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媚薬ぅ? そんなの関係ねぇと思っていたら大間違い!
しおりを挟む「おつかれ、さ、まで……」
ノロノロとセンパイのいる休憩室の部屋の中に入ったオレはソファに座る前に力尽き、床に臥した。
だらだらと汗が噴き出てくる。
急速に上がった体温で身体が熱くてたまらない。
自力で起き上がれそうにないと早々に悟ったオレは、そのままの体制でセンパイに、事の次第を説明しながら、オレは反り返りすぎて痛い自分のジュニアをどうにかしようと足をもぞもぞと動かした。
オレは部屋の地べたに這いつくばって必死に息を吸って吐く。ちゃんとフローリングシートが貼ってある部屋でよかったなどと考える余裕はオレにはなかった。
身体に力が入らない。ぐにゃぐにゃとした軟体動物に変化していってしまった様なおぼつかなさだ。
例えるなら…たこ。しかし俺にはたこのような強靭な筋肉がない。
だからこうやって力を振り絞って這いつくばることになったのだ。
どくどくと心臓がいつもの二倍ほども大きな音を立てていて、呼吸もはぁはぁと忙しない。後から後から涎が垂れてくるが、もはやそれを拭いとることを考えていない。
ぽたぽたとフローリングに唾液が落ち、シミをつくる。
どうにか飲み込もうとするが、口の筋肉も弛緩してしまっている。
センパイは、革張りの三人掛けのソファーの真ん中に座って足はガバリと開いて空間を大きく使っている。
白いシャツに黒いエプロンをしている。男のなのに細く腰がくびれていて、エプロンの紐が良く似合う。
今は休憩時間でも何でもないが、センパイがこうして休憩室にいるのはオレのこのどうしようもない状態になるに至った経緯を確認するためである。
オレの直属の上司はセンパイなのだ。
オレがしでかしたことをセンパイは把握する必要がある。
今日は機嫌が良さそうだと朝挨拶した時には思ったのに、今のその表情はどう見繕っても機嫌が良さそうには見えない。綺麗に弧を描いた眉の真ん中で深いシワが生まれている。黙ったまま俺を見下ろしているその目の温度はかなりの低さだ。
顔を真っ赤にして苦しい息をはいているオレをじ、と観察している。
もう俺の股間のものが外せずつけたままのエプロンの下で、がっちがちに隆起していることはお見通しだろう。なんならもう今ここで床に擦り付けて出してしまいたい。
恥もなにもないその考えをどうにか押さえ付けている。
はぁーと、オレに不機嫌さを吹き付けるようにでかいため息をついたセンパイは面倒から逃げる様にオレから視線を逸らして部屋の天井の角を見た。
センパイのまつ毛は長い。ぱちぱちとけだるげに瞬くたびに上下するそれをじ、と、みる。相変わらず綺麗な顔をした人だ。
さほど広くない休憩室の中でそのソファは約半分ほどの空間を独占していて、黒い革張りのそれは白い壁の部屋の中で異様に目立つ。そこに深く背をもたれかからせたセンパイがようやく口を開いた。
「なるほど、経緯は分かった」
腕組みをして、まじめくさった顔をしている様に見えるがその表情が無に属するものであることをオレは知っている。
つまり、いまセンパイはめんどくさすぎて、無になってしまっている。
ぁあ、めんどくさいことしてすいませんッ。
だって初めて見る食材ばっかりだったし! 好奇心を抑えられませんでしたね。それはあらじゃないスか、料理人としては及第点を与えられてもいいんじゃないですかね。人間としてはマイナス点だとしても……
探究心がさまざまな食材の発見に繋がっているわけで……
「指示役に頼まれて作ったメニューを、おまえが勝手に興味本位で一口食べた、ってことだな?」
センパイの声はいつもよりも低音だ。
動物は怒る時には声を低くして叱った方がいいらしいですね。怒られてるんだ、って本能的に理解するらしい。
ちょうど今のオレみたいに。
「はぁ……ス」
オレの返事は妙に悩ましげな吐息になってしまう。さっき説明しましたよもういいでしょ、なんなら録音してくれてたらよかったのに、この状態で2度目の説明はできそうにないですわ……
「……指示役にくれぐれも口にしないようにって言われなかったか?」
確認するその言葉に、オレは自分の非を認めるしかない。
滋養強壮の必要なあのお方のために作った特別なメニューだからくれぐれも口に入れない様にと言われていたのに、特別メニューなのかと興味を持ってしまった自分が悪い。
