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第1章 テンセズにて

第15話 寝顔

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「戻ったぜー」

 二人が装備を買って帰りしばらくしたあと、ノードも衛兵の手伝いから帰ってきた。

「おかえりなさいませ」
 エミリスは眺めていた剣をテーブルに置き、立ち上がって頭を下げる。

「ん? その剣、どうしたんだ?」
 ノードが剣を見つけて聞く。

「はい。先ほどアティアス様に買っていただきました。一応、アティアス様のを借りているってことになってますけど」
「ちょっと見せてもらっても構わないか?」
「はい、どうぞ」

 彼女は剣をノードに手渡す。それを受け取ったノードは鞘からすっと剣を抜き、刀身を確認する。

「これ、ブルー鋼じゃねーか。……高かったろ?」
 ノードは驚きつつも、彼女に問う。

「はい。私もお値段に驚いたのですが……アティアス様がこれを、と」

 二人のやり取りを聞いていたアティアスが代わりに答える。

「今日、エミーと少し模擬試合をしてね。練習の成果が出てたみたいだからちょっと奮発したよ」
「そうか。どんな感じだった?」
「一応、引き分け……かな? でも無制限でやったら俺は多分負けると思う」

 ノードは驚き確認する。

「それは本当か? 話には聞いてはいたけどな……」
「ああ、あれには俺も驚いたよ。特に一対一なら対処のしようもないと思う」

 『あれ』とはもちろん彼女の魔法を指す。詠唱があるならば口の動きや、わずかながら声の伝わる時間があることで予測もできるが、視線だけで魔法を行使できるのは脅威だった。戦いの中で目線を捉えるなど不可能に近い。

「こんな短期間でこれとは、恐れ入るな。アティアスが気にかけてるのがわかったぜ」

 横で話を聞いていた彼女は、恐縮しっぱなしだった。

「そ、そんなことないですよ……アティアス様は魔法を使いませんでしたし……運が良かっただけですから……」
「そんなことあるさ。吹き飛ばすつもりでやらないと多分勝てないだろうし、そもそも魔法を使おうと思った時には俺の首が先に無くなってるかもしれないな」

 確かに威力は大したことないとはいえ、ピンポイントに狙ったところを攻撃できる魔法は戦いには有利だ。尤も、戦争のような大人数かつ長期戦には向かないのだろうが。

「と、いうわけだ。とはいえ体力はまだまだ。すぐ疲れるのをなんとかしないとな」
「はい。頑張ります!」

 そんな彼女に、ノードが提案する。

「もう俺の代わりにエミーがボディガードも全部やってくれて良いんだぜ?」
「何言ってんだ。それはまた別の話だろ」

 アティアスは笑いながらノードの肩を叩いた。

(ボディガード……)
 私で務まるかわからないけれど、もしそれならずっとお側でお仕えできる。

「ふふふ……」
 その光景を思い浮かべて、彼女は頬を緩めた。

 ◆

 それからのエミリスの練習は、体力を付ける為にも基礎的なトレーニングを重視するようにした。

 小手先の技術と違い、体力をつけるには時間がかかる。それには近道はない。
 並行して、力を温存する為の身体の使い方を学ぶ。それには女性であるミリーの指導が効果的だった。
 また、魔法が使えることもあり、剣は間合いに入られたときのために防御の技術を中心に練習した。

 そして、毎日練習をして疲れているのに、彼女はしっかりと家事もこなしていた。簡単なものは皆で手伝うこともあるが、本格的な料理などできないので彼女に頼るしかない。
 一度このクオリティの食事に慣れると、以前の質素な食事には戻れない。

 そういうこともあって、いつのまにか彼女の存在は大きなものになっていた。

 ◆

 ――とある深夜のこと。

(ふふふ……♪)

 エミリスはご機嫌だった。
 いつものように気配を隠して、アティアスの部屋を覗きに行く。

 以前、夜に寂しいと思って、こっそり彼の寝顔を見に行ったことがあった。一度だけのつもりで。
 それが癖になり、度々こうして彼の部屋に忍び込んでは寝顔を堪能して帰るのが、半ば日課のようになっていた。

 最初出会った日の夜、暗殺するために彼の部屋に忍び込んだ時は、本気で殺したりするつもりはなく、命令を実行したというポーズを取っただけだった。
 そのこともあって敢えて気取られるように侵入した。
 もしそれで自分が殺されることになるのなら、それも仕方ないとさえ思っていた。
 元々、本気を出せば気付かれずに近づくことなど容易だったのだ。

(普段のアティアス様は格好良いけど、寝顔は可愛いんですよね……)

 ぐっすり眠る彼の寝顔を枕元でじっくりと眺めながら、うっとりと感慨に耽る。

(……できたら添い寝してほしいのですけど)

 希望が心の声になる。
 そういう訳にもいかないだろうが、妄想も楽しみのひとつだった。

(そろそろ戻りますか……)

 ひとしきり堪能したあと、名残惜しいがそろそろ部屋に戻らないと。

 ――その時だった。

 ふと、彼の目がうっすら開き、目が合ってしまう。

「……あ」

 予想外の事態に気配を消していたのも忘れ、つい声が出てしまう。

「…………エミー?」

 まだ意識がはっきりしていないのか、ぼそっと彼が名前を呼ぶのが耳に届く。

「は、はい……」

 呼ばれたからには返事をしなければならない。出来るだけ平静を保って返すが、内心穏やかではいられない。
 徐々に彼も覚醒したのか、少し頭を上げて話す。

「まったく気付かなかった。……やっぱりあの夜はわざとだったんだな」

「……はい、その通りです。あと……大変申し訳ありません」

 素直に謝る。怒られて当然のことをしているのだから。

「驚いたよ。……なんでここに?」

 下手に言い訳をするのも良くないと思い、素直にそのまま話すことにする。

「……夜が寂しくて、アティアス様の寝顔を見て帰ろうかと思ってしまいました。ごめんなさい」

 深く頭を下げる。軽蔑されても仕方ないと思う。
 彼はしばらく、しょぼくれる彼女を見ていた。

「……寂しいなら、ここで寝るか?」

 そして、ぽつりと彼が言う。
 エミリスにとっては願ってもない提案だが、素直に受けて良いものか悩み、躊躇する。

「……ほら、おいで」

 そんな彼女に、彼は布団を少し捲り手招きする。ベッドは充分な幅があり、2人並んで寝るくらいなら余裕だった。
 彼女はごくりと唾を飲み込むと、意を決して口を開く。

「……で、では」

 そして、彼の横にそっと滑り込む。
 布団が温かい。
 間近で彼と目が合う。緊張で鼓動が早くなる。

(こんなの……寝られる訳ないです……)

 そう思っていたが、いつの間にかうとうとしはじめ、無意識に彼に抱きついてぐっすり寝てしまっていた。

 ――結局、朝まで寝られなかったのはアティアスの方だった。
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