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冒険者になる
1 人間街の服屋さん
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「ここが人間街かあ」
私がそうぽつりと呟くと、それを聞いたのか近くを通りかかった婦人二人組が汚物を見るような目でこちらを見ながらぼそぼそ話していた。
うん、まあ先ほどの門番の様子から察するに、やっぱりここに魔族が立ち入ると煙たがられるようだ。
私の格好はかなり単純だ。
見るからに着古した茶色のワンピース一丁。それに肩さげ鞄一つを掛けている。
背中からは大きさの均衡が取れていない手のひらサイズの羽根一対。尻尾もスカートの下から生えている。
片やここに暮らす人々の格好というと、皆服に汚れなどついておらず清潔感溢れている。
女性はスカートをたくし上げ、もう一枚のスカートを魅せるような着こなしをしていた。肩にはショールを巻いてあり、腰には汚れを付けないようにエプロンが掛けられていた。
私が知る限りの知識をフル稼働しても、中世ヨーロッパ風という言葉しか浮かんでこなかった。
うーん、これは私の格好って目立つかもなあ。
皆一様に清潔感があるせいで、どこを歩くにしても汚れた私じゃ目立つ。
どこかで服でも買わないとなあ。
私は、服屋に行くことにした。服屋は外から内観が見れるようにガラス張りになっていた。
サキュバス街じゃこんな建物はなかったな。まあそりゃそうか。
せっかくなので、私はそのガラス張りの向こうにある服を見る。
「うげっ」
たくさんの服が飾られていたが、そのどれもが私の手元のお金じゃ買えなかった。
それも当然。私は半ば家出したようなものなんだから、お金なんてほとんどないのだ。
一応三年前から貯めてきた貯金はあるけれど、ここから中央街まで行く交通費や、これからの生活費を考えるととても買えない。
何か手はないものか……。
ガラスにピタッと張り付いたままだから、周りの視線が痛い。
渋々、顔を離すと店内から売り子が出てきた。
「お客さん、そこにいると目立っちゃうからうちに入りなよ」
売り子は、ちょっと小太りのおじさんだった。店主だろうか。せっかくのお誘いだが、所持金が心許ないので、店に入るわけにはいかない。
「私、お金あんまりないので買えないんです」
「ふむ、いくらまでなら買えるんだ?」
「大体500ルアクくらいです」
ルアクとは、この世界で扱っているお金の単位だ。前世で使っていた日本円との価値の差はわからないけど、飲み物一杯買うのに10ルアクかかるから、大体十分の一くらいだろう。
「ふん、それなら扱ってるものもあるよ。ここから覗ける物は、大概良品だから高いんだ。俺も子供から大金むしり取る気はないから、とりあえず店に入ったらどうだ」
「それなら、お言葉に甘えて……」
私は恐る恐る店内へと入った。なんか勢いに乗せられて入っちゃったけど大丈夫だろうか。
店主は顔は怖いけど、いい人そうなんだよね。
もし法外な値段を吹っかけられたら、逃げよう。魔法もスキルも駆使してでも逃げよう。
「おい、嬢ちゃんが買えそうなのはこのあたりだな」
見れば木の籠に何着も煩雑に布が入れられていた。値札は一律150ルアク……安い!
なんだかバーゲンセールのような値段だ。
「それらは中古品も混じった子供用の服だ。嬢ちゃん、有翼人なんだろ? 背中の翼用の穴開けるのはタダにしといてやる。そっから好きなモン選びな」
このおじさん、いえ、おじ様優しい!
おじ様は少しだけ優しそうな表情をしていたが、直ぐに先ほどまでの仏頂面に変わった。
不器用だけど子供好きなのかな?
