【完結】《怪盗聖女》は供物を捧げる

染西 乱

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「おはようございます」

 お肉を買いに来てくれたお客さんにアリアはにっこり笑顔で挨拶した。
 アリアはこの店の看板娘だ。
 金髪とギリギリ言えなくもない髪は、長く伸ばしてはいるけれど、お店に出ている時には一つに束ねている。
 清潔感第一だ。

「今日のおすすめ肉500ガラムですね。今日のおすすめ肉はウマミベアになりますがよろしいですか?」

 精肉店の店の裏のガレージからは、大きな機械音がしている。解体作業が行われているんだろう。
 ショーウィンドウから出したウマミベアの肉をテキパキと測り、袋詰めする。

「ありがとうございましたー」

「アリアちゃん今日もかわいいね」

  近くに住むおじいちゃんおばあちゃんたちからまごのようにちやほやと可愛がられつつ、商品を売り捌く姿はまさに理想の店員。
 アリアは、適度に手を抜きながら店番をする。
 家業なので、仕方がない。
 売れ残ると家計に直結するため、アリアはにこにこと愛想よく接客する。
 お昼からは、アリアが解体作業を任されていた。
 大きな包丁を手に持ち、左手で肉を開く。
 小さな頃からの繰り返しでアリアはかなりの達人級の解体屋となっていた。午前中には弟が小型動物を。
 午後からはアリアが大物を捌くのが最近の定番だ。
 普通の毎日を暮らすアリアが《聖女怪盗》であることを町の誰もしらない。
 聖女怪盗ってなんだよ、って思ったひとは私と握手しよう。私も未だにわからん。なんだよ聖女怪盗。
 語呂も悪いし、意味もわからない。聖女なのに人から盗みを働くなんて。聖女とはこれいかに。


 神の供物を私利私欲で所持して返さない奴らから供物を盗む。いや、返してもらう。
 中にはきちんと期日に手順に則って返してくれた家だってあり、その敬虔な家にはちゃんと神の贈り物とやらがされているらしい。
 あまり興味がなかったので詳しくは知らないが、富を得たり幸運を得たりしたんだろう。
 神の僕の聖女は身体強化され、動きが常人離れする。
 それを利用して供物たる宝石を強欲な人間から奪い、神の元へと返すこと、それがお仕事中だ。
 聖女の力は【透過】【通り抜け】【変声】と怪盗にピッタリのものばかりだ。
 今日も解体を終えくたびれた身体をほんの1時間ほど休ませてから大豪邸にある宝石を盗みに行く。
 《聖女怪盗》は犯行予告を行わなければならない。
 犯行予告することで聖女の力を行使することが出来るのだ。それ以外の場所で聖女の力はまったく使えない。しかも傷を癒したりとか結界を張ったりだとかそういうそれらしい力は全くない。
 犯行予告を行ったおかげで、宝石のある大豪邸には大量の護衛が付いている。警察機関の制服姿もちらほら見受けられた。
 犯行時刻まであと5分を切ると、アリアは自身の姿を透過し誰にも見えなくなる。
 透過して、高い塀を通り抜け、ドアでもなんでもない場所から壁を通り抜けて建物の中に入り込んだ。
 誰にも見えない透明人間。それが怪盗聖女といえよう。
 ものものしい警備の中、悠々と歩いて宝石までの道のりを行く。ショーケースに入っている宝石にひょいと無造作に手を伸ばしてそれを摘み上げ、手のひらに納める。
 あら不思議、手に覆われたそれは人の目には見えなくなってしまうのだ。

「っ! は、宝石がないッ!! いつの間に!?」

 ものものしい警備の中、唐突に無くなった宝石に気づいて声を上げたのは、その宝石の所有者だ。
 でっぷりと脂肪という名の服を着たおじさんの裏返った声は響き渡った。
 もう何度も聞いた驚愕の声を背に、アリアはすたすたと歩いて大豪邸を後にした。






「今回もご苦労様です」

 こぢんまりした教会の、裏口から入ったアリアは簡素な部屋でくつろぐように椅子に座っていた男から労いの言葉を受けた。
 この時間既に教会の表のドアは閉まっている。
 部外者が入ってくることはない。
 怪盗聖女とグルの神職者のヨシュアは、教会の神々しいステンドガラスの前で目を細めて微笑んでいる。
 燭台にはまだ灯が灯っていた。
 神官らしくつるりとした光沢のある白い服に身を包み、うっすらとした笑みを浮かべたその目鼻立ちは整っている。

「待ってたの? 先に帰ってていいのに」

 アリアは、ヨシュアの姿を目に留めると、呆れたように声をかける。
 なにもこんな遅い時間まで待っていなくてもいいのに。
 供物たる宝石を強欲な人間から奪い、神の元へと返すこと、それが聖女のお仕事中だ。
 そうして目の前のどことなく怪しい雰囲気の神官がアリアの共犯者のヨシュア神官。
 煉瓦色の髪は男性にしては長めで、サイドの髪は耳を隠す長さがある。
 浮かべる微笑みがどこか作りものっぽくて怪しさ満載の男である。
 一年以上前に初めて会った時はもう少し胡散臭かった。
 年嵩から言えば、アリアと同じぐらいに見える。本来の年齢など知らない。
 しかし若い神官というのはそれだけで怪しい。稚児趣味とか幼女趣味とかそのへんのヤバい性癖を神官という名で隠している輩は多い。
 特にヨシュアは顔がいいため、その怪しさに拍車がかかっている。
 まぁ一年経った今ではヨシュアは普通に良いやつだと言うのはわかっている。
 街の女性たちはヨシュアを隣国の王太子に例える。顔が良いことで有名なお方だ。
 まぁ悪い顔ではない。ぱっちり二重と、やや軽薄そうな唇に、なんかしゅっとした鼻。これらがなんか良い感じに並んでいる。
 しかしアリアのヨシュアに対する第一印象は、最近人気のお笑い芸人に似てる、であったし、その第一印象は覆っていない。
 街の人の言う通り、かっこいい部類の顔であることは確かだと思ったが、アリアはヨシュアを見るたびお笑い芸人の顔を思い出す。
 あの大きな瞳の形が似ているんだろうか。
 女性の平均身長ちょうどのアリアは見上げるようにしてヨシュアの顔を見て、その後ろにあるステンドグラスに描かれている神の使いの天使を見る。
 太陽の光は既に落ちており、蝋燭の灯りのみの教会内はやや薄暗い。
 
