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じっとりとした視線を感じるのに、何度振り返ってもそこには誰も居ない。
そこにストーカーがいてもぞっとするが、誰もいないならいないでぞっとする。
心臓がばくばくと大きく鳴り響くようで、視線から逃れようと俯き早足で歩いた。走り出さなかったのは、走ればだれか視線の主も走り、姿を見せてもっとわるい状況に陥るかもしれないと恐れたからだ。
いつもよりも自転車の鍵を取り出すのに手間取る
。カバンのチャックを横に引っ張るだけなのにその単純な動きがスムーズに出来ない。
身体が恐怖でかちかちに固まってしまっていた。
妙な緊張で、手のひらにはうっすらと汗が出ている。
手がうまく動かない。腕ごと動かしてなんとか取り出した鍵を一度力いっぱい握りしめてから、自転車に差し込んだ。
まだ視線の主は姿を見せない。
自転車に跨るとそれまで身体が動かなかったのが嘘みたいに足が動く。
いつもの倍もあるのではないかという速度で自転車をこぐ。
一刻も早く家族がいる家に帰りたかった。
霊園への道にさしかかり、その道で前に【ぬい】を拾ったことを思い出すが、それよりも見られている恐怖が勝った。
早く帰りたい。
砂利の散らばった私道をあらんかぎりの脚力を持って疾走する。自転車のライトはまっすぐに前を照らしている。
冷や汗をむかい風がさらに冷やしていく。
よく年配の人が腰掛けて休んでいるベンチに誰かが座っているのが見える。
徘徊している風ならば警察に連絡した方がいいだろう。
最近家にも警察が来た。痴呆がすすんで自分から徘徊していまっている老人の捜索をしにきていて、この人を最近見かけなかったかと写真を見せられたばかりだ。
近くの集合住宅は歳をとった入居者が多いから、そういうのは割とよくある。
ベンチの人影を見れるように気持ち速度を落とす。
「うわッ」
驚いて思わず声が出てしまった。
そこに座っていたのは小さな子供ぐらいの大きさのぬいぐるみだった。
しかも、人の形の人形だ。ちょうど【ぬい】を何倍にも大きくしたようなずんぐりとしたデフォルメされた形だ。
それが、ベンチに座らされている。
焦げ茶色の目が、じ、とこちらを見ている。
わたしはどっと汗をかいた。
ぬいぐるみに見つめられるその視線が先ほどまで感じていた視線に重なる。
落とした速度を上げて、私は息を切らして家までブレーキを忘れて飛ばした。
家に帰ると、すぐに玄関ドアの鍵をかけた。
母が居間でのんきにテレビを見ている部屋にあわただしく駆け込む。
母はバラエティ番組を見ていた。
私がやけにバタバタと部屋に入ってきたので驚いて目を丸くしている。
「どうしたの? そんなにお腹空いてた?」
母は見当違いなことを言っている。
居間の隣の部屋はリビングになっている。
今日の夜ご飯のいい匂いがしている。
私は家の中がいつも通り……異物がないことを見開かれたままの眼球を忙しなく動かして確認する。
いつも通りの凡庸ななんの変哲もない部屋だ。
私はようやく肩の力を抜く。
肩にかけたままだったカバンを居間の畳に置いた。
そこにストーカーがいてもぞっとするが、誰もいないならいないでぞっとする。
心臓がばくばくと大きく鳴り響くようで、視線から逃れようと俯き早足で歩いた。走り出さなかったのは、走ればだれか視線の主も走り、姿を見せてもっとわるい状況に陥るかもしれないと恐れたからだ。
いつもよりも自転車の鍵を取り出すのに手間取る
。カバンのチャックを横に引っ張るだけなのにその単純な動きがスムーズに出来ない。
身体が恐怖でかちかちに固まってしまっていた。
妙な緊張で、手のひらにはうっすらと汗が出ている。
手がうまく動かない。腕ごと動かしてなんとか取り出した鍵を一度力いっぱい握りしめてから、自転車に差し込んだ。
まだ視線の主は姿を見せない。
自転車に跨るとそれまで身体が動かなかったのが嘘みたいに足が動く。
いつもの倍もあるのではないかという速度で自転車をこぐ。
一刻も早く家族がいる家に帰りたかった。
霊園への道にさしかかり、その道で前に【ぬい】を拾ったことを思い出すが、それよりも見られている恐怖が勝った。
早く帰りたい。
砂利の散らばった私道をあらんかぎりの脚力を持って疾走する。自転車のライトはまっすぐに前を照らしている。
冷や汗をむかい風がさらに冷やしていく。
よく年配の人が腰掛けて休んでいるベンチに誰かが座っているのが見える。
徘徊している風ならば警察に連絡した方がいいだろう。
最近家にも警察が来た。痴呆がすすんで自分から徘徊していまっている老人の捜索をしにきていて、この人を最近見かけなかったかと写真を見せられたばかりだ。
近くの集合住宅は歳をとった入居者が多いから、そういうのは割とよくある。
ベンチの人影を見れるように気持ち速度を落とす。
「うわッ」
驚いて思わず声が出てしまった。
そこに座っていたのは小さな子供ぐらいの大きさのぬいぐるみだった。
しかも、人の形の人形だ。ちょうど【ぬい】を何倍にも大きくしたようなずんぐりとしたデフォルメされた形だ。
それが、ベンチに座らされている。
焦げ茶色の目が、じ、とこちらを見ている。
わたしはどっと汗をかいた。
ぬいぐるみに見つめられるその視線が先ほどまで感じていた視線に重なる。
落とした速度を上げて、私は息を切らして家までブレーキを忘れて飛ばした。
家に帰ると、すぐに玄関ドアの鍵をかけた。
母が居間でのんきにテレビを見ている部屋にあわただしく駆け込む。
母はバラエティ番組を見ていた。
私がやけにバタバタと部屋に入ってきたので驚いて目を丸くしている。
「どうしたの? そんなにお腹空いてた?」
母は見当違いなことを言っている。
居間の隣の部屋はリビングになっている。
今日の夜ご飯のいい匂いがしている。
私は家の中がいつも通り……異物がないことを見開かれたままの眼球を忙しなく動かして確認する。
いつも通りの凡庸ななんの変哲もない部屋だ。
私はようやく肩の力を抜く。
肩にかけたままだったカバンを居間の畳に置いた。
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