私は、籠の中を適当に漁った。どれも単色の物ばかりだった。その中でひときわ目立つ綺麗な白色をしたワンピースを見つけた。
「ほう、嬢ちゃんの髪の色にもあうじゃねえか。それにしたらどうだ」
「それじゃ、私これにします!」
おじ様にも勧められたので私は代金の150ルアクを渡した。おじ様は、代金とそのワンピースを手に店の奥へと入っていく。
「そこで少し待ってろ。五分くらいで終わる」
しばらくするとおじ様は背中に穴の開いたワンピースを持ってきた
「そこに試着室がある。そのまま着ていくか?」
「はい、ありがとうございます。あの、そしたら今着てる服も処分したいんですけど……」
「それなら任せろ」
私は、試着室に入って着替えをすます。この体になって不便なのは、背中の羽である。羽が生えていると、服が非常に着づらい。それに服に穴をあけて出さないとモコっとするし、圧迫感があって気分が良くない。
こればっかりは、私の周りに羽のある人がいなかったから相談相手もいなくて微妙につらかったところ。ほんと、ファンタジー世界での不便ってこういうとこあるよね。どの漫画にもこういう小さなところって無視されがちだったから。
私の羽は左右の大きさがそろっていない。これはサキュバスと堕天使とのハーフのせいなのだろか。理由はわからないけど、右の羽は手のひらサイズほどあるが、左の羽はその半分しかない。
服を着るとき、右の大きい方から穴に通すと着やすいのだよ、これが。
そこで気づく。このワンピース、穴の部分に紐が垂れてる!
羽の出る穴は、どうしても羽の大きさ分着た後に素肌が露出する部分が出てしまう。この紐は、穴の周りに作ってあるから、紐を引っ張って結べば、ぴったりになるんですけど!!
この短時間でこの作業をやってのけるおじ様凄い!
私は試着室を出て、改めておじ様に礼を言った。
「礼はいい。それよりも嬢ちゃん、さっきよりも可愛くなったな。子供はやっぱかわいくないとな」
あ、またさっきの柔和な笑顔だ。しかし直ぐに仏頂面に戻ってしまう。ああ、あのままならもうちょっと子供受けするんだろうになあ。
とりあえず初めて人間街で接する人がこのおじ様でよかった。
親切ついでにもう一つ頼んでみようかな。
「ねえ、おじ様。私中央街まで行きたいのですけど、どうやったら行けますか?」
「おじ様ってなんだ、気持ち悪い。まあいいや、中央街はここから結構遠いぞ。歩いていくには無理なほどだ。馬車を使うしかないな。嬢ちゃん一人で行くのか?」
その目には心配の表情が窺えた。しかし私は頷く。色んな街に行って、色んな景色を見て、おじ様みたいないい人たちと巡りあうため、冒険するんだ。
前世でできなかったことを成すために。
「そうか、まあその目なら大丈夫だろうな。俺の息子と同じような目だ」
おじ様は少し、遠い目をした。その目は、今はここにはいない息子を思っているのだろうか。息子さんも、家を飛び出したのかな。
「馬車は、この道を右に曲がればある。そこで乗るといい。俺は相乗り馬車を勧めておくぞ。嬢ちゃんみたいな子供なら、冒険者との相乗りがいいだろう」
冒険者との乗り合い馬車なんてあるのか。なるほど、それは一考したほうがいいね。
私は、再三の礼をして店を出た。きっとまた来るからね。今度はもっと大人になって、この店一番の服を買うから。
そして、もし道の途中で息子さんに会ったら、おじ様の近況を伝えるよ!