滋養強壮の、と建前上言っているが、そのメニューの本質は媚薬に近い。世継ぎを必要とするお方であるからこそ、気分で催さない等なっては困る。半ば義務的な行為を盛り上げるスパイスの一種がこのメニューの存在意義だ。
毒に関してかなりの耐性を獲得しているあのお方に確実に効果を発揮するため、ものすごい強さの媚薬になっているのだ。
「言われま゙じだッ」
オレは、ペロッと一口舐めるだけなら大丈夫だろうとタカを括ってしまった。
作り上げたその料理を小皿によそい口の中に運んだのだ。あんなに複雑怪奇な材料だったにもかかわらずちゃんとおいしくなるように出来ているんだと感心しながら飲み込んだ、その喉に違和感を感じた。
まぁそのあとは、この有様です、本当にありがとうございました……
「だよなーーまぁ、自業自得ってやつだよな」
センパイとしてかばうとか、なんとか責任取るとかどうとかそういうレベルを推し測っていたらしいセンパイは、話を聞いて晴れ晴れとした顔になった。
これはセンパイにはまったく非のない話だし、責を問われるとしたら指示役になるだろう案件だ。
「別に死ぬわけでもないし」
これが毒物であれば話は変わってくるのかもしれない。しかし今回は媚薬。媚薬程度であれば人間は死には至らない。死ぬ以外ならばまぁ、別に……みたいなのやめてくださいよ。
たかが媚薬。されど媚薬。それもきっついやつ……
一般人のオレに耐性などある訳もない。
オレは今現在かなりギリギリなんですぅ!!!
「うっ、そんなぁ…助けてぐだざぃ゙よ゙」
情緒までやられてしまうのか、ぐすぐすと鼻声になったかと思うとどばどば涙が出てきた。鼻水が口に入ってきて気持ち悪い。
涎も鼻水も涙もと大盤振る舞いの顔面はぐちゃぐちゃになってしまった。
「うわ、男の号泣、ヤバ……」
センパイがオレの顔を見てドン引きしている。
「ぅぅ゙…ひ、ひど…」
もう何のコントロールも出来ない。
なんなら今ここで裸になってシコってしまいたい……。
いいかな? それって許されるやつ?
「めんどいヤツだな……」
センパイの無慈悲は加速していく。なんならオレが感情を出すほどにセンパイは冷たくなる……なんでだ……
「早く金玉空っぽにして戻ってこい」
しまいにはしっしっと、追い払われる。そんな害獣を見る様な目で見られると悲しい気持ちが湧いてくる。
センパイとオレはナカヨシだと思ってたのにヒド過ぎる……!
使い物にならないだろうからと既に指示役には今日の仕事はしなくていいと言われている。
そうなんだけどさぁ……本当のことしか言われてないんだけど、なんかもっと労りのある……優しい言葉が欲しかったなぁーーー!
「ぅゔうぅ゙ッ」
オレは滂沱の涙を流して、男泣きする。こんなに泣いたのいつぶりだ?
「えっわぁ、うつ伏せで丸まって泣いてるやついるんだけど」
写真撮っとこ、とか笑いながら言われて写真を撮られた音がする。もうほんと、アンタさぁ!!!
「ぅうぅ゙ッ、っッゔ~」
言葉が出ない。オレはますます丸くなった。
防御反応だ。
「はぁ、分かった、わかったから泣くな。ほら、今日はもう休め。明日は来いよ」
「ぅうッゔッ」
オレは怒りの呻き声を上げた。
丸くなると身体を殴られても蹴られても体の弱い部分は守れるから、この体制は理にかなっている。
「ぁーあ、おーい、喋れねーの?
ちゃんと部屋戻れよ、……おーい、戻れるか?」
今度は黙ったままで丸まっているオレに、さすがのセンパイも心配する言葉をくれた。
この言葉を引き出したオレすごいよ、マジ。粘り勝ちだわ。
「……生きてる? おい、悠里~? オイ、意識ある?」
ゆさゆさと肩を揺らされて、ちょっと出た。
かがみこんでオレの横に膝をついたセンパイの汗の匂いがする。耳元にセンパイの声が入ってきて、たまがぎゅう、と上がった。
センパイの手の骨が、肩に軽く食い込んで、低めの体温を感じる。
「ッ! あ……ン 、ぃ゙、ぃき、てま……」
オレは媚薬に屈した。
ズボンの中は大洪水。
……最悪だ……
そしてまだまだ、元気だな、さすがオレ。
乱暴なノックの音がしてすぐに、部屋に指示役が顔を出した。
「まだここにいたのか? さっさと部屋に置いて来い。おら、歩いていけないならお前が連れてってやれ」
立派な髭を蓄えた指示役はなんだかやけに手慣れている。
もしかしてよくあることなのか?
