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外伝 美穂だって冒険したい③

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目の前には剣士の男と、大盾を持った男、杖を持った女が私に対峙していた。
そして全員あたしに敵意を向けていた。

「おい、そいつを大人しくだせ。お前みたいなガキには用はないんだ」
「そうよ、さっさとその子を殺さないと、また憎しみの連鎖で戦争がおきるわ!」

戦争……?
今この子を殺すことがどう戦争に繋がるんだ。あたしからすれば、ただの弱い者いじめだ。
未だに袴をぎゅっと握る子供を見る。頭から生えた獣のような耳は力なく項垂れ、生気を失ったかのような表情をしている。無理もない、目の間で人が二人斬られて倒れているのだから。

あたしは、斬られた二人を見やる。息をしている様子はなかった。子供を庇った女性は、この子供の母親だろう。そしておそらく男性のほうが父親。両親がたった今、絶命したのだ。泣きださない方がおかしいくらいだ。この子は逞しい。諦めず、あたしに命乞いをしたのだから。

ならば、それに報いなければいけないとあたしは思う。だからこそ、抜身の刀を相手へと向けたのだ。

「なにが戦争だ。戦争ってのはどちらかが侵略しようとして起きるんだ。今お前たちがしようとしているのが、まさに侵略行為だと知れ! この小さき子の親を斬り、その子さえも斬ろうとするお前らをあたしはゆるさない」
「許さないからなんだ。俺らも仕事でやっているんだ。お前には悪いが、どいてもらう」

目の前の剣士が勢いよく踏み出して、あたしとの距離を詰めてきた。そして、あたしの背後にいる子供に切りつけようとした。

「させるか!!」

あたしは、狼もどきと戦った時と同じような感覚で、今度は剣士の持つ剣を弾き飛ばした。剣はあっさりと吹き飛ばされる。そして剣を失って驚いている剣士の腹に回し蹴りを決めた。

「ぐふっ!」

剣と共に勢いよく後方へ飛ばされた剣士は、木にぶつかって倒れる。そしてぐったりと動かなくなった。息はしている、死んではいないだろう。

「なっ!」

味方が倒されたことに驚きを隠せないでいる二人。しかし、直ぐに気を取り直した。
女は杖をあたしへと向け、何かを唱えた。そしてその間に大盾が突進してくる。

「風魔法――ウィンドカッター!!」

見えない真空の刃が、あたしに向かってくる音が聞こえた。これは先ほど、この子の父親を斬ったものだ。あたしは刀を上段に構えて振り下ろした。すると、切っ先から空気を斬る感じがした。斬られた空気は真っすぐ真空の刃を両断し、霧散させる。勢い余ったその真空波は、女の肩口を斬りつけた。

その隙を逃がさまいと、大盾の男がその巨躯であたしに体当たりをしてきた。思わず、刀で盾を受け止める。じりじりと、火花が散る。この盾、相当硬いものだ。本来なら、スパッと斬れただろうが、受け身を取ってしまったがゆえに、斬れないでいる。

大盾の勢いが強まる。あたしの足が地面に食い込み、ずるずると跡を残して後退る。このままでは体勢が崩れて、押し倒されてしまう。それはダメだ。あたしは一度力を抜き、再度足に力を入れて踏み込んだ。そして一気に押し込む。

「なっ!!」

先ほどまでの大盾の勢いを全て殺し、高速で後方へ押し戻した。その背後に、傷を受けた女が立ち上がろうとしていたので、巻き込んで二人諸共木に打ち付けた。

「きゃぁっ!」
「ガ八ッ!」

二人とも、肺の中の空気をすべて吐き出してしまっている。そして泡を吹きながら気絶した。
ふう、これで大丈夫かな。
あたしは隠れていた子供に近寄る。

「これで大丈夫だよ。さ、お逃げ」
「ありがとう……、でも……」

子供は倒れた両親を見る。近寄ってみてはいたが、確実に死んでいる。それはこの子もわかっている。おそらく埋葬してあげたいのだろう。
だけど、無理だ。そんな時間はない。いつこいつらが再び目を覚ますかわからない状況だ。正直、この状況すら奇跡と言えるのだから。

「君。悲しいけど、二人はここに置いておくしかできない。あたしじゃ、二人を抱えてどこかに移動することもできないし、ここで埋めるにしても時間がかかりすぎる」
「……」

この子もつらいだろう。しかし、納得したように一つ頷いた。
さて、ここからどうしようか。あたしは今城壁の方へと向かっている最中だった。そして襲われているのを発見して止めた。
城壁の中が、この子の味方で溢れかえっているのならいいのだけど、もしこの倒れた剣士たちの仲間だとしたら……。このまま連れて行くのは死地に赴かせるのと変わらないだろう。

「ねえ、君。これからどこに行けば君は助かる?」

なのであたしは素直に子供に聞いた。そのほうが早い。
子供は、城壁とは違う方向を指さした。そっちはあたしが来た道とも違った。

「ボク達、あっちに向かおうとしてたんだ。あっちにボク達の別の村があるって村長が言ってた。村を襲われたから、みんなで別の村に向かってたんだけど、その途中でまた襲われちゃって……」
「もう大丈夫だよ。わかった、お姉さんと一緒にそっちに行こ」
「うん……」

あたしはその子供を背中に背負い、その子が指さしたほうへと駆けだした。

「あたしは美穂。君の名前は? まだ聞いてなかったよね」
「ボクは……エレノア。助けてくれてありがとう、美穂お姉ちゃん」

あたしとエレノアは、次の目的地へ向かったのだった。
この先に待ち受ける戦争のことなど思いもよらずに。
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