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ヴィーナス 5
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口走るという言葉は、それだけを聞くととても面白い。
口が走っているのだ。
面白いに決まっている。
しかし、真の意味はそう面白いものじゃない。
本当は言わなくてもいい、言うつもりのなかった言葉を口が発するのだから。
私は走るのが得意ではないから、口には追いつけずに、相手の元へ走り去っていってしまう。
男の元へ走り去ってしまう。
「知ってる」
男がそう発した。
走った私の口から教えて貰ったのだろう。
私が聞きたかったことを。
あのチクリ魔め。
「両腕のない女の像だよね」
「……そうです」
暫く沈黙が続いた。
その間、男は朝と同じように私をじっと眺めていた。
「君には似てない」
男が沈黙を裂いた。
その男の言葉は、もしかすると走ったのかもしれない。
男が少し焦ったような仕草をしていたから、そうに違いない。
「それはそうでしょう。あれは芸術で石像で、私は身体障害者で人間なんですから」
男の焦った様子を見て少し安心したのか、思いの外すらすらと言葉が出てきた。
今度は走っていない。
私は害だ。
「気にしてるの?」
「なにをです?」
「その腕のこと」
案外ズバッと言ってくるものだな。
きっと腕があったら引っぱたいてやったことだろう。
「もちろん、そんなにジロジロ見られたら気にはしますよ」
「可愛いと思う」
「は?」
脊髄反射だ。
脊髄反射の”は?”だった。
「僕は可愛いと思うよ」
「頭のおかしい人とかですか?」
「大学は卒業してる」
やばい、やばい人だ。
「いや、そういう事じゃなくて、こんな真夜中にそういうことを、見ず知らずの人に言いますか普通」
しかも私の様なものにだ。
「見ず知らずではないよ。少なくとも、最近は毎日顔を合わせてる」
「……それって、挨拶したら知り合いって考え方ですよね?小さい子供がそうやって勘違いして誘拐される事件が多々あるのをご存知ですか」
「知ってるけど、君は小さい子供じゃない」
「ええそうですよ。あなたもそうです。だからそんな勘違いをしないでくださいと言っているんです」
「勘違い…」
「はい、勘違いです。私とあなたは見ず知らずの人間です」
キッパリと言ってやった。
こういう頭のおかしい奴にははっきり言うのが一番だと、前に素子さんが言っていた。
どうしてそんなことを教えてもらったのかは謎だが、役に立って良かった。
しかし、男は黙ってこちらを見ている。
そのせいで、私は動くことが出来なかった。
なんだか、足がすくむ。
改めて今の状況を考えると、なんとも言い難い場面なことだ。
「君と仲良くしたい」
これは、状況がさらになんとも言い難くなる発言だ。
「…なにが目的なんですか?もしかして、馬鹿にしてます?」
毎日朝に男がいたのも、ただ私を蔑むだけだったに違いない。
「馬鹿になんてしてない。僕はただ、君と仲良くしたいだけだ」
淡々と男は語る。
そのせいで、より嘘に聞こえる。
仲良く、言い回しがなんとも気持ちの悪い。
「仲良くなってどうするんです。言っておきますけど、私は人間不信ですよ」
本当は人間不信という程ではないが、簡単に人は信用出来ない。
一応そういう気持ちで人生を歩んでいるつもりだ。
「君と結婚したい」
途端に地面が近ずいた気がしたが、それは本当で、私は腰が抜けてしまっているらしい。
きっと恐怖も緊張のせいだろう。
下半身の力が抜け、思うように動かない。
「…………けっこん」
なんて気持ちの悪い響きだ。
やっぱり男は私を馬鹿にして面白がっているのだ。
しかし、そういえば、話しかけたのは私の方なのだと、この時やっと思い出すことが出来た。
口が走っているのだ。
面白いに決まっている。
しかし、真の意味はそう面白いものじゃない。
本当は言わなくてもいい、言うつもりのなかった言葉を口が発するのだから。
私は走るのが得意ではないから、口には追いつけずに、相手の元へ走り去っていってしまう。
男の元へ走り去ってしまう。
「知ってる」
男がそう発した。
走った私の口から教えて貰ったのだろう。
私が聞きたかったことを。
あのチクリ魔め。
「両腕のない女の像だよね」
「……そうです」
暫く沈黙が続いた。
その間、男は朝と同じように私をじっと眺めていた。
「君には似てない」
男が沈黙を裂いた。
その男の言葉は、もしかすると走ったのかもしれない。
男が少し焦ったような仕草をしていたから、そうに違いない。
「それはそうでしょう。あれは芸術で石像で、私は身体障害者で人間なんですから」
男の焦った様子を見て少し安心したのか、思いの外すらすらと言葉が出てきた。
今度は走っていない。
私は害だ。
「気にしてるの?」
「なにをです?」
「その腕のこと」
案外ズバッと言ってくるものだな。
きっと腕があったら引っぱたいてやったことだろう。
「もちろん、そんなにジロジロ見られたら気にはしますよ」
「可愛いと思う」
「は?」
脊髄反射だ。
脊髄反射の”は?”だった。
「僕は可愛いと思うよ」
「頭のおかしい人とかですか?」
「大学は卒業してる」
やばい、やばい人だ。
「いや、そういう事じゃなくて、こんな真夜中にそういうことを、見ず知らずの人に言いますか普通」
しかも私の様なものにだ。
「見ず知らずではないよ。少なくとも、最近は毎日顔を合わせてる」
「……それって、挨拶したら知り合いって考え方ですよね?小さい子供がそうやって勘違いして誘拐される事件が多々あるのをご存知ですか」
「知ってるけど、君は小さい子供じゃない」
「ええそうですよ。あなたもそうです。だからそんな勘違いをしないでくださいと言っているんです」
「勘違い…」
「はい、勘違いです。私とあなたは見ず知らずの人間です」
キッパリと言ってやった。
こういう頭のおかしい奴にははっきり言うのが一番だと、前に素子さんが言っていた。
どうしてそんなことを教えてもらったのかは謎だが、役に立って良かった。
しかし、男は黙ってこちらを見ている。
そのせいで、私は動くことが出来なかった。
なんだか、足がすくむ。
改めて今の状況を考えると、なんとも言い難い場面なことだ。
「君と仲良くしたい」
これは、状況がさらになんとも言い難くなる発言だ。
「…なにが目的なんですか?もしかして、馬鹿にしてます?」
毎日朝に男がいたのも、ただ私を蔑むだけだったに違いない。
「馬鹿になんてしてない。僕はただ、君と仲良くしたいだけだ」
淡々と男は語る。
そのせいで、より嘘に聞こえる。
仲良く、言い回しがなんとも気持ちの悪い。
「仲良くなってどうするんです。言っておきますけど、私は人間不信ですよ」
本当は人間不信という程ではないが、簡単に人は信用出来ない。
一応そういう気持ちで人生を歩んでいるつもりだ。
「君と結婚したい」
途端に地面が近ずいた気がしたが、それは本当で、私は腰が抜けてしまっているらしい。
きっと恐怖も緊張のせいだろう。
下半身の力が抜け、思うように動かない。
「…………けっこん」
なんて気持ちの悪い響きだ。
やっぱり男は私を馬鹿にして面白がっているのだ。
しかし、そういえば、話しかけたのは私の方なのだと、この時やっと思い出すことが出来た。
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