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第1章 テンセズにて

第2話 夜襲

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 ナハト達三人と別れたあと、アティアス達は夕方まで町を見回ってみたが、特に気にかかるようなことは見受けられなかった。
 また、子供が攫われたという公園にも行ってみたが、噂のせいか遊んでいる子供はいなかった。

 宿に戻ったアティアスはノードと相談する。

「どう思う?」
「そうだな……。とりあえず分かるのは、すぐに解決するような問題じゃなさそうだってことくらいだな。ゆっくりやるしかなさそうだ」

 あまり乗り気ではなさそうにノードが答える。
 もし人身売買なら攫われた子供が殺される心配は少ない。東西南北に四ヶ所ある町への出入り口は、当面監視が厳しいだろう。手がかりが少ない以上、闇雲に動いてもあまり意味はない。

 外はもうだいぶ暗くなっていた。

「今できることもないし、今晩も酒場に行くか」
「おっ、良いな」

 アティアスの提案にノードも頷く。

 ◆

「後をつけられてるか……?」
「……のようだな」

 宿を出て酒場に向かう道を歩かながら、二人は小声で耳打ちする。
 どうも宿を出てから何者かに見られている気配があった。

「早速のお出ましか? それなら手っ取り早いんだがな」

 アティアスはそう呟き、気取られないように立ち止まって背伸びをする。

「何人くらいるかわかるか?」
「五人はいるな。腕も立ちそうだ。……俺たちだけだと厳しいかもしれんぞ?」

 アティアスの問いにノードが答える。
 戦うとなれば人数の差は大きい。

「ならこうするさ」

 そう言ってアティアスはすっと狭い路地に入っていった。

「おい、ちょっと待てって!」

 焦って言いつつもノードも続く。
 狭いところでの戦いに持ち込んで人数差をカバーしようと考えたのだろうが、逆に逃げ道がなくなるというデメリットもあり、危険であった。

 ◆

「……」

 灯りがまばらにしかない路地を進むと、正面に立ちはだかるように二人の人影が見えた。当然背後からも気配がある。
 予想はしていたが先回りされ、挟まれてしまったようだ。

「後ろは頼む」
「やれやれ、相変わらず人使いが荒いな」

 ノードは呆れつつも腰から剣を抜く。
 アティアスは中肉中背だが、ノードは背も高くがっしりとした体格で、剣も大柄のものだ。

 続いてアティアスも剣を抜く。
 こちらは機動性を重視したような、すらっとした細身の剣だった。

「俺たちに何の用だ?」

 アティアスが問うが返答はない。代わりに顔を黒い布で隠した男からナイフの鈍い光が見えた。

(これは不味いな……)

 ノードは舌打ちする。
 恐らく相手は暗殺を生業としており、こういった狭い場所ならナイフのほうが有利だからだ。
 最初に気配を隠さなかったのも、わざとかも知れない。
 とはいえ、今はなんとかしてこの状況を切り抜けるしかない。

「できれば捕まえて吐かせたいんだが……」
「吐くとは思えんがな」

 アティアスの呟きにノードが即答する。
 アティアスの剣の腕は悪くないが、上には上がいる。
 ただ、こういう時でも常に落ち着いている精神力には驚嘆する。
 じり……と、ほとんど足音を立てずに人影が近づいてくる。その身のこなしが、かなりの技量を持つことを表していた。

 最初にアティアスの正面の男が一気に間合いを詰め、アティアスにナイフの切先が迫る。

(――速い!)

 アティアスはそれを感覚だけで捉え、咄嗟に身体を横に反らす。
 突き出されたナイフが空を切ったとき、アティアスが体当たりを仕掛けた。
 しかし、それは素早く後ろに飛んだ男にあっさりと避けられてしまった。

(かなりできるな……)

 アティアスは対峙しつつ対処を考える。
 背後ではノードも戦闘になっていた。アティアスは後ろのことを気にしない。
 ノードの方がずっと強いのを知っている。もし彼が負けることがあれば自分が勝てるはずもない。
 だから、常に自分の事だけに集中する。

 再度男が仕掛けてくる。

(――さっきより速いか⁉)

 アティアスは慌てて魔力を練り、言葉を発する。

「――照らせ!」

 瞬間、アティアスと男の間に眩い光球が発生する。
 夜に辺りを照らすための魔法で攻撃力はないが、この暗い路地では一瞬とはいえ目が眩む。
 その刹那、アティアスは男のナイフを手で叩くと、ナイフが溢れ落ちカラカラと足元に転がった。

