上 下
12 / 77
サキュバスの娘

幕間 死闘(騎士)

しおりを挟む
俺は今「魅惑の樽」という酒場に来ている。
本来ならば、俺はこんなところには来ないのだが今は任務中なので仕方がない。

各地に手配している密偵からの情報で、この近くに「罪人」がいるとの情報があった。その「罪人」は今この店の奥にいる。
俺の仕事はこの「罪人」を発見し領主に報告すること。罪を犯していた場合は捕獲、場合によっては殺害も許可されている。

先ほど男とすれ違ったときに既に判別の水晶によって調べている。
朱、つまり過去に殺人をしたことがある男ということだ。
判別の水晶は、様々な種類がある。
『ステータス』というスキルを見るものもあれば、こうして犯罪を犯したかどうかがわかるものもある。
『ステータス』を見る水晶、鑑定の水晶は数が少なくなかなか高価だ。
その反面、犯罪の有無を調べる水晶、処断の水晶は割と出回っている。

製造方法が異なったり、性能の違いがありすぎるため、|偏(ひとえ)に判別の水晶といってもピンキリだ。
この処断の水晶は、触れている人間から一番近くの人間の犯罪の有無を調べることができる。と言っても表示されるのは、犯罪を犯していない青、軽犯罪を犯した黄、重犯罪、殺人を犯した赤の三つだけだ。

そしてそれを使用した結果、あの赤痣は朱に染まり殺人か重犯罪を犯していることがわかった。
あとはここから出てくるのを待つだけだ。
素直に拘束されるとは思えないので、おそらく戦闘になるのだろう。だからこそ俺がこの任務を宛がわれているのだ。
周りに被害が出ないよう、男を人気の少ない場所まで連れて行かないといけないのだから面倒だな。

ふと、何かの気配を感じた。
誰かから見られている?
こういう仕事をしているからか、俺は「視線察知」というスキルを習得するに至っている。
見られていたらそれに気づくというものだ。
普段から発動していても、そこまで気にすることもないから常時発動しているのだが、こう長々と注視されると気になってくる。
ちらっと、そちらを見やるとそこにはこの場所に似つかわしくない少女がいた。

なんでこんなところに少女が?
サキュバス見習いなのだろうか。
それにしても俺への視線が凄い。
そんなことを考えていると、奥の扉から男が出てきた。

男はへべれけに酔っていて、見るからにだらしない。しかしこんな顔をしていても重犯罪者だ。容赦はしない。

男が店から出たのを見計らうと、俺はそのあとを気配を消して尾行をする。
ん?
俺のことを見ていた少女もあとを付いてきた?

なにやら怪しさ満点である。
しかし今はあの男をと逃がすわけにはいかない。
適当に撒きつつ、あとを追う。

人通りが少ない広場へと着く。
結局少女は撒けたのだろうか?
俺の「視線察知」でも、ちょっと離れると効果が切れる。今のところ、視線は感じないが……。

俺は腰の短刀に手を掛ける。
背後から首筋に突きつけ、拘束する。なおかつ「威圧」を使い、萎縮させる。そうすれば大概の人間は抵抗しなくなる。

だが、赤痣の男は俺が「威圧」を使った瞬間に即反応した。
しかも同じく「威圧」を放ちながら振り返ってきたのだ。

「あんた、俺っちを殺す気だな?」

さっきまであんなに酔っていたのに、なんなんだこの判断力は。
思わぬことでびっくりしたが、とりあえず強がってみるか。

「やはり、気づかれるか。その赤痣……、お前も例の『罪人』か?」

こいつに仲間がいるかどうか、カマを掛ける。これに反応すれば、芋づる式に「罪人」が釣れる。
しかし男は何も知らないようだった。これが演技だとしたら、相当なものだろう。