 
 
 アリアの取ってきた、いや、取り返してきた宝石たちは一つ一つ透明なケースに入れられて仕舞われている。全てが揃ってから神に捧げる儀式を行うのだという。

 アリアは、挨拶もそこそこにヨシュアの前に置かれた白い布の上に盗んできた宝石を置いた。

 そそ、と、音もなく近づいてきたヨシュアが、それを覗き込みじっと見つめたかと思うとふぅ、と息を吐いた。
 なんでもない仕草なのに色気がある。
 一日の疲れがあるのか気だるげだ。

「確かに、これは9番目の神の供物です」


 それはそうだろう。アリアは神の指示に従い盗みを働いているのだから。

「宝石はあと一つだけだよね?」

 神の供物は10個ある。今まで散々盗んできて今日は9番目。あと一つで終わりだ。
 犯行予告しないと使えない力なんてなんの役にも立たない。

「そうです、次で最期。……がんばりましたね」

 目を細めて微笑む神官に、アリアは微笑みを返さない。

「私の行為は罰せられないよね?」

「はい。神の供物を私物にして返さない方が悪いのです。アリアには神の加護もありますし、なんの問題もありません」

 神官らしくヨシュアが言う。ヨシュアは神官らしく敬語の時もあれば、普通の言葉の時もある。
 アリアは、以前仲間に敬語は必要ない、と言われたのでもう敬語は使っていなかった。
 アリアに罪はない。
 先日、神も同じことを言っていた。
 神はアリアの頭に直接話しかけてくる。
 これでアリアが、盗みの罪で投獄なんてされるのは最悪だ。ほんの少しだけ心配していたことにもヨシュアの太鼓判をもらい、アリアはほぅ、とため息を吐いた。

「はぁ、長かったな」

 精肉店の仕事と聖女の仕事の両立は正直しんどい。
 しかも聖女だってことは、誰にもバレてはいけない。
 アリアの正体を知るのは、人間ではヨシュアだけだ。
 
「次の宝石はわかっているんですか?」

 ゆったりとしたら話し方でヨシュアに尋ねられ、アリアは首を横に振った。

「まだ。神の信託って月に一回ぐらいしか出来ないんだ。それ以上頻繁に交信すると、私の脳がぐにゃぐにゃになっちゃうらしい」

「ぐにゃぐにゃ、ですかぁ……」

 それは怖いな、と笑ってヨシュアはじ、とアリアの目を見た。

「アリアさんは……私のことが好きですよね?」

 断定するような問いかけにアリアは面食らう。
 いや、まぁ好きは好きですけど。
 っていうか態度でわかるんだろう。アリアはヨシュアを好きだということを別段隠していない。
 他の男に比べたら好きな顔だ。
 かっこいいとは思わないが、瞳がキラキラしていてずっと見ていたくなる。
 話してて苦じゃないし、なにより価値観が似ている。アリアがもし男として生まれていたらヨシュアみたいになっていたかもしれないなと思うぐらいだ。

「……うーん、うん……まぁ、うん。好きだよ」

「ほんとですか?」

「えぇ? うん、好き、です」

 ほんの少し口にするのが恥ずかしいが、ここで照れると逆にめちゃくちゃ好きみたいになってしまう。アリアは顔色を変えないように慎重に心構えをしてから、好き、と言う言葉を口にする。

 とはいえ付き合って欲しいとか言う、欲はまったくない純粋に好きだなぁと思う。それだけである。
 小っ恥ずかしいが、好きと口に出来たのも下心が全くないからだ。ヨシュアのことは好き。それは事実。
 事実を口にするのに、照れは必要ない。顔に照れが浮かばないように心を宥めながらアリアは、ヨシュアに好きと言う。
 何度かそれを繰り返し、不毛なやりとりを続け、ようやくヨシュアはにっこりと満足げに笑った。

「暗くなりますよ、早く帰った方がいい」

 いや、なんで今私は好きだと言わされてたんだ?
 話を転換されて、じっと、ヨシュアを睨むがヨシュアの顔は先程の満足げな顔がまだ残っている。
 
「……帰る」

「お気をつけて」
 
 家まで送ってはくれない。二人の関係が表に出るのは今後の活動に支障をきたす。

 なんだかなぁ。

 ヨシュアだって私のこと好きじゃん。他の女よりも私のことを構ってくるし、その緩んだ顔さぁ。丸わかりじゃん。目が明らかにそうだもん。好きな女を目の前にした男の目だもん、あれ。

 そう言った付き合いをしたことはないが、そのぐらいはわかる。
 でも別に付き合いたいとかじゃないんだろうな。
 神官だしな。
 わかる。
 アリアも同じ気持ちなのだ。
 男として好きだけど、気のおけない友達として過ごしたい。

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