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第2章 旅路
第18話 野営
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「どの門から出るんですか?」
出発前にエミリスが聞いてきた。
テンセズの町から旅に出るには、町の東西南北の4か所にある門のどこかへと行く必要がある。
町の周囲は塀で囲まれており、門からしか出ることができないからだ。町の外には危険な魔物や野盗、猛獣なども出没する。そのため、どこの町も塀で囲み、守りを固めていた。
「ゼバーシュは南だからな。そっちの門から街道に出る。この前、ギルドで登録したろ? その身分証を見せるだけで通れるから」
「これですね。初めてなので緊張します。それに……」
アティアスの説明に、エミリスが身分証を取り出して見せる。
「……私、アティアス様の妹ってことになってますけど、本当に大丈夫なんですか……?」
不安そうに彼女が聞く。
身分証には、現在の彼女の名前『エミリス・ヴァル・ゼルム』と書かれていた。
シオスンの養子となっていた彼女は、そのままでもギルドでの登録はできたのだが、それでは今後いろいろ面倒なことも考えられた。何より、シオスンの名前に嫌悪感があった。
そこで事前にゼバーシュ伯爵に連絡をして、改めて養子としての手続きをしてもらったのだ。
「大丈夫だよ。……これでエミーも一気に伯爵令嬢だな」
軽く笑いながらアティアスが言う。
2か月前まで奴隷も同然だったエミリスが、今や養子とはいえ伯爵令嬢とは、人生何が起こるかわからない。
「まさか、こんなことになるとは思ってもいませんでした……」
彼女がぽつりと呟いた。
とはいっても、これは形だけのもので、彼との関係がなにか変わるわけでもない。
今まで通りお仕えするだけだ。
……そう彼女は思っていたが、アティアスにとっては重大な決断だったことを、彼女は知らなかった。
◆
「はい、大丈夫ですよ。お気をつけて」
身分証をテンセズの南門の兵士に見せ、門を通過する。ギルドに登録していれば容易に出入りできるが、そうでない場合は手続きが必要だった。
門を出たらいつ襲われるかわからない。油断はできない。
とはいえ、基本的に町から町へは街道が整備されており、日中だとそれほど危険はない。
問題は野営の時だ。
アティアスとノードが二人で旅をしていた時は、交代で見張りをしていた。
今回は三人だが……恐らくエミリスは歩き疲れて、夜の見張りは難しいだろうと予想していた。なので、少し遠回りになっても、できるだけ町に立ち寄れる街道を選んで野営を減らすことにした。
それを彼女に言うと、自分のせいで……と悩むのが予想できたのでアティアスは伏せておくことにした。
「良い天気ですねっ」
まだ元気のあるエミリスが機嫌良く話しかけてくる。
「そうだな。いくら魔法で服を乾かせられると言っても、雨の中長時間歩くのは辛いからな。晴れてくれるとありがたい」
今日は午後からの出発なので移動は長くない。途中、馬に草を食べさせるためにも何度か休憩を挟み、順調に歩き続けた。
◆
日が傾き夕暮れ始めた。
そろそろだろうと、野営に適した場所を考えながら歩く。基本的には水場があるところだと都合が良い。
幸い近くに川があったので、その河原にて野営することにした。テントを二張立てる。
どう別れるかだが、基本アティアスとノードのどちらかが見張りをすることになる。なのでエミリスが一人で1つのテント、残りの二人が交代で見張りをする、という形で落ち着いた。
薪を集め、魔法で火を点ける。
「じゃ、簡単ですけど食事の準備をしますね」
彼女はこのために設備がなくとも簡単な料理ができるように、事前に練習していた。
「ほー、すごいな。俺ら今までずっと、保存食そのまま齧ってただけだったからな」
ノードが感嘆する。
野営でちゃんとした食事ができるなど、考えたこともなかった。
「エミーがいてくれて助かるな。もう干し肉だけの旅には戻れんかもしれん」
アティアスも同意する。
「大したことはできませんが頑張ります!」
彼女は誇らしく胸を張った。
◆
食事を終え、夜も更けていく。
野営で風呂に入ることはできないので、川でタオルを濡らして身体の汗を拭くだけに留まる。
夏ならば川に入ることもできるが、今はまだ春になったばかり。とても水浴びなどできたものではない。