私は、おじ様の言う通り大通りの馬車乗り場へと向かった。
∇
「ふむ。やっぱり子供は元気でなくちゃな」
俺は、真っ白な雰囲気を持った少女が去っていくのを見届けた。
そしてその足でまた店の奥へと戻る。
ここは裁縫の作業場兼休憩室だ。俺は棚に飾ってある念写真を見る。念写真は色あせていて、その古さを物語っていた。
「あいつが出てって、もう十五年か」
冒険者になると言って旅立った息子。この十五年で戻ってきた試しはない。
それに手紙すら碌に送ってこない。それほどまでに楽しく過ごせているのだろう。それは親父の俺からすれば嬉しい限りだ。
しかしやっぱり実の子の姿は見たいものだ。旅立った時はまだあの少女くらいだっただろうか。
俺が感慨に耽っていると、二階からドタドタと音が聞こえた。
「あんた、また休んでんのかい。暇があるなら服の一つでも作んな」
「へいへい」
俺は、また作業を開始する。
ああ、こうして怒鳴られつつも二人で仕事するってのは満たされるなあ。だけどそれと同時に、また家族三人で食卓を囲みたいものだ。
「帰ってこないかなぁ。キュイール」
私がそうぽつりと呟くと、それを聞いたのか近くを通りかかった婦人二人組が汚物を見るような目でこちらを見ながらぼそぼそ話していた。
うん、まあ先ほどの門番の様子から察するに、やっぱりここに魔族が立ち入ると煙たがられるようだ。
私の格好はかなり単純だ。
見るからに着古した茶色のワンピース一丁。それに肩さげ鞄一つを掛けている。
背中からは大きさの均衡が取れていない手のひらサイズの羽根一対。尻尾もスカートの下から生えている。
片やここに暮らす人々の格好というと、皆服に汚れなどついておらず清潔感溢れている。
女性はスカートをたくし上げ、もう一枚のスカートを魅せるような着こなしをしていた。肩にはショールを巻いてあり、腰には汚れを付けないようにエプロンが掛けられていた。
私が知る限りの知識をフル稼働しても、中世ヨーロッパ風という言葉しか浮かんでこなかった。
うーん、これは私の格好って目立つかもなあ。
皆一様に清潔感があるせいで、どこを歩くにしても汚れた私じゃ目立つ。
どこかで服でも買わないとなあ。
私は、服屋に行くことにした。服屋は外から内観が見れるようにガラス張りになっていた。
サキュバス街じゃこんな建物はなかったな。まあそりゃそうか。
せっかくなので、私はそのガラス張りの向こうにある服を見る。
「うげっ」
たくさんの服が飾られていたが、そのどれもが私の手元のお金じゃ買えなかった。
それも当然。私は半ば家出したようなものなんだから、お金なんてほとんどないのだ。
一応三年前から貯めてきた貯金はあるけれど、ここから中央街まで行く交通費や、これからの生活費を考えるととても買えない。
何か手はないものか……。
ガラスにピタッと張り付いたままだから、周りの視線が痛い。
渋々、顔を離すと店内から売り子が出てきた。
「お客さん、そこにいると目立っちゃうからうちに入りなよ」
売り子は、ちょっと小太りのおじさんだった。店主だろうか。せっかくのお誘いだが、所持金が心許ないので、店に入るわけにはいかない。
「私、お金あんまりないので買えないんです」
「ふむ、いくらまでなら買えるんだ?」
「大体500ルアクくらいです」
ルアクとは、この世界で扱っているお金の単位だ。前世で使っていた日本円との価値の差はわからないけど、飲み物一杯買うのに10ルアクかかるから、大体十分の一くらいだろう。
「ふん、それなら扱ってるものもあるよ。ここから覗ける物は、大概良品だから高いんだ。俺も子供から大金むしり取る気はないから、とりあえず店に入ったらどうだ」
「それなら、お言葉に甘えて……」
私は恐る恐る店内へと入った。なんか勢いに乗せられて入っちゃったけど大丈夫だろうか。
店主は顔は怖いけど、いい人そうなんだよね。
もし法外な値段を吹っかけられたら、逃げよう。魔法もスキルも駆使してでも逃げよう。
「おい、嬢ちゃんが買えそうなのはこのあたりだな」
見れば木の籠に何着も煩雑に布が入れられていた。値札は一律150ルアク……安い!
なんだかバーゲンセールのような値段だ。
「それらは中古品も混じった子供用の服だ。嬢ちゃん、有翼人なんだろ? 背中の翼用の穴開けるのはタダにしといてやる。そっから好きなモン選びな」
このおじさん、いえ、おじ様優しい!
おじ様は少しだけ優しそうな表情をしていたが、直ぐに先ほどまでの仏頂面に変わった。
不器用だけど子供好きなのかな?
