわかりません。……後ほど古い文献など調べてみます」

 ドーファンはエミリスの紋様をメモに書き写しながら話す。彼ほどの知識があっても見当もつかないものなのか。

「よろしくお願いします。ふたつ目ですが、彼女の魔力について気がかりなことがあります」
「気がかりとは? 具体的にどういった点が気になっているのですか?」
「はい。以前ギルドで簡易検査をしているのですが、そのとき紙全部に広がって染まったのに、色はうっすらとしか変わらなかったのです。それに、このエミリスはたった1週間で簡単な魔法を使えるようになりましたので、そのあたりも不思議で」

 アティアスはギルドでの検査のことを説明する。

「なるほど……それは変わってますな。それに普通はどんな簡単な魔法でも、習得するのに数か月かかりますので、異様な早さですね」

 ドーファンは唸る。

「そうなんですか?」

 彼女は首を傾げて不思議そうな顔をする。
 すぐに魔法を使えるようになったこともあり、一般的にそれがどれほど大変なことなのか、全く知らなかったのだ。

「そう、魔法は一度コツを掴んだら早いけど、そこまではものすごく大変なんだよ。俺も明かりを灯す魔法を覚えるだけで4か月もかかった。……今まで言ってなかったけど、トーレスから学べるのはせいぜい基礎中の基礎くらいだと思ってたからな」
「そんなものなんですね……。実感は湧きませんけど……」

 2人のやり取りを見ていたドーファンが提案する。

「ふむ……では最近私が発明した検査方法を試してみましょうか。……アティアス殿、今日はしばらく魔法使えなくなっても構いませんかな?」
「ええ、特に問題はないと思います」

 それを聞くとドーファンは棚から1つの箱を取り出す。開けると中には透明な水晶のような球がいくつも入っていた。大きさは片手で握りしめられるくらいか。
 アティアスが聞く。

「これは?」
「すぐには触らないでください。……この球は、手に持った者の魔力を閉じ込めることができるのです。コップに水を入れるようなものだと思ってください。手に持つと魔力がこの球に吸い込まれて、入った魔力の量で色が赤くなっていきます。アティアス殿の魔力なら、1個に全て入ってしまうと思いますよ」
「つまり、これに注ぎ込むと魔力が空になってしまう、ということですか?」

 アティアスは、箱を覗き込みながら質問した。

「そうです。ですので迂闊に触ると危険です。これに溜めた魔力をどう使うか……それが今の私の研究なんです。今は溜めるだけで引き出すことができません。できるようになると画期的だと思うのですがね……」
「もしそれができれば、かなり活用できそうですね」

 アティアスは考える。
 魔力は時間とともに回復するが、闘いの最中に無くなると致命的だ。事前に溜めておいた魔力を自由に引き出せるなら、魔力切れを気にせず魔法を使うことが可能になるかもしれない。

「今回はそれを利用して、実際どのくらいの魔力が身体にあるかを測ってみましょう。紙での検査よりも正確にわかりますよ。比較のためにも、まずはアティアス殿からどうぞ」

 アティアスは差し出された箱から、球を1つ手に取った。

「――うおおっ‼︎」

 その瞬間、身体の中を何かに引きずり回されているような気持ち悪さを感じて、アティアスは驚きの声を上げた。

「アティアス様⁉︎」

 エミリスが心配そうに声をかける。

「……大丈夫だ」

 アティアスの額には汗が滲んでいた。そして手に持つ球がピンク色に染まっていたが、もうそれ以上の変化は無さそうだ。

「入りましたね。アティアス殿の魔力は魔導士としては一般的な量でしょうか」

 ドーファンは自分が球に触ってしまわないように気をつけて、アティアスから球を受け取る。

「これは気持ち悪いですね。完全に魔力が空になったのは初めてかもしません」
「しばらくすると回復しますからご安心を」

 げっそりとした顔を見せるアティアスにドーファンが声をかけつつ、エミリスにも箱を差し出す。

「さあ、あなたも試してみましょうか」
「……はい」

 エミリスは緊張しながら球をそっと手に取った。

「……あれ? 何も起こりませんよ?」

 しかし、エミリスが玉を手に取っても、球に変化はなさそうだった。
 色も元の透明な状態のままだ。

「これは不思議ですね……。疑うわけではありませんが、確かに魔法は使えるのですよね?」

 疑問に思ったドーファンが聞く。

「はい、たぶん。……灯りを」

 エミリスがそっと呟くと、目の前に光球が現れた。確かに魔法は使えている。
 彼女は無詠唱でも魔法が使えるが、アティアスから人前でそれを見せないように釘を刺されていたため、いざという時以外は使わないようにしていた。

「なんと……球を持ったままでも魔法が使えるとは……」

 不思議に思いながら見ていたアティアスがふと気づく。

「エミー、手の紋様が光ってる……?」

 慌てて自分の手の甲を見ると、いつもは黒い紋様がうっすらと白く光っていた。

「えぇ? 私、こんなの初めて見ましたよ……」
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