上 下
16 / 77
冒険者になる

1 人間街の服屋さん

しおりを挟む
「ここが人間街かあ」

私がそうぽつりと呟くと、それを聞いたのか近くを通りかかった婦人二人組が汚物を見るような目でこちらを見ながらぼそぼそ話していた。

うん、まあ先ほどの門番の様子から察するに、やっぱりここに魔族が立ち入ると煙たがられるようだ。
私の格好はかなり単純だ。
見るからに着古した茶色のワンピース一丁。それに肩さげ鞄一つを掛けている。
背中からは大きさの均衡が取れていない手のひらサイズの羽根一対。尻尾もスカートの下から生えている。

片やここに暮らす人々の格好というと、皆服に汚れなどついておらず清潔感溢れている。
女性はスカートをたくし上げ、もう一枚のスカートを魅せるような着こなしをしていた。肩にはショールを巻いてあり、腰には汚れを付けないようにエプロンが掛けられていた。

私が知る限りの知識をフル稼働しても、中世ヨーロッパ風という言葉しか浮かんでこなかった。

うーん、これは私の格好って目立つかもなあ。

皆一様に清潔感があるせいで、どこを歩くにしても汚れた私じゃ目立つ。
どこかで服でも買わないとなあ。

私は、服屋に行くことにした。服屋は外から内観が見れるようにガラス張りになっていた。
サキュバス街じゃこんな建物はなかったな。まあそりゃそうか。
せっかくなので、私はそのガラス張りの向こうにある服を見る。

「うげっ」

たくさんの服が飾られていたが、そのどれもが私の手元のお金じゃ買えなかった。
それも当然。私は半ば家出したようなものなんだから、お金なんてほとんどないのだ。

一応三年前から貯めてきた貯金はあるけれど、ここから中央街まで行く交通費や、これからの生活費を考えるととても買えない。
何か手はないものか……。

ガラスにピタッと張り付いたままだから、周りの視線が痛い。
渋々、顔を離すと店内から売り子が出てきた。

「お客さん、そこにいると目立っちゃうからうちに入りなよ」

売り子は、ちょっと小太りのおじさんだった。店主だろうか。せっかくのお誘いだが、所持金が心許ないので、店に入るわけにはいかない。

「私、お金あんまりないので買えないんです」
「ふむ、いくらまでなら買えるんだ?」
「大体500ルアクくらいです」

ルアクとは、この世界で扱っているお金の単位だ。前世で使っていた日本円との価値の差はわからないけど、飲み物一杯買うのに10ルアクかかるから、大体十分の一くらいだろう。

「ふん、それなら扱ってるものもあるよ。ここから覗ける物は、大概良品だから高いんだ。俺も子供から大金むしり取る気はないから、とりあえず店に入ったらどうだ」
「それなら、お言葉に甘えて……」

私は恐る恐る店内へと入った。なんか勢いに乗せられて入っちゃったけど大丈夫だろうか。
店主は顔は怖いけど、いい人そうなんだよね。
もし法外な値段を吹っかけられたら、逃げよう。魔法もスキルも駆使してでも逃げよう。

「おい、嬢ちゃんが買えそうなのはこのあたりだな」

見れば木の籠に何着も煩雑に布が入れられていた。値札は一律150ルアク……安い!
なんだかバーゲンセールのような値段だ。

「それらは中古品も混じった子供用の服だ。嬢ちゃん、有翼人なんだろ? 背中の翼用の穴開けるのはタダにしといてやる。そっから好きなモン選びな」

このおじさん、いえ、おじ様優しい!
おじ様は少しだけ優しそうな表情をしていたが、直ぐに先ほどまでの仏頂面に変わった。
不器用だけど子供好きなのかな?

私は、籠の中を適当に漁った。どれも単色の物ばかりだった。その中でひときわ目立つ綺麗な白色をしたワンピースを見つけた。

「ほう、嬢ちゃんの髪の色にもあうじゃねえか。それにしたらどうだ」
「それじゃ、私これにします!」

おじ様にも勧められたので私は代金の150ルアクを渡した。おじ様は、代金とそのワンピースを手に店の奥へと入っていく。

「そこで少し待ってろ。五分くらいで終わる」

しばらくするとおじ様は背中に穴の開いたワンピースを持ってきた

「そこに試着室がある。そのまま着ていくか?」
「はい、ありがとうございます。あの、そしたら今着てる服も処分したいんですけど……」
「それなら任せろ」

私は、試着室に入って着替えをすます。この体になって不便なのは、背中の羽である。羽が生えていると、服が非常に着づらい。それに服に穴をあけて出さないとモコっとするし、圧迫感があって気分が良くない。
こればっかりは、私の周りに羽のある人がいなかったから相談相手もいなくて微妙につらかったところ。ほんと、ファンタジー世界での不便ってこういうとこあるよね。どの漫画にもこういう小さなところって無視されがちだったから。