私は、籠の中を適当に漁った。どれも単色の物ばかりだった。その中でひときわ目立つ綺麗な白色をしたワンピースを見つけた。
「ほう、嬢ちゃんの髪の色にもあうじゃねえか。それにしたらどうだ」
「それじゃ、私これにします!」
おじ様にも勧められたので私は代金の150ルアクを渡した。おじ様は、代金とそのワンピースを手に店の奥へと入っていく。
「そこで少し待ってろ。五分くらいで終わる」
しばらくするとおじ様は背中に穴の開いたワンピースを持ってきた
「そこに試着室がある。そのまま着ていくか?」
「はい、ありがとうございます。あの、そしたら今着てる服も処分したいんですけど……」
「それなら任せろ」
私は、試着室に入って着替えをすます。この体になって不便なのは、背中の羽である。羽が生えていると、服が非常に着づらい。それに服に穴をあけて出さないとモコっとするし、圧迫感があって気分が良くない。
こればっかりは、私の周りに羽のある人がいなかったから相談相手もいなくて微妙につらかったところ。ほんと、ファンタジー世界での不便ってこういうとこあるよね。どの漫画にもこういう小さなところって無視されがちだったから。
私の羽は左右の大きさがそろっていない。これはサキュバスと堕天使とのハーフのせいなのだろか。理由はわからないけど、右の羽は手のひらサイズほどあるが、左の羽はその半分しかない。
服を着るとき、右の大きい方から穴に通すと着やすいのだよ、これが。
そこで気づく。このワンピース、穴の部分に紐が垂れてる!
羽の出る穴は、どうしても羽の大きさ分着た後に素肌が露出する部分が出てしまう。この紐は、穴の周りに作ってあるから、紐を引っ張って結べば、ぴったりになるんですけど!!
この短時間でこの作業をやってのけるおじ様凄い!
私は試着室を出て、改めておじ様に礼を言った。
「礼はいい。それよりも嬢ちゃん、さっきよりも可愛くなったな。子供はやっぱかわいくないとな」
あ、またさっきの柔和な笑顔だ。しかし直ぐに仏頂面に戻ってしまう。ああ、あのままならもうちょっと子供受けするんだろうになあ。
とりあえず初めて人間街で接する人がこのおじ様でよかった。
親切ついでにもう一つ頼んでみようかな。
「ねえ、おじ様。私中央街まで行きたいのですけど、どうやったら行けますか?」
「おじ様ってなんだ、気持ち悪い。まあいいや、中央街はここから結構遠いぞ。歩いていくには無理なほどだ。馬車を使うしかないな。嬢ちゃん一人で行くのか?」
その目には心配の表情が窺えた。しかし私は頷く。色んな街に行って、色んな景色を見て、おじ様みたいないい人たちと巡りあうため、冒険するんだ。
前世でできなかったことを成すために。
「そうか、まあその目なら大丈夫だろうな。俺の息子と同じような目だ」
おじ様は少し、遠い目をした。その目は、今はここにはいない息子を思っているのだろうか。息子さんも、家を飛び出したのかな。
「馬車は、この道を右に曲がればある。そこで乗るといい。俺は相乗り馬車を勧めておくぞ。嬢ちゃんみたいな子供なら、冒険者との相乗りがいいだろう」
冒険者との乗り合い馬車なんてあるのか。なるほど、それは一考したほうがいいね。
私は、再三の礼をして店を出た。きっとまた来るからね。今度はもっと大人になって、この店一番の服を買うから。
そして、もし道の途中で息子さんに会ったら、おじ様の近況を伝えるよ!
私は、おじ様の言う通り大通りの馬車乗り場へと向かった。
∇
「ふむ。やっぱり子供は元気でなくちゃな」
俺は、真っ白な雰囲気を持った少女が去っていくのを見届けた。
そしてその足でまた店の奥へと戻る。
ここは裁縫の作業場兼休憩室だ。俺は棚に飾ってある念写真を見る。念写真は色あせていて、その古さを物語っていた。
「あいつが出てって、もう十五年か」
冒険者になると言って旅立った息子。この十五年で戻ってきた試しはない。
それに手紙すら碌に送ってこない。それほどまでに楽しく過ごせているのだろう。それは親父の俺からすれば嬉しい限りだ。
しかしやっぱり実の子の姿は見たいものだ。旅立った時はまだあの少女くらいだっただろうか。
俺が感慨に耽っていると、二階からドタドタと音が聞こえた。
「あんた、また休んでんのかい。暇があるなら服の一つでも作んな」
「へいへい」
俺は、また作業を開始する。
ああ、こうして怒鳴られつつも二人で仕事するってのは満たされるなあ。だけどそれと同時に、また家族三人で食卓を囲みたいものだ。
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