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 朝市は基本的に野菜や鮮魚が中心だし、食べ物屋さんもジュース屋さんもちらほら見えているが、レーシーはそこに行く資格がない。
 文無しだからである。
 最低限財布だけでも持って家を出てくるべきだった、と今更ながら後悔する。
 レーシーの視線の先には搾りたての牛乳から作った、よく伸びる濃厚冷たいアイスの店がある。
 素材の味を生かした牛乳味の他にいちご味と、おいしい薬草味があるようだ。やっぱり初めて食べるものは一番素直に牛乳味を食べるべきだろう。
 しかしおいしい薬草味もかなり気にはなる。
 食べられるわけでもないのにレーシーは、どれを食べるべきか思案する。
 日陰からアイスにじっとりとした視線を投げながら、レーシーはロクを待っていた。
 日が昇り暑くなってきた。
 同じ方角へ向かっていたのだからそうそう遠くへ行っていることもないんだし、そこまで時間がかかるとも思えないのだが、この「待つ時間」というのは普通の時間に比べて格段に長く感じるものである。
 はぁーと重ためのため息をついたレーシーの足に引っかかり、フードを被った男性が前につんのめり姿勢を崩した。
 

「え、あ、ごめんなさい。大丈夫ですか?」

「いや、こちらこそ……足を痛めたりしてないですか?」

 反射的に謝ったレーシーの足まで心配してくれるその優しさに驚きながら「まったく平気です。結構骨は頑丈な方なんです」と返す。
 躓いた拍子にズレたフードを被り直す男性の髪は銀色、いや、少し霞んでいるので灰色というべきだろう。
 わずかに青みを帯びた前髪はその男性の顔を隠すように長く伸びていて、躓いたのは前髪のせいで前が見えなかったせいなのでは? と思ってしまう程だ。
 髪の隙間から見える目の色は青色で、そのうっとおしい前髪が無ければさぞかしモテるだろうという顔の作りをしていると見受けられた。
 男性は申し訳なさそうにちらりとレーシーの顔を見て、ぴたりと動きを止めた。

「おまえ……」

 先ほどの優しい声色とは違う地の底を這うような声をかけられたレーシーは、なんだ? どうした? と首を傾げる。
 さも知り合いかのように「おまえ」よばわりされているが、正直言ってこんなややこしそうな男性に知り合いはいない。
 この顔の良さならば人の顔を覚えることに多少の難をかかえているレーシーでも覚えているだろう。
 ロクもそこそこかっこいい顔をしているが、この男性とはタイプが違う。
 こちらの男性は王子様然としたたおやかなかっこよさであり、ロクの出来る男的なかっこよさとは比較できない。
 
「あの、なにか?」

 男性は立ち去らない。レーシーの前に立ちはだかる。

「……いや、似ているけど別人か? かなり似ているが……演技か?」

 ぶつくさ言っているのがレーシーに丸聞こえだ。しまった、やばい系の人だったのかもしれない。

「えぇと」

 どうすべきか対応に困り、眉を下げる。
 なんかよくわからないけど、なにかされる前にこのままぶっ飛ばすべきか静観すべきか……
 レーシーはぐ、と親指を握り込み拳を作った。
 が、その拳を使う前に男性はふい、と顔を晒した。
 
「いや、すまない。知り合いにそっくりだったから……よく見たら別人だね。重ね重ね申し訳ない」

 軽く頭を下げて、男性はあっさりと去っていった。
 レーシーにそっくりな人、か。
 あの憎しみの困った眼はただ事ではない。一体なにをしたらあんなに憎まれるのか……
 優しげな風貌をしていたからあの眼はかなりギャップがあったな。
 フードを被っていたし何か訳ありの人なんだろうと推測する。
 あんなに所作の美しい人は滅多にいないし、めちゃくちゃ偉い人かもしれない。
 まぁレーシーからすれば二度と会うことはないだろう人物だ。
 額にじわりと浮かんだ汗を拭う。
 建物の影になっているが、日の高い時間は暑い。
 レーシーの瞳はきょろきょろと動き、ロクの黒い髪を探している。
 
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