「ほお、俺っちの他にもこのスキル持ってるやついるんだな。そいつあ困るなあ。それじゃ俺っちだけの世界が作れねえなあ

赤痣の男は「転生教のルールがわかってきたぜ」と小さく零していた。

転生教?
「罪人」というスキルを持つものと、転生教なるものが重なるのだろうか。
今まで「罪人」スキルを持つ者を発見する例は多々あるが、捕縛できたケースは一件もない。「罪人」は軒並み強い。そこらへんの冒険者パーティを雇っても全滅させるほどだ。
発見しても逃げられるか、殺されるかというものなのだ。

だから情報が圧倒的に足りない。できたらこの男からも情報を聞き出したかった。

「『罪人』は皆、どこかに赤い痣があると聞く。そして強力なスキルを持っているとも。その力を使い、悪事を働いていなければ特に関与することではないのだが、先ほど酒場で判別の水晶を使ったところ、お前だけが朱に染まった。お前、人を殺しているな?」

暗に、お前のことはわかっているんだぞと伝える。実際はほとんど知らないのだが。

「へえ、そんな水晶があるとは驚きだ。そんな危険なモン持ってるやつは始末しなきゃならんなあ」

しかし男に話し合う気はさらさらないようで、いきなり戦闘態勢になった。
次の瞬間、その場から男が消えた。

逃げられたかっ!?

しかし俺の「視線察知」がビンビン反応している。
これは……、上か!

短刀を抜き放ち、上空に構える。
赤痣の細身のダガ―が俺の短刀と重なる。
重いっ!!
しかしなんとか受け流すことに成功した。

「あんた、やるなあ。『速度の罪人』である俺っちの攻撃を防ぐたあ、並の人間じゃできねえよ。褒めてやる」

やばい、思った以上の強敵だ。今のでわかる。
こいつはやばいぞ。

「お前のような悪人に褒められても、名前に傷がつくだけだ。反吐が出る」
「そいつはどうも、俺っちは生粋の悪人なんでね。そんじゃ、この攻撃は耐えられるかな」

再び男が視界から消失。
「視線察知」で背後にいることが分かった。
慌てて背後に短刀を構えるが、既にそこに男はいなかった。
しまった!
罠か!
男は振り向いた俺のさらに後ろに回り込んでいた。この体勢ではさらに振り向くには間に合わない。
スピードが違い過ぎる。

俺は少しでも、攻撃をかわそうと体勢を敢えて崩す。

「馬鹿めっ!」

男が俺の左肩にダガ―を切りつけた。

俺はその攻撃を受けて、距離を取る。

「やはり、厄介だな。『罪人』というやつは」
「はっはー。それは仕方ねえよ。最強の速度を誇る俺っちの前じゃ、あんたらただの人間は雑魚。俺っちの目からすりゃどんなに速く動いたところで止まって見えるもんよお」

その通りだ。こいつの速度に追いつくことは不可能だろう。
追いかけることもできない。それは逆に逃げることもできないとも言えた。
ここで殺さなければ、俺がやられる。

俺は捕獲から殺害に目標を変更した。
とりあえず、回復ポーションで左肩を癒す。これなら、まだ体は動く。
しかし全力とはいかない。

「首狙ったつもりだったが、少しずれちまったか? まあいい、その調子じゃ直ぐに俺っちの刀の錆にできる」
「ふん、そう簡単に殺されてたまるか」

俺は即座に駆けだした。鋼糸を絡ませた短刀を四本投擲。そして見えないように、いくつか地面にも差し込む。
ナイフはもちろん躱された。しかし目的はそれではない。

俺は腰のもう一本の短刀を取り出して切りかかった。そうすること、相手を壁付近まで追いやることに成功した。

「チッ。めんどくせえ。その程度で粋がってんじゃねえぞ」

俺はそのまま追い詰めるそぶりをする。そうすればきっと。
「視線察知」が動く。
そしてその動きは途中で止まった。

「……え?」

俺の思惑通り、奴は鋼糸に自ら突っ込み断裁された。
なんとか窮地を脱した。しかし情報はついぞ得られなかったな。

「……ッ!」

「視線察知」にさらなる反応。新手か!?

