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決断

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 早朝に目を覚まして、体を起こし大きくけのびをする。
「…………んん」
 低血圧なのか、少しクラっとする。
 夏の朝はやはりどうしようもなく暑くて、布団が寝汗のせいで少しだけ湿っていた。
 足元にある扇風機の「中」のスイッチを右足の親指で押し、汗のせいで頬に張り付いた髪の毛が邪魔で顔を振る。
 目の前で羽を回転させ始めた扇風機をボーッとした頭で見る。
「………」
 なんとも心もとない回転だな。
 緑色の3枚の羽と少し黄ばんでしまった体で、一生懸命に回っている。
 なんにしても私よりは世の役に立っている。
 ばーかばーか。
 うん、冴えてきた。
 風邪を引いた原因がエアコンだと推理した素子さんに、寝る時は窓を開けて風通しをよくし、起きている間もできるだけ扇風機を使いなさいと言われ、私は黙ってそれに従順することにした。
 素子さんが来てくれた日から2日経ち、ようやく体が軽くなった。
 この2日間ずっと寝たきりで、妙な夢を見ては目を覚ましてを繰り返していた。
 くだらない妙な夢ばかり。
「………」
 全てあの男のせいだ。
 冷蔵庫を一瞥して、中の食べ心地の良さそうなゼリーを思い浮かべてそう考える。
 この風邪も妙な夢も、変ちくりんな気持ちも、あいつが私に好きだとか言って抱きしめたり、嘔吐して汚れた口を優しく拭いてきたり結婚したいとか……とにかくそう言った気持ちの悪いことをしてきたせいで私の胸がドコドコ鳴ったせいだ。
 あの気持ちの悪いストーカーめ。
 私の生活を狂わせた変態野郎。
 目の前から私よりは世の役に立つ扇風機の回転音が聞こえるだけの静かな部屋で、私の脳内では右から左へとKへの感情が忙しなく行き交っていた。
「………言ってやる」
 素子さんは恋だのなんだのと話していたが、そんなものではない。
 やっぱりそんな立派なものではないのだ。
 だから言ってやるのだ。
 あの男にガツンと私の感情をぶつけてやる。
 うん、冴えてきた。
 寝起きにもかかわらずよく回る私の脳をほめ、立ち上がって出かける準備を始めた。

 ~~~❈ ❈ ❈~~~

 数日ぶりの外は思いのほか澄んでいて、朝であれば部屋にいる時よりも涼しいのだろうなと思った。
 道端に生えている雑草などの匂いが夏の匂いと混ざり、鼻腔をくすぐる。気持ちが良い。
 ブロック塀の上に座っている猫や、電線に群がるカラス達が私を見つめて首を傾げているような気がした。
 だから私も首を傾げながら見つめてやった。
 それはいつも通りの朝だ。
 芋虫女の生活にしては、幾分か幸せな生き方だと思う。
 猫は怪訝な顔で私を見てはいるが、逃げるほどでもない様子で、それが何だか嬉しかった。
 鼻をぴくぴく動かし縦の瞳で、耳は立ちっぱなし、よく見れば少し小太り。
 サバトラと言われる雑種だったようなきがする。
 首輪が着いていないので野良だろうか。
 いつか撫でてみたい。
 やっぱり色々なものを自分の足を使って、自分の目で見るのは楽しい。
 2軒目の家を通り過ぎ、空を見上げる。
軒並みだが、青い空は綺麗だ。
 私は外の世界は嫌いだが、外を歩くのは好きみたいで、足を1歩前に出す度に心が踊っているような気がした。くねくねと。
 そう、例えるのならリンボダンスみたいな。(どんなのかは知らない)
とにかく踊っているのだ。
 「こんにちは」
 そんなくねくねと踊る私の心を愛でていた時、突然そんな声が聞こえた。
 声のした方向を振り向くと、そこにはKが立っていた。
 「こんにちは」
 カセットテープのようにまた同じ言葉を繰り返し、いつもの低血圧気味の青白く濁った顔色をしていた。
 背は175cmくらいで、何故だか前に見た時より小さく見えた。
 白いワイシャツに黒いズボン。
 暑いのか長袖を肘まで捲っている。
 そこから見える腕、逞しくは無いが男性特有の体つき。
 微笑を口元に浮かべて私をじっと見ている。
 私も何か言おうとしたが、言葉が出てこなかった。
 口ごもった
 口が籠ったのだ。
 首筋にある種の汗が流れた。
 腕がないので拭き取ることも出来ない。
 気持ち悪い。
 もう心は踊っていなかった。
 準備が出来ていない。
 私にそう言い残して部屋に心は隠れてしまった。
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