ぬい【完結】

染西 乱

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私の家の裏には大きな霊園がある。

私の家はいわゆる集合住宅の一階で、その裏にはどこに向かうともしれない線路がある。一日一回程貨物列車が通れば珍しいぐらいの頻度のそれは近々廃線になってしまうのではないかともっぱらのうわさだ。
大きな集合住宅と霊園の間に電車が通っているという立地になっている。

テレビのコマーシャルにもなっているほど大規模な霊園だ。
家の近くに墓場があるというと友達は「なにそれ、怖くないの?」などというけれど、私にとっては小さいころから見慣れた風景なので怖いとかそういう感情は一切ない。
そもそもが整備された綺麗な霊園だし、新しいので古びた不気味な無縁仏だとか、雨で凹凸が取れてしまって顔が分からなくなってしまっているような石仏もない。
ただ綺麗なつるりとした大きな墓石に家名がでかでかとかかれた墓石が等間隔に並んでいる。
周りには木が植えられていて、墓石が周りの家から丸見えになるのを防ぐようにぐるりと霊園を取り囲んでいる。

景観と自然環境保護のためにどんぐりの成る木がたくさん植えられているため、小さなころにはどんぐり拾いには最適な場所だった。

近所の子供たちにとってはただ、石が並んでいるだけの取るに足らない場所だ。

小学校に通うときにも霊園の中を突っ切って帰ってきている子供は多い。
行きは集団登校があり、霊園の中を通った道は推奨されていないためそこを通ることはないが、帰りとなれば別だった。
車が通る道はないけれど、徒歩や自転車が通れる私道はあって、そこを通ると格段に学校や駅までの道が近くなる。
夜になると街灯が少なく暗いため歩いてそこを通るのはおすすめはしないが、自転車であれば自転車の明かりをつけられることもあって、大学生となってからもバイトの帰り道にはその霊園の私道を使っていた。

まだ一八歳の誕生日が来ていないため、バイトは二十時までしか入れない。
大体二十時以降に入れ替わりで来るのは大体の場合は社会人の「掛け持ちバイト」をしている人たちだった。
入れ替わりの人が来たら私はPCで自分のネームプレートについたバーコードを読み込み、タイムカードの打刻をする。
着替えるのが面倒なので、制服の上からパーカーを羽織って前をしっかりと閉める。
ズボンは自分で用意した黒いスラックスなので、変な恰好というわけではないが、明らかにあか抜けない格好になってしまうのは残念だ。
しかしそれ以上に早く家に帰りたい。という気持ちが先行する。

「お疲れさまでした」

ロッカーから手早く私物を取り出して、レジ前を通るときには皆にあいさつする。
この挨拶というのはあまり好きではないのでいつも挨拶をする前には心臓がどきどきして嫌な感じの鼓動音になってしまう。
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