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「ていうのが唯一の怖かった体験かなぁ~」
にこにことした元気な様子で、画面通話している。
部屋着を着て、メガネをかけているところは完全にオフといった姿だ。
夏だから怖い話でもしようよと提案して来たのは彼女の方からだった。自分から言い出すということは、何か十八番的な話があるのかなと思ったが、どうも最後があっさりとしすぎている。
「それ以降は変なこととか起きなかったんだ?」
続きを期待するように、思わず聞いたのは仕方のないことだろう。
「そうそう、家族はもうそこから引っ越したし、私もこうやって一人暮らししてるしさ。それ以外には特になにもなかったんだ~」
缶に入ったお酒を飲みながら言う彼女は、もう酔いが回ってきている。
しきりにゆったりとしたまばたきを繰り返して、メガネの奥の瞳はいつもより潤んでいる。語尾も自然長くなって来ている。
彼女はすぐに酔うのにお酒が好きなのだ。
彼女の後ろに映っているのはベッドだった。
どうやらベッドの前で通話しているらしい。
ベッドの上にはいくつかぬいぐるみが置いてある。
その体験以降ぬいぐるみが嫌いになったとかいうことななさそうだ。
大きなものから手乗りのものまで、有名どころのぬいぐるみばかりだな、と順繰りに見ていると、あるぬいぐるみに視線が釘付けになった。
「ねぇ、そのベッドの上にあるぬいぐるみ……」
そうだと気づくともうそのぬいぐるみにしか視線がいかない。
「えー? あ、これねー、彼氏がくれたんだ~、私にそっくりだからって!」
「あ、そうなんだ……」
どうしてそのぬいぐるみを平然と受け取って、部屋の中に置いて飾っていられるのかまったくわからない。
「彼氏って昔からの……幼馴染だったり……する?」
画面越しのそのぬいぐるみの目は、こちらを見ている。
「えっ、なんでわかったのー? まだその話してなかったのに!」
「え、といや、なんとなく……家が近かったんだっけ?」
「そうそう! 私が引っ越すってなって、もう縁も切れるかなって時な告白されたんだ~」
彼女は恋愛話を楽しそうにしているが、私の目は後ろに映っているぬいぐるみに向いている。
ぬいぐるみの瞳は刺繍糸で丹念に縫われている。
無機質さすら感じられないぐらいのその目が、電話越しにこちらを見ている。じっとりとした湿った視線に体が重たくなる。
彼女は軽くパーマで巻いた髪は肩口まであり、前髪は長めにして右側に流している。
その髪型そっくりの髪をフェルト生地で再現したぬいぐるみはじっとこちらを伺い見ている。
動くはずのない刺繍の瞳に圧力を感じて、のろけを披露し始めている彼女にひきつった笑みを返す。
彼女は今となってはそのぬいぐるみに対してなんの気持ち悪さも感じないらしい。
体調が悪くなったといい、回線を切る。
一体あのぬいぐるみはなにがしたかったんだ……
ただ好きな人の姿形を真似てみただけ?
冷や汗で張り付くシャツを握る。
もう見られている感覚はない。
自分の身の安心と、友人への不安感を持ったまま机の上に残っていた炭酸飲料をすべて飲み干して、盛大に咽せた。
終わり
にこにことした元気な様子で、画面通話している。
部屋着を着て、メガネをかけているところは完全にオフといった姿だ。
夏だから怖い話でもしようよと提案して来たのは彼女の方からだった。自分から言い出すということは、何か十八番的な話があるのかなと思ったが、どうも最後があっさりとしすぎている。
「それ以降は変なこととか起きなかったんだ?」
続きを期待するように、思わず聞いたのは仕方のないことだろう。
「そうそう、家族はもうそこから引っ越したし、私もこうやって一人暮らししてるしさ。それ以外には特になにもなかったんだ~」
缶に入ったお酒を飲みながら言う彼女は、もう酔いが回ってきている。
しきりにゆったりとしたまばたきを繰り返して、メガネの奥の瞳はいつもより潤んでいる。語尾も自然長くなって来ている。
彼女はすぐに酔うのにお酒が好きなのだ。
彼女の後ろに映っているのはベッドだった。
どうやらベッドの前で通話しているらしい。
ベッドの上にはいくつかぬいぐるみが置いてある。
その体験以降ぬいぐるみが嫌いになったとかいうことななさそうだ。
大きなものから手乗りのものまで、有名どころのぬいぐるみばかりだな、と順繰りに見ていると、あるぬいぐるみに視線が釘付けになった。
「ねぇ、そのベッドの上にあるぬいぐるみ……」
そうだと気づくともうそのぬいぐるみにしか視線がいかない。
「えー? あ、これねー、彼氏がくれたんだ~、私にそっくりだからって!」
「あ、そうなんだ……」
どうしてそのぬいぐるみを平然と受け取って、部屋の中に置いて飾っていられるのかまったくわからない。
「彼氏って昔からの……幼馴染だったり……する?」
画面越しのそのぬいぐるみの目は、こちらを見ている。
「えっ、なんでわかったのー? まだその話してなかったのに!」
「え、といや、なんとなく……家が近かったんだっけ?」
「そうそう! 私が引っ越すってなって、もう縁も切れるかなって時な告白されたんだ~」
彼女は恋愛話を楽しそうにしているが、私の目は後ろに映っているぬいぐるみに向いている。
ぬいぐるみの瞳は刺繍糸で丹念に縫われている。
無機質さすら感じられないぐらいのその目が、電話越しにこちらを見ている。じっとりとした湿った視線に体が重たくなる。
彼女は軽くパーマで巻いた髪は肩口まであり、前髪は長めにして右側に流している。
その髪型そっくりの髪をフェルト生地で再現したぬいぐるみはじっとこちらを伺い見ている。
動くはずのない刺繍の瞳に圧力を感じて、のろけを披露し始めている彼女にひきつった笑みを返す。
彼女は今となってはそのぬいぐるみに対してなんの気持ち悪さも感じないらしい。
体調が悪くなったといい、回線を切る。
一体あのぬいぐるみはなにがしたかったんだ……
ただ好きな人の姿形を真似てみただけ?
冷や汗で張り付くシャツを握る。
もう見られている感覚はない。
自分の身の安心と、友人への不安感を持ったまま机の上に残っていた炭酸飲料をすべて飲み干して、盛大に咽せた。
終わり
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