「えー? オレがですか? なんでオレがこいつ部屋まで送らないといけないんですか。いや、はい、確かに今日半休取ってます……ハイ……はーい……チッ、おら、悠里ッ早くいくぞッ!」
髭の立派な指示役は、言うだけで言ってすぐに顔を引っ込めると去っていってしまった。
「ぅ゙……ッぅぇ゙」
ぼろぼろと涙が止まらない。粗相をしたズボンからイカ臭いがしている。
舌打ちしたセンパイに文字通り引き摺られていく。部屋までの距離が果てしなく遠い。
身体は発情しきっている。ちんこをどこかに出し入れしたくてらたまらない。
「ほら、部屋、入れ」
部屋に入った途端にセンパイが、オレを放棄した。
玄関先にオレは倒れこんだ。ろくに仕事用の靴のほかは一足しか靴を持っていないオレの玄関はほぼなにもない。
「ッ、あ、……ス」
かろうじて出たお礼の言葉に、センパイは軽く手を上げた。
「じゃ、また明日、おつかれ」
オレは自分の部屋に戻れたことで、張り詰めていた肩の力を抜いた。自分のテリトリーに戻れたことで安堵し気を緩めて……完全に媚薬に呑まれた。
去ろうとするセンパイのシャツの襟を引っ張り、手首も同時に引き寄せた。
「ぅ!? ぐッ」
ごほごほとセンパイが咳き込むのをオレは突っ立ったまま凝視する。
「てめ、なにすんだ! 首絞まるッだ……」
薄暗がりの中で、色の白いセンパイの首のすじが浮き上がるのを見て、血管が青く浮いているのを見て、骨ばったセンパイの手が喉仏を押さえて怒っている。
オレはへら、と笑みを浮かべてその首にむしゃぶりついた。
「ーーーッ!!!! おいっ! 悠里っ! アホッ! しっかりしろ」
ぐい、と顔を押されて顔を遠ざけられる。ねこが抱っこされるのを嫌がるときのつっぱりの感じを思い出して顔がニヤけた。
「前にセンパイにしゃぶってもらったことあるし……別に一回も二回も変わらないじゃないですかぁ」
妙に舌ったらずに、口を尖らせたオレはセンパイのエプロンの紐を引く。
「センパ、あったかぃ……」
ぎゅう、と抱きしめて、センパイの顰めた顔を見て興奮していきりたったものをセンパイの太ももに擦りつける。筋肉質な太ももだ。一度誤射したズボンの生地がぬるぬる滑ってそれだけでまた達してしまいそうになる。
「ん、は、あー、……入れたいなぁ……ね、入れたい、ス、いい?」
センパイの耳に欲求詰めた声を注ぎ込む。息を乱しながら、柔らかな耳たぶを舌先で舐めてから、口に含んだ。
料理人は香水をつけないから、この匂いは純粋にセンパイの匂いなんだよな。
そのまま耳の穴に舌を差し込もうとしたところで、センパイの手が耳を塞ぐ様に動き、阻止される。
「ぅ、は、耳、嫌なんだ……」
かわいい、と手の上から手を重ねる。手の大きさはセンパイの方が大きい。というか指が長いんだな、センパイの手は。
「……」
センパイは黙って抱きしめられている。
オレは、センパイを抱きしめたまま数歩移動して、中途半端に開いたままだったドアの取手を引っ張った。
「おい、オレ用事が…」
「……あー、新作ゲームやるって話でしたよね? ……ゲームは逃げませんから……」
まだなにか言おうとするセンパイの口を塞ぐ。センパイの唾液はわずかに甘い。どうしてかな、味覚にもなにか影響があるのか?
ドアが閉まった。
「……」
センパイの声にしてはえらく小さい声だ。
オレ、ちゃんと同意はとりましたからね。ちゃんと褒めてください。出来ればご褒美も欲しいなぁ。
応援ありがとうございます!
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