 それと同時に剣を突き出すが、ナイフを失った男は素早く後退し、もう一人の男と入れ替わる。
 アティアスは思案する。
 もう一度同じ手は使えないだろう。
 後ろに下がった男は予備なのか、既に新しいナイフを構えていた。
 たださっきのようにすぐには仕掛けてこない。魔法が使えることを知り、慎重になっているのだろうか。

 一方、ノードは連続で繰り出されるナイフを、器用に大剣で受け流しながら考える。
 このままいけば自分は勝てると思うが、もしアティアスが先にやられて背後を取られると厳しい。
 さっさと片付けて加勢したいが、簡単にそうさせてくれそうにはなかった。

 膠着状態に二人が焦りを感じ始めたとき、突然路地に声が響いた。

「――何だぁ? 物騒だな」

 その声の方に二人が意識を向けた一瞬の間に、黒マスクの男たちはいなくなっていた。

 ◆

「お前ら大丈夫か?」

 声の主は昼間ギルドで話したナハトだった。

「すまない。俺たちは大丈夫だ」

 アティアスが答える。
 その返答に、二人がアティアス達だということに気づいたようだ。

「ん? お前ら昼間の……」
「ああ、そうだ。助かったよ。これはちょっと厳しいかもしれんと思ってたところだ」

 アティアスが礼を言う。
 勝てるかどうか五分五分だと感じていたので、思わぬ助けに安堵した。

 ◆

 ナハトら三人と一緒に酒場へと着いたアティアスとノードは、まずは全員分のビールを注文してから話しかける。

「良いところに来てくれたな。……宿からここに向かってたところを急に襲われたんだ」

 アティアスが礼を言うと、ナハトは笑いながら聞いてきた。

「それは運が良かったな。俺たちもたまたま通りがかっただけだ。それで――奴らは何なんだ? 知ってる奴らか?」
「いや、初めて見た奴らだ。思い当たることはない」

 アティアスには思い当たる節がなかった。
 あるとすれば、人攫いについて聞き回っていることか。
 それともアティアスの素性を知っていて狙ってきているのか。
 次は何か対策を考えておかないといけないな、と思案する。帰りのことも考えると、飲みすぎないようにもしないといけない。

「……今日は早めに帰ったほうがいいんじゃないか?」

 ノードが小声で耳打ちする。

「……そうだな。明日の朝、町長と面会する事になってるしな」

 その話が聞こえたのか、トーレスが驚いた顔で聞いてきた。

「お前たち、シオスン町長と会うのか? 冒険者が面会できるなんて信じられないな。あいつは昔から滅多に人前には出ないんだが……」

 トーレスの話に同席していた女剣士も頷く。

「あたしもこの町の生まれだけど、あいつ人前に出るのは重要な式典の時くらいだと思うわ。あ、自己紹介してなかったわね。あたしはミリー、よろしくね」

 昼間は全く話さなかったので無口なのかと思っていたが、ミリーは気さくに話してくれた。
 ミリーはすらっとした長身の女性で、軽量の防具を身に付けていた。目鼻立ちは整っていて、化粧でもしていれば美人の部類に入るだろう。
 とはいえ、今は日焼けもあり、健康的、と形容する方が適切だった。

 それにしても町長をあいつ呼ばわりとは、よほど好かれていないのだろうか。
 アティアスは答える。

「こちらこそよろしく。俺は冒険者でもあるが、ちょっとしたコネがあってね。そのせいじゃないか?」
「そうか、まぁ用心して行けよ。……もしかしたら、人攫いの黒幕かもしれんと俺は思ってるからな」

 ナハトが小声で忠告してくれる。
 それはアティアスも可能性の1つとしては考えていた。町長ほど力があるなら、裏で私欲のために人身売買を行っていても不思議ではない。

(それに確か……シオスンは元々商人として財を成し、このテンセズの町長に上り詰めたはず……)

 町全体にコネを持っていることも予想された。

「わかってる。そうだな……もし良ければ、一人一緒に同行してくれないか?」

 そう考えて、アティアスはナハト達に持ちかける。
 しばし小声で相談する三人だったが、魔導士のトーレスが口を開いた。

「良いだろう。私が同行しよう。元々この町の兵士だし、そのころシオスンの屋敷にも一度入った事がある。それに、私ならいざとなれば魔法で仲間に知らせる事ができるからね」

 トーレスの実力はわからないが、口ぶりからするとそこそこの腕前はありそうだ。

「助かる。明日の朝9時に行くことになっている。その前に合流しよう」
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