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じゅう
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じゅう
公爵夫人に砕けてちょうだいと言われてからも、順次席が埋まっていく。
最後の席にも人がついたところで、リディアが軽快にパンっと手を鳴らす。
「さて、全員がそろったところでこのままだと会話も弾まないでしょう? お名前だけでも自己紹介といきましょうか。ということで、時計回りに貴方からね」
先陣を任されたのは、アンナの正面に座っていた男性から。
「はい、ルベット・チェスターと申します。お見知り置きを」
名前と簡潔な自己紹介だけで、どんどん進んでいく。その都度、リディアが「お父様はご健勝?」とか「今年のワインの出来はいかがかしら」とコメントをはさみながら、並行して、各席のティーカップにも紅茶が注がれていく。
目の前で立ち上がる湯気を追いかけながら、引きつりそうになる口元に力を入れるミシュリーヌ。
この席、もしかしなくても爵位持ちの方しかいらっしゃらないんじゃないかしら。ふふ、どうしよう。お名前を覚えきれないわ。
慣れている皆さんは多少の顔見知りもいるのでしょう、私も隣にアンナがいますからね、えぇ。でもね、交流もない階級の方々なんてすれ違い程度の挨拶だけで覚えきれるものですか!
自身の記憶力に絶望しつつ、無常にも順番は回ってきたため、右にならえでミシュリーヌも着座のまま自己紹介となった。
「ランカスター領の旅籠屋、ゆりかご亭のミシュリーヌ・オグターヴと申します』
「ゆりかご亭……もしかして、グライツ・オグターヴの娘さんかしら?」
「いえ、祖父をご存じなのですか」
「お孫さんになるのね。私がまだ王城にいたころに騎士団長には護衛についてもらっていたことがあったわ。退団したとは聞いていたけれど、ご健勝かしら」
「五年ほど前に他界しましたが、夫人の記憶に今なお健在とあれば、きっと喜んでいることかと思います」
「そうなのね、またお話がしたかったわ。残念だけれど、今日は貴女に会えて嬉しいわ」
にっこりと花が綻ぶように笑みを浮かべるリディア。ミシュリーヌもつられて笑い返しながら、視線でアンナに次を促す。
「ランカスター領主の娘、アンナ・ベクトルと申します。ここからは少し距離もありますが、近く花祭りもありますので、ぜひ観光にいらしてくださいな」
主催者の意図に反して、男女の出会いは求めていないので、誰にともなくちゃっかりと自領の宣伝をしておく。
振られた話題に誰ともなく返事があり、積極的に発言をしていく人がいる中で、なるべく空気になろうとするミシュリーヌたちにも、ふんわりとアシストしていくリディア。彼女自身は、聞き役に徹しようとしているよう。
曖昧に微笑んでいるうちに、短い挨拶用のお茶会は解散となった。
また広場へ戻り、改めて壁の花になろうとしていたミシュリーヌをしっかりと捕まえたアンナ。
「どこいくつもりなのよ?」
「所定の位置に戻ろうかと。できるならシェフの方にお話しが聞きたいわ」
「残念、これからの定位置は私の隣よ。離さないから」
そして宣言通り、片時も離してもらえなかった。
アンナのお付き合いの会話についていけずに、ただ黙って笑顔で隣いるミシュリーヌは、そんなに心細かったのねと諦めた。ついていけない会話は右から左に流れていくので、実はアンナに守られている状態だということには気づいていない。
元騎士団長がミシュリーヌの祖父という事実は、隠しているわけではないがわざわざ公言する必要のあることでもない。噂がご馳走みたいな人間の集まりともなれば、同じ席にいなかったとしても話が広まるのも早いわけで。
アンナとしては、お近づきになろうとする打算的な人から、余計な虫がつかないようにとわがままを装って身体を張っているだけだった。
公爵夫人に砕けてちょうだいと言われてからも、順次席が埋まっていく。
最後の席にも人がついたところで、リディアが軽快にパンっと手を鳴らす。
「さて、全員がそろったところでこのままだと会話も弾まないでしょう? お名前だけでも自己紹介といきましょうか。ということで、時計回りに貴方からね」
先陣を任されたのは、アンナの正面に座っていた男性から。
「はい、ルベット・チェスターと申します。お見知り置きを」
名前と簡潔な自己紹介だけで、どんどん進んでいく。その都度、リディアが「お父様はご健勝?」とか「今年のワインの出来はいかがかしら」とコメントをはさみながら、並行して、各席のティーカップにも紅茶が注がれていく。
目の前で立ち上がる湯気を追いかけながら、引きつりそうになる口元に力を入れるミシュリーヌ。
この席、もしかしなくても爵位持ちの方しかいらっしゃらないんじゃないかしら。ふふ、どうしよう。お名前を覚えきれないわ。
慣れている皆さんは多少の顔見知りもいるのでしょう、私も隣にアンナがいますからね、えぇ。でもね、交流もない階級の方々なんてすれ違い程度の挨拶だけで覚えきれるものですか!
自身の記憶力に絶望しつつ、無常にも順番は回ってきたため、右にならえでミシュリーヌも着座のまま自己紹介となった。
「ランカスター領の旅籠屋、ゆりかご亭のミシュリーヌ・オグターヴと申します』
「ゆりかご亭……もしかして、グライツ・オグターヴの娘さんかしら?」
「いえ、祖父をご存じなのですか」
「お孫さんになるのね。私がまだ王城にいたころに騎士団長には護衛についてもらっていたことがあったわ。退団したとは聞いていたけれど、ご健勝かしら」
「五年ほど前に他界しましたが、夫人の記憶に今なお健在とあれば、きっと喜んでいることかと思います」
「そうなのね、またお話がしたかったわ。残念だけれど、今日は貴女に会えて嬉しいわ」
にっこりと花が綻ぶように笑みを浮かべるリディア。ミシュリーヌもつられて笑い返しながら、視線でアンナに次を促す。
「ランカスター領主の娘、アンナ・ベクトルと申します。ここからは少し距離もありますが、近く花祭りもありますので、ぜひ観光にいらしてくださいな」
主催者の意図に反して、男女の出会いは求めていないので、誰にともなくちゃっかりと自領の宣伝をしておく。
振られた話題に誰ともなく返事があり、積極的に発言をしていく人がいる中で、なるべく空気になろうとするミシュリーヌたちにも、ふんわりとアシストしていくリディア。彼女自身は、聞き役に徹しようとしているよう。
曖昧に微笑んでいるうちに、短い挨拶用のお茶会は解散となった。
また広場へ戻り、改めて壁の花になろうとしていたミシュリーヌをしっかりと捕まえたアンナ。
「どこいくつもりなのよ?」
「所定の位置に戻ろうかと。できるならシェフの方にお話しが聞きたいわ」
「残念、これからの定位置は私の隣よ。離さないから」
そして宣言通り、片時も離してもらえなかった。
アンナのお付き合いの会話についていけずに、ただ黙って笑顔で隣いるミシュリーヌは、そんなに心細かったのねと諦めた。ついていけない会話は右から左に流れていくので、実はアンナに守られている状態だということには気づいていない。
元騎士団長がミシュリーヌの祖父という事実は、隠しているわけではないがわざわざ公言する必要のあることでもない。噂がご馳走みたいな人間の集まりともなれば、同じ席にいなかったとしても話が広まるのも早いわけで。
アンナとしては、お近づきになろうとする打算的な人から、余計な虫がつかないようにとわがままを装って身体を張っているだけだった。
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