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「おじいちゃん……なにしてるの…?」
いつも通りに古びた長屋の左端にある部屋なへ足を向けたサイリは、いつも通りに簡素でいて雑多な祖父の工房の中に祖父の姿を見つけていた。
いつもならばしゃきっと伸ばされた背筋で片目に拡大鏡をつけた祖父が職人らしく気難しい顔をして指の先よりも小さなゼンマイと睨み合いをしているところだ。
しかし今日は違う。
幼いころから工房でちょろちょろしていたサイリだが、今日のこの光景は初めてみた異質なものだ。
腰をくの時に折って祖父が床に倒れている。工房の床は綺麗だとは口が避けても言えない。いつもサイリにごみはすぐ捨てろ、虫が湧くとかなわん、などど小言を言う綺麗好きな祖父だ、こんな場所で休憩しているとは考えられない。
まさか、死……
最悪の想像が頭をよぎり大きくなる。
すぐさま走り寄ったサイリは、祖父の耳元で「おじいちゃん!」と再度叫んだ。
「ぅううぅ」
呻き声が聞こえて、サイリは早鐘を打つ心臓がほ、と安心したのを感じる。しかし依然、いつもよりも動きの活発な心臓がどくんどくんとうるさいほどだ。
「おじいちゃん、どうしたの⁉︎ 」
サイリは汚い床に臥した祖父を助け起こそうと、上半身をささえて身を起こそうとした。
「ぁだダダダ!!!」
いつもは寡黙な祖父からは想像できないほどの大きな声にサイリは目を丸くした。
そうしてすぐに眉を下げて目を潤ませる。飼い主に見捨てられた小動物の如き淋しげで庇護欲を良くくすぐる愛らしい表情だ。
「どこか痛いの?」
サイリの頭には再び不吉な言葉が浮かび上がってしまっている。
強盗? 物取り? どこかを刺されている?
サイリは、祖父の腹や背中を見やって包丁が突き刺さっていないことを確認していく。
どこからも出血もない。外傷は無さそうだ。
「大丈夫? 立てない?」
サイリはしゃがみ込んだまま、祖父の顔を見て覗き込む。このまま床に転がっているのもなんだし、立てるのなら布団に移動した方がいい。床には所狭しと埃と砂が散らばっている。
祖父の身体を支えて動かそうとするが、サイリの力では人一人を持ち上げるのは難しい。しかも、ほんの少し身体を動かすだけで祖父が痛いと言う。
「う……腰をやっちまったみてぇだ……立てそうもない……すまんが医者を呼んでくれ……」
不甲斐ねぇと何度も何度も言いながら、うゔ、と呻く祖父をそのままにしてサイリは電話をかけた。ここから一番近くの診療所の番号だ。
動けそうもないと伝えると、診療時間外に来てくれることになった。この診療所のお医者の先生は祖父の同級生で、知己の仲だ。今回だけ特別だからね、などと念押しされた。と言っても祖父が寝込んでしまった時にも家に診察に来てくれたことがあった。
やはり長年の友人である祖父の体調不良は気になるらしかった。
サイリの力では動かせないので仕方なくバスタオルを持ってきて身体の上に掛ける。首は多少は自由に動かせるというので、ハンドタオルを持ってきて頭の下に敷いた。
診療所は17時までが診療受付時間だ。患者さんが多ければ受付をしてから1時間後に診てもらえるなんてこともままあることなので、何時にきてくれるのか時間が読めない。
いつも通りに古びた長屋の左端にある部屋なへ足を向けたサイリは、いつも通りに簡素でいて雑多な祖父の工房の中に祖父の姿を見つけていた。
いつもならばしゃきっと伸ばされた背筋で片目に拡大鏡をつけた祖父が職人らしく気難しい顔をして指の先よりも小さなゼンマイと睨み合いをしているところだ。
しかし今日は違う。
幼いころから工房でちょろちょろしていたサイリだが、今日のこの光景は初めてみた異質なものだ。
腰をくの時に折って祖父が床に倒れている。工房の床は綺麗だとは口が避けても言えない。いつもサイリにごみはすぐ捨てろ、虫が湧くとかなわん、などど小言を言う綺麗好きな祖父だ、こんな場所で休憩しているとは考えられない。
まさか、死……
最悪の想像が頭をよぎり大きくなる。
すぐさま走り寄ったサイリは、祖父の耳元で「おじいちゃん!」と再度叫んだ。
「ぅううぅ」
呻き声が聞こえて、サイリは早鐘を打つ心臓がほ、と安心したのを感じる。しかし依然、いつもよりも動きの活発な心臓がどくんどくんとうるさいほどだ。
「おじいちゃん、どうしたの⁉︎ 」
サイリは汚い床に臥した祖父を助け起こそうと、上半身をささえて身を起こそうとした。
「ぁだダダダ!!!」
いつもは寡黙な祖父からは想像できないほどの大きな声にサイリは目を丸くした。
そうしてすぐに眉を下げて目を潤ませる。飼い主に見捨てられた小動物の如き淋しげで庇護欲を良くくすぐる愛らしい表情だ。
「どこか痛いの?」
サイリの頭には再び不吉な言葉が浮かび上がってしまっている。
強盗? 物取り? どこかを刺されている?
サイリは、祖父の腹や背中を見やって包丁が突き刺さっていないことを確認していく。
どこからも出血もない。外傷は無さそうだ。
「大丈夫? 立てない?」
サイリはしゃがみ込んだまま、祖父の顔を見て覗き込む。このまま床に転がっているのもなんだし、立てるのなら布団に移動した方がいい。床には所狭しと埃と砂が散らばっている。
祖父の身体を支えて動かそうとするが、サイリの力では人一人を持ち上げるのは難しい。しかも、ほんの少し身体を動かすだけで祖父が痛いと言う。
「う……腰をやっちまったみてぇだ……立てそうもない……すまんが医者を呼んでくれ……」
不甲斐ねぇと何度も何度も言いながら、うゔ、と呻く祖父をそのままにしてサイリは電話をかけた。ここから一番近くの診療所の番号だ。
動けそうもないと伝えると、診療時間外に来てくれることになった。この診療所のお医者の先生は祖父の同級生で、知己の仲だ。今回だけ特別だからね、などと念押しされた。と言っても祖父が寝込んでしまった時にも家に診察に来てくれたことがあった。
やはり長年の友人である祖父の体調不良は気になるらしかった。
サイリの力では動かせないので仕方なくバスタオルを持ってきて身体の上に掛ける。首は多少は自由に動かせるというので、ハンドタオルを持ってきて頭の下に敷いた。
診療所は17時までが診療受付時間だ。患者さんが多ければ受付をしてから1時間後に診てもらえるなんてこともままあることなので、何時にきてくれるのか時間が読めない。
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