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冒険者になる

8 銀の鎧

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衝撃が背中を走る。

私は何かに揺られていた。しばらくしてそれが馬車の物だと気づく。
頭の後ろにあるほんのり暖かいものが私を支えているらしく、私はその心地よさに目を開けないでいた。

ガタンッ。

先ほどと同じ衝撃がまた背中を襲う。
あ、ダメだ。馬車の揺れって寝てると結構背中にくる。座っていると、お尻の脂肪が緩衝材になるけど、背中って無防備だから全身で木の硬さを感じることになる。これがマジで結構痛い。

私はゆっくりと目を開けた。視界いっぱいにシェリルの顔が映った。痛みで悶えた私を気遣ったのだろうか。

「お、おはようございます。シェリルさん。あ、そういえば魅了って解けちゃいました?」

私の言葉を聞いたシェリルは、私の顔に大粒の涙を落とす。その衝撃で思わず目を瞑る。なんで、泣いてるんだろ。あ、そっか。私が魅了なんてしちゃったせいか!
私は慌てて弁明しようとする。

「あ、ごめんなさ、私が魅了なんてしちゃって」
「いえ、いいのよフラムちゃん。ありがとう」

シェリルは目許を服の裾で吹きながら応える。まだ目は赤く腫れているが、シェリルは笑顔を見せる。この旅の道中で一度も見たことのない表情だ。
私は、今更ながらにシェリルの膝を枕にしていたこと気づく。

身体を起こし、辺りを見回した。

いつもと変わらない定位置で目を瞑って座る用心棒のテラス。
完全に座りながら眠っていびきをかいているアダマン。
それを横で肩を使って支えるアンバー。なんだかその表情は、ひどく穏やかに見える。

そして私の横たわっていた席は誰も座っていなかった。かつてハイドが座っていた場所。
私たちを殺そうとしたハイド。あいつも『罪人』だった。

三年前にサンクシオンが探していたスキルを持った人間。『罪人』を持つ人間で、私はまともにいい人に巡り合ってない気がする。

「あの……、ハイドはどうなったんですか」

私はシェリルに尋ねる。シェリルは、ほんの少し暗い表情を見せると答えてくれた。

「埋めたよ。本当はもっと苦しませたかった。私のかつての仲間たちを殺した、憎い人」
「……シェリルさんは、これからどうするの」

私は思わず聞いてしまった。シェリルは操られていたとはいえ、『銀の鎧』たちを殺そうとするハイドに加担した。『屈服の罪人』の効果を受けた私はあの強力な心の束縛を知っている。あんなものをまともに受けたら、耐えられるはずもない。シェリルは仕方なく、ハイドに付き従ったに過ぎないのだ。

「ハイドは始末出来た。それだけで私の目標は消えてしまった感じがする。これからの事はまだ決められないかな。でももう|ここ(・・)にはいられないから、一人で冒険者を続けることになると思う」
「おいおい、そいつは聞き捨てならねえな」

いつの間にか目を覚ましたアダマンがシェリルを見据える。真剣な目だ。

「このパーティを抜けるつもりなら、リーダーである俺に先に言えよ」
「ご、ごめん……」

シェリルはうつむく。そして、静かに脱退の意を伝えた。

「私、みんなを裏切ったから……、『銀の鎧』を抜ける。ううん、違う。最初から仲間ですらなかった。私はあのハイドの従者でしかなかったんだから。初めから仲間じゃなかったんだ。それでも『銀の鎧』での旅は楽しかった。ハイドの恐怖はずっと続いてたけど、それを超えるくらいの幸せはあったんだよ。前のパーティの、仲間たちを思い出した。ハイドも、信頼を築いてから裏切る主義だったから大人しかったし……。その間は本当の仲間でいられたんだ」

シェリルは再びその目に涙を浮かべる。だんだんと、言葉に気持ちが乗っていく。その思いは恐怖から解放された安堵よりも、大切なものを取られたくないと泣きじゃくる子供のような純粋なものに見えた。

「前のパーティを全員殺されて独りにされた私をみんなは受け入れてくれた。アダマン、貴方はあまり喋らない私でも嫌な顔一つせず、パーティに入れてくれたね。毎度、こっそり私のために薬草を摘んできてくれてたの知ってるよ。おかげでたくさん調合が出来た。アンバー、貴方はみんなを支えてくれたね。大変な道のりの時、転びそうになった私を掴んでくれた。みんなをしっかりと陰で見てくれてたから安心して進めたんだと思う。ありがとう、二人とも」
「おう」
「……うん」

アダマンとアンバーに向けた言葉は、真摯で真っすぐだった。アンバーも珍しく、その瞳を涙で濡らしている。

「それで、お前は本当に抜けるのか?」
「……はい」
「お前は、抜けたいのか?」

アダマンに強く睨まれ、シェリルは一瞬たじろぐ。でも、ぐっとこらえたシェリルはアダマンに向き直る。

「抜けたくない。でも、これ以上二人に迷惑を掛けたくないから」
「そうか……」

アダマンはその言葉を受け、顔を下に向ける。そして、思いっきり、顔をあげて叫んだ。

「だが、断る!!」
「ッ!!」

その大きい声はきっと馬車の外にも響いただろう。しかし今は誰もいない山の中腹。聞いていた人たちは御者も含め、誰も動揺しなかった。ぶっちゃけ私だけ驚いた。

「でも、私、アダマンに毒を盛った!」
「それがどうした!! "仲間"が抜けたくないと言ったんだッ! なら、抜けさせるわけがないだろう!!」
「……ッ!」

その言葉にシェリルの涙腺は決壊した。

「もう、みんなに迷惑を掛けたくないのに……、なんでぇ」

ぐずっと鼻をすするシェリル。アダマンはシェリルの肩を優しくつかむ。

「俺はお前がこんなにしゃべるやつだとは思わなかったよ。今までずっと、怖いのを抑えていたんだな。俺はお前がしゃべっているところをもっと見ていたい。それじゃ理由にならないか?」
「――」

もはや言葉にならない泣き声を出して、シェリルは顔をアダマンの胸にうずめた。
今だけは銀色の鎧を脱いでいたアダマンが優しく受け止めていた。
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