私の羽は左右の大きさがそろっていない。これはサキュバスと堕天使とのハーフのせいなのだろか。理由はわからないけど、右の羽は手のひらサイズほどあるが、左の羽はその半分しかない。
服を着るとき、右の大きい方から穴に通すと着やすいのだよ、これが。

そこで気づく。このワンピース、穴の部分に紐が垂れてる!
羽の出る穴は、どうしても羽の大きさ分着た後に素肌が露出する部分が出てしまう。この紐は、穴の周りに作ってあるから、紐を引っ張って結べば、ぴったりになるんですけど!!

この短時間でこの作業をやってのけるおじ様凄い!

私は試着室を出て、改めておじ様に礼を言った。

「礼はいい。それよりも嬢ちゃん、さっきよりも可愛くなったな。子供はやっぱかわいくないとな」

あ、またさっきの柔和な笑顔だ。しかし直ぐに仏頂面に戻ってしまう。ああ、あのままならもうちょっと子供受けするんだろうになあ。
とりあえず初めて人間街で接する人がこのおじ様でよかった。
親切ついでにもう一つ頼んでみようかな。

「ねえ、おじ様。私中央街まで行きたいのですけど、どうやったら行けますか?」
「おじ様ってなんだ、気持ち悪い。まあいいや、中央街はここから結構遠いぞ。歩いていくには無理なほどだ。馬車を使うしかないな。嬢ちゃん一人で行くのか?」

その目には心配の表情が窺えた。しかし私は頷く。色んな街に行って、色んな景色を見て、おじ様みたいないい人たちと巡りあうため、冒険するんだ。
前世でできなかったことを成すために。

「そうか、まあその目なら大丈夫だろうな。俺の息子と同じような目だ」

おじ様は少し、遠い目をした。その目は、今はここにはいない息子を思っているのだろうか。息子さんも、家を飛び出したのかな。

「馬車は、この道を右に曲がればある。そこで乗るといい。俺は相乗り馬車を勧めておくぞ。嬢ちゃんみたいな子供なら、冒険者との相乗りがいいだろう」

冒険者との乗り合い馬車なんてあるのか。なるほど、それは一考したほうがいいね。
私は、再三の礼をして店を出た。きっとまた来るからね。今度はもっと大人になって、この店一番の服を買うから。
そして、もし道の途中で息子さんに会ったら、おじ様の近況を伝えるよ!

私は、おじ様の言う通り大通りの馬車乗り場へと向かった。





「ふむ。やっぱり子供は元気でなくちゃな」

俺は、真っ白な雰囲気を持った少女が去っていくのを見届けた。
そしてその足でまた店の奥へと戻る。

ここは裁縫の作業場兼休憩室だ。俺は棚に飾ってある念写真を見る。念写真は色あせていて、その古さを物語っていた。

「あいつが出てって、もう十五年か」

冒険者になると言って旅立った息子。この十五年で戻ってきた試しはない。
それに手紙すら碌に送ってこない。それほどまでに楽しく過ごせているのだろう。それは親父の俺からすれば嬉しい限りだ。

しかしやっぱり実の子の姿は見たいものだ。旅立った時はまだあの少女くらいだっただろうか。

俺が感慨に耽っていると、二階からドタドタと音が聞こえた。

「あんた、また休んでんのかい。暇があるなら服の一つでも作んな」
「へいへい」

俺は、また作業を開始する。

ああ、こうして怒鳴られつつも二人で仕事するってのは満たされるなあ。だけどそれと同時に、また家族三人で食卓を囲みたいものだ。

「帰ってこないかなぁ。キュイール」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

攫われた転生王子は下町でスローライフを満喫中!?

伽羅
ファンタジー
 転生したのに、どうやら捨てられたらしい。しかも気がついたら籠に入れられ川に流されている。  このままじゃ死んじゃう!っと思ったら運良く拾われて下町でスローライフを満喫中。  自分が王子と知らないまま、色々ともの作りをしながら新しい人生を楽しく生きている…。 そんな主人公や王宮を取り巻く不穏な空気とは…。 このまま下町でスローライフを送れるのか?