「それじゃ、しばらく任せるぜ」
そう言ってノードがテントな潜り込む。
いつもアティアスが先に見張りを担当することになっていた。
「アティアス様は4年も前からずっとこんな感じですか?」
アティアスとエミリスは肩を寄せて、揺らめく炎を見ながら話をする。
「そうだな。町に泊まるほうが多いけど、それ以外はこんな調子で野営してるかな。家に帰った時はともかく、今回みたいに旅の途中で長い間、1つの町に留まるのは初めてだったよ」
「そうなんですね……。私は……アティアス様のその旅のおかげで今ここにいます。ずっと屋敷から出ずに、そのまま死ぬのだろうと思っていました」
エミリスが回想する。
シオスンの屋敷に居たことが、もう随分前のことのように思えた。
「だから、このようにアティアス様とご一緒できることが夢のようです」
できるならこの先もずっと……。
彼女は心の中で呟き、そっとアティアスの肩に身を寄せた。そんな彼女の肩を抱き寄せて軽く頭を撫でると、エミリスはうっとりとして幸せそうに目を閉じた。
昼の移動で疲れていたのか、アティアスに寄りかかったまま、エミリスはすやすやと寝てしまった。
焚き火の前とはいえ、夜はまだ寒い。アティアスは彼女を起こさぬようにテントに運び、寝袋に入れてあげる。こういうところはまだまだ手のかかる妹のようにも思える。
アティアスは一人見張りを続ける。
夜は野盗よりも魔物や猛獣が襲ってくる方が多い。奴らは忍び寄ってくるというよりも、堂々とやってくるのでわかりやすい。とはいえ野盗が来ないとも限らないので気を抜くわけにはいかない。
特に何が来るでもなく、夜が更けていく。
そろそろノードと交代の時間が近い。久しぶりの旅でまだ身体が馴染んでいないのか、かなり眠気が出てきた。
大きな欠伸をしたときだった。
アォーン……!
遠くから遠吠えが聞こえた。
……狼か。
これは来るだろう。
そう判断したアティアスはノードを起こすことにした。
「ワイルドウルフかな?」
声をかける前に気配を察したのかノードがテントから出てくる。
「ああ。大したことはないが、奴らは群れで来るから面倒だな」
と言いつつも、いくら大きな群れで来たとしても、負けることはないだろう。久しぶりの実戦として良い肩慣らしになりそうだ。
出発前にエミリスが聞いてきた。
テンセズの町から旅に出るには、町の東西南北の4か所にある門のどこかへと行く必要がある。
町の周囲は塀で囲まれており、門からしか出ることができないからだ。町の外には危険な魔物や野盗、猛獣なども出没する。そのため、どこの町も塀で囲み、守りを固めていた。
「ゼバーシュは南だからな。そっちの門から街道に出る。この前、ギルドで登録したろ? その身分証を見せるだけで通れるから」
「これですね。初めてなので緊張します。それに……」
アティアスの説明に、エミリスが身分証を取り出して見せる。
「……私、アティアス様の妹ってことになってますけど、本当に大丈夫なんですか……?」
不安そうに彼女が聞く。
身分証には、現在の彼女の名前『エミリス・ヴァル・ゼルム』と書かれていた。
シオスンの養子となっていた彼女は、そのままでもギルドでの登録はできたのだが、それでは今後いろいろ面倒なことも考えられた。何より、シオスンの名前に嫌悪感があった。
そこで事前にゼバーシュ伯爵に連絡をして、改めて養子としての手続きをしてもらったのだ。
「大丈夫だよ。……これでエミーも一気に伯爵令嬢だな」
軽く笑いながらアティアスが言う。
2か月前まで奴隷も同然だったエミリスが、今や養子とはいえ伯爵令嬢とは、人生何が起こるかわからない。
「まさか、こんなことになるとは思ってもいませんでした……」
彼女がぽつりと呟いた。
とはいっても、これは形だけのもので、彼との関係がなにか変わるわけでもない。
今まで通りお仕えするだけだ。
……そう彼女は思っていたが、アティアスにとっては重大な決断だったことを、彼女は知らなかった。
◆
「はい、大丈夫ですよ。お気をつけて」
身分証をテンセズの南門の兵士に見せ、門を通過する。ギルドに登録していれば容易に出入りできるが、そうでない場合は手続きが必要だった。
門を出たらいつ襲われるかわからない。油断はできない。
とはいえ、基本的に町から町へは街道が整備されており、日中だとそれほど危険はない。
問題は野営の時だ。
