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 アイヴァンとの待ち合わせのお店に向かう茜の足取りは軽い。帰る手がかりがようやく手に入った。これが浮かれずにいられようか。
 大人気なくスキップしたいところだが、手に持った鞄が重すぎるので自重した。本の重みは帰るため重みなのだから仕方がない。
 魔法の世界でもまだ紙に文字を書いているんだな、と思うものの、この世界の人皆が魔法を使えるわけではないという。結局は広く呼んでもらうためには紙に書に起こすのが手っ取り早いんだろう。
 もしかしたら電子化的な感じで魔法化みたいなのがあるのかもしれないが、今の茜には紙で十分だ。
 風の爽やかさに頬を染めて、茜は締まりのない笑みを浮かべている。
 歓喜のあまり目に涙が浮かびそうだ。

 学校に来れば否が応でもリッチェルの友達と行動することも増えるかと思っていたのにそれは全く無かった。
 初めのうちは、リッチェルが記憶喪失であることに気を使ってくれているのかと思っていたが、そうではない。
 ……リッチェルには友達がいないのだ。
 自分で単位を取るというこの学校の仕組みは友達ができにくいとは思うが、それでも友達の一人ぐらいは作ろうと奮起するものでは無いのだろうか。今は茜の記憶喪失、という特殊な状態のためアイヴァンがついてきてくれているが、リッチェルがリッチェルであったときにはそうではなかったはずだ。
 人付き合いが嫌いなタイプだったのだろうか。
 ともあれ、友達がいなければ行動できない、というタイプではなかったのだろう。
 いわゆる一匹狼……。
 人のことにとやかくいうつもりはない。今の茜にとってはかなり都合がいい。人間関係に時間を割いている余裕はない。
 時は金なり。
 
「お待たせしました」
 
 図書館で用事を済ませてきた茜は膨らんだ鞄を見せる。
 先に頼んでいた飲みものを飲んでいたアイヴァンはすぐに視線を上げた。

「……なにかいいことがあったんですか? なんだかすごく嬉しそうな……」

 アイヴァンはなんだか複雑そうな顔をしている。
 そういえば私って顔に出やすいタイプだった。体が変わっても中身が同じだと顔に出てしまうようだ。
 顔を引き締めようとするが、どうにももにょ、っと笑みが溢れてしまう。

「いえ、あの、レイさんとのお話が思ったよりも有意義だったもので」

 にやけそうになる頬に片手を添えて、茜は微笑む。カバンを置いて、アイヴァンの向かいに腰を下ろした。
 
「なにを飲んでるんですか?」
「野菜ジュース……」

 なぜか不満げな様子を見せるアイヴァンの前に置かれているのは、明るいオレンジ色の飲みものだった。
 年齢らしく苦いものは苦手らしいアイヴァンが可愛らしくて、茜の頬はさらに緩む。

「おいしいですか?」
「……おいしいです」
「では私もそれにします。えーと、期間限定の……あれとセットに出来ますね。よかった」

 いそいそと注文を頼んだ茜は、店内を見渡す。ちらほらと席は埋まっているが、どれも同性同士で男女で来ているのは茜とアイヴァンだけだ。
 こちらでは男女が二人きりで出歩くことはあまりないらしい。かなり恋愛に関しては固いらしかった。
 リッチェルとアイヴァンは婚約者という関係性から二人きりで歩いていてもおかしくはない。
 むしろ仲睦まじい婚約者だなと思われるだろう。
 
「そんなにたくさん本を借りたんですか?」
「レイさんに教えてもらった本を少しだけです。全部は持ち帰れないので、また今度図書館へ行ったときにかりようかと思って……」

 あからさまにいやそうな顔をしたアイヴァンは、ずず、と野菜ジュースを吸い上げた。

「リッチェルは年上が好みなんですか?」

 思わぬ角度からの質問にずっこけそうになった茜は、むすっとした様子を隠さないアイヴァンを見る。なるほど、婚約者のリッチェルがレイに好感を持っているのがいやなのか……。
 形式的な婚約者なのだと聞いていたが、そうでもないらしい。
 頬でも膨らみそうな分かりやすさがかわいくて、茜はふひ、と笑ってしまう。

「特別年上が好きというわけではないです。話しやすいなと思う人は年上の方が多いですが、年齢は関係ありませんよ。……えーと。私にはアイヴァンがいますから、心配しなくても大丈夫ですから?」

 リッチェルの好みのことはわからない。茜は合気道の道場に年上の人間が多かったこともあり、年上の方が話しやすい。
 
「別に心配なんて……」

 自分の心の動きを言い当てられたことで更にふてくされてしまったアイヴァンがもごもごとしている。その間に注文していた期間限定メニューと野菜ジュースを、店員さんが運んで来てくれた。
 
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