異世界に転生した俺は元の世界に帰りたい……て思ってたけど気が付いたら世界最強になってました

ゆーき@書籍発売中
ファンタジー
ゲームが好きな俺、荒木優斗はある日、元クラスメイトの桜井幸太によって殺されてしまう。しかし、神のおかげで世界最高の力を持って別世界に転生することになる。ただ、神の未来視でも逮捕されないとでている桜井を逮捕させてあげるために元の世界に戻ることを決意する。元の世界に戻るため、〈転移〉の魔法を求めて異世界を無双する。ただ案外異世界ライフが楽しくてちょくちょくそのことを忘れてしまうが…… なろう、カクヨムでも投稿しています。

貞操逆転世界に無職20歳男で転生したので自由に生きます!

やまいし
ファンタジー
自分が書きたいことを詰めこみました。掲示板あり 目覚めると20歳無職だった主人公。 転生したのは男女の貞操観念が逆転&男女比が1:100の可笑しな世界だった。 ”好きなことをしよう”と思ったは良いものの無一文。 これではまともな生活ができない。 ――そうだ!えちえち自撮りでお金を稼ごう! こうして彼の転生生活が幕を開けた。

豪華地下室チートで異世界救済!〜僕の地下室がみんなの憩いの場になるまで〜

自来也
ファンタジー
カクヨム、なろうで150万PV達成! 理想の家の完成を目前に異世界に転移してしまったごく普通のサラリーマンの翔(しょう)。転移先で手にしたスキルは、なんと「地下室作成」!? 戦闘スキルでも、魔法の才能でもないただの「地下室作り」 これが翔の望んだ力だった。 スキルが成長するにつれて移動可能、豪華な浴室、ナイトプール、釣り堀、ゴーカート、ゲーセンなどなどあらゆる物の配置が可能に!? ある時は瀕死の冒険者を助け、ある時は獣人を招待し、翔の理想の地下室はいつのまにか隠れた憩いの場になっていく。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しております。

世界最強で始める異世界生活〜最強とは頼んだけど、災害レベルまでとは言ってない!〜

ワキヤク
ファンタジー
 その日、春埼暁人は死んだ。トラックに轢かれかけた子供を庇ったのが原因だった。  そんな彼の自己犠牲精神は世界を創造し、見守る『創造神』の心を動かす。  創造神の力で剣と魔法の世界へと転生を果たした暁人。本人の『願い』と創造神の『粋な計らい』の影響で凄まじい力を手にしたが、彼の力は世界を救うどころか世界を滅ぼしかねないものだった。  普通に歩いても地割れが起き、彼が戦おうものなら瞬く間にその場所は更地と化す。  魔法もスキルも無効化吸収し、自分のものにもできる。  まさしく『最強』としての力を得た暁人だが、等の本人からすれば手に余る力だった。  制御の難しいその力のせいで、文字通り『歩く災害』となった暁人。彼は平穏な異世界生活を送ることができるのか……。  これは、やがてその世界で最強の英雄と呼ばれる男の物語。

錬金術師が不遇なのってお前らだけの常識じゃん。

いいたか
ファンタジー
小説家になろうにて130万PVを達成! この世界『アレスディア』には天職と呼ばれる物がある。 戦闘に秀でていて他を寄せ付けない程の力を持つ剣士や戦士などの戦闘系の天職や、鑑定士や聖女など様々な助けを担ってくれる補助系の天職、様々な天職の中にはこの『アストレア王国』をはじめ、いくつもの国では不遇とされ虐げられてきた鍛冶師や錬金術師などと言った生産系天職がある。 これは、そんな『アストレア王国』で不遇な天職を賜ってしまった違う世界『地球』の前世の記憶を蘇らせてしまった一人の少年の物語である。 彼の行く先は天国か?それとも...? 誤字報告は訂正後削除させていただきます。ありがとうございます。 小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで連載中! 現在アルファポリス版は5話まで改稿中です。

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!

マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。 今後ともよろしくお願いいたします! トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕! タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。 男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】 そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】 アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です! コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】 ***************************** ***毎日更新しています。よろしくお願いいたします。*** ***************************** マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。 見てください。

処理中です...