上 下
17 / 250
第1章 テンセズにて

閑話(1) 黒くて素早いアイツ

しおりを挟む
 深夜、1人で寝ているとき、ふとエミリスは目を覚ました。

 ……何だろ?

 何かが自分の髪をモゾモゾと揺さぶっているような違和感を覚える。
 しかも、見えないので分からないが、それは動いているような。

 確かめようと頭に手を遣る。

 髪を梳くようにすると、そのナニカに手が触れた。

「???」

 当たり前だが、それだけではよくわからない。
 
 ――そのとき、それは素早く動いて、彼女の鼻先に飛び乗ってきた。

 視界の端にぼんやりと映るそのシルエットで、エミリスはそれが何なのかを瞬時に理解した。
 黒っぽい色で平べったく、2本の長い触角が揺れている。

 それがまさに自分の顔に取り付いているのだ。

「……ひ、ひいぃーーっっ!!」

 背筋がぞくぞくとする感覚と共に、悲鳴を上げた。
 それと同時に、慌てて顔を振ってその侵入者を振り落とす。

「あうあうあう……」

 彼女は必死でベッドから飛び出して、隣の部屋で寝ているアティアスの部屋の扉を叩いた。

「あ、あ、アティアスさまっ! アティアスさまあっ‼︎」

 エミリスのあまりの慌てぶりに目を覚ましたアティアスも飛び起きて、彼女を部屋に招き入れる。

「ど、どうした⁉︎」
「……で、で、出たんです!」

 彼女は必死の形相で彼にしがみついてくる。
 まずはそれをあやすように、背中を軽くぽんぽんと叩く。

「で、何が出たんだ?」
「あ、あの…………黒くて素早く動く……あの虫が……」
「ああ……。アレか……」

 目に涙を溜めて必死で彼に訴えるその姿は、何でも落ち着いてこなす彼女がこれまで見せたことのない一面だった。

 彼女の言葉から、何が出たのかはすぐ分かった。
 暖かくなるとどこにでもよく出没するやつだ。
 特に厨房などでよく見かけ、誰からも嫌われている。

「……で、今それはどこにいる?」
「わ、わかりませんっ! わ、私の顔に乗ったのを振り払ったのでっ!」

 ……なるほど、それは流石にきつい。
 見るだけでも嫌なのに、触りたいとも思えない。
 ましてや顔の上を這い回るなど、想像すらしたくない。
 しかし、彼女がそこまで苦手にしていたとは予想外だった。

「とりあえず一緒に行ってやる」
「お、お願いしますっ!」

 2人で彼女の部屋に入る。

 慌てて飛び出したのだろう。床に布団が落ちていていた。
 殆ど何も置かれていない部屋を見渡しても、彼女を襲った侵入者は見当たらない。
 念の為、ベッドの下なども確認するが、いない。

「……いないぞ?」
「ぜ、絶対にっ! いましたからっ! ……きっとまだどこかに……」

 彼の背中にしがみついたまま、彼女は必死に訴える。
 しかし、よく探しても見つからない。
 狭い隙間などに隠れてしまったのだろうか。

「そうは言ってもな。……とりあえず今日はもう寝て、また出たら言ってくれ」

 背中の彼女に声を掛けて、アティアスは部屋に戻ろうとした。

「ま、待って……」

 彼女はそれを力尽くで引き留めようと腕を引っ張る。

「そう言ってもな……」

 アティアスも困るが、怯える彼女を見ると、そのまま放置するのは可哀想にも思う。

「ううう……。お願いです……私を見捨てないでくださいよぅ……」

 涙を浮かべて懇願する彼女を傍目から見ると、まるで別れ話をしている男女のようでもある。
 彼は悩んだが、以前にも夜に彼女が訪ねてきたことを思い出し、提案する。

「それじゃ、また俺の部屋に来るか? ……ここで寝るよりはマシだろ」

 その言葉を聞いて、ぱっと彼女が笑顔になった。

「はいっ! お願いしますっ!」

 期せずしてまた彼と一緒に寝られることになり、彼女は侵入者に感謝した。

 ……しかし、もう二度と来てほしくはないとも願う。

 部屋に入っていく2人の背後では、その侵入者は次の獲物を求めて廊下を優雅に闊歩していた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる

兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。

処理中です...