アティアスとノードが二人で旅をしていた時は、交代で見張りをしていた。
今回は三人だが……恐らくエミリスは歩き疲れて、夜の見張りは難しいだろうと予想していた。なので、少し遠回りになっても、できるだけ町に立ち寄れる街道を選んで野営を減らすことにした。
それを彼女に言うと、自分のせいで……と悩むのが予想できたのでアティアスは伏せておくことにした。
「良い天気ですねっ」
まだ元気のあるエミリスが機嫌良く話しかけてくる。
「そうだな。いくら魔法で服を乾かせられると言っても、雨の中長時間歩くのは辛いからな。晴れてくれるとありがたい」
今日は午後からの出発なので移動は長くない。途中、馬に草を食べさせるためにも何度か休憩を挟み、順調に歩き続けた。
◆
日が傾き夕暮れ始めた。
そろそろだろうと、野営に適した場所を考えながら歩く。基本的には水場があるところだと都合が良い。
幸い近くに川があったので、その河原にて野営することにした。テントを二張立てる。
どう別れるかだが、基本アティアスとノードのどちらかが見張りをすることになる。なのでエミリスが一人で1つのテント、残りの二人が交代で見張りをする、という形で落ち着いた。
薪を集め、魔法で火を点ける。
「じゃ、簡単ですけど食事の準備をしますね」
彼女はこのために設備がなくとも簡単な料理ができるように、事前に練習していた。
「ほー、すごいな。俺ら今までずっと、保存食そのまま齧ってただけだったからな」
ノードが感嘆する。
野営でちゃんとした食事ができるなど、考えたこともなかった。
「エミーがいてくれて助かるな。もう干し肉だけの旅には戻れんかもしれん」
アティアスも同意する。
「大したことはできませんが頑張ります!」
彼女は誇らしく胸を張った。
◆
食事を終え、夜も更けていく。
野営で風呂に入ることはできないので、川でタオルを濡らして身体の汗を拭くだけに留まる。
夏ならば川に入ることもできるが、今はまだ春になったばかり。とても水浴びなどできたものではない。
「それじゃ、しばらく任せるぜ」
そう言ってノードがテントな潜り込む。
いつもアティアスが先に見張りを担当することになっていた。
「アティアス様は4年も前からずっとこんな感じですか?」
アティアスとエミリスは肩を寄せて、揺らめく炎を見ながら話をする。
「そうだな。町に泊まるほうが多いけど、それ以外はこんな調子で野営してるかな。家に帰った時はともかく、今回みたいに旅の途中で長い間、1つの町に留まるのは初めてだったよ」
「そうなんですね……。私は……アティアス様のその旅のおかげで今ここにいます。ずっと屋敷から出ずに、そのまま死ぬのだろうと思っていました」
エミリスが回想する。
シオスンの屋敷に居たことが、もう随分前のことのように思えた。
「だから、このようにアティアス様とご一緒できることが夢のようです」
できるならこの先もずっと……。
彼女は心の中で呟き、そっとアティアスの肩に身を寄せた。そんな彼女の肩を抱き寄せて軽く頭を撫でると、エミリスはうっとりとして幸せそうに目を閉じた。
昼の移動で疲れていたのか、アティアスに寄りかかったまま、エミリスはすやすやと寝てしまった。
焚き火の前とはいえ、夜はまだ寒い。アティアスは彼女を起こさぬようにテントに運び、寝袋に入れてあげる。こういうところはまだまだ手のかかる妹のようにも思える。
アティアスは一人見張りを続ける。
夜は野盗よりも魔物や猛獣が襲ってくる方が多い。奴らは忍び寄ってくるというよりも、堂々とやってくるのでわかりやすい。とはいえ野盗が来ないとも限らないので気を抜くわけにはいかない。
特に何が来るでもなく、夜が更けていく。
そろそろノードと交代の時間が近い。久しぶりの旅でまだ身体が馴染んでいないのか、かなり眠気が出てきた。
大きな欠伸をしたときだった。
アォーン……!
遠くから遠吠えが聞こえた。
……狼か。
これは来るだろう。
そう判断したアティアスはノードを起こすことにした。
「ワイルドウルフかな?」
声をかける前に気配を察したのかノードがテントから出てくる。
「ああ。大したことはないが、奴らは群れで来るから面倒だな」
と言いつつも、いくら大きな群れで来たとしても、負けることはないだろう。久しぶりの実戦として良い肩慣らしになりそうだ。
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