俺はその視線に向き直る。
そこには先ほどの少女が。
見れば少女はものすごく怯えてしまっている。この光景を目にしたのだから、それは当然だ。
俺は静かに歩み寄ろうとした。

そこで気づいた。
俺に怯えている?
あ、「威圧」をまだ解除していなかった。
俺は慌てて「威圧」を解除しようとする。

が、しかしそれよりも俺は恐ろしいものを目にした。

少女の目が、漆黒につつまれたようになる。
直後俺の身体は微動だにできなくなった。

「ッ!!」

身体が動かない。かなり強い拘束力だ。しかも力がどんどんと奪われていく感じがする。このままだと、俺の命が危ない。
あの少女、まさか「罪人」なのか?
あの年の少女がここまでの威力のスキルを放てるとは思えない。それなら「罪人」であると考えるのが妥当だろう。

俺は何とか、足を動かす。
ものすごい倦怠感だ。重力が倍になったみたいに足が重い。
俺は立っていられず、無様にこけた。

しかし俺は尚も近づこうと這いずる。
この手で止めないと……!

すると、さらに少女からの圧力が増した。なんという魔力だ。
おそらく彼女は何かしらの魔眼を発動させてると思うが、こんな非常識な威力を長時間発生させるなんて、直ぐに魔力が枯渇するに決まっている。しかし、彼女はさらにその威力を高めた。
無尽蔵の魔力を彷彿とさせた。

これは本当に俺の命が危ない。
しかし、突如その圧力は消え去った。

少女が気絶したのだ。
俺はやっとの思いで、力を抜いた。よかった。あのままだったらあの力に押しつぶされていたかもしれん。

体力はかなり消耗したが、まだ動ける。
俺はゆっくりと立ち上がると、彼女の元まで近づく。

白くて長い髪は、先に行くほど黒く染まっている。背中には歪にも大きさの違う羽、臀部からはサキュバス特有の黒い尻尾が生えていた。
見るからに謎の生物だ。なにかのハーフだろうか。
ハーピィとサキュバス?
おそらく、有翼人と淫魔の間に出来た子なのだろう。

処断の水晶を取り出し、かざす。

「青か……」

この娘は犯罪を犯していない。それだけで俺はほっとした。
こんな力を使う娘が、犯罪に手を出しているのなら大変な事態になるだろう。その前に見つけられたのだから僥倖だ。

次は「罪人」チェックだな。
俺は一言謝ると、彼女の服を剥いだ。
全身くまなく確認するが、赤い痣は見当たらなかった。
俺はもう一度軽く謝ると服を着させる。

この娘は「罪人」でも犯罪者でもない。
だとしたらこの異常なまでの力は一体……。

とりあえず、もう夜中だ。
この娘を家に帰してあげなくてはならない。
俺は少女を抱きかかえ、この娘の家を聞きまわった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

攫われた転生王子は下町でスローライフを満喫中!?

伽羅
ファンタジー
 転生したのに、どうやら捨てられたらしい。しかも気がついたら籠に入れられ川に流されている。  このままじゃ死んじゃう!っと思ったら運良く拾われて下町でスローライフを満喫中。  自分が王子と知らないまま、色々ともの作りをしながら新しい人生を楽しく生きている…。 そんな主人公や王宮を取り巻く不穏な空気とは…。 このまま下町でスローライフを送れるのか?

貞操逆転世界に無職20歳男で転生したので自由に生きます!

やまいし
ファンタジー
自分が書きたいことを詰めこみました。掲示板あり 目覚めると20歳無職だった主人公。 転生したのは男女の貞操観念が逆転&男女比が1:100の可笑しな世界だった。 ”好きなことをしよう”と思ったは良いものの無一文。 これではまともな生活ができない。 ――そうだ!えちえち自撮りでお金を稼ごう! こうして彼の転生生活が幕を開けた。

異世界に転生した俺は元の世界に帰りたい……て思ってたけど気が付いたら世界最強になってました

ゆーき@書籍発売中
ファンタジー
ゲームが好きな俺、荒木優斗はある日、元クラスメイトの桜井幸太によって殺されてしまう。しかし、神のおかげで世界最高の力を持って別世界に転生することになる。ただ、神の未来視でも逮捕されないとでている桜井を逮捕させてあげるために元の世界に戻ることを決意する。元の世界に戻るため、〈転移〉の魔法を求めて異世界を無双する。ただ案外異世界ライフが楽しくてちょくちょくそのことを忘れてしまうが…… なろう、カクヨムでも投稿しています。

レベルが上がらない【無駄骨】スキルのせいで両親に殺されかけたむっつりスケベがスキルを奪って世界を救う話。

玉ねぎサーモン
ファンタジー
絶望スキル× 害悪スキル=限界突破のユニークスキル…!? 成長できない主人公と存在するだけで周りを傷つける美少女が出会ったら、激レアユニークスキルに! 故郷を魔王に滅ぼされたむっつりスケベな主人公。 この世界ではおよそ1000人に1人がスキルを覚醒する。 持てるスキルは人によって決まっており、1つから最大5つまで。 主人公のロックは世界最高5つのスキルを持てるため将来を期待されたが、覚醒したのはハズレスキルばかり。レベルアップ時のステータス上昇値が半減する「成長抑制」を覚えたかと思えば、その次には経験値が一切入らなくなる「無駄骨」…。 期待を裏切ったため育ての親に殺されかける。 その後最高レア度のユニークスキル「スキルスナッチ」スキルを覚醒。 仲間と出会いさらに強力なユニークスキルを手に入れて世界最強へ…!? 美少女たちと冒険する主人公は、仇をとり、故郷を取り戻すことができるのか。 この作品はカクヨム・小説家になろう・Youtubeにも掲載しています。

異世界転生!俺はここで生きていく

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。 同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。 今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。 だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。 意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった! 魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。 俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。 それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ! 小説家になろうでも投稿しています。 メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。 宜しくお願いします。

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

錬金術師が不遇なのってお前らだけの常識じゃん。

いいたか
ファンタジー
小説家になろうにて130万PVを達成! この世界『アレスディア』には天職と呼ばれる物がある。 戦闘に秀でていて他を寄せ付けない程の力を持つ剣士や戦士などの戦闘系の天職や、鑑定士や聖女など様々な助けを担ってくれる補助系の天職、様々な天職の中にはこの『アストレア王国』をはじめ、いくつもの国では不遇とされ虐げられてきた鍛冶師や錬金術師などと言った生産系天職がある。 これは、そんな『アストレア王国』で不遇な天職を賜ってしまった違う世界『地球』の前世の記憶を蘇らせてしまった一人の少年の物語である。 彼の行く先は天国か?それとも...? 誤字報告は訂正後削除させていただきます。ありがとうございます。 小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで連載中! 現在アルファポリス版は5話まで改稿中です。

世界最強で始める異世界生活〜最強とは頼んだけど、災害レベルまでとは言ってない!〜

ワキヤク
ファンタジー
 その日、春埼暁人は死んだ。トラックに轢かれかけた子供を庇ったのが原因だった。  そんな彼の自己犠牲精神は世界を創造し、見守る『創造神』の心を動かす。  創造神の力で剣と魔法の世界へと転生を果たした暁人。本人の『願い』と創造神の『粋な計らい』の影響で凄まじい力を手にしたが、彼の力は世界を救うどころか世界を滅ぼしかねないものだった。  普通に歩いても地割れが起き、彼が戦おうものなら瞬く間にその場所は更地と化す。  魔法もスキルも無効化吸収し、自分のものにもできる。  まさしく『最強』としての力を得た暁人だが、等の本人からすれば手に余る力だった。  制御の難しいその力のせいで、文字通り『歩く災害』となった暁人。彼は平穏な異世界生活を送ることができるのか……。  これは、やがてその世界で最強の英雄と呼ばれる男の物語。

処理中です...