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サキュバスの娘、大罪を断罪す

4 いつか見た星空

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夕食を終えた私たちは、寝る支度をし始めた。
今日は私たちが先に不寝番をすることになった。途中で用心棒と替わり、私たちが朝までゆっくり体を休めるためだ。そうすれば起きたら直ぐ調査できるようになるという算段だ。

これなら、馬車は直ぐに中央街へと戻れるだろう。ちなみに私たちの帰路については心配ない。
ある程度の日数が経ったら中央街より大編成の馬車が来る予定なので、それにあやかるつもりなのだ。

夜に起きていると時間が長く感じる。
今私とアイリスはともに空を眺めていた。ここの空は本当にきれいだ。だけどなんでだろう。
かつて前世で見た星空と模様が違うからか、どこか不安が押し寄せてくる。ここは日本でもなければ地球でもないんだ。

スキルなどという超常現象がある、物理法則すら違うのではないかと思われる世界だ。今こうして前世の知識を持っていることすら不思議でならない。もしかしてこの前世の記憶が紛い物なのではないか?
そう考えたことは幾度となくあった。

10年だ。10年、私はここで生きた。子供の10年と大人の10年じゃ価値が違うというが、私は半ば大人の精神で子供の10年を過ごした。何もできないもどかしさと窮屈さと退屈さ。実に長かったように思う。だからこそ、前世の記憶だけが私を支えてくれていたのだ。

「――アイリス。旅って楽しい? 冒険者になって……私と旅をして、楽しい?」

私はその退屈さから逃げ出したかったんだと思う。前世の夢というのもあったけど、結局突き動かしたのはその感情なのではないか。逃避のための旅。私はそれをアイリスに強要してしまっている。
確かに、今は目新しさが先だって楽しく感じてくれているのかもしれない。

しかし今後もそうだとは限らない。私のせいで、ずっとこの冒険者稼業に身をやつすことになるかもしれない。私が嫌がっていた淫魔としての生を全うしなければいけないかもしれない。そんな中、ずっと楽しいと感じることができる人なんているのだろうか。私なら無理だ。

だからこそ、アイリスに訊きたかった。本当に私と来てしまってよかったのか。淫魔を治すためならば、私一人がなんとかその方法を探せばよいだけの事なのだ。別の街の星詠みの塔ルシェルシュトゥールで、私とアイリスのコネクトを切る方法を探せばよいだけの話なのだから。

でも私ってずるいなあ。この質問はずるい。
私はこうして本心を訊いているフリをして、自分の欲しい回答を強要している。そうしてまたアイリスを振り回すのだ。自分が本当に嫌になる。けど、私が放った言葉は取り消すことができない。

アイリスは、目を軽く開いて驚いたような表情を見せる。

「ご主人様、もしかして私がこの旅に付いてくるのが嫌だったんですの?」

アイリスがものすごく悲しそうな目でこちらを見てくる。違う、そうじゃないんだ。アイリスにとって冒険者はつらい仕事かもしれないのだ。私とアイリスが、もしあの路地裏で出会わなければ、アイリスは今も何事もなく中央街の屋敷で暮らせていたかもしれない。

私がアイリスの人生を狂わせたのだ。
私が何も言えずにうつむくと、アイリスは私の肩に手を置いた。

「私は私の意思でご主人様についていくと決めました。私の意思で冒険者になりましたし、私の意思で家を出ましたし、私の意思でこの依頼を受けてます。全て全て、私の意思です。例えご主人様が私を置いていくと決めたのだとしても、私は必ずついていきます。ついていかせてください。私に夢を与えてくれたのはご主人様です。私に新しい世界をくれたのはご主人様です。ならば私はご主人様の命令に全て従いましょう。けれどもしそれが、私とご主人様を引き離すような命令でしたら、聞き入れることは絶対に致しません。私にとってご主人様はご主人様である前に、友達なのですから。ねえ、そうでしょう……フラム」

久しぶりに、アイリスがその名で私を呼んだ。
見上げたアイリスの顔は、出会ったときのアイリスの顔と重なった。人間だった頃のアイリス。そして眷属となり淫魔となったアイリス。関係性は少し変わってしまったかもしれないが、友達であることは変わらないのだ。

ならばともにいるのにこれ以上の理由はいらない。

「ごめん、そうだよね。なんだか空を見てたらいろいろ考えちゃって……。変なこと言っちゃった。大丈夫。私はアイリスを置いていかないし、置いていかせるつもりはないよ。もしアイリスが淫魔から人間に戻ったとしても、私はきっとアイリスを冒険に連れ出すよ」
「ありがとう存じますの! ご主人様。それでこそ、私のご主人様ですわ。ですが、人間に戻すのは別にしなくてもいいですの」

私とアイリスがそうして笑った。そうだよね、今が楽しかったら未来だってきっと楽しいに決まってるよね。
いつの間にか時間がかなり経っていたようで、起きてきた用心棒と不寝番を代わることになった。







「あれが新しい得物かー。ガタイがいい男以外は強そうなのがいないね」

ペンタゴンの街にある半壊した塔の中。望遠鏡で、城門入り口付近に拠点を張った馬車を見る少女が、一人そこで立っていた。

「女の子が二人と、御者のおっちゃんか。あれ、あの女の子二人は魔族か。人間と交流する魔族も、最近じゃ見なくなったがまだまだいるもんだなー」

少女は倒壊したペンタゴンの街並みを見渡す。これすべてを行ったのは魔族だ。もうじき、百年前の戦争と同じような巨大な戦争が起きることを少女は予感していた。
彼女の後ろで束ねられた髪が、風でたなびく。

「じっちゃんの言う通りもうじき戦争は起きるかもしれねえ。けど、アタイらは明日を生き延びることすら難しいんだ。そんな大した戦争りゆうが無くたって毎日死に怯えてる。あいつらには悪いが、アタイらの糧になってもらうぜ」

少女は、軽い身のこなしで塔から飛び降りる。そして暗い夜の闇へと消えていった。

その姿を、とある男は見つめていた。男は悲しそうな表情を浮かべる。
彼の両目からは、まるで涙を流すかのように赤い痣が顎まで伸びていた。

後の歴史に残るペンタゴンの大惨事はまだ終わっていない。
最初の魔族の被害で、大半の人が惨殺された。しかし生き残った人間も確かにいた。
その残った人間たちは、残念ながらこの後に起きる三つの勢力の衝突により、その尊い命を儚く散らせる事となる。
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