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配達員の彼、《イザーク》がしっかり通報もしてくれていたのか、リアラが意を決して閉じ込められていた部屋から出ようとしたところで、国家警備隊が家に尋ねて来たようだ。
家人の声を聞かずにどやどやと家の中の部屋という部屋のドアを開けている音がする。

このままぼうっとしていても見つけてくれそうな勢いだ。
が、足跡はリアラのいる部屋の前をドタバタと通り過ぎていってしまう。

どうしてこの部屋のドアだけ開けないの?

リアラは少し考えてから、部屋の壁……食事を差し入れる隙間がある壁に向かって「……ここですッ! たすけてください……!」叫び、壁を拳でドンドンと叩く。突然使った喉が痛む。薄く血の味がする。
喉のどこかが切れてしまったんだろう。
既に魔法を使えるようにはなっているはずだが、栄養不足がたたり、魔法を使えば倒れてしまいそうだ。
自分の細い骨ばった手では大した音は出ないが、近くにいたのか国家警備隊が声を拾ってくれた。

「これは……部屋のドアの上から壁材を……!」

壁越しに驚いている声を聞きながら、リアラはそうだったのかと合点した。この部屋にはドアの隙間がないのだ。おかしいとは思っていたが、壁にしてしまっていたとは……

「壁から離れてくださいッ! 壁を壊します!」

野太い声だ。さぞたくましい身体付きをしているのだろうと想像しやすい。

リアラは返事をしてから部屋の1番奥に身を寄せる。部屋の1番奥には、薄汚れた木の机がある。
日中のリアラはやることがないとその机の木の年輪を丁寧になぞり、数えていた。

ドカーンと音がしてから、部屋の中に光が差し込む。
懐かしい屋敷の廊下の壁紙と、天井が見える。

ものものしい装備の警備隊員は、リアラが見たところ10人に満たない。

しかし一人一人がそれなりの強さを持っているようだと感じる。

「ぁあ、ようやく外に……」

リアラは微笑み、警備隊の心配げな瞳の中に立つ。

数歩歩いて、瓦礫となった部屋の壁をどうにか跨ぎきると、取り押さえられている家族を見た。
正真正銘血のつながりのある家族たちだ。

「……」

リアラは、床に這いつくばるようにして取り押さえられた男を見てからふぅ、とため息を吐いた。

どうでもいい。

罪人にかける時間が惜しかった。

イザークの届けてくれた荷物は、リアラが当主になるための一式が詰め込まれていた。もちろん成人までの間は凍結していた個人の資産の書類もあった。

今のリアラは莫大な個人資産をかかえた、次期当主なのだ。次期という言葉も書類を作成し、提出すればすぐになくなる。

……彼はもう来てくれないだろうか。

リアラの興味はもはや、イザークにしか向いていない。

ぁあ、あの野暮たくくたびれた制服が目に浮かぶ。
疲れたため息の吐息の長さを思い、ぼそぼそと上司と話していた最中は少し猫背気味だった。
荷札の取り方が、堂に入っていてかっこよかった。
リアラに濡れティッシュを差し出した時の困った顔は、とてもかわいくて……まだティッシュはリアラの手の中に残っている。
それをそうっと広げて畳み直し、満足して頬ずりする。まだ濡れたままのそれで頬がじめっと濡れる。
見つめながら吐いた吐息は重たく甘い。

この犯罪者がこの後どう裁かれようがどうでも良い。
それなりにそれなりな刑を執行してくれればそれでもう何もいうまい。

視線を感じ、リアラはどうしたらいいのか分からず固まったまま動けない雇われの身の上の者たちを眺めた。

上のものに逆らえなかったとはいえリアラに不義理していた人間はもうこの家にはいらない。
全員解雇だ。
高待遇の募集すれば、山と働きたいという人間がいる。

解雇の算段をしていると、リアラは「病院に……」と警備隊に声をかけられた。

「ぁあ、そうですね……」

リアラはぼんやりと夢見心地のまま頷いた。

イザークの顔色の良くない顔を思い出す。
目の下に真っ黒なクマ、ハイライトの消えた丸い瞳と肉付きの悪い頬はこけてるとまでは言わないが、不健康な見た目をしていた。

一生懸命お仕事しているのだ。

転移なんて、高度な魔術をあんなにも簡単に……

きちんと魔術学校で学んでいたリアラはその凄さをよくわかっている。

ぽんぽんと連発するようなレベルのものではない。
一握りの才能のある人だけが辿り着ける頂だ。

魔術学校の制服はどんなものだっただろうか。
一年前までイザークさまはその制服を着ていたのだ。

リアラはなにやら火照ってきてしまった頬を緩め、もじもじ足を擦